第十六話 ギルドマスター戦(21歳)

 ギルドマスターから紹介された宿屋の床を燃やしてしまった。報復のためとはいえ、悪いことをした。


「うわわ。これはマズイですよ。すぐ番兵達がやって来ます。お客さん達。別の部屋に案内させていただきます」

 穴から見える階下の宿屋の主人は随分と丁寧な対応だった。


「良いのか店主。なんだか悪いな」

「いえ、最大限にもてなす様に仰せつかっておりますので。それにしても災難ですなあ。犯罪組織に報復を受けるとは」

 どうやら店主は俺が被害者だと思っているようだ。穴を開けたのは俺なのに。


 俺が罪の意識を感じている横で、店主は念力的なもので床に空いた穴を塞ぎつつあった。…念力!?

「エビボーガン。ここは好意に甘えよう」

 エルフ族の女剣士は身支度をしながら言った。

「良いのかなあ。まあいいか。」


 こうして俺とエルフさんは店主の好意に甘えて別室にて一晩を明かすことにした。

 襲ってきた斥候ヒヨコマメルは、哀れ街の兵隊達に連れて行かれてしまった。


 情報を引き出したかったが、まあこれはこれで戦いの狼煙になるだろう。


 別室はやはり同室だった。ベッドは2つ。

 俺とエルフさんは先程の一件について話し合っていた。

「気付いていたかエビボーガン。さっき、あの場所にもう2人ほどいたぞ」

「ああ。気付いていたよ。だからわざと騒ぎを起こして逃したんだ」


「お前でも戦闘を避けるんだな。てっきりもっと好戦的な奴かと思ってたけど」

「何を言う。これは報復だ。ちゃんとあのギルドマスターまで報せが行かねば意味がない」

 ギルドマスターはクロだが、しかし本当に報復の対象がギルドで良いのか?という問題はある。

 その辺はしかし、こうして暗殺者を差し向けてくれたお陰で心配なくなった。


「そうか。やはりお前は物騒だな」

「俺は悪の怪人だからな。報復はまだまだ終わらないさ」

「悪の怪人というのはよく分からないが…それにしても。一体、ギルドマスターの目的は何だろうな?わざわざ冒険初心者を犯罪組織にけしかけたんだ。連中と事を構えるのが最終目的なんだろうが…」


「それについて考えていたんだが。実はスライム討伐の依頼主はクロック商会というところだった」

 依頼主の情報については、はじめに依頼書を見たときに載っていたので覚えていた。

「クロック商会か…覚えがある。たしか、ガムの街の商館で世話になった。ガムの街というのはハムから南の街だ」


 クロック商会か。つまり依頼主は商人ということ。

 商人が何故スライム討伐など依頼したのだろうか?

「エルフさん。そのクロック商会について知ってることは無いか。何でも良い」

「そうだな…アレは2ヶ月ほど前だ。その時はまだ他の仲間も生きてたから、4人パーティーだった。私達はクロック商会の積荷警護を頼まれてな。ここハムからガムの街まで運ぶだけなのに、礼金をたんまり頂いたんだ」


「成る程。その金も落とし穴で失ったんだな」

「いや、豪遊して使い切った」

「そうか」

 この人の金銭感覚大丈夫なのかな。


「荷物自体はただの川魚だった。ああ、生きている奴を水の入った樽に入れて運ぶんだ」

「たかが川魚で、礼金をたんまり弾んでもらったと」

 キナ臭い取引の臭いがする。その商品はクロック商会が誰に売ろうとしていたのだろう?


 これは想像に過ぎないが、その川魚がマイコニド—キノコ系モンスターに寄生されていた可能性は?

