夢の中へ ――舞浜ユーラシア



 らしくないことだが、東京ディズニーランドに行ってきた。

 より正確に言うならば、東京ディズニーリゾートのディズニーシーに行ってきたと言うべきなのだろが、そんな些細なことはどうでもよい。シーでもランドでも、ディズニーランドはディズニーランドだ。少なくともわたしにとって、ディズニーランドはその程度の認識なのだ。

 わたしは東京ディズニーランドが嫌いだ。

 はじめてディズニーランドに行ったのは小学生のときだった。親に連れられて行ったディズニーランドで便意を催し、トイレに行ったところ、我慢しすぎていたせいか、肛門が切れた。小学生にして切れ痔となったわたしはその日、一日中歩くたびにケツが痛くて、その痛みに耐えながらディズニーランドを見て回った。早く帰って横になり、ケツを労りたかった。

 その次に行ったとき、わたしは大学生になっていた。何を間違えたのか、気の合わない人間しかいないサークルに入っていたわたしは、そのメンバーに嫌々ながら連れて行かれた。やはり途中で便意を催したわたしは、トイレに行き、今度は何事もなく用を済ませた。だが、それで油断したのか、手を洗いながら、ふと大きなあくびをしたところ、アゴが外れた。わたしは顎関節症だった。

 外れたアゴが戻らず、阿呆のように大口を開けたまま、羞恥に耐えながらディズニーランドの医務室に行くと、スタッフと筆談し事情を話し、そうしてタクシーに載せられて、近所の歯医者まで連れて行かれた。ちなみにそのサークルは二ヶ月後に辞めた。

 そうした嫌な思い出があること。それもわたしがディズニーランドを嫌う理由のひとつであることは確かだった。しかし、それ以上にわたしが夢の国という場を苦手とするのは、それがどうしても馴染むことのできない場所であることが理由だった。

 そこにいる人々みんなが日常を忘れ、ディズニーランドという夢の国に浸っている。わたしはそれを見ると、どうしても夢の国に現実を探したくなる。楽しげな夢の国の中で、あら探しをしてしまう。「今日はディズニーはいくら儲けたのだろう」「あのスタッフの時給は安いのだろうか」「バックヤードはきっと汚いんだろうな」そんな水を差すような言葉が頭の中を駆け巡り、はしゃぐ人々が馬鹿らしく見えて白けてしまう。

 その一方で、そんな風に夢の国に浸る人々を小馬鹿にする自分を冷静に見る自分も存在している。「どうしてわたしはあの人たちのようにはしゃげないんだろう」「なぜ自分は夢の国を夢の国として楽しめないのだろう」そんな自己嫌悪に陥ってしまうのだ。

 こうしてわたしはディズニーランドにいると陰鬱な気持ちになっていき、全く夢の国を楽しめない。

 どうしてわたしは楽しげな人々の中で、暗く陰鬱にならなければならないというのだ。

 さて、そんなディズニーランド嫌いのわたしがディズニーシーに行くに至ったのは、たまたま会社のビンゴ大会でチケットを当ててしまったからだった。普段のわたしであれば、行ったことにして、金券ショップで現金に換えてしまうのであるが、妻が折角当たったのだからどうしても行きたいと言った。

 わたしは妻にディズニーが苦手だと、とくとくと説明したものの、「ディズニーシーならきっと大丈夫」と言われ、なし崩し的に行くことになったのである。

 しかし、わたしとてただ妻にやり込めるだけの男ではない。

 ディズニーシーに行くという約束をするのと交換条件に、ずいぶん前から気になっていたサウナ、舞浜ユーラシアに泊まるのであれば行くという条件を付けたのだった。

 かくしてわたしは昼間を大嫌いなディズニーランド、正確にはディズニーシーへ行くという苦行に費やすことと引き換えに、夜はこよなく愛するサウナに行くこということになったのであった。




 舞浜ユーラシアは、その名の通り、千葉県は浦安市舞浜にあるサウナである。日帰り入浴のスパ施設を有するが、メインターゲットは、舞浜に数多ある他のホテルと同じく、ディズニーランドに来た観光客だ。

 そのため、普段からわたしが行くようなおっさんたちが集う、カプセルホテル併設のサウナと異なり、小綺麗でお洒落にまとまったシティホテルといった様相だ。

客層もやはりほとんどがディズニーランド帰りの人々であり、サウナ目当てに来ているという人は少ない。舞浜駅からさらにホテルで用意しているマイクロバスに乗らないと遠いというのも、我々のようなサウナ客を遠ざけている要因であろう。

