第32話 ギルドの使用人


はふう。まさかの交通事故で初の死を経験しようとは。わたしは噴水広場で溜息を吐く。


今回は、攻撃用の浅い落とし穴はいくつも準備していたが、退避用は用意していなかった。また、ルリとは距離を取りすぎていたためか、ダメージの肩代わりもなかった。そしてなにより、爆発で足を壊した後のことを何も考えていなかった。……そりゃあ、倒れ込んで潰されるよね。


そうして、ひとり、噴水広場で反省会をしていると、


ピコン。


軽い電子音が響き、ウィンドウが開く。


――クエストボス「ガルプムース」の討伐に成功。ギルドクエスト「健啖な大鹿」の条件を達成しました。

――ギルドクエスト「健啖な大鹿」の全条件を達成。報酬を受け取れます。


どうやら、二人はあの後、きちんとガルプムースに止めを刺せたらしい。やっぱり頼りになる二人だった。


わたしはパーティチャットで労いの言葉と共に待ち合わせ場所の指定をすると、二人と合流するため、ハンター協会のある西通りへと足を向け――ようとして、ふとベンチに座る人影に目が留まった。


その人影は若い女性だった。この街ではよく見かける三色コーデでありながら、割と珍しいエプロンドレスを身に纏っていた。裕福な家庭のお嬢様のファッションか、あるいは使用人の作業着か。単色、二色の服は、汚れると分かっていても着ない街なので、こういう時は判断しにくい。


そんな彼女は明らかに顔色がよくない。体調が悪い、とかだと困ってしまうだろうし、なんとなく気になったので声を掛けてみることにする。


「こんにちは」


わたしはそっと微笑みかける。


「……はい。こんにちは。何か私に御用がおありですか?」


伏せられていた彼女の顔がわたしに向けられる。と、彼女はまだ少女と呼ぶような年齢だろうことがわかった。肩にかかるくらいのセミロングの髪はきれいな金色で、瞳はアメジストのような紫色。そんな彼女は少し戸惑ったようすをみせるも、丁寧な対応をしてみせた。


「用ってほどでもないんだけど。顔色がよくなかったから、気になったんだよね」


わたしは正直に伝えた。体調が悪いのかを尋ねるが、そういうわけではないらしい。ではどういうことなのか。


「実は、私、行くところがないんです」


衝撃的な言葉に驚きつつも事情を聞いていくと、どうにも彼女もまた、吸血鬼の被害者ということになるのだった。


「ひとりでお屋敷の管理を、ね……」

「ええ。けれど、そうは言いましても、私が奉公していました屋敷は、あまり大きくありませんでしたから」


こんなこと旦那様の前で言ったらクビにされてしまいますね、なんて冗談を言う。


使用人は仕える主人を卑下するようなことは言ってはいけない。彼女の言葉は、職を失った今だから言える自虐ネタだった。可笑しそうに笑うそのようすからして、彼女は少し元気が出てきたようだった。


「そっか……。そうすると、あなたの再就職先はどこかのお屋敷になるのかな」


わたしの脳裏には「とあるお屋敷ギルドハウス」の惨状が浮かんでいた。


「そうできればよい、とは思いますが、実際には難しいでしょう。ですから、私にできる、他の仕事を探すつもりです」


彼女はそう言って、寂しそうに笑う。けれど、わたしはそこに望んだ言葉があることを聞き逃さなかった。


「そっか。『そうできればいい』ね。言質は取ったよ」

「……はい?」

「わたしが雇ってあげる」


驚いた表情の彼女を連れて、わたしはハンター協会に向かった。




わたしは、どこかのお屋敷の元使用人、ハンナと共にハンター協会を訪れていた。ハンナを雇うにあたってはルリとアカネの意見も聞く必要があるため、二人との合流が優先される。なので、中には入らず、外で待つ。また、協会では、ついでに、雇用契約がこの世界ではどのような形で存在しているのかを訊こうとも考えていた。


そうして、入口付近で待つこと少し。西門の方から、ルリとアカネがかなりの速さで走ってくるのが見えた。時間で見ても、行きにかけた時間と比較すると帰りはかなり早い。……やっぱり、わたしが足を引っ張っているのかな。


「ルナさん!」


そんなことを考えている間に、二人はわたしのもとへとたどり着く。


「ルナさん! 大丈夫ですか!」


けがはないか、痛むところはないか、と再三、体調の心配をされ、それが一段落すると、今度は言葉が謝罪に変わる。


「ごめんなさい。わたしのせいで……」


ルリはスキルで庇える範囲にいなかったことを、アカネは敵をわたしから遠ざける向きに誘導するという連携の基本を疎かにしたことを、それぞれ反省として口にする。


「うん。わたしも援護に集中しすぎて、自分の身を守ることを忘れてたから、二人だけのせいじゃないよ。今までが上手くいきすぎていたから、油断しちゃったのかな。それぞれに反省しないといけないことがあるし、帰ってからきちんと話し合おう。ね?」


