最終話 『繋ぎ止められた命』星野魁

 無限に広がる光の中で、由良さんから受け取ったネックレスを握り締める。


 由良さんに言われた通り、僕は家族の事を想った。


 みんなのいる場所へ帰りたい。


 そう願い続けた。






 気が付くと、公園の駐車場で倒れていた。


 僕の肩を揺さぶって名前を呼ぶ茜さんの姿が見えた。


 峰川志織と羽白の姿も見える。


 陽子と由良さんは、いない。


 上体を起こして、空を見上げる。


 昇る朝日に照らされた空は、薄らと明るくなっている。


 戻ってこれたんだ。現世に。


「魁くん! 良かった…… 全然起きないから、死んじゃったのかと思ったよ」


「茜さん……」


 呪物を使った僕が無事に戻る事が出来たのは、きっと由良さんがくれたこのネックレスのおかげだろう。


「魁くん、それ……」


 茜さんが僕の手の平に乗る二つのネックレスに気が付く。


「茜さん、すみません。由良さんは呪物を浄化する為に……」


 僕の言葉を聞いた茜さんは、力無くうな垂れた。


「由良さんは…… 茜さんに骨董品店を継いで欲しいと言っていました」


「そんな…… それじゃあ祐里ゆり先生も」


 祐里先生とは、展望台広場の隅で倒れていた女性の事だろうか。


 僕たちを救う為に犠牲になったのが、由良さんだけではない事を思い知る。


 昌樹も成海も、そして陽子も、由良さんの言う『報い』の的となってしまった。


 昌樹の運転していた車が駐車場の隅に見える。


 声を上げて泣き続ける茜さんに、由良さんの言葉を伝える。


「由良さんが言ってました。『生きる者たちの犠牲となった亡者が生み出した呪物。その呪いに苦しむ人々を救い、いつまでも、強くあって欲しい』と」


「うん…… うん、そうだよね。強く、ならなくちゃ」


 薄暗い空に広がっていく朝日の明かりのように、涙で濡れた茜さんの表情に笑顔が浮かぶ。


「帰ろう」


 涙を拭いながら立ち上がった茜さんは、立ち尽くす峰川志織と羽白に話しかける。


「君たちはどうやってここへ来たの?」


「私たち、歩いて来ました」


「歩いて? そっか…… じゃあ送ってくよ。 ……あ」


 車のキーを取り出した茜さんは、何かに気付いた様子でばつが悪そうに僕らをひとしきり眺めた。


「ごめん、わたし、免許持ってないんだった」


 昌樹の車の近くに駐車してある、もう一台の車に目を向ける。


「あれは、由良さんの車ですか?」


「そうなんだけど……」


「キーをかしてください」


「え? 魁くん免許持ってるの?」


「はい。僕が運転します」








 あの悪夢から数ヵ月後、僕のもとに峰川志織から手紙が届いた。


 手紙には、峰川志織本人と羽白勇人についての近状が綴られていた。


 あれほどの地獄を体験した彼女たちが、精神を病む事にはならないだろうかと心配していた。


 けれど、手紙の内容は希望に満ち溢れていて、僕の心配は杞憂だと解り、安堵した。


 羽白勇人が呪物によって傷付けた女子生徒の怪我は、奇跡的な回復を見せているという。


 また、驚くべき事に羽白勇人自身を蝕んでいた不治の病が、跡形もなく消え去ったらしい。


 医者も説明出来ない現象により健康体となった羽白勇人。


 峰川志織は、羽白を蝕んでいた病も何か呪物の呪いであり、茜さんが浄化してくれたのではないかと記していた。


 近々、茜さんのいる骨董品店に顔を出しに行こうと思っている。


 茜さん一人で店を切り盛りするのは大変だろう。それでも、大切な人たちを失った悲しみを乗り越えようとしている。


 僕はと言うと、未だに友人たちを失ったショックから立ち直る事が出来ない。


 でも、今は立ち直る必要なんて無いと思っている。


 何故なら、立ち上がる事が出来なくても、前を向く事は出来るからだ。


 人生の中で、決して癒える事のない深い傷を負う事なんて、きっといくらでもあるのだろう。


 それでも、由良さんや茜さんのように、目の前に広がる『生きている景色』を見据えていたい。


 由良さんは最後に言っていた。


 他を犠牲にして生きるのは生物の摂理だと。


 犠牲にされた者の怨念が、今も世界の何処かで呪物を生み出し、亡者の楽園を創りあげようとしているのかもしれない。


 僕も誰かを犠牲にする事でしか生きられないのだろうか。それとも、誰かの犠牲になる方だろうか。


 そう考えると、生きる事が怖くなる。


 僕が慎重で臆病なのは、これからも変わらないのだろう。でも、そんな僕にしか出来ない生き方がしたいと、今はそう思っている。


 きっと、そんな生き方もある。

 

                     (了)

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呪物公園 ぴぃた @pyta

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