 ホテルの客室自体は普通のシティホテルだが、レストランやスパ施設は女性が好みそうな雰囲気にまとまっている。

 サウナ室は四つ。

 フィンランドサウナとカルダリウム(スチームサウナ)の他、高級木材ケロを使ったケロサウナと男女混浴で舞浜の景色を一望できるビューサウナがある。

 お風呂は内風呂がいくつかあって、当然その中の一つに水風呂がある。またアトラクションバスと称した、温めで広いジェットバス、そして温泉をひいた露天風呂を有している。トルコの蒸し風呂を模したハンマムという風呂もあるが、水曜日のみ男性用となり、他の曜日はすべて女性用となる。

 岩盤浴もあり、混浴のビューサウナは岩盤浴エリアの中にある。混浴であるため、作務衣のようなデザインの岩盤浴用の館内着を着て入る。

 休憩室にはリクライニングシートがいくつかあるが、そんなに数は多くない。その代わりなのか、毛布を借りて雑魚寝できるスペースが広く取られる。そのほか、仮眠室や女性用のリラックスルームもある。

 他にも広々としたレストランやマッサージやアカスリ、エステなどを有し、全体的に女性客に喜ばれそうな造りとなっていた。

 わたしが今回この舞浜ユーラシアにどうしても行きたいと言ったのは、ディズニーランド近くで最も評判の良いのはこのサウナだったこともあるが、例によって友人K氏からの情報提供によるところが大きかった。

 以前から舞浜ユーラシアの評判を聞きつけていた我々は何度か一緒に行く計画を立てていたものの、舞浜駅からわざわざユーラシアの送迎バスに乗らなくてはならず、移動に時間がかかることや、舞浜という立地が他のサウナにはしごするためには立ち寄りづらいという理由から、何度もお流れになっていた。

 結局、わたしに先んじてK氏が一人でユーラシアに行ったわけである。

 K氏曰く、「ケロサウナがヤバい」

 それが舞浜ユーラシアというサウナらしかった。

 K氏の感想を聞いて以来、わたしの頭の中ではケロサウナの存在が引っかかり続けていた。

 ――そもそもケロというのは何か。

 ケロとは木材の一種である。先にも少し触れたがケロは高級木材だ。木材の一種と言っても、ヒノキや樫というような樹木の種類のことではない。ケロは北極圏で育った樹齢200年以上の立ち枯れた樹木を切り出した木材のことだ。表面が白いことからシルバーパインとも言われる。

 ケロとなる樹木は多くは欧州赤松であるが、寒い地方であるため成長に時間がかかり、年輪1㎝につき約23年の月日を掛けて成長するという。そうして時間をかけて成長した樹木は水分をたっぷりと含んで逃がさず、多少の湿度や温度の変化では変形せず、また熱を簡単には逃がさない。

 かつてはフィンランドの中でも北方に位置するラップランドから多く産出されたようだが、現在は国立公園に指定され、切り出すことは禁止されている。今、日本国内で流通するケロはほとんどがロシア産である。

 サウナの本場、フィンランドにおいても、当然ながら高級木材であり、一般のサウナで使用されるものではない。けれど、温湿度の変化に強く、またサウナ室の高温をフィンランドの真冬の気温の中でも逃がさない断熱性を持つケロ材はサウナに最適な木材である。そのため、一部にはケロを用いたサウナも存在し、ケロのサウナを持つことは一種のステータスとしてされている。

 舞浜へ向かう前、こうしたケロの情報を調べれば、調べるほどに、わたしのケロサウナへの期待値は上がっていった。

 そうして、わたしはケロサウナへの期待とディズニーランドへの憂鬱感を胸に、朝早くから妻に急かされて新幹線へと乗り込んでいったのだった。




 その日は、もう九月だというのに、まるで暦を無視したように、太陽は燦々と輝いて、気温は30℃を超えた真夏日だった。

 炎天下の中、朝から一日中歩き通しだったわたしの体は汗にまみれ、足はぎりぎりと痛みを訴えていた。

 吹き抜けにエレベーターが通る小洒落たエントランスを通り抜け、わたしは舞浜ユーラシアの浴場へと辿り着いた。

 シャワーで汗を洗い流して、一先ず体を清めると、わたしは一目散にサウナに向かった。

 ケロサウナをはじめとした、フィンランドサウナやカルダリウムは、浴場の中の奥まった場所にひっそりと隠れるように存在していた。

 さっそくケロサウナの扉を開けると、中に誰もいなかった。

 通り抜けた浴場を見ていてもそうだが、全体的に人はまばらだ。わたしたちはパレードも見ずに帰ってきたため、時間はまだ夜の九時前。ピークタイムはこれからなのだろう。ディズニーランドの閉園が十時であるから、舞浜ユーラシアのメイン層である人々は、パレードを見て、閉園の時間になって、夢の国を去るに違いない。

