2 冒険の心得—旅の生活を体験する

2-1 剣を握ったら一人前—前準備

第十一話 そろそろ修業する(13歳)

 父の死から3年。

 俺は仇敵マッキアートを討つという大義名分の下、島の中で剣術の修業を続ける日々を送っていた。


 あれから、中央大陸は荒れた。

 各地で戦乱が起こり、同じ人間達ですら争い合うこの地は暗黒大陸と呼ばれた。


 だが、相変わらず故郷の島は戦乱とは無縁で、俺や妹ゆかりは中央大陸に出向いて魔物や賊徒を狩ることはあったが、大抵は島で平和に暮らしていた。


 いなくなった父の代わりに、俺たちの教育係に就任したのは、戦士長のアボガドニスだ。

「坊っちゃま!お嬢さま!また中央大陸で一悶着起こしたのですか!!」

「いやスマン。この島は平和そのものだから強い敵がいなくてね」

「そうよ。だからアボガドニスやトリキヨ先生が相手をしてくれれば良いのに、先生連中は授業が終われば個々の仕事があるというじゃない」


 俺と妹はいつものようにアボガドニスに口ごたえをした。

 俺は13歳。妹ゆかりは10歳である。

 二人とも、子供はおろか下手な大人ですら太刀打ちできないくらいには鍛え直したが、アボガドニス曰くそれは我流の強さ。

 真の戦士には、正当な戦い方があるという。


 さて、そんなアボガドニスだが、彼について知らないことは多い。俺が生まれる前から家に仕えていたらしいが、父が死ぬまでは概ね外交任務に当たっていたらしく、面識自体が少ない。

 しかし、アボガドニスとしては俺と妹には強い親愛の情を抱いているらしく、赤ん坊の頃から面倒を見ていたという。


 要は俺と妹にとっては数多くいる使用人の一人という認識だったが、アボガドニスは意外と家内で重要なポストにいる人物だったということだ。

 遺言で教育係に使命された程には、父に信頼されていたようだ。

「お二人とも。お戯れが過ぎますぞ!仇敵マッキアートは魔将軍・超特急エスプレッソと名を変え、今や魔王軍の主力にまで上り詰めておるのです!お二人を立派な冒険者に育てるのが、このアボガドニスに遺された使命!」

「ああ、分かってるよ」


 半分適当に返事をしたが、この返答を真面目に受け取ったのか、アボガドニスはモジャモジャの髭をわななかせ、大粒の涙を流し始めた。

「おお!分かって頂けましたか!!このアボガドニス!大いに感謝致します!我輩も坊っちゃまくらいの歳には既にゴトーシュ様と共に魔王軍と戦ったもの。戦に逸る気持ちは分かりまするぞ!」

