第15話 ヒキ(後半)


(胸の中がここのところ落ち着かない。ずっと、騒がしい。どうしてかな)


私は、目の前でヒキが動いているというのに、そんな場違いなことを思った。


でも、理由はなんとなく、わかっていた。皆、人もモンスターも、すべてが、あの人に注目してしまって、私なんか見えていないような、隣にいるのにそこに私なんていないんじゃないかって、そんな気がしてしまうのだ。


そうはっきり思うようになったのは、ルナさんがひとりで飛竜を倒してしまってからだと思う。けど、それも定かではない。爆破ナイフを作った時かもしれないし、その前のボス戦で助けてもらった時かもしれない。


考え出せばきりがない。思えばいつも感じていた気がするからだ。羨望、憧れ、嫉妬……。いろんな感情がごった煮になって、自分でも理解できなくなっていた。


でも、思えば、私はあの人を見上げてばかりいたように思う。最初は私が守らなきゃって思っていたのに、気がつけば私が守られていた。私は先を歩いて先導していたつもりだったのに、実は後ろから見守られていた。だから、いつしか、私の中であの人に追いつくことが目標になっていた。


でも、あの人は特別なわけではなく、私と大きく違うところはなかった。取ったスキルが違う。ただ、それだけ。「無属性魔法スキル」というレアスキルはあるけれど、それは私とルリの武器に付与しただけで、あの人が自ら使うということはなかった。


普段のあの人は「錬金術スキル」しか使わない。「錬金術師」とアランさんに呼ばれたことからも、そのことが窺える。事実、あの人は、「錬金術スキル」で私とルリのためにポーションをたくさん作ってくれた。武器と防具では、現在のプレイヤーたちの中で最高品質だろうものを揃えてくれた。


戦闘は、滅多に参加しないけれど、それでも、私たちが困っている時には「精霊術スキル」で支援をしてくれた。リカイニオン戦では、呪符を使った投擲で勝機を演出してくれた。


……なんでかな。どうして、こんなに差を感じてしまうんだろう。差を縮めようと頑張れば頑張っただけ広がっていってしまっている気がする。私、何か間違えているのかな。


(ルナさん。私、どうすればいいのかな?)


私は心の中で問いかける。


――あのゴーレム、土を魔法で固めて作ってるみたい


私の中のルナさんが、答えてくれる。けど、


(それが、何?)


よく分からない。


「アカネ!」

「アカネちゃん!」


私はハッとする。戦場で考え事するとか正気か、私は。


「アカネ! ナイフ出して!」


……ナイフ? それが爆破ナイフなのは分かる。でも、なんで?


私は疑問を感じながらも、爆破ナイフを取り出そうとして、気づく。私の周囲が闇で満ちていた。


そして――分かった。そういうことか。でも、できるのだろうか。……いや、やらなきゃいけない。やってみせないと、縮まらない。追いつけない。あの人に。


「顕現せよ、ダークゴーレム!」


私はゴーレムについての知識を得ていた。二回目にアランさんのところを訪問した際に、魔石と一緒に解説してくれていたのだ。それによれば、ゴーレムは大きく二種に分けられる。


まず、ひとつは粘土などで予め形を作っておいて、そこに魔石などの核を埋め込むことでゴーレムとするもの。これは核を壊せばその時点で活動を停止するが、逆に核を壊されない限りは、どれだけ欠損が酷くても動き続けることができる。


もうひとつは、目の前のアースゴーレムのように、核を持たず、身体の構成からして魔法でできているもの。これは、スキルや技、モンスターの特技のような特殊な手段が必要になる。メリットは核を持たないので、核を壊されて活動停止という心配がないことで、デメリットは、核を持たないので、欠損がそのままダメージになり、活動に大きく影響を与えるということだった。


そして、今から私がやるのは前者のゴーレムの作成だ。私は特殊なスキルも技もない。だから、元から選択肢としては前者の核を使う方法以外になかった。


核に使うのは爆破ナイフ。魔石代わりの呪符が組み込まれたナイフなので使えなくはないだろう。


(けど、こんなこと、普通は考えつかないよね。でも、ルナさんはずっと考えていたんだろうな)


私は初めてでできるかはわからなかったけど、でも、土で作るのはさっき見た。だからできる。闇でも同じ……いや、むしろ、闇は私のものだ。土よりずっと身近に感じる。


そして、


……!


できた。黒より昏い、闇の人形。イメージは目の前で見た土人形に似せてしまったが、初めてにしては上出来だろう。


ピコン。


――[闇魔法・人形作成]を取得しました。


技の取得を伝えるウィンドウが開いた。それを見て……不敵に笑みを浮かべる。技を取得した私には分かる。私のゴーレムは、強い。あのアースゴーレムよりもずっと強い。ルナさんがくれた装備と爆破ナイフのお蔭だ。


(……ルナさんのお蔭、か。まだまだだな、私は。でも、それでもいいや、って思えた)


もう、ルナさんは守られるほど弱くはないし、私も守るなんてとても言えないけど、でも、もちつもたれつでいれればいいんだって。それでいいんだって。そう思ったばかりだったはずなのに。


ほんと、何やってたんだろうな、私は。ルナさんは、私が望んでいる限りは一緒にいるってそう言ってくれたのに。……バカだな、私は。


私は一度、深呼吸をする。そして、


「……私は、ルナさんと一緒に居たい。だから――」


私は目の前のボスを真っ直ぐに見据える。


「――ここで、お前は、絶対に倒す」


言葉と同時、私とダークゴーレムは駆け出した。


ダークゴーレムが真っ直ぐにアースゴーレムに向かっていって拳を叩きこむ――と、アースゴーレムが大きくよろめいた。爆破ナイフを核にしたダークゴーレムは爆発系の特技を得ていた。悉く、常軌を逸したアイテムだった。


グァ、ア!