 ケロサウナを独り占めして、中に入ると、そこはフィンランドやエストニアの伝統的なサウナである、スモークサウナを模した様相だった。

 スモークサウナとは、電気式サウナストーブが発明されるまで、最もポピュラーであったサウナだ。

 フィンランドのサウナと言われて、日本人がまず思い浮かべるような、真冬の湖畔に建つ、丸太を組んでできた伝統的なログハウス風のサウナ。

 それがスモークサウナだ。

 サウナストーンを熱して、サウナ室を温めるという仕組みは、現代と変わらないが、電気のない当時、サウナストーンを熱する熱源は当然、薪であった。薪をくべて、サウナストーンを温めるわけだが、スモークサウナには煙突はない。もくもくと火を焚くと、逃げ場のない煙は、サウナの中に充満していく。そうして、数時間、薪を燃やして、サウナが十分に温まると、今度は竈から火を消し、ドアや小さな小窓を開けて、煙を逃がす。煙が外に逃げ去ったあと、サウナに残るのは、熱せられたサウナストーンと燻されたスモークの香り。人々はこれをサウナとして活用するだけでなく、冬場の食料を作るため、燻製肉などもここで作った。

 ほんの小さな、煙を逃がすための小窓がある以外、丸太の壁に阻まれて、外の光は差し込まない。燻されたスモークの香りと小窓だけから入る光、そしてサウナの熱。煙を逃がしたら、もう火は焚かれていないため、サウナの熱は、今の日本のサウナと比べるとずいぶんとゆるやかで、だいたい60℃から80℃程度だった。

 それが現代以前のサウナのかたち、スモークサウナだった。

 ユーラシアのケロサウナは、もちろんスモークサウナではない。熱源は電気式の大きなサウナストーブし、あちこちに照明が設置されている。

 けれど、サウナストーブは80℃程度の温度に抑えられ、照明は最小限にとどめられていた。外の光はドアの小窓と壁に付けられた小さな小窓。その小窓も浴場の光を僅かに取り入れるだけであり、あちこに深い闇がある。

 壁一面が丸太で組まれ、まるで古いサウナコタ(コタ=小屋)のように天井は低い。ひな壇は三段あるが、一番上段に座ると頭が天井に付いてしまう。その低い天井は三角屋根を中から見たように、山型になっており、イメージの中にあるような三角屋根の丸太組のサウナの内部そのものだ。

 テレビもなく、BGMもない。

 まるで本当にタイムスリップして、スモークサウナに訪れたような気さえする。

 もちろん、スモークサウナでない、ユーラシアのケロサウナでは、燻されたスモークの香りは存在しない。けれど、それを幻視するような芳醇な木の香りがサウナにただよっている。

 ――これがケロの香りだ。

 普段、サウナに行って感じるのは、どんな香りだろうか。

 ロウリュしたあとの爽やかなアロマの匂い。じっとりとした湿度の香り。壁や床に染みたサウナーたちの汗の臭い。

 そのどれもとは異なる重厚な香り。それがケロの香りだった。

 新しいサウナ室で感じるような新鮮な匂いとも異なる、今までに嗅いだことのない良い香り。スモークの匂いとも異なるが、しかし、それはわたしにスモークサウナを想起させた。

 どっしりと疲れた体をもたれると、じんとケロの香りが汗腺の一つ一つに染みた。

 ――あぁ、ここは夢の国だ。

 サウナーたちのディズニーランド、それが舞浜ユーラシアだ。

 スモークサウナを追体験するアトラクション、それこそがこのケロサウナの正体なのだ。わたしはディズニーランドという夢の国を去ったつもりでいたが、けれど、このサウナはその夢の続きに違いなかった。




 実を言うと、意外にもディズニーシーは楽しかった。

 ディズニーランドに散々、恨み辛みを言っておいて、何を今さらと思われるかもしれないが、本当に楽しかったので、仕方がない。

 確かに前々からいろいろな人にディズニーランドが嫌いだという話をすると、そのたびにディズニーシーならきっと楽しめるよと言われてはいた。ディズニーランドよりも落ち着いていて、そんなに浮ついた感じではないと。

