魔王に召喚された勇者

十壽 魅

第零章『アルトアイゼン騒乱』

第1話『勇者VS勇者』


――地下空間に鎮座する巨大な神殿。


 マヤのピラミッド、チチェンイツァ遺跡を彷彿とさせるその神殿は、頂上部の祭壇から下に向かい、一直線に階段が伸びていた。


陽の光に代わって、発光するクリスタルが階段を照らし出す。ここには魔光石と呼ばれるクリスタルの鉱脈があり、地下でも比較的視界を確保できた。



 階段を伝い、二人の人物が降りている。



 一人は民族衣装を身に纏った少女。もう一人はこの場に不釣り合いなフォーマルスーツに身を包んだ長身な男性だ。彼は討伐した戦利品であるドラゴンの角を担ぎながら、深みのあるバリトンボイスで語りだす。


「少し、休みますか?」


 声をかけられた少女は男に向かって振り向く。そして年齢と相反する、妖麗な微笑みを浮かべ、こう答えた。



「いいえ、問題ありませんわ。それよりも休憩が必要なのは、あなたではなくて?」


「私ですか? まだ大丈夫です。こう見えても、それなりに鍛えておりますので……」



 彼はそう言いながら軽々とドラゴンの角を担ぎ直し、再び階段を降り始める。少女は彼と並んで降りながら、興味津々で問いかける。



「あなた、本当に異世界から来たの?」


「ええそうです。信じられないかもしれませんが、私は日本という国から、こちらの世界に召喚されたのです」


「その年齢からすると……騎士に仕える従者? いえ、騎士見習いといったところかしら?」


「向こうの世界には、騎士という職業はありません。騎士とは外国の文化で、すでに歴史の一部となり、軍隊がそれに取って代わっています。私の職業は高校生と呼ばれる学生で、見ての通りまだまだ半人前の身です」


「その割には妙に大人びているわ」


「よく言われます。周囲からは『無駄に達観している、いけ好かないガキだ』――と」


 それを聞いた少女は「プッ」と吹き出してしまう。


「あ。今、笑いましたね?」



 少女はクスクスと笑いながら謝る。



「ごめんなさい。あまりにも的確な言葉に、つい。ふふふ、ごめんなさい、フフフ……」


「言われ慣れていますから、まぁいいのですが……」



 男は何食わぬ表情を浮かべたのだが、その裏に『不服』の二文字があった。少女はそれを見逃さず、フォローを入れる。



「そんな顔をしないで。それはあなたが、大人からも一目置かれている存在ということよ。それは誇れることでしょ? 違って?」


「まぁ、大人気ないと言われるより、幾分マシですかね」


「それにしても。『ドラゴンを一人で退治しろ』だなんて、無茶難題を言う魔王さまね」


「異世界から召喚された人間は、この世界の魔導師や魔導剣士を凌ぐほどの力を享受されると聞いています。私の力量を測るのに、このぐらいが適切と判断されたのでしょう」


「召喚したすべての勇者が、比類なき力を手にできるはすがないわ。もしも、ドラゴンに対抗できる力が無ければ――」



 男は少女の台詞を奪うように、こう呟いた



「まぁ、死んでいたでしょうね」



 その言葉はまるで緊張感がなく、まるで他人事のような言葉だった。

 そうこうしているうちに、階段を下り終える。


 階段の前には、血色の悪い紫色の肌を持つ、魔族の女剣士がいた。漆黒の馬に跨っている彼女が、威圧的な口調で叫ぶ。



「レイブン。その娘はなんだ!」



 レイブンは立ち止まり、事の経緯いきさつを語る。



「彼女の名は、ユーミル。ドラゴンの怒りを沈めるために、近くの村から奉納された生贄だそうです」


「どうするつもりだ!」


「連れて帰ります。生贄として捧げられた以上、もう元の村には戻れませんし、この場所に捨て去るにはあまりに酷というもの。そこでお願いしたいのですが、陛下に取り入ってもらい、彼女を保護してもらえないでしょうか」