「…情報が少なすぎるな。済まないエルフさん。何も思いつかん」

「ならやはり実力行使しかないな。これからギルドマスターに挑むのか?」

 エルフさんが言った時、部屋の窓を叩く者があった。


 渦中の犯罪組織の村人の生き残りである。

「へへ、旦那。さがしゃしたぜ」

「おっやっと来たか」

「むっ村人!」

 蛮族の村人は緑色がかった肌を露出させ、外の壁に張り付いていた。


「へっへっへ。俺は察しの良い男。報復っつたらよお、ついたった今、ギルドの看板と建物を破壊してきたよ。これで宣戦布告だ」

「守備が良いな。さすがは犯罪者だ」

「生かしておいて良いのかエビボーガン。元はと言えばこいつらのせいだろ」


「俺はよお、エビボーガンさんの選別に生き残ったからさあ。いわば刑を執行された身なんだ。でも、あいつらは何の罰も受けずのうのうとしてるから許せないんだよなあ?」

「そういうことだ。俺は初心者を生贄にしたギルドの体質が許せん」


「じゃあなエビボーガンの旦那。俺はこれ以上の揉め事はゴメンというか、上部組織への対応もあるからよぉ…とりあえずこの件から手を引かせてもらうわ」

「ああ。済まなかったな」

 言うだけ言うと、蛮族の村人はそそくさと何処かへ去ってしまった。


「さて…とりあえずギルドマスターに戦いを挑もうか」

「それなら良い方法がある。冒険者ギルドの冒険者は、その街のギルドマスターにいつでも戦いを挑む権利がある。それはギルドマスターの席を賭けたギルドマスター戦という。オルツォ・マグロディオは絶対に挑戦を拒んではいけない決まりだ」

 ギルドマスター戦。たしかオルツォ自身もそんなことを言っていたか。


 どのみち、ギルドマスター・オルツォと戦うには、正規の手段を経るのが最も手っ取り早いようだ。

 兎に角、夜も遅いので、今日はもう眠ることにした。


 翌朝。

 早々に宿を出た俺とエルフさんは、冒険者ギルドの建物へ向かっていた。


 冒険者ギルドの建物前では結構な騒ぎになっていた。

 建物は玄関が吹っ飛び、真っ二つに割られた看板が街路に投げ出されている。

「蛮族の村人が上手くやってくれたようだな…昨晩、私たちはギルドマスターが紹介した宿屋に泊まったから、私たちのせいには出来ないな」

「ああ、寝床を襲ってきたヒヨコマメルも、ギルドマスターとは無関係だろうしな」

 昨日起きた2つの事件は、誰も知らないし、皆が無関係だ。


 意に介さず、中へ入ると、待合室でギルドマスター・オルツォ率いる『烈風隊』の5人が談笑していた。

 オルツォ・マグロディオはゴブリンの丸焼きを頬張りながら、豊かな茶髪の髪を掻き上げていた。


 左右には女性の冒険者を侍らせている。確か魔法使いアスパラジと、もう1人は知らない。

 鎧姿の魔槍使いがいないので、もう1人の彼女がフィノッキオなのだろうか?


「やあ!お二人とも。昨晩はよく眠れたかな」

「ああ、おかげさまでな。何事もなく眠れたよ」

 俺が言うと、オルツォは快活に笑った。

 おそらくフィノッキオと思われるポニーテールの女性が不服そうにため息をした。


「今日も変わらず良い一日だね。これから依頼でも受けるのかな?」

「いや、実は街に知り合いがいてな。まずはそいつの家へ挨拶に行くところだ。そちらはどうされる?」


「僕は見ての通り朝食の最中さ。美女と食べるゴブリンは格別だね。昼からは昨日言っていた街の総会に出席するんだけど、その前に先約があってね」

「そうか。では」

 俺は興味無さそうに返事をすると、待合室を出た。


 早朝にしたためた手紙をカウンターの受付嬢に提出することにした。

「おはようございます。確かエビボーガン様ですね」

「ああ。こいつを頼みたい」


 俺がカウンターに手紙を出すと、受付嬢の顔つきが変わった。

「こっ…これは!」

「問題ないはずだ」

「少々待って頂きたい」

 受付嬢は決然とした表情で言うと、受付カウンターを離れ、待合室へ入っていった。


 1分ほど経ったろうか。待合室から出てきたのは、受付嬢と、未だ余裕の表情を崩さないギルドマスター・オルツォだった。

「やあ!また会ったね。まさか君が僕にギルドマスター戦を挑むとは」

「昨日話したろう?ギルドマスターへ挑むには正規の手続きを踏む必要があるのだろう?」

 俺が受付嬢に提出したのは、ギルドマスター戦を希望する旨を記載した希望書だ。


 オルツォは俺の申し出を拒むことは出来ない。

「ああ。だが今ならまだ撤回できるよ。君は冒険初心者。対して僕はギルドマスター。その実力の差はハッキリしてる」

「偽るなよギルドマスター」

 俺が言うと、オルツォは好戦的な笑みを浮かべた。


「何のことかな?僕が何を偽る?」

「お前は初めから俺が『剣の勇者』だと知っていたはずだ。初めから名もなき冒険初心者を犯罪組織にケシかけ死なせ、犯罪組織討伐の名目にするつもりだったのだろう?だが、お前はよもやの『剣の勇者』が依頼を受けと知り、お前は驚いたはずだ」