 実際に行ってみるとその通りで、夢の国の“造られた街並み”にあら探しをするどころか、風情を楽しんでいた自分がいた。浮ついた雰囲気は場所柄、当然にあるのは確かだが、年配の夫婦なども少なからずいて、決してその“浮ついた雰囲気”から否定されるような拒絶感はなかった。

 のんびりとディズニーシーの船に乗り、電車に乗り、ぼんやりと散歩する。

 例によって便意を催したものの、わたしのケツも、アゴも、何事もなかった。

 かつてディズニーランドで感じた、“夢の国に没入しろ”という強迫感も不思議と湧いてこなかった。

 オールドアメリカンを再現した街並みやアラジンやリトルマーメイドの世界観を再現したエリア、スチームパンクの香りが漂う海底二マイルの世界。それを見るだけで、わたしは確かに楽しかったのだ。

 読者諸兄からすれば、「嬉々としてサウナを語るおっさんが何を不似合いにディズニーシーを楽しんでいるのだ」と思われるかもしれない。

 けれども、おっさんでも楽しめる。それがディズニーシーの正体だった。


 わたしたちがパレードも見ずにディズニーシーを去ったのは、別にわたしが早く帰ろうと妻にわがままを言ったわけではない。ただ単に疲れてしまったからだ。

 炎天下の中、一日中歩き回ると、わたしも妻も夕方の明るいうちにくたくたになった。だいたい行きたいところは行ったし、重たい足を引き摺ってまで夜のパレードを見ようという気には二人ともならなかったのだ。

 食事を済ませてから、ユーラシアに向かい、ひと休憩をすると、ケロサウナへと向かう前に、妻と二人でビューサウナに入った。

 先ほど述べたようにビューサウナは、岩盤浴エリアにあり、男女混浴になっていた。あまりサウナに近づかない妻に、これを機にサウナを教え込もうという算段だ。

 ビューサウナは、その名の通り、舞浜から夜景を楽しめるサウナだった。

 壁一面をガラス張りにしたサウナ室からは、さっきまでいたディズニーシーやディズニーランドを、そして、その向こう側に広がる東京の街の煌々とした夜景を一望できる。

 大きなサウナストーブからは、頻繁にロウリュをしているのか、ほのかにアロマの優しい香りが漂った。

 温度計は70℃。

 最近はサウナの温度は高ければ高い方が、水風呂の温度は低ければ低い方が、もてはやされる風潮があるが、必ずしもそうではない。

 70℃という温度は、確かに日本のサウナでは低い部類に入るが、フィンランドでは一般的な温度のサウナだ。熱いところに我慢しているのが、サウナではないはずだ。

 ビューサウナの70℃は、熱に急かされることのないゆっくりとした温もりを与えてくれていた。時間の流れさえも、サウナの熱にのんびりとして、大きな窓からの景色をぼうっと見ながら、ただサウナに座っている。それが心地良かった。

 ふいに扉が開いて、女性スタッフがサウナ室に入ってきた。

 どうやらロウリュの時間だったらしく、大きなサウナストーブに水を掛けて、空気を攪拌する。緩やかな温度のサウナはぐっと熱をもって、体中から汗が吹き出した。

 湿度を増して、心地良いサウナは、さらに居心地を良くした。

 意外とサウナも悪くないだろう?

 そう聞くと、ロウリュを初めて体験した彼女は笑って頷いた。

 大きな窓の向こうに見える夢の国では、夜のパレードが始まったらしく、大きな花火が上がった。ユーラシアのビューサウナは、それを見るには一番の特等席だった。

 意外とディズニーも悪くないでしょう?

 妻がわたしにそう尋ねると、わたしもまたそれに頷くしかなかった。



 

 ケロサウナを夢の国の一部だと感じたのは、意外にも楽しかった日中のディズニーシー、そしてビューサウナからの花火、その連続性があってのことだったかもしれない。

 その連続性が舞浜ユーラシアをサウナーの夢の国たらしめている。

 わたしは終わらない夢の中で、ケロサウナを楽しんでいた。

 じっくりとケロの匂いを楽しみながら、体をボイルすると、水風呂へ向かう。

 水風呂は17.5℃。

 肩まで浸かっても、床にお尻の着かない、深い水風呂の水圧は、その冷気とともにわたしの体中の血管を収縮させた。血管の収縮で、血流を早めたことを知った心臓は、その不眠不休の役目から幾ばくか解放されて、鼓動を緩やかにする。緩慢になった心動は、血管の収縮によってもたらされた脳への酸素供給も相まって、わたしの視界をぼやけさせ、ぐるりぐるりと地球は回った。