 魔族の騎士エレナは馬から降りると、レイブンに向かって歩き出す。



「私が? それがまかり通ると思っているのか、レイブン。お前は陛下が召喚なされた勇者――だからこそ、城内にいることを特例で許可されている。たしかに、そこにいるのは歳幾ばくもない幼子だ。とはいえ、人間であることには変わりない。敵対勢力の子を城内に入れるほど、我々は平和ボケした種族ではない」



 レイブンは立膝を付くと頭を下げ、なおも食い下がった。



「それを承知の上で、どうかご慈悲を。騎士団長エレナ」


「見逃してはやる。だが、それ以上の慈悲はない」


「決して迷惑はかけません。何卒、格別の御厚情を」



 エレナは頭を下げているレイブンの前に立つ。そして背中に背負っていた魔剣、カインフェルノを引き抜く。剣を振るって太い音を鳴らし、その剣先をレイブンへと突き立てた。



「くどいぞ! 慈悲はないと言っている!! それとも! 貴様の目の間でそのガキを血祭りに上げられたいのか! わかったらさっさと――」



 エレナの怒声が、地下に反響に木霊す。


――その時!



「危ない!!」



 ユーミルが叫んだ。

 レイブンは自分に突き付けられた魔剣を払い、エレナを強引に押し倒す。

 二人の上を三本の矢が通り過ぎ、一つが神殿の継ぎ目に突き刺さった。

 押し倒されたエレナは狼狽する。



「なにをする貴様ァ!」 


「敵です!! 弓兵に狙われています!」



 二人は急いで立ち上がると、襲い掛かる矢が逃れるため、互いに逆の方向へと走り、岩の陰へと隠れた。


 これはレイブンによる自作自演。その疑念を抱いたエレナは、レイブンに向かって叫んだ。



「レイブン! 貴様裏切ったな!!」



 あらぬ容疑にレイブンは不服を申し立てる



「だったらなぜ私まで襲われるんです! 味方に矢を撃つはずがないでしょ!」


「用済みは殺される運命だ! その身に刻んでおくんだな!」


「だったら襲撃している本人に問いただして下さい!」


「本人?」


「来ます!」



 真上から人が降り立ち、レイブンとエレナの間に着地する。ただ降り立っただけではない。地面に接する瞬間、圧縮した魔力を解放し、衝撃波を放ったのだ。

 その衝撃によって、エレナは吹き飛ばされてしまう。


「きゃ?!」


 防御すらままならず、エレナは地面の上を転がった。

 エレナは激痛に顔を歪めながら、立ち上がろうとする。


「う!!」


――が、それ以上なにもできなかった。彼女はレイブンにしたように、剣先を喉元に突き付けられ、身動きが取れなかったのだ。


 剣を突き立てているのは、白銀に金色のエングレーブが施された鎧を身にて、赤いマントを翻している。その姿は見紛うことなく、勇者と呼べる出で立ちだった。

 歳はかなり若い、14~16前後である。その若き勇者はまじまじとエレナを見つめ、こう評価する。


「誰かと思ったら魔族の女騎士じゃん。へぇ~。すげぇ美人だけど、なんか血色悪ぅ! てか肌、すっげぇ青紫色じゃん! もし胸なかったら気持ち悪くて使い物になんねぇーな! ヒャハハハハッ!」


 とても勇者とは思えない、ヘラヘラとした軽薄な口調。その言葉は下劣で、紳士さの欠片もなかった。品定めをするかのような淫らな視線でエレナを物色している。


 エレナは下心丸出しの視線に耐えかね、忌々しい汚物を見るような瞳で勇者を睨みつけた。

 だが勇者はその視線を受けた途端、嬉々として上機嫌になる。



「いいねいいね! その目! その眼だよ! そういう反抗的な態度をする女が欲しかったんだよ~。なんかみんなさ、異世界から来た勇者だからってもてはやされちゃってさぁ、女も従順すぎて飽々してたんだよね」



