2-3 冒険者ギルドを活用しよう

第十五話 報復をしてみよう(21歳)

 はじめてパーティーを組む冒険者にとって、誰が仲間に加わるかはとても重要だ。

 その点、レンとコンは決して愚かでも、弱くもない初心者だった。


 とはいえ、出来る限り協力はするが、全面的に信頼しているわけではない。俺にとっての2人はそういう存在だ。

 例えばの話。たまたま飲み屋で気の合うおじさんと語り合っても、何日かすれば名前を思い出せない。ちょうどそんな感じだ。


 レンとコンにとっての俺も、おそらく同じようなものだったろう。


 同じ死線をくぐり抜けた相棒ではない。

 それでも彼らが無惨に死んでしまって、高笑いを決め込むのは、違う。


「やるのか。エビボーガン殿。ギルドに復讐を」

 エルフ族の女剣士は借りていた剣の血を払い、鞘に収めようと、俺の腰を触りながら尋ねた。

 必然、屈む体制になり、彼女の眼は俺を見上げている。


 俺はエルフ族の女剣士を見て、首を縦に振った。

「俺はい使い2人の名前を忘れると思う。そういう性格だからな。だが、名も知らぬ冒険者がギルドの怠慢で死んだとして、大人しく黙っているつもりはない」

「あなたが行くというなら、私も同行したい」

 エルフ族の女剣士は申し出た。


 陽の光に照らされたその眼は灰色がかった鈍い橙色だ。

 出会ったばかりの時は殆どボロボロの装備をしていたエルフも、村人から装備を奪い、身なりを整えればそれなりに見えた。


 髪は淡黄色。

 瞳は灰色がかった橙。

 肌は白色。

 人形のような美しさは、しかし幾たびの冒険でくすんだようだ。

 それでも、触れがたい超俗的な雰囲気を纏っていることには変わりない。


 これがエルフ特有の美しさというものかと、しばし惚けていた。

「どうした、私の顔に何か付いているのか」

「ああ、いやスマン。つい見惚れてしまった。エルフとはかくも美しいものなのだな」

「ふん。褒めても何も出んぞ。私は一文無しだからな」

 とりあえず見た目を褒めてみたが、これは軽率だった。エルフ族の女剣士は怪しい者でも見るように俺を見た。


「生憎だがエルフ族は美しさを褒められるのに慣れていてな。というか、人族という連中はエルフ族を見れば崇めずにはいられないらしい。あなたもその類か」

「俺は綺麗なものは何でも好きだ。特にお前の戦う姿は凄惨で美しかった」

 これは心からの本音である。


「そんなに良いものか?所詮は人殺しの剣だぞ。そんなことより、あなたがギルドに戦いを挑むというなら、私も同行させてもらいたい。というか、そうでないと私が困る」

「何故だエルフ殿。お前には自分の依頼があるのではないか?」


 指摘すると、エルフは自らを嘲るように苦笑した。

「生憎と、パーティーが全滅してな。討伐対象のリザードマンも勝手に自滅してしまった。それに洞窟でほとんどの装備と荷物を失った。分かるだろ?私は今、一文無しなんだ」

「…それはご愁傷様だな」


 金を落としたのか。それはキツい。

 エルフの口ぶりだと、財産の蓄えがあるようでもないし、これでは宿屋に泊まることすら出来ないだろう。


 俺が黙って一歩退がると、エルフは一歩にじり寄った。

「なあエビボーガン殿。あなたなら分かるだろ?ところで生々しい話だがいくら持ってる?なあ、私とパーティーを組まないか。相棒になろう?」

「うわっタカらないで。怖いから」


 俺が物乞いエルフから逃げようとすると、物乞いエルフは必死に俺の腰にしがみついた。

「待ってええええなぁぁぁ。アタイ、故郷追い出されて帰るとこないのおおおお」

「離してええええ。俺は他人の面倒見れるほど金はないぞ」


「お金貸してええええ」

「いやああああ」

 寄る辺のない者は旅の中で強く生きねばならない。エルフ族の女剣士は逞しく、俺は彼女の命を救った以上、その面倒を見るほか無いのだった。


 しばらく森の中でエルフと取っ組み合いをしていたが、お金を貸すのは嫌なので、俺はしぶしぶエルフとパーティーを組むことを了承した。

「まあ戦力は増すか。パーティーを組むのは良いけど、頼むから金の貸し借りはゴメンだからな」

「懸命な判断だな。そう嫌がらないでくれ。ほら、私は美しのだろう!?」

 どれだけ美しくても、一文無しのエルフに必死に金をせびられるのは誰でも嫌だ。


「いや、だが実際の所、強い味方が増えるのは心強いことだな。うん」

「そうだろう!?これから私とあなたは相棒だ。だからお互い気を使わず、私もあなたと呼ばず"お前"と呼ばせて貰うからな!ガハハ」

 勝手に相棒にされてしまった。そんなに宿屋に泊まりたいのか。


 エルフは豪快に笑うと、腕を俺の肩に回そうとしたが、俺の体格が大きいので仕方なく腰に回した。セクハラだ。

「じゃあ相棒になったところで、早速街へ戻ろうか!それから宿屋を探そう!ギルドに挑むのはそれからでも良いだろう!?」

「そんなに宿屋に泊まりたいのか!!」

 野宿くらい何でも無いだろう!!