 サウナトランスがやってきた。

 水風呂を出て、露天風呂の脇にあるベンチに、だらりと横になる。

 目に映る外の光がきらびやかに揺れて、それは見ていなかったはずのディズニーランドのパレードを幻視させる。

 ――整った。

 夢の国の最高のアトラクションは未だ続いていた。


 ケロサウナと水風呂を何度か往復していると、ひと組の親子がいた。

 小学校低学年くらいの息子とその父親だ。

 ディズニーランド帰りの客かと思ったが、聞こえてきた会話から、どうやら地元の人間であるようだった。

 特に彼らを気に留めていたわけではなかったが、ちょうどわたしと同じタイミングで温冷浴を繰り返していたから、目にとまったのだ。

 ――そう、彼らは親子で温冷浴を繰り返していた。

 わたしは自分に子どもができれば、是非子どもの頃からサウナを教え込みたいと思っている。

 しかし、それは些か難しいのではないかという不安も同時に併せ持っていた。

 と言うのも、わたしがよく行く地元のサウナでも、子どもをサウナに入ろうとする親はよく見かける。だけれども、大抵子どもたちは水風呂に興味を持って入ったりするものの、サウナは熱くて1分も経たないうちにギブアップしてしまう。

 子どもにサウナを強要することはできないが、けれど、せめてもう少しサウナにいてくれれば、この気持ち良さがわかってもらえるのに、と思ったことは一度ではない。

 そういう子どもたちの姿を見て、「子どもにはサウナを教え込みたいが、むずかしいのかも」と考えていた。(ちなみ子どものサウナは新生児からOKだと、フィンランドの医学界で実験済みである)

 ――サウナのエリート教育。

 その成功例をこの目で見たのは初めてだった。

 低学年くらいの小学生が、楽しげに「あの時計が6になるまでいけるよ」と父親に言う。それは、その発言からおおよそ10分後の時間である。それほど長時間サウナに入れる子どもを――しかも我慢するわけでもなく!――初めてみた。父親の方も「俺もそのぐらいかなあ」と当たり前のように言う。そうして、二人で日常のたわいもない親子の会話をしているのだ。

「昨日の学校はどうだった?」「台風で明日は学校休みかなぁ」「お父さんも休みにならないかなあ」

 その親子にとって、サウナは日常の一つとして当然にあった。

 親子はともにサウナでじっくりとボイルさせ、水風呂に浸かり、ベンチで休憩をして、それを数セット繰り返す。

 あの子どもは紛れもなく一人のサウナーに違いなかった。

 サウナエリートの息子。

 サウナーにとって、これほどの憧れが、これほどの夢があろうか。

 この子どもはどんな大人になるのだろう。サウナという人生最大の武器を、幼くして手に入れている彼に、わたしは末恐ろしさとともに、未来を見た。

 ディズニーシー、ビューサウナでの花火、ケロサウナとサウナトランスに見たパレード、その連続性の中、わたしは夢の中に埋没していた。その夢のまにまに、わたしはその末恐ろしき少年に、輝けるサウナの未来を夢見たのだ。

 サウナを去って行く彼の背中は、何物でも背負えそうに思えた。

 これは夢だ。夢の国だ。彼らは夢の国の住人だ。


 わたしは舞浜ユーラシアに、サウナーの夢を見た。

 夢を見たままに、眠りについて、いつになく安心してまどろみに落ちた。

 わたしの夢は、翌朝、目が覚めるまで醒めはしなかった。いや、今もまだ夢の中にいるのかもしれない。




【SAUNA DATA】

SPA&HOTEL舞浜ユーラシア

サウナ:フィンランドサウナ 90℃前後

    ケロサウナ 80℃前後

    ビューサウナ 70℃前後

水風呂:17.5℃

ロウリュ:ケロサウナ 13時・16時(曜日によって追加あり)

     ビューサウナ 毎時50分

宿泊:リクライニングスペース・仮眠室・ホテル宿泊

営業時間:AM11時~AM9時(最終受付AM8時、深夜2時~5時は休止)

料金:入浴2080円~(休日・早朝・深夜料金有り)

HP:http://www.my-spa.jp/ 

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