 勇者は蔑んだ目でエレナを見下し、嬉々した口調で告げた。



「ありがたく思うんだな。気色悪い魔族のお前を、奴隷として飼ってやるよ。 お前に本当の幸せを享受させてやる。嬉しいだろ? なぁ?」



 エレナは拒絶を言葉でなく行動で示した、彼女は勇者にツバを吐きかけたのだ。思わぬ抵抗に勇者は驚く。



「うぉ! 反抗的ぃ☆ いいじゃん! ますます気に入ったぜ! でも、ご主人様にそういう態度とっちゃうのは頂けないなぁ~」



 勇者はエレナを狂育するため、足を大きく振りかぶった。



「奴隷には、躾が必要だな!」


「――待ちなさい」



 いつの間にか勇者の後ろに立っていたレイブン。彼は勇者のマントを掴むと、力任せに引っ張った。

 片足立ちだった勇者は大きくバランスを崩し、仰向けに転倒してしまう。



「ぐはっ!!」



 レイブンは「やれやれ」と呆れた表情を浮かべ、仰向けに倒れた勇者に、こう警告した。



「女性を口説く時に、そういった誘い方はいかがなものかと。まぁ世の中広いので、そういった台詞を所望するご婦人方もいるかもしれません。ですが少なくとも、初対面の、ましてやエレナ嬢のような気品と優雅さを兼ね揃えた貴婦人には、厳禁な言葉です」



 勇者は頭をさすりながら立ち上がる。



「痛ぅーッ、なんなんだよテメェは! ぶっ殺されてぇのか!! ――んん? お前!」



 勇者はレイブンを見た途端、眼の色を変えた。



「そのスーツ! おめぇもこの世界に召喚されたのかよ! ヒャハハハッ! どうやら、タレコミは本当だったみたいだな」


「タレコミ?」


「魔王が勇者を召喚したって情報が、あんたらのお仲間からもたらされちゃったわけよ。じゃなきゃこんなとこ、わざわざ来ないっしょ? 金にもなんねぇダンジョン探索なんて、おもくそ時間の無駄じゃん」


「そうでもありませんよ。美しい風景を楽しむのも、旅行の醍醐味というものです。まぁ奴隷集めにしか興味ない、盛のついたガキには解らないでしょうが」



 勇者の顔がピクつく。



「あぁ!? てめぇ、俺に喧嘩売ってんの? せっかく俺らの勢力に加えてやろうって言うのに? 断っちゃうわけ!」


「あなた何様ですか? 断るもなにも、教養もないガキの集まりに参加するのは、それこそ時間の無駄であり愚の骨頂というもの。高校生の私が言うのもあれなんですが、そういった子供の集まりに参加したくありません。例えあなたが土下座して泣きっ面下げても、こちらとしては願い下げです」