「また始まったわ」


 妹ゆかりが呆れた様子で言った。

 アボガドニスは身の丈2メートルはあろうかという巨漢で、岩のような体躯に剛毛が生えたような姿をしている。

 もっと簡単に言うと巨漢なのだが、この大男は感動しやすい性格で、何かと俺たちに説教しては、そのまま自分が泣き出すというのがお決まりのパターンだった。


「どうしましょう兄上。このアボガドニス、このままだとしばらく勝手に喋り続けるわ。私、約束があるのに」

「もう放っておいて良いんじゃないかな。剣の修業は独学で済ませよう」


 決して悪い奴では無いのだが。馬鹿でも無いのだが。どうも俺たち二人の面倒を見るのが、想像以上に心の負担となっているようだ。

 こう見えてアボガドニスは剣だけでなく、魔法も使える。


「こらこら御二人さん。教育係殿を困らせてはいけないよ」

 俺たちが話し合っていると、突然口を出したのは全身鎧に身を包んだ仮面の剣士だ。

「ちちう…ブリテンドン様ではないですか」

「あっ父上…ブリテンドン様!」


 ブリテンドン様は2年前、父上の死から1年経ってから我が家に出入りするようになった客人だ。

 その素顔を見たものは誰もいないが、まるで父のような懐かしさと優しさを感じさせる、不思議な魅力を備えていた。

 たまに兄妹のピンチに現れ、助けてくれるタイプの謎の人物である。


 島の住民達からも「ゴトーシュ様の生まれ変わり」「血の繋がらない兄弟」「本人」「本人」などと言われている。

「ふう…全く、何を言っているんだ君たちは。私は旅の冒険者ブリテンドン。ブリスケ殿とは古い友人だよ」

「すみません、父上…ブリテンドン様!」

「以後気をつけます!父上…ブリテンドン様!」


 勝手に泣き喚いていたアボガドニスも、ようやく父…ブリテンドン様の存在に気がついたようだ。

「おお、これはゴトーシュ様…ブリテンドン様!お話をしていれば!ご機嫌麗しゅうございます!!」

「ご機嫌ようアボガドニス。私は謎の騎士であって、ゴトーシュ様ではないよ。」

 父…ブリテンドン様は優しく訂正した。その姿はまるで父のように柔和な雰囲気だった。


「はっ!それにしてもお聞きくだされゴト…ブリテン大将殿!坊っちゃまとお嬢さまが冒険や略奪にばかり熱中し、剣の修業をせんのです!」

「ほう…それはいかんな。一流の冒険者はギルドに規定された職業を名乗るものだ。君たちは剣士を名乗りたくはないのかい?特にエビボーガンは『剣の勇者』だろう」

 ブリテンドン様は父のように諌めた。


「俺も剣の修業はしております。ですが、やはりこのハサミでは剣は握りにくいのです。それでも人並には剣を扱えるつもりです。」

「エビボーガンよ。数年先を見据えるのだ。お前はこの先、間違いなく冒険の旅に出るだろう。神官剣士は一人で回復と攻撃が出来る上、パーティーでは盾になるポジションだ。手堅い職と言えるだろう。」