 野犬とか魔物とか盗賊が襲ってくるくらい、冒険者なら追い返せるだろ!!


 あ、でも体力回復のために寝るのに、それで戦闘になるのは嫌だろうな。

「部屋は個室、布団は羽毛でないと私は寝れないんだ」

「それ絶対にお値段張るやつ!!」


 どうしよう。こんなにワガママなエルフだと知ってたら助けなかったかもしれない。

 これも赤い月のブラッドストリームで人間性が破壊された結果なのか。


 俺とエルフが争っていると、生き残りの蛮族の村人が呼び止めた。

「あの、お二人さん。向こうから誰か来ますぜ」

「良くぞ気付いた蛮族の村人よ。それはきっと他の冒険者達だ」

 蛮族の村人は元々凶暴な性格なので、ブラッドストリームの影響が弱いみたいだ。影も薄い。


 村人が指さした方角からやってきたのは馬に跨った5人の冒険者達だった。

 5人の冒険者のうち、重厚な鎧を纏った茶髪の男性がこちらに気付いた。

「おや、君たちも冒険者か。僕はオルツォ。これから仲間と洞窟へ向かうところだ」

「そうか。俺は冒険初心者だ。残念だがあそこの洞窟は犯罪組織のドラッグ栽培場だ。悪いことは言わんから引き返した方が良い」


 俺が一気に言うと、オルツォと名乗った冒険者は爽やかに微笑んだ。余裕のある笑みである。

「おや、では君たちはもう洞窟へ入ったのかな」

「ああ。近くの村人達は全員が犯罪組織の構成員だ。仲間が2人やられたが退治してやった」


「仲間が2人も。それは辛いことだ」

 オルツォは悲痛な顔をした。

「本当にな。これはギルドの責任問題だ。犯罪組織との全面戦争にもなりかねん。すぐに戻り報告させて貰う」

 この時、オルツォは悲痛な表情から再び微笑んだ。


「ほう。ギルドに?それは少し困るな」

「何故だ?お前には関係無いだろう」

「いやあ、それがあるんだな」

 オルツォは恥ずかしげに頭を掻いた。


 オルツォは手甲に刻まれた剣と隼の紋章をこちらに見せつけたのだ。

「僕はハムのギルドマスターだ。つまり、ハムの街の冒険者ギルドの筆頭というわけさ」

「ギルドマスター…?済まんが、冒険初心者でな。筆頭ということは、一番強いのか」


 質問に対して、オルツォは笑顔で答えた。

「オルツォだ」

「は?」


「オルツォ・マグロディオ。ハムのギルドマスターで、冒険者パーティー『烈風隊』のリーダー。そりゃ強いよ僕は。だから冒険初心者達が危険な犯罪組織の縄張りに踏み込んだと聞いてね。急いで駆けつけたってワケさ 」

「成る程な。だが無駄足だったな」


「そうさ。ギルドマスターだから、ギルドの依頼に対しても責任を持たなくちゃいけない。よもやギルドが"間違って"冒険初心者に高難易度の依頼を紹介したとなれば、君の言うとおり、これは責任問題だ。そうなれば色々と不都合でね」

「だが俺達は既に依頼を受注したぞ。それに洞窟にも入った。この際、俺達を始末して、何もなかったことにするか?」


 俺が挑発すると、オルツォを取り囲むパーティーメンバー達が即座に抜刀した。

「…っぷ」

 すると、オルツォは我慢しきれないといった風に吹き出したのだ。

「ハハハハハ!始末するだって!?冗談は止してくれよ。僕がそんな汚い真似するわけ無いだろ!?」

「ああ。済まなかった。試してみたかったんだ」


「仲間が怖がらせて済まないね。彼らは真面目な連中だから。この際だ。名乗ってやれ」

 オルツォが手を翳すと、パーティーメンバー達は納刀して自己紹介をしだした。


「『烈風隊』の僧兵ビエトラだ」

 ビエトラは鎖帷子を纏った僧侶だった。


「同じく魔法使いアスパラジです」

 アスパラジは女性の魔法使いだった。


「魔槍使いフィノッキオ」

 フィノッキオは全身鎧に顔を隠した、巨大槍の使い手だった。


「俺は武装弓手トーマです」

 トーマは弓を装備した武闘家だった。


「悪い。名前を覚えられないタチなんでな。直ぐに忘れてしまうと思う」

「いや、覚えて貰わなくては困る。ていうか失礼だよ」

 オルツォは正論だった。


「そうだな。頑張って覚えておくとしよう。だが、今回の件は報告させて貰うぞ。嫌ならお前の首でも貰うか」

「怖いなあ。じゃあせめて1日だけ待ってくれないか。1日あればいい」


「何故待つ必要がある。こちらは仲間を2人も失ったんだぞ」

「明日、ハムの街で総会が開かれる。商人達やギルドの寄合が集まって話をするんだ。そこでこの件を報告したい」

「ほう」


「元はと言えば犯罪組織が幅を利かせているからこうなった話だ。僕としては世論を味方に付けたい。犯罪組織を根絶するのが僕の望みだ。だが、君が焦って、もし僕が朝の総会に出席できないなんてことになれば、目論見が外れる」