 勇者のピクついていた顔に、さらに青筋が立ち始める。それを知ってか知らずか、レイブンは勇者の堪忍袋の緒を躊躇なく切り捨てた。



「さっさと現実世界に戻って試験勉強でもしなさい。そのままの学力では、小学校にすら入学できませんよ?」



 レイブンの嫌味に、勇者は訣別を決める。



「あぁそうかよ……、ほんとうぜぇから! ここで死んどけや!!!」



 勇者は腰を落とし、目にも留まらぬ斬撃を繰り出す。

――狙いはレイブンの首。

 薙ぎ払いでレイブンの首を刎ねようというのだ。


 ガッ!! キィイイイイ――――ン……――


 だが勇者の斬撃がレイブンに届くことはなかった。



「衝動的に行動するのも、いささか問題がありますね……」



 レイブンは、いつの間に手にしていた剣を使い、勇者の剣撃を防いでいたのだ。

 まさか防がれると思っていなかった勇者は、目を見開き、我が目を疑う。



「な?! コイツ! いつの間に剣を!!」



 勇者の剣を受け止めたレイブンは、胸ポケットのメガネを片手で取り出し、それをかける。



「ただの中二DQNだと思っていましたが、思いの外やりますね」



 レイブンは受け止めていた勇者の剣を弾く。

 ただならぬ危機感を抱いた勇者は、後方へと飛び退き、レイブンとの距離をとる。

 そんな時、エレナがレイブンに向かって叫んだ。



「それは私の剣だ!! 返せ馬鹿者!」



 それは声援とは程遠い罵声だった。

 レイブンは何食わぬ顔でこう返す。


「少しお借りしているだけです。魔剣カインフェルノは、後ほどちゃんとお返しますので、どうか安心を」


 そのやり取りに勇者は不快感を抱く。まるで自分の存在が卑下され、雑魚扱いされているように感じたのだ。



「呑気にくっちゃべってんじゃねぇよ! 無視すんな! このクソインテリがァ!!!」



 勇者は剣を突き出す。

 レイブンは剣の軌道見極め、突きをすべて避けきった。

 続けて勇者は身体を回転させ、斬撃を繰り出す。全身を使った回転斬りで、レイブンの胴を斬り裂こうというのだ。

 レイブンは魔剣を盾代わりに使用し、胴への侵入を阻止する。それは熟練の騎士ですら驚くほどの、驚異の反応速度だった。

 勇者はレイブンの思わぬ健闘っぷりに、内心驚いていた。年上とはいえ、メガネにスーツ姿の男が、ここまで戦える存在だと思っていなかったのだ。

 勇者は挑発も兼ねて、皮肉を混じえた賞賛を口にする。



「やるじゃん! ただのインテリ糞メガネだと思ってたけどさぁ、歴戦の勇者であるこの俺と、ちゃんと渡り合えているぜ。腐っても、異世界から召喚された勇者ってことか!」


「そういうあなたも、基礎はまったくなっていませんが、隙を突くのはお上手ですよ。まぁ勇者にしては、いささか鍛錬不足は否めませんが――」


「粋がってんじゃねぇよ。剣の質を引き出せないてめぇに、はなっから勝ち目なんてねぇんだ、よッ!!」



 勇者の手にしている剣が、眩い光を放つ。――同時に剣から衝撃波が発生し、レイブンは軽々と吹き飛ばされてしまった。



「クッ!」



 弾き飛ばされたレイブンは空中で姿勢を立て直すと、剣を地面に突き刺し、足を地につけて減速する。



「なるほど。魔力を圧縮させ、剣を媒介にして一気に解放する……なかなかの妙技です」


「この剣は俺特注で作られた聖剣だからな。いろんなことができんだよ。こういう風にな!」



 勇者は聖剣に、自分の魔力注ぎ込む。すると甲高い、耳を塞ぎたくなるような金属音が鳴り響いた。



「そうら、よっと!」



 勇者は近くにあった岩を、軽々と一刀両断する。切断された岩の断面は、まるで鏡面のように綺麗なものだった。



「ヒャハハハッ! すんげぇだろ! ビビった? 超ビビるよなぁ! 俺の魔力と剣の力を合わせたら、こうなるのよ! こうやって剣の本質を引き出せば、マジでこの世界最狂の存在になれっから!」



 勇者はそう言いながら、周囲にあるもので試し切りを行う。

 鍾乳石や遺跡の柱が切り裂かれ、轟音を立てながら倒れる。

 どれも分子レベルで切断されたとしか思えないほど、切断面がまっ平らだった。



「ふぅ!! んん~いいねぇ! 今日も剣の切れ味は絶好調ぉ!」



 勇者はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべ、剣を舐めるような目で見つめた。



「なぁなぁ、これで人間斬ったらどうなると思う。ちょうウケるよ! この前なんて、斬られたやつ痛みを感じなくてさぁ! 上半身と下半身に分かれているのに、『あれ? あれれぇ?!』とか言っちゃって! 超マヌケな声だしてんの! やっぱ人斬るの止めらんねぇわ~!!」