ヒキが驚きの声を上げるが、そんなことに構ってはいられない。私はヒキの懐に潜り込むと、[短剣・追刃]を叩きこんだ。


他にも技は習得していたが、無属性の追撃を活かすのであれば、これが一番いい。私は何度も追刃で斬りつける。その一方で、ダークゴーレムは何度も拳を振るい、存分に爆発を叩きつけていた。これなら、早々にアースゴーレムを片づけられるだろう。


けれど、ヒキにすればたまったものではない。自慢のアースゴーレムが一方的にやられているのだ。ヒキは死に物狂いで土魔法を連発するが、目の前にいるルリに気を取られるようで、狙いが定まっていない。そして、


「アカネ、下がって」


ルナさんの指示に即座に大きく距離を取ると、


ドカーン!


また、あの理不尽な暴力の嵐がヒキを襲った。巨体が地面を削りながらそこそこの距離を転がる。HPはかろうじて残っていたが、もう虫の息。アースゴーレムも光の粒子に変わっていて、私たちの勝利は目の前。


だけど、油断はしない。私の目には飛竜のブレスが焼き付いている。もう、あんな思いはしない。だから、


「――ルリ!」


私はもっとも近い位置にいた、ルリを呼ぶ。その時には、すでにルリは駆け出していた。


「わかってるよ! [剣・飛閃]」


ルリは技を繰り出す。


けれど、一方のヒキもただ黙っていたわけではない。魔力を集め始めていて、大地が揺れ出していた。だからこそ、下手に魔法を放って、削り切れなかったというのは避けなくてはいけなかった。


だからこそ、ルリの「剣スキル」を選択したのだ。これなら、無属性の追撃が発生する。……桁がズレてしまっている追加ダメージが。


ルリが放った見えない斬撃は確かにヒキの残りのHPを消し飛ばし、そして――


ピコン。


軽い電子音が耳に届く。揺れは収まり、ヒキは徐々に光の粒子へと姿を変えていく。


私は目の前に開いたウィンドウを見ると、


――フィールドボス「ヒキ」の討伐に成功。<ホクラニの街>に行くことが可能になります。

――アソシエーションへの参加が可能になりました。アソシエーションに参加すると新たな機能が解放されます。


いつもとは違う文面が追加されていた。気になるけれど、それは後。だって――


「……勝て、たんだ。……やっぱり、すごいです。すごいですよ、ルナさん」


初めてなんだもの。まだ、誰も成功したことのない、ヒキの討伐。それを成し遂げた最初のパーティ。


「アカネもすごかったよ。アースゴーレムを圧倒してたもんね」


ルナさんがいつの間にか背後にいた。どうやら、「隠密スキル」を使ってこっそりと忍び寄っていたようだ。私は呆気にとられるが、すぐに笑いがこみあげてくる。


(……そうだった。こういういたずらみたいなことをする人だったっけ)


ルナさんは、不思議そうに首を傾げているけど、もう、いいや。くよくよするなんて、私らしくない。私は私でがむしゃらに突っ走っていればいい。もっと他にやりようがあるんだろうけど、でも、立ち止まって考えているよりは幾分ましだろう。だって、他にやり方を知らないんだもの。


「なんか、吹っ切れたみたいだね」


ルナさんが言った。


「……はい。お蔭さまで。ご迷惑おかけしました」


私はどうにか笑いを収め、答える。と、


「ふふ、そっか。……それと、迷惑は身内にしかかけられないんだから、存分にかけてあげるといいと思うよ?」


……ルナさんがとんでもないことを言った。一体何をしでかすつもりだろう。この人も存外天然だからなあ。……ルリといいルナさんといい、気が休まる時がないような。……今回のこれって心労からきたのかな、なんて。


「アカネちゃん、おつかれー。ルナさんも、お疲れ様です」

「ルリ、おつかれー」

「うん、おつかれさま」


離れたところにいたルリが帰ってきたので、労いの言葉を交わす。


「アカネちゃん、あれすごかったね。いつ覚えたの?」


(……ああ、これは。いつものドタバタが始まる感じだ。……しんみりさん、もう少しがんばりませんか?)


そんなことを少し思うも、まあ、これでいいかって思い直す。ルリもルナさんも笑顔でいてくれる方がずっといいもんね。


(……この日常を守るためにも、今度は皆で、一緒に強くなっていこう)


私は、目標を少しだけ、それでいて大きく、修正した。


「うん。じゃあ、歩きながら話そう? 早く次の街に行って、ゆっくり休みたいしね」


私たちはのんびりとおしゃべりしながら、次の<ホクラニの街>へと入ったのだった。

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