こうして、後で反省会を開くことを約束してこの場は一旦、落ち着ける。そうなると、二人の注意は、わたしと一緒にいた女性へと向けられる。


「……あの、それで、そちらの方は?」

「はじめまして。私はハンナと申します。先日までとある屋敷で使用人をしておりました」


二人は「先日まで?」と首を傾げる。


「はい。私が仕えていた旦那様は先の吸血鬼の被害に遭われまして、お亡くなりになられたのです。事件が解決されるまでは行方不明となっていましたので、旦那様のお帰りを待ちながら家を整えておりましたが、つい先程、ハンター協会の方から正式に散華さんげされたと通達され、同時に使用人の職を解かれることとなりました」


散華とは戦死の婉曲表現だ。つまり、彼女の主人はただただ無為に死んだのではなく、街のために吸血鬼と壮絶な戦いを繰り広げた後に亡くなったのだ、と彼女に告げたということになる。ちょっとした協会側の配慮だった。


「そうでしたか。辛いことを聞いてしまい、すみませんでした」


アカネが一言断りを入れ、


「それで。ルナさんは、ハンナさんを雇いたい、ということですか」

「はわー! そうなんですか、ルナさん」


本題に切り込んできた。


「うん。わたしたちだけじゃ、どうやったって手に負えないからね。未経験の人を雇ってもわたしは指導できないし。実際に働いた経験のある人を雇わないことには立ち行かないと思うんだよね」


どうかな、と二人に尋ねる。


「はい。わたしはいいと思いますよー」

「はい。ハンナさんを雇うことには賛成です」


二人の賛成は得られた。


「ですが、ハンナさんがどれだけ優秀でも、一人では手が足りないでしょうから、そこは他に人を雇うなりする必要があるかと」


さすがアカネ。冷静な判断です。やっぱり、一人じゃ足りないか……。


「そこまで広いお屋敷なのですか? というか、貴女方だけ、とはどういう?」


その質問には雇用契約を結ぶ際にきちんと答える、として保留にした。わたしたちには済ませなければいけない用事があってここを訪れているのだから。


そうして、赤い縁のカウンターへ行き、クエスト完了手続きをしてもらう。報酬の奉書紙をたっぷりと受け取り、二分の一が現物になって少なくなった報奨金をもらう。また、今回はギルドクエストなので、預託金は初期値から増額され、それに伴いギルドの信頼度もプラスされることになった。


「見立て通りだったな。やはり、お前たちに頼んで正解だった」


そう言って、現れたのは<トリニダッドの街>のハンター協会会長。街の危機を救ってくれてありがとう、と謝辞を述べた。


わたしたちは一通りの挨拶を交わすと、目下の関心事を尋ねた。


「……そうか。使用人、か。君たちの屋敷と言えば『潮騒の館』だろう? となると、かなりの人数を雇う必要があるだろうな」


なにせこの街で領主邸の次に大きい屋敷だからな、と笑う。……それは笑い事ではないのだけど。わたしたちにそこまでの稼ぎがあるとでも?


「まあ、契約ならここでやればいい。アソシエーションで共通だからな。それと――」


契約がここでやれるというのはありがたい。そう思ったところで、次の言葉が継がれる。


「――今回保護した子供たちから、恩返しがしたいという声があってな。子供たちは家族を殺されて身寄りのない者も多いから、いくらか雇ってやると喜ぶだろう」


雇うって……。仕事場は元・吸血鬼の館ですよ? 子供は嫌がりませんか? ていうか、ハンナもご主人様を亡くしているし、兵士もいっぱい死んでるわけで……。あれ? それで、なんで会長とか職員は平然としているのだろうか。


わたしはハンナを見る。


「はい。私もそう思いますよ。それに、あの屋敷はお庭も広いですから、庭の手入れができる方も欲しいですね」


あれ? かなり前向きだ。気にならないのだろうか。……ああ、でも、潮騒の館は強制的に所有物になるのだから、これくらいは仕様としては当然……なのかな。うーん。ナゾだ。


ちなみに、この世界ではアソシエーションを通した契約に限り子供の労働は認められる。この世界ではスキルが存在するため、早い段階から職業訓練を受けて、適正なスキルを育てていくことが子供のためになる、という価値観があるからだ。


また、強制就労を防止したり、子供にとって不利な条件とならないように見張る役目として、アソシエーションが契約を仲介するという定めがあった。もっとも、これに関しては子供に限った話ではなく、雇用契約のほぼすべてをアソシエーションが管理しているわけだが。


そうして、ノリノリな会長とハンナ、そして職員たちの協力により、使用人候補の子供たちが選出された。

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