「何も知らないな」

「どうしても自分の目で『剣の勇者』を見たかったのだろう?冒険者として、ギルドマスターとして。そしてそれ以上に、俺の実力を見たいはずだ」

「…っふ。フフフフ!」


「ギルドマスター戦は明日の正午だ。今日はせいぜい用務に励め」

「良いよ!実に良い!ハムのギルドマスターとして、『剣の勇者』に挑ませてもらう!!明日の正午に」

 こうしてギルドマスター戦の日取りが決まった。


 用を終えた俺とエルフさんは、建物を出た。

 玄関は焼け焦げ、破壊されたままであり、見物客達が群がっていた。

「あ、出てきたな」

 建物を出たところで、俺たちを呼び止めたのは黒髪の少女だった。


「やはりお前かエビボーガン。そんなことかと思っていたぞ」

「俺もそろそろお前が出てくると思っていた。お前はどこにでもいるからな」

「エビボーガン。この娘は知り合いか?」

 エルフさんが不思議そうに尋ねた。


「ああそんなところだ。魔王、小汚いお前ならクロック商会の建物に忍び込むことは可能か?」

「魔っ…!?」

「小汚いとは心外じゃな。まあそれくらいなら知っておるが」

 知ってたのか。何なんだろう。この魔王。


 さすがはどこにでも存在する魔王だ。どうせハムの街にもいると思っていたが、やはりいた。騒ぎを起こせば駆けつける。

 敵対する冒険者ギルドが報復を受ければ、絶対に顔を出すと踏んでいたが、ピタリ正解だ。


「ちょっエビボーガン…魔っ…!?えっ!?魔!?」

「説明は後だ。とりあえずクロック商会に忍び込むぞ。何か怪しい物を扱ってないか調べてやる」


 こうして、俺とエルフさんは魔王にハムの街を案内してもらうことになった。

「クロック商会は怪しいの。会長のブタリオンは金好きの好色家でな。噂では、自室に奴隷の少女を飼っておるという」

「最低のゲス野郎だな。許せん」

 エルフさんと魔王はわりとすぐに打ち解けてくれたみたいだ。クロック商会の裏口の前で会話をしていた。


「ほれ。ここの壁に窪みがあるじゃろう。ここを順番に押すとほれ。裏口の扉が開くんじゃ。ここは会長のプライベートルームに繋がっていてな。あまり人に言えぬ品などを運び込むのに使うのじゃよ」

「人に言えない品とは何だ?」

「そうじゃな…奴隷とか、密輸品とか、禁制品とか、あとはドラッグなども最近は多いのう」


「やはりドラッグか」

 そうこうしているうちに、裏口の扉が開いた。

「ほれ開いたぞ。わしにかかればこんなもんじゃ。さあ入るぞ」


 裏口から入ったクロック商会内部は、実に秘密の通路らしい薄暗い造りだった。

 やたらと広い階段を登って行くと、見えてきたのは三階の応接間の部屋だ。

「すでに中にだれかおるようじゃ…あれが会長のクロック・ブタリオンじゃな」


 応接間の扉の僅かな隙間から覗くと、肥え太った中年男性が椅子に座って金の数を数えていた。

「ブヒヒヒ〜!堪らんのう!堪らんのう!金はやはり堪らんのう〜!」

 この男がクロック商会会長、クロック・ブタリオンなのか。


「この世は金がすべてじゃあ〜!ああああマリーちゅわーん。エスメラルダちゃん〜かわええのう。かわええのう」

 女の子の名前を呼びながら、ブタリオンは頬ずりをしている。コインに。

「うわっ」

 思わずエルフさんが気持ち悪がった。


「ああああワシはお金が大好きじゃあ〜性的に大好きじゃああああ。金があればあとは何も要らん!特に最近お気に入りなのはマリーちゃんとエスメラルダちゃんじゃ。ほれほれ。可愛がってやろうな。ハァん…ハァ…ん!!んん!!堪らんのう!!」

 お金が性的に大好きな変態はコインをベロベロと舐め始めた。


「金ぇ…金ぇ…!ヒィィ〜!そこにいるのは銅貨のコルトちゃん!違うんじゃああああ!これは、マリーちゃんとエスメラルダちゃんとは浮気ではないんじゃああああ!!信じてくれコルトちゅわあああああ」

