第33話 ギルドハウス


「そういうことだから、ジェシカとニーナ、ナタリーとラルフ。これからよろしくね」


わたしは、昨日振りの再会となる四人と挨拶を交わした。とはいっても、救出した子供たちはそこそこの数いたので、正直、覚えていなかったが。


今回雇うことになった子供たちは、使用人として適性のあるスキルをもった子たちだ。


ジェシカとニーナは「家政スキル」持ちで、掃除や洗濯、料理などが得意だ。なので、主に家の中のことを担当してもらう。ナタリーは「園芸スキル」持ちで、「農功スキル」持ちのラルフと協力して庭の手入れをしてもらおうと考えている。


「園芸スキル」は観賞用植物の育成や品種改良などができるため、一見すると庭の花壇などの整備が得意な気がしてしまうが、実際には鉢やプランターなどの小規模なものを扱うためのスキルだ。そのため、規格外とでもいうべき広大な庭の手入れをするには不向きだ。


一方で、もともと広い畑で野菜などの植物を扱うことを前提とした「農功スキル」であれば、「園芸スキル」が苦手とした広大さを苦にすることなく一手に扱うことができた。また、「農功スキル」は観賞用植物そのものを扱うことは苦手だが、植物の育成という点では「園芸スキル」と共通するため似たような効果を持った技も多い。「園芸スキル」と「農功スキル」を上手く組み合わせることで、効率よく庭を管理してもらおうという魂胆だった。


ちなみに、ラルフは男の子で、残りは皆、女の子だ。ラルフには、唯一の男子として力仕事が回ってくることになりそうだなあ、なんて。


そんな新人四人の指導に当たるのはハンナだ。また、彼女には執事として家の中のことを取り仕切る役目も果たしてもらうことになる。


給金の関係で、これ以上の雇用は控えたが、状況を見ながら、必要があれば新規に雇用することも考える。それだけの稼ぎがあるのかと言われると、正直、微妙なところ。四人については、仕事自体が初めてということで低く抑えられているのだけど、ハンナは執事としての働きを求められているとして高くついた。


「じゃあ、今から必要なものを買い揃えながら、向かおうか」


一通りの面通しが終わり、雇用契約書をハンター協会に提出すると、わたしは言った。


必要なもの。およそ、掃除用具一式。これがないと使用可能になる部屋がない。あとは、寝具。これがないと今夜休める場所がない。まあ、他にも家具で入れ替える必要のあるものや日用雑貨などの普段使いのものなど、挙げればきりがないわけだが。


そんな状態だったので、ギルドハウスを手に入れた昨日は、ギルドメンバー共通のアイテムボックスを部屋の一画に設置し、所持金の大半と貴重なアイテムたちを収納したら早々に退散した。……まあ、この時は、明日死んでアイテムロストを経験するなんて思ってもみなかったわけだから、ほんと、人生なにがあるかわかったものではないね。


ちなみに、ロストしたアイテムは……というと、正直よくわからない。手持ちは不足することがないように多めに用意している素材がほとんどだったため、なんとなく全体的に少なくなったかな、というのが見た感じの印象。八十個あったポーションが六十個になった、みたいな? なので、三人おそろいで買った着替えが一着見当たらない以外に、実害はほとんどないというのが今回の死んだ感想だった。


「ふわぁ。本当に大きなお屋敷ですね」


買い物を終え、ギルドハウスに辿り着くと、誰ともなく溜息を吐く。


使用人たちはこれだけの屋敷に勤められることに対する高揚感があるらしく表情は明るい。けれど、わたしからすれば、三人で暮らせるだけの広さがある普通の家でよかったんだけど、といったところ。昨日の今日でそんな感じなので、まだ、しばらくは引きずるだろう。


そうこうしているうちに、長い玄関までの道のりを歩き切り、玄関扉を潜る。……暗い。住人がいないため、燭台の火はすべて消えているのだ。


「[光魔法・光球]」


ルリが光魔法で明かりを用意する。どうやら、使用人の五人は光魔法スキルは持っていないらしく、ルリの明かりを頼りに豪奢なエントランスホールを眺めていた。


そのまま、奥へと進んでいくと大広間へ出る。大広間には上階へと続く階段が二つあり、二階には家主および客人用の寝室がいくつも存在する。が、しかし、今はそちらには行かず、さらに一階を奥へと進んでいく。