 確かに、俺の言葉は言い訳に過ぎない。

 剣士の修業をすれば、防御を中心とした剣士の技能が身につくことは知っていた。


 つまり、ただ剣を握るだけが剣士ではない。むしろ誰かを庇ったり、即座に防御に回ることこそ、剣士の技能の本分。

 それは5年前、海で獣人を討った時に学んだではないか。

「坊っちゃまは硬いの外殻を持っておられる。これを剣士として活かすのは天分と言えましょうな。」

 アボガドニスもまた優しい口調で諭した。


 余談だが、神官剣士とは特別な職業ではなく、神官と剣士の両方の職業を修めた者の俗称である。

 つまり、俺は魔法に関して回復系と補助系を中心に習得しているのだ。

「分かりました。アボガドニス、そして父上…ブリテンドン様。このエビボーガン、なんとか剣を握れるよう、努力致します。」

「おお…きっとゴトーシュ様も喜んでおられますぞ!」


 アボガドニスや父…ブリテンドン様が俺の剣術習得を急ぐ理由は他にもあった。

 妹は剣よりもグラップラーの技能に目覚めたので、そちらを伸ばしているが。俺の場合は、天秤教に正式に認められた『剣の勇者』という地位があるのだ。


 13歳といえば、この世界では大人と同じ仕事を始める年齢らしい。

 そのため、半年後には俺は東の大陸の『聖都特務隊』へ配属され、冒険の旅に出ることが決まっていたのだ。


 『聖都特務隊』といえば、あのアマグリオ大司教が私物同然に使っている、天秤教の秘密部隊である。

 その主な任務は天秤教に関わる聖秘物の保護や異教の討伐、はたまた冒険者ギルドのように人々から依頼を受けるなど、多岐にわたる。


 その前身はかつて父が団長を務めた『東の冒険団』である。俺は『聖都特務隊』内で既に高い地位が確約されている。


 そんな俺が、剣に長けないでは困るのだ。

「兄上、一体どうするつもりなの?剣を握るといっても、根本的な向き不向きがあるとは、兄上自身が言ってたじゃないの」


 夜中、俺とゆかりはいつものように庭で訓練をしていた。

 その場には俺と妹だけではなく、妹が島で仲良くなった友人もいた。


 妹ゆかりは友人である島民の少女と組み合いをしており、投げ飛ばしたり、投げ飛ばされたりをし合っていた。


 その妹の友人である黒髪の少女は、相当の手練れのようである。

 村人Aと言って差し支えない風貌の少女だとは、とても思えない魔王のような風格だった。

 ていうか魔王だ。


「我が妹よ。何事も積み重ねによって道が開かれる。俺もまた一朝一夕の努力などで剣を握れるようになろうとは思っておらん」

「それはつまり、布石は既に打ってあるということ?」

 俺は妹を背にして頷いた。


 妹はいつものように魔王と組み合いをしていたが、俺はいつもとは違った。

 より具体的に言えば、俺は遮光の魔法を施した鉄仮面を顔に当て、片手から放たれるアーク溶接魔法の炎をもう片方の手に当てていた。


 アーク溶接魔法。正式な名称は知らないが、これは電気系の魔法を上手いこと調整してアーク溶接を魔法で再現したものだ。

 アーク溶接。それは強い温度によって機械などを改造する時に使う、元いた世界の高度な技術である。


 アーク溶接の際に用いるアーク放電は強い温度を持ち、金属同士を接続したり、怪人を改造したりできる反面、あまりに強い光は、マトモに見れば失明してしまう危険を伴う。


 それゆえに、こうして鉄仮面に遮光の魔法を施して、失明を回避しているのだ。

 そして、俺のアーク溶接に合わせて、刀鍛冶の如くハサミにハンマーを打ち付けるのは、助手の魔将軍・超特急エスプレッソくんだ。


「絶対にこっちを見るなよゆかり!失明してしまうからな!」

「たまに兄上のことが分からないわ」

「隙ありじゃぞゆかり!我が魔王拳を受けてみよ!」


 人間社会に潜入する為、悪の組織の怪人達は様々な努力をする。

 アーク溶接————悪の組織の技術訓練を受けていて良かった。

 アーク溶接は怪人の改造にも使える!


 さらに、この3年間で魔将軍・超特急エスプレッソに身に付けさせた鍛治のスキルを追加すれば!


 簡単な怪人の改造ならば、俺にも可能なのだ!

「カニトロ博士ー!俺に知識を与えてくれー!」


 翌日。

「アボガドニスー!アボガドニスー!大変よ!兄上がー!」

「おお、どうされましたお嬢さま」

 早朝から柄にもなく喚いているのはゆかりだ。

 押っ取り刀で駆けつけたアボガドニスが見たのは、俺が両手で剣を持って振るう姿だった。


「ああ、おはよう。アボガドニス。見てくれ、この姿を」

「これはなんと…」

 俺の両手はハサミではなく、人型の拳になっていた。


 その人型の拳はしっかりと剣を握り、我ながら見事に使いこなしていた。

「これで剣を握れるようになったぞ。あと、任意でハサミに戻すことも可能だ」

 俺が剣を片手に持ち帰ると、もう片手は変形してハサミになった。


 平成の怪人は…可変式だ!


 あまりの出来事に、アボガドニスはいつしか感動の涙を流していた。

「このアボガドニス。教育係に就任して3年…これほど嬉しかったことはございません!」

「良かったね。兄上…!これで父上も浮かばれるわ」


 やがて遅れてやって来た父…ブリテンドン様や母ネレイドかすみ、魔王リザ、魔将軍・超特急エスプレッソ達も状況を察し、俺に祝福の拍手を送ったのだった。

 

「待っていろ魔王 神罰のリザ!そして…魔将軍・超特急エスプレッソ!父上の仇を討ってやるぞ!」


 見据えるのは数年後。俺が大人になった時だ。

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