「相変わらずキモいオッサンだ。俺はお前みたいに老けたくはないな」

 よくよく見てみれば、金持ちの変態と相対して椅子に座る男がいた。


 魔王もギルドマスターに気がついたようだ。

「よく見てみい。あそこにおるのは、ギルドマスターのオルツォ坊ではないか?しばらく見んうちに育ったの〜」

「ギルドマスター…さっきギルドで別れた奴がなぜここに」

 エルフは驚いていた。


「どうやらギルドマスターとクロック商会はグルだったようだな」

 これはどういうことだ。ドラッグ…ギルドマスター…犯罪組織…そして初心者。陥れる依頼。


 ギルドマスターは先ほどとは打って変わり、下卑た笑いを浮かべながら、豊かな茶髪を掻いている。

「フフフフ!俺とアンタの策…『剣の勇者』が出た時はどうなるかと思ったが、うまく行ってるよ。むしろ、おかげで犯罪組織の危険性はまことしやかに街へ流布してくれた。それが俺たちに協力することになるとも知らずにな」

「ブヒッ!?誰かワシの金を狙っておるのか!!全部ワシのものじゃぞ」

 金持ちの変態はママゴト的な行為をしているのか、金を掻き集めて壁に向かって話しかけていた。全裸だった。


「まだ誰も気づいちゃいない…流石はクロック商会の主様の手腕は侮れないねえ。まさかハムの街で一番の経済力をもつアンタが、ガムの街からドラッグを輸入しているなんてな」

「ブヒヒヒィィィィ!!金は誰にも渡さん〜マリーちゃんんんんん」

 ブタリオンは壁に立て掛けていた剣を取り、虚空に向かって振るい始めた。

 どうやら見たところ、かなり良い剣のようだ。


「あっあの剣は!」

 魔王が驚いた声を出したが、ブタリオンもオルツォも自分達のことに夢中で気付いていない。


「アンタの差し金通り、今日の総会は必ず上手くいく。そうなれば、アンタのところはさらに儲かるよ」

「黙れ小僧!さっきからワシが大事なお金の話をしている時に、つまらん経済の話などするでないわ!!」

 金持ちの変態が一喝すると、オルツォは神妙な面持ちで押し黙った。


「ふん!若造如きがゴチャゴチャと!誰かに聞かれでもしたらアホと思われるぞ!!今日にでもハムのドラッグ取引は解禁!お前は周辺の村々を襲い、商売敵の供給元をさっさと断て!そうすれば、予め大量に輸入したワシらの商品が市場を独占じゃ!!」

「そうなれば…勇者の称号を俺にくれよなぁ。オッサン」


 どうやら連中はドラッグ市場の独占が目的だったようだ。

 その時、応接間の天井から鎧姿の武人が降り立った。

「んん、どうしたフィノッキオ」

「馬鹿な人たち。聞かれてる。裏口に誰かいるわ」

 フィノッキオが指摘すると同時に、俺はボーガンを撃ち込んだ。


 ボーガンの矢はオルツォが素手で掴んだ。

「ようやく気付いてくれたか。まさかアンタがそんな外道だったとはな」

「これはこれは。『剣の勇者』殿は街のルールも知らないと見える。この町では俺とクロック商会が絶対の正義なんだよ」

 オルツォの姿がみるみるうちに鎧姿に変わってゆく。


「俺の鎧は魔法で作り出した物体。つまり通常の鎧より遥かに高速起動が出来るのがウリだ。オッサン。アンタは引っ込んでな」

「ブヒヒヒィ〜」

 オルツォが完全鎧姿になると、ブタリオンは高そうな剣と金を抱えて逃げ出してしまった。


「そして俺の鎧魔法はあと4回の強化を残している。これが俺の鎧魔法だ」

 オルツォの口元がカシャンと鳴り、鉄板で隠された。

「さあ…始めようか!!」


 オルツォが弾丸並の速さで突進してきた。どうやら馬に乗っていたのはハンデでしかなかったらしい。

「ビァアァァァィ!!」

 猿叫のような独特のかけごえで、オルツォは鉄塊のように大きな剣を俺に叩き込んだ。


 その勢いは止まることなく、巨大剣にもかかわらず、目にも留まらぬ速さで連続して叩き込んでくる。

「ビァアビァアビァアァァァ」

「出直してこい。正義初心者め」

 俺がハサミを叩き込むと、オルツォの剣は砕け散り、鎧は粉々になった。


「がああああ」

「もう一撃」

 もう片方のハサミで腹部に一撃を叩き込むと、オルツォは全身から血を噴き出しながら壁に立て掛けられてしまった。


 ちょうどタイミングを同じくして、服を着て戻ってきたブタリオンが壁に立て掛けられた血みどろのオルツォを一瞥して唾を吐いた。

「やっ役立たずめぇ〜お前に払う治療費のことを考えろ!!」

「が…あ…」


「しまった。明日のギルドマスター戦どうしよう。」

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