すると、今度は全面ガラス張りの部屋に出る。今は陽光が入り込まないように厳重に目張りされているが、本来は温室と呼ばれる屋内テラスのような場所だった。南向きの部屋のため、目隠しを取ればここから海を一望できるようになると思われた。


そこからさらに移動し、ようやく居間に出る。正確にはドローイングルームといって、大広間でパーティをした後、休むために「引き上げるwithdrawing」部屋なのだが、平時はおよそリビングとして機能する場所だった。


「外から見ても広いとは思っておりましたが、中を見て、本当に広いと感じましたね」


ハンナが感心したように言った。彼女が雨戸を開けてくれたので、部屋が光で満ちていた。


「そうだね。まだ、食堂が二つに図書室、ビリヤード室のほか、画廊に舞踏場まであるからね」


わたしは事実を淡々と告げる。だが、これでもすべてではない。ドローイングルームはもう一部屋あるし、他の部屋もいくつかある。それもすべて一階に。


「本当にすごいお屋敷ですね……」


ハンナは一転、呆れたように呟いた。


「あはは……。まだ、これで二階と地下もあるんだよね。大丈夫かな?」


アカネは苦笑い。けれど、そんな心配は不要だとハンナは答えた。


「[家政・清浄]」


スキルを使うと、ハンナを中心に淡いオーラが波紋のように広がっていき、塵や埃などの汚れがたちまちに消えてなくなっていく。そして、隅々までオーラが行き渡ると、一分とかからずに広い部屋の掃除は終わってしまった。


「おおー!」


パチパチパチ。拍手が起こる。確かにこれなら問題はなさそうだ。それに、これをジェシカとニーナの二人が習得すれば、ハンナは執事業に専念できるようになり、もっと負担が減るはずだ。


「ありがとうございます。喜んでいただけたようで、私もうれしく思います」


ハンナが優雅に一礼する。


「うんうん、すごいね。とても心強いよ」


わたしは、屋敷の管理という難題がハンナの手で解消されそうだということで、褒め称える。


「身に余るお言葉です。ですが、このハンナ。奥様の意に沿えるよう、誠心誠意、身を粉にして働く所存です」


わあ、すごい熱意だね。うん、う……ん? 奥様?


「はい。……あ、えっと、若奥様とお呼びいたしますか?」


……どうしよう。ちなみに、ルリとアカネのことはお嬢様と呼ぶらしい。


この差はやはり、立ち位置の差だ。わたしは屋敷の持ち主であり、ギルドマスターゆえに直接の雇い主でもある。従って、女性主人を呼ぶ「奥様」が使われてしまうのだ。そして、ルリとアカネは、直接の雇い主ではないけれど敬意を払う対象である、としてお嬢様と呼ぶ流れになる。


……はあ。マダム呼ばわりされるような年寄りではないのだけれど。


とはいえ、軽々しくお嬢様と呼んでいては外聞に障るという。なので、協議の結果、「ご主人様」と呼ぶことで落ち着いた。これなら年齢は関係ないもんね。


そんな想定外な問題が勃発したものの、その後は、総出でギルドハウスの手入れを始める。掃除はハンナのスキルで終わるものの、カーテンやカーペットの取り換え、寝具の交換などは人の手でやらなければならない。


そのため、わたしたちは三組に分かれて作業をすることにした。組分けは、わたしと庭師組、アカネと家政組、ルリとハンナ。「光魔法スキル」持ちのルリと「家政スキル」で掃除ができるハンナが一階と二階の部屋の掃除と雨戸開けを行い、アイテム欄による無限収納を生かしてわたしとアカネが荷物持ちをしながら、新人使用人の四人が家具の入れ替えを行うというもの。


ただの荷物持ちというのもどうかと思うけど、彼女たちにしてみると、収納技能持ちの<アルテシア>がいてくれると助かるとのこと。どうにも、街の人はアイテムを収納できないらしい。


そうして、家財の入れ替え作業を行っていると、ルリとハンナが一足先に作業を終えて戻ってきた。


「あ、ルナさん。調理場って、どこにありましたっけ?」

「調理場? あ、どこだろう……」


そういえば、見覚えがない。この屋敷に調理場がないなんてことはないはず。ということは、埋まっていないマップに存在するということだ。


すぐさまアカネを呼び、捜索開始……すると、あっけなく終わった。アカネが一階の給仕室の近くの壁に隠し階段があることを発見した。その給仕室には良く見れば魔具のエレベータがあり、暗にその下に地下階があることを物語っていた。


