第38話 アサギ


//ナレーション


ルナとルリ、アカネが<トリニダッドの街>を出た頃、新に<ホクラニの街>に足を踏み入れたプレイヤーたちの姿があった。その数、二十四。皆、直前までヒキと激しい戦闘をしていたのだろう、すっかり疲弊しきった様子ではあったけれど、それでもその戦いを制した喜びからか表情は明るく、前を向いていた。


彼らの人数が二十四人というのは、実は<アルテシア・オンライン>におけるフィールドボス戦における最大人数だった。一パーティ上限は八人。これを「ユニオン」というパーティ連携機能によって最大三パーティまで連携でき、これによって二十四人が一ユニオンとして扱われ、入場制限のあるボスエリアでも問題なく全員が入ることができた。


「初めての攻略者というのは感慨深いものだな。……さて、では、予定通りハンター協会に行くとしようか」


集団の前の方を歩いていた一人の女性が、メンバーを振り返って言った。彼女の名はアサギ。彼女が着ているものはいかにも魔法使いという感じの丈の長い黒いローブで、手には木製の長い杖を持ち、持ち手の側には陽の光を浴びて色鮮やかに煌く石がはまっていた。正真正銘、魔石を使った装備だった。


そんな街に来て間もないだろう彼女がハンター協会について知っていた理由だが、彼らは<ニネットの街>に長く滞在する中で、NPCとのコミュニケーションの重要性を学んでいた。そのため、南門から噴水広場までの道中で聞き込みを行い、アソシエーションについての知識を得ていたのだった。


「ああ、問題ない。なるべく早く、情報を上げておかなくてはいけないからな」


そう答えるのは、明るめの青色をした短髪の大柄な男性、アキラ。彼の所有する大きな盾と剣にはやはり魔石がはまっていた。


彼の言う情報を上げるとは、もちろん他の攻略組への情報共有のことだ。現時点では攻略情報のスレッドには、第五フィールド以降の情報はなく、ヒキの情報も今ようやく討伐に成功して初めて追加されたのだった。


実を言うと、ルナたちは相談の結果、情報をスレッドに書き込むことをしないと決めていた。


というのも、たった三人でヒキを討伐したということになれば、当然どうやって、という疑問が浮かぶ。これに答えようとすればルナの色札・呪符のことを公開しなくてはいけなくなるし、錬金術師アランのことも知られてしまう。それは好ましくないことだった。それゆえ、街や解放される機能の情報を公開することよりも、色札・呪符の情報を秘匿することの方を優先したのだった。


「おお! ここがハンター協会ですか! ……でも、どうして、最初の街になかったのでしょうね?」


オレンジの髪の槍使いの男性、ミズキが、感嘆の言葉と共に、疑問を呈する。その疑問は、皆の心の内を代弁したものだった。


「あら、皆さん、新規のご登録ですか?」

「ああ、そうだ」


若い女性職員は新規の受付に二十人を超える男女が来たため、疑問を覚えたのだった。ちなみに、この女性職員は、ルナたちの登録を行ったその人だった。


「えーと、もしかしてですが、あなた方も<アルテシア>ですか?」


受付職員は、二週間ほど前に登録を行ったルナたちのことを脳裏に思い浮かべていた。長い白髪の背の高い女性に、赤と青の髪の仲の良さそうな二人の女の子。背の高い女性の方はハンターとしての実力は全く計れなかったが、二人の女の子の身につけていた装備から、凄腕のハンターとして協会内部では認識されていた。


二人の装備はルナお手製なので見た目には物がよさそうにはみえない。実際、店売りと比べればかなり見劣りする。なので、最初にただ見ただけでは「なまくら」を装備している素人にみえる。


けれど、実は店売りにも劣らない高い性能を有していた事を、「鑑定スキル」持ちの職員が見抜き、逆に実力をそうやって隠しているのだという高評価を共有することとなったのだった。実際に結果を出してしまっていたので、これが覆ることはもうないだろう。もっとも、本人たちはまったく知らないことだったが。


「ああ、そうだが……。『も』、ということは、まさか私たちの他に<アルテシア>が来ているというのか?」


アサギが職員の言葉に、やや過剰に反応する。


それもそのはず。彼らは自分たちが最初の攻略者だと信じて疑わなかったのだから。ヒキを討伐するために、多くの攻略組が同盟を結び、一致団結して果敢に何度も挑み、そうしてようやくたった今、その努力が実を結んだところだったのだ。


それゆえ、他の同盟外の攻略組の動向も掴んでいた。その中に攻略に成功したという情報はなかった。他に把握していない実力者がいたかもしれないが、それでも十人以上の集団で討伐に向かおうとすれば、気づかないということはないだろう。ましてや、ほんの数人で討伐することなど叶うはずがないのだから。