「ふん。結構な正義感だな」

 エルフ族の女剣士は嘲笑った。


「そうだね。偽善者だとよく言われるよ。だが、ハムの街をドラッグから守りたいのも本心だ。そのためならなんと言われようと構わないよ」

「ほー。結構なことだ。だがその偽善心のためにいくらまでなら出せる?」

「えっ」

 エルフがなんか言い出したので、俺は驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。


「宿を用意しろ。個室で羽毛布団の奴だ。それで1日だけ黙っておいてやる」

「ちょっエルフさん。何言ってるのお前」

「だってまたとないチャンスじゃん。」


「ハハハハハ!そんなことかい!?良いよ。君たちにとっては死活問題なんだろうね。じゃあこれで密約は成立だ。頼むから本件は誰にも言うなよ」

「直ぐに手配しろよ。もし羽毛布団じゃなかったら町中に言いふらすからな」

「えっ…良いのか、これ」


 俺はあっけに取られていたが、オルツォは勝手に納得したようで、踵を返して馬を駆出そうとした。

「ああ、そうそう」

 オルツォが振り向きざま抜刀し、剣を俺の首に当てたのは一瞬だった。

「君は強いの?」


 オルツォの剣技は卓越しており、まあまあ目にも止まらぬ速さだった。

「さあな。試してみたらどうだ」

「いや。ギルドマスターには制約があってね。戦うなら、正規の手続きを踏んでからギルドマスター戦で挑んでくれ。」

 オルツォは微笑んだ。


「是非そうさせてもらおう。ところで、何故洞窟が犯罪組織の縄張りだと知っていた?知っていればこんな依頼など受け付けんはずだ」

「言いがかりは止してくよエビボーガン君。これは高難易度の依頼だったが、窓口の手違いで初心者に紹介された。それだけさ」


 そう言うと、オルツォと仲間達は颯爽と街へ戻っていった。

「君とは一度本気で戦いたいな。僕たちの仲間"6人"で。」


「どう思う。エルフさん」

「クロだな。人族は嘘を吐くのが下手だ」


 こうして俺とエルフはオルツォに遅れて、歩いてハムの街へ戻った。

 オルツォが用意してくれた宿屋は高級で、羽毛布団だったが、俺とエルフは相部屋にされた。

「なんでや。個室にせえや」

 これにはエルフもご立腹で、ベッドの上に座りながら怒り心頭だった。


 時刻は既に真夜中。街へたどり着く頃には夜になっていた。

「部屋が空いてなかったらしい。それよりどう思う。あのギルドマスター」

「おそらく、犯罪組織のことは知ってて放置していたんだろうな。だが、初心者をわざとあの洞窟へ向かわせるような依頼を容認したのが分からない」


「あのギルドマスターは犯罪組織の構成員だと思うか?」

「それは無いだろう。エビボーガン、お前は知らないかもしれないが、ギルドマスターはかなり責任ある立場なんだ。犯罪組織と繋がりがあると知れればそれだけで街を追放される」


「なら、逆かもな。犯罪組織を襲う口実が欲しかったから、死んでも良い何も知らん初心者を差し出したといったところか?」

「奴ら、今日中にウチらを殺しに来ると思う。…喉が渇いた。コップ取って」


「俺も同意見だ。そうでなくては困る。…コップどこだ。壁か」

「いや、床だ」

 俺は床にボーガンを撃ち込んだ。


「いでええええ」

 床板の下から出てきたのはナイフを携えた小男だ。その右脚にはボーガンの矢が突き刺さっていた。

「随分と五月蝿いコップだ。エルフさん、お前は一文無しではなかったのか。」

「意外と狙いが不正確だなお前。矢は苦手なのか。」


「わざとだ。楽には死なせん。おいコップ。お前の名前は?」

「れ、『烈風隊』の斥候ヒヨコマメル…」

 ヒヨコマメルが名乗り終えると、俺はハサミから火炎を放って焼き討ちにした。


 床下が焼け落ち、焼きヒヨコマメルは階下の宿屋受付カウンターに落下した。

 深夜業務でうたた寝をしていた店主はビックリして飛び起きた。


「うわっなんですかこれ」

「悪い店主。ドラッグを売り捌いていた犯罪組織が冒険者ギルドに攻撃された報復に出たようだ」


「えぇっ犯罪者ギルド!?」

 店主が心底驚いた。ヒヨコマメルは生焼けのまま、カウンターの真上で呼吸が出来ずに苦しんでいた。


 突然、エルフさんが俺の頭を叩いた。

「アホか。何しとんねん、もうこの店で寝られんやろ!!」

「エルフさん…ごめん」

 誰であろうとエルフさんの寝床を破壊してはいけないのである。

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