 勇者は狂人な笑みを浮かべ、レイブンに問いかけた。



「ほんと、異世界って超最高だよ。人ぶっ殺しても捕まらないし、それどころか賞賛されるんだぜ! しかも俺めちゃくちゃ強くなってるから負けることなんてねぇ。この生活、ほんとやみつきになるわ。あんたもさぁ、魔族の側にいるってことは、そういうの味わいたいからだよな? そうなんだろ?」



 レイブンは勇者の言葉を、鼻で笑い棄てる。



「一緒にしないでいただけますか。私が魔族の側にいるのは陛下――つまり魔王に召喚されたからであって、あの方には食と住の恩義があるのです。人として、恩は恩で返すのが道理というもの。彼らが人道に反しない限り、私は魔族の味方です」


「なにそれ? 魔族はモンスターだからそういうの意味なくね? てかその生き方堅っ苦しいだろ? もうちょっとさぁ、ハメ外して生きたほうが楽しいぜ」


「正直こういう堅っ苦しい生き方は楽しくありませんし、いろいろと難儀なものです。ですが――」



 レイブンは寂しそうな瞳で虚空を見つめる。そして満足そうな笑みを浮かべ、こう言った。




「自分が死ぬ時に……背筋を伸ばして、堂々と死ねないじゃないですか」




「ハァ? わけわかんねぇ」


「失礼。くだらない戯言ざれごとでした」


 レイブンはそう言いながら、魔剣を一振りする。ブオン! と風を斬る音が鳴る。


「さぁ、そろそろ終わらせましょう。いい加減、次のステップに進みたいので」


「終わらせる? へぇ、堅物のあんたでもジョーク言えるんだ。言っておくけど、ここで終わるの――おめぇの人生だから!」



 勇者は聖剣にありったけの魔力を注ぎ込み、レイブンに向かって駆け出した。

 レイブンは目を閉じ、スッと腰を落とす。そして静かに、居合い斬りのモーションへと入る。


 レイブンはあらゆる情報を切り離し、心を無にする。

 勇者の走る足音やエレナの声、心の内にある雑念をすべて消し去り、魔剣の刃にすべてを託した。

 周囲の流れが緩やかなものになり、レイブンの心が鋭利な刃と化す。

 そして、漆黒の暗闇の中に一点の輝き差し込む。


 


 レイブンは目を見開き、魔剣を振るう。




 聖剣と魔剣の斬撃が交差し、火花が飛び散る。


 


 強烈な一撃に耐え切れず、折れた剣が宙を舞った。高速で回転する折れた剣が地面に突き刺ささり、敗北を宣言する。


 負けたのは魔剣カインフェルノではなく、勇者の手にしていた聖剣だった。


 勇者はこの結果に愕然とする。

 自分はこの世界で最強の存在と自負していた。それを今、いとも簡単にひっくり返されたのである。折られたのは剣だけではない、彼の心をも折られたのだ。 

 敗北のショックで手が震え、聖剣は痛みを堪えているかのように揺れていた。勇者は目の前の現実を否定する。



「バカな!! お、俺の剣が! 斬り合いで負けるなんて!!」



 レイブンはカインフェルノに損傷がないことを確認しながら、なぜ負けたのかを説明する。



「高速振動で摩擦係数を減らし、切れ味をよくするのは私達の世界にもある技術です。それを応用し、こちらの世界の概念である魔法の力によって、極限まで高めるというアイディアは、称賛に値する発想ですよ。ですが、あなたは大事なことを見落としていました」