「ええ、といっても、もう二週間ほど前のことになりますが」


二週間。それは彼らにしてみればありえないことだった。その頃は、飛竜を相手にして全滅を繰り返していたころなのだから。そんな時に、ヒキに勝つなど常識で物を言って不可能だった。


「……彼らは今?」

「彼らといいますか、彼女たちになるのですが。一週間ほど滞在して、今はもう他の街へ行かれましたよ」


そう、ルナたちは今は海の上。さわがしくもゆったりとした船旅を満喫しているところだ。


「ふむ。そうだったか。すまないが、彼女たちのことをもう少し詳しく聞かせてくれないだろうか」


アサギがルナたちのことを訊ねるが、


「いえ、守秘義務がありますので、話せないことも多いのです。ご容赦ください」


職員は困ったように答えた。実際のところは、彼女たちの成果について自分のことのように自慢したかったのだが、規則が邪魔をしていた。


「うむ……そうだったか。それはすまなかったな。だが、私たちも彼女たちのことが気になってしまってな」


そうして、話したくて話せない協会職員と情報を知りたくても手に入れられないプレイヤーたちのところに、救世主が表れた。


「どうやら、彼女たちのことが話題になっているようですね」


そう言って、現れたのは例の教育係の男性職員。事情はすでに聞こえていた会話のために掴んでいた。そのため、彼はわざわざタイミングを計って参入してきたのだった。


「実は彼女たちがギルドを設立したらしくてですね。気になるというのでしたら、直接連絡をとってみたらいかがでしょう。ハンター協会を通じれば、テキストでの連絡が可能ですよ」


そう言って、男性職員は一冊のファイルを開き、そのページにある表の一番上の行を指さした。もちろん、その下はすべて空白だ。


――ギルド名「ルルア」 / 代表者名「ルナ」 / 所在地「非公開」


所在地とは、ギルドハウスの所在地だ。これのみ任意で公開・非公開を設定できる。生産や販売をするのであれば、店の場所を公開した方が都合がいい。けれど、ルナたちはそういうことは行わないので、これで不都合はなかった……というか、公開することにメリットがなかった。なので、ルナたちは迷わず非公開にした。さすがに、ギルド名と代表者名の設定は選べない。ギルドへの指名依頼も存在するので、公開以外の選択肢が存在しなかった。


アサギたちは、連絡を取るにしても慎重にということで、今回は登録のみを行い、連絡は一旦見送った。そうして、彼らはハンター協会を後にした。



***

//アサギ


私たちはハンター協会で全員分の登録を終え、さらに先に来たという<アルテシア>について聞き込みを行った。すると、ある程度の情報が集まった。


「……おい、アサギ」

「ああ、わかっている」


どうやら、その<アルテシア>は全部で三人。その内、二人は小さな女の子だったという。一人は盾と剣を持った暗い青色をした髪と瞳の女の子。名はルリといったそうだ。そして、もう一人は軽鎧に身を包み、腰に短剣を差した、暗い赤色の髪と瞳の女の子で、名をアカネといった。もうひとりのルナという長い白髪に長身の女性もいたらしいが、そちらは本当にハンターなのか疑う出立だったという。


そして、私が気にしているのは二人の女の子の方。もしかしたら、私の探し人かもしれないのだから。


私は髪に触れた。私の髪は長く背の中ほどまである。それを後ろの低い位置でゆるくひとつにまとめて垂らしていた。


髪色は明るい青緑色。正確には「浅葱色」という。


私のプレイヤーネームの「アサギ」というのは本名リアルネームだ。これは私のいつものアバター作成のやり方で、妹や妹の同い年の幼馴染みも私のやり方をまねてアバターを作っていたのを見たことがあった。


(瑠璃色のルリ、茜色のアカネ、か)


いや、まさかな、と首を振る。二人がそこまでゲームが得意ではないのは知っていた。けれど、そうであって欲しいという思いもある。


というのも、今では、第一から第四までのフィールドではPKが横行しており、攻略組が交代でPKKを行って治安維持に努めていた。そんな中に二人がいることを思えば、まだ見ぬフィールドでこの世界を楽しんでいてくれている方が、よほど気分がいい。


「……ふふ。二人は楽しんでいると思うか、アキラ」


私は隣にいる青い髪の男に訊いた。


「……ああ、きっとな」


アキラは同級生でリアルではゲーム仲間として親しい仲だった。他にあと三人、リアルで付き合いのあるゲーム仲間がユニオンにいる。


「まさか、ゲームで妹たちを追うことになろうとはな」

「ふっ。まったくだ」


私はアキラと、中学に上がったばかりの二人を思い浮かべて笑い合う。


それと同時に、そんな二人と一緒にいるという女性に思いを馳せる。たった三人でヒキを討伐したという、その中心にきっといたであろうその人に。


「……追いついてみせないとな」


私はそっと、心に誓った。

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Artesia_Online(アルテシア・オンライン) 天下原なばら @nabara

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