エレベータはオフになっていて動かないため、隠し階段から下りていくと、上の階よりも狭い寝室がいくつもあり、目的の厨房の他、洗い場といった作業場もあるので、使用人のためのスペースであることが見て取れた。エレベータは厨房にあり、そこから上の階に届けられるようになっているようだ。


そんな中、一か所、鍵がかかっていて入れない部屋があった。この建物は元ダンジョン。ゆえに、ドアは窓や壁と同様に破壊不能。鍵を見つけるしかなかった。


けれど、その鍵には心当たりがあった。子供たちが閉じ込められていたドアの横の鍵。大きさ的にはちょうどよかったことを思い出す。アカネに頼んで取ってきてもらう――と、回った。


開いた扉から出て来たのは大量のワイン。ハンナに言わせるとかなりの値打ちものがごろごろしている、とのこと。けれど、ここにいるのはお子ちゃまばかり。飲める人はいなかった。


そんなワインセラーを奥へと進んでいくと、もうひとつドアがあり、そこは宝物庫だった。この街にもうひとつ屋敷を構えても、まだ余るほどの財産がそこにはあった。


けれど、わたしは宝物庫の財産はそのまま置いておいて、ワインセラーの鍵をハンナに預けることにした。わたしたちの生活費は自分たちで賄える。それならば、屋敷そのものに投資する方が運用的には正しい気がした。


上級MPポーションを飲みつつ[家政・清浄]を使うハンナのお蔭ですべての部屋の清掃と寝床の確保ができた。また、五人の寝床については、二階の部屋を使うように指示した。一応、ワインセラーの隣は執事室でやや広めではあったが、それでも二階ほどではない。なので、二階の給仕室のある屋敷の西側に五人の部屋を設けた。


わたしたちはその反対、東側に部屋を取る。特にわたしの場合は選ばせてもらえなかった。というのも、一際大きな、あきらかに邸主の部屋だろう寝室が見つかり、問答無用でそこに決まった。ちなみに、そこはヴァンパイア(ナイト)のジェイニと戦った部屋のことでもある。


その隣にルリ、さらに隣にアカネが取って、残りはすべて空き部屋。……なんとも無駄に広い屋敷だ。いっそ、宿でも経営しようか、なんて考えてしまうほど。ギルドで大所帯になる予定もないし、五人に部屋を使わせたところで、客室が減ったなんて気がしない。


……コスパが悪すぎないかなあ、なんて。


持つ者ゆえの贅沢な悩みに溜息を吐きつつ、オーシャンビューになっている寝室の窓をみつめる。そこには、わたしたちが望んだ景色がある。


……まあ、手に入ったんだよね。海を臨めるギルドハウス。


この街にホームが持てたらいいね、って話をしてたら、次の日には手に入り、その次の日には住めるようになった。驚天動地な展開ではあったけれど、これで文句を言っていてはいけないよね。


わたしはひとつ深呼吸をすると、作業机に向かう。元々は一階にある図書室に置いてあったものなのだけど、「錬金術スキル」を使うには大きめのものの方がいいということで、この部屋にあった机と交換した。もっとも、仕事は書斎でするものであって、プライベートルームではしないのが普通だ、という上流階級の常識は知らない。


わたしは机の上に赤青二色のインクと奉書紙を並べ、手始めに色札の合成を始める。


「[錬金術・呪符作成]」


……うん。予想通り。魔力容量が格段に向上している。具体的には五倍程度に跳ね上がった。


そのまま、これに魔力を込めたいのだけど、さすがに部屋の中でやるわけにもいかない。建物が崩れる心配は全くないとはいえ、家財のほとんどは壊れ物。せっかく買ったカーテンやベッドが、ものの数時間で光の粒子になってしまうのは忍びない。


そこまで考えて、いい場所があることを思い出す。そう。地下だ。あそこはボスエリア。どれだけのことをしても、誰にも迷惑がかかることはない。


思い立ったが吉日。すぐさま爆破ナイフの改良版を作るべく、地下へ向かった。

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