「見落としただと?」


「あなたができるということは、他の誰かにもできるという可能性があったということです。その事実を見落とし、先に手の内を晒したのが敗因です」


「たった一回見ただけで、俺の技を盗んだって言うのか?! バカな! このわずか数秒で、会得できるはずがないだろ!」


「可能ですよ……」



 レイブンは実際に、魔剣を高速振動させて見せた。

 勇者の手にしていた聖剣と同じように、耳をつんざくような高周波音が鳴り響く。そして近くにあった魔光石の結晶を両断する。倒れた結晶が砕け、七色の煌きを放った。

 レイブンは怖いほど穏やかな笑みを浮かべ、こう告げる



「ね?」



 勇者は「そんなはずはない!」とレイブンに食ってかかり、なおも否定する。



「だがこの剣は、俺の能力を存分に発揮できるよう作られた、エリアスの聖剣だぞ! 斬り合いなら、絶対に負けるはずがない!」


「偽物の聖剣を掴まされたのでしょう。でなければ、得意分野で負けるはずがありません」


「偽物の聖剣? まさか俺は……あいつらに踊らされていたのか?」



 プライドをズタズタに切り裂かれた勇者は、完全に戦意を喪失する。

 レイブンは意気消沈している勇者に向け、剣先を突き立てた。



「決闘の敗者は、勝者の命令に従わなければならない――。そこで提案なのですが、タレコミをした人物を教えることで、今日の事は水に流そうと思います。いかがでしょう、悪い話ではないと思いますが」



「……」


「聞いていますか?」


「あぁ聞いてるよ」


「では、話していただけますね?」



 勇者は一瞥し、レイブンへと視線を移す。そして意地汚い笑みを浮かべた。



「バァ~カ! 誰が魔族のてめぇなんかに教えるかよ! てめぇで探るんだなドアホ!」



 突如、眩い閃光が炸裂する。



 レイブンは顔を腕で覆い隠し、閃光から目を守った。



「援護に付いていた弓兵の閃光矢。いくら無風とはいえ、あの距離から狙撃するとは……敵ながら見事です」



 少しずつ光が薄れていく。

 目の前にいたはずの勇者の姿は、すでにその場所にはいなかった。


 レイブンは足元に転がっていた閃光矢を拾い上げ、それをくるくると回し、手の中で弄ぶ。

 そんな彼にユーミルが駆け寄ってくる。



「レイブン! ご無事で?!」


「問題ありません。お怪我は?」


「こっちも無事よ。まさか、勇者同士の戦いを見るだなんて思わなかったけど」


「情報が向こう側に筒抜けだったようです。幸い、こちらの戦力が上だったので、退かせることができましたが」


「勇者もずいぶんと、品格が下ったものね」


「今や勇者は、他国を牽制するための有効的な手段であり、力の象徴。勇者の保有数で、諸外国への発言力が増すといった現状です」


「ならず者とはいえ勇者は勇者、ということね。人々の希望であった勇者が、今では兵器扱いだなんて……世も末ね」


「異世界から、どれだけ強い勇者を召喚するのかで、国の命運が懸かってきますからね。なんとも、やるせない話です」



 少し遅れてエレナもやって来る。

 レイブンはカインフェルノの柄の方を先にし、エレナに魔剣を返した。エレナは少し強めに、奪い取るようにして魔剣を取る。



「『よくやった』と言っておこう、レイブン」


「恐縮です」


「なぜカインフェルノを使えた? 魔剣を人間が扱うなど……まさか、それがお前の能力なのか?」


「企業秘密です」



 問いに応じようとしないレイブンに、エレナは顔をしかめた。



「そうか、なるほどな。念のため言っておくが、お前の裏切りの容疑は消えたわけではないからな。自作自演の可能性も棄てがたい。現にお前が、こうして生きているのだから――」



 嫌味混じりにそう告げたエレナは、汽笛のような高音の口笛を吹く。

 すると隠れていたレオナの愛馬が、遠くから颯爽と駆け抜けて来る。エレナはその馬に跳び乗り、その場を後にした。


 残されたレイブンとユーミルは、地下神殿の出口に向かうエレナを見送る。


 ユーミルは、エレナの後ろ姿を見ながら嘆いた。



「どうやら礼節を重んじないのは、あの勇者だけではないようね」


「彼女は魔族の中でも特例なので、気にしないであげてください」


「そう。……ところで、私達の乗る馬はどこかしら?」


「それならもう行きましたよ」


「……、え?」


「エレナが乗って行ってしまいました。私はあれに乗ってここまで来たので」


「じゃあ私達、彼女に置き去りにされたの?」



 レイブンは疲れた表情でため息をつき、こう答えた。




「はい。そのようで」



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