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最終回〜 恋ができないわけがない

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   “ピン”


 長かったブログを読み終え、ベンチで仮眠をとっていたぼくは、着信音で目が醒めた。

それは、栞里ちゃんのブログの更新を知らせる音だった。

反射的にブログを開く。

その記事はやっぱりフレンド限定だったけど、ぼくに向けてのものだった。




     2012-08-21 05:35

         ☆おはよう


   ブログ、読んだ?

   ごめんね。あたし、こんな女の子で。


   怒った?

   幻滅した?


   でも、もし、

   こんなあたしでもいいって言ってくれるなら、

   これ以上嬉しい、幸せなことはないよ。


   もし、これからも会ってもらえるなら、

   いいね、押して。

   別れるなら、フレンド切って。


   ほんとはすっごい勇気いったんだ。

   フレンド認証するの。

   こんなあたしを見せるの、ほんとはイヤだった。

   投げやりで、ビッチになった姿、

   お兄ちゃんにだけは見せたくなかった。


   でも、

   これもやっぱり、あたしのしでかした事。

   一生、後悔して背負っていく十字架。


   あたしはもう、逃げない。

   お兄ちゃんに、十字架背負わせるつもりもない。

   例えお兄ちゃんといっしょにいられなくなっても、

   あたしはちゃんと生きてくから、


   大丈夫だよ。




そうか、、、、、、

ぼくが逃げずに真正面から向かった様に、栞里ちゃんも逃げずに、この日記を公開してくれたんだ。

その気持ちが、嬉しい。

こんなヘタレでキモオタなぼくに、栞里ちゃんはまっすぐ向き合って、全部さらけだして、信じてくれる。

ベンチで不自然なカッコで寝てたせいで、体が痛い。

立ち上がって背伸びをして、ぼくは外に出た。

爽やかな朝の空気が、よどんだ頭をすっきりさせる。

ぼくは不意に、はじめて栞里ちゃんと迎えた、朝のベッドを思い出した。

陽に透けてキラキラと反射する茶色の瞳。

まだ、なにか夢を見てるかの様に、目覚めたばかりの栞里ちゃんは、焦点の定まらない視線をこちらに向け、かすかに微笑んだ。


天使?


マジであのとき、そう感じた。

純粋で無垢な笑顔を、ぼくはその時、確かに彼女の中に見たのだ。

あの一瞬、垣間見せた微笑みこそ、栞里ちゃんの本当の素顔だと、ぼくは信じてる。


茜色の残る朝の空を見上げながら、ブログの『いいね』ボタンを、ぼくは迷わず押した。






 あの夜から、もう1ヶ月、、、

季節は少しずつ秋めいてきて、栞里ちゃんの中学校でも新学期がはじまってるし、ぼくの大学生活最後の夏休みも、もうすぐ終わる。


栞里ちゃんとはほとんど毎日、メールかメッセージで連絡をとり合ってる。


『今日は学校でこんな事があったよ。こんな事したよ』


なんでもない日常の些細な出来事を、栞里ちゃんは綴ってくる。

ぼくも、ふだんの出来事の他に、新しい漫画やイラストのネタなんかを、見せたりしてる。

学校裏サイトはしばらく、栞里ちゃんの噂話でもちきりだった。




『死檻のやつ、ブログイメチェンしてる。なにがあったんだ?』

『あのフレンドって何者? 彼氏?』

『記事が時々閲覧できる様になったな』


トイレの落書きみたいなサイトなんて、もう気にもしてないかの様に、栞里ちゃんはブログに楽しいできごとを綴る様になり、そういう記事は一般公開する様にしていた。

そんな彼女をからかうのがつまらなくなったのか、裏サイトでの誹謗中傷も、少しずつ収まっていった。


栞里ちゃんは、やっぱり強い。

自分の力で前向きに進むパワーがある。

ぼくなんかがいなくても、ちゃんとやっていける。

ちょっと掲示板に悪口書かれて凹む様なヘタレな自分の方が、むしろ支えられてる気がする。

そんな事を彼女に言うと、『お兄ちゃんがいたから、それができる様になったんだよ』って言われた。


8歳も年下の中学生から慰められるなんて、、、

彼女ができても、やっぱりヘタレは変わんないな、自分、、、 orz

 

 同人誌即売イベントに参加する時、栞里ちゃんは必ず手伝いに来てくれる。

本が売れた時の『握手会』も、すっかりうちのサークルの定番イベントになってしまって、夏コミ合わせで作った本も早々と在庫がなくなり、増刷しなきゃいけないくらいだった。


 最近は彼女自身も、コスプレにハマッてきた。


『別の自分に変身できるのがいい』


って言って髪を伸ばしはじめ、ウィッグをつけたりメイクも研究したり、ゲーム画面をみたりしてポージングを研究したりと、より高瀬みくに近づいてきた感じだ。

『リア恋plus』だけじゃなく、人気ボーカロイドキャラの『初音ミク』もやる様になったけど、さすがにあのロングツインテは、、、 萌える!!

だけどぼくは、会場内では彼女の写真を撮らない様にした。

自分的に、恋人が他の男に写真撮られてるのを見るのって、やっぱり愉快じゃない。

だから、撮影したい時は、ロケ場所を探して出かけたり、コスプレ専用のスタジオを借りたりして、ふたりだけでじっくり撮る事にしてる。

栞里ちゃんもその辺は心得てるみたいで、ぼく以外のカメコと個人撮影はしない。

誘われても、全部お断りしてるのだ。

個人撮影は、ぼくだけの特権。

そんなスペシャル感が、『恋人同士なんだな~』って実感できるかな。


『オレもそろそろ、ちゃんと彼女作って、おまえみたいに育ててみようかな。なんか育成ゲームみたいで、萌えるじゃん』

と、ヨシキはぼくたちの事を茶化すが、育てられてるのは、実はぼくの方な気がする(笑)。

ぼくの服は栞里ちゃんが選んでくれるし、髪型なんかも彼女の意見を尊重してる。

オタクの自分より栞里ちゃんの方が、ずっとファッションに詳しいし、センスもいい。

ダイエットもさせられて、少しずつ男を磨かされてる感じ。

やっぱり、痩せるとからだも軽くなるし、服のラインも綺麗に見えるし、彼女にも気に入ってもらえるしで、いいことだらけかも。



人はだれでも、一生の間にひとつは、自分だけの物語を作れるという。

よくわかった。

現実から逃げ出せば、物語も作れないって事が。


ぼくには漫画。オタクというアイデンティティしかない。

それでも全然、いいんだ。


ヨシキから叱咤激励され、ヘタレながらもなんとか前向きになれたから、デブサキモヲタなぼくでも、こうして栞里ちゃんと恋ができた。

ぼくと栞里ちゃんの物語は、まだはじまったばかりだ(と思いたい)けど、新しい、素晴らしいステージが、目の前にはいくつも続いてるはずだ。

そう信じて、ぼくは次のステージをめざす。


栞里ちゃんといっしょに、、、


END


2012.7.28 初稿

2018.1.14 改稿

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