第34話 月が奇麗だから消えて下さい④(閲覧注意)


「やっぱり水責めだと思うんですよ」

 それから白鹿は何やら準備に取り掛かった。ゴソゴソと物音が聞こえるだけで、首を固定されている私は何を行っているのか見ることが出来ない。



 ここからが勝負だ。

 勝利条件は、屈しない事。



 まずは一晩だ。一晩耐えることが出来たら家族が異変に気付くだろう。必ず助けに来る。信じよう。


 不安なのは、白鹿が怒りに身を任せて私を殺してしまうことである。当然だけど死にたくない。


 これからなのだ。もっともっと太一と一緒にいたいし、楽しいこともしたい。夏祭りだけじゃなくて、秋も冬も春だって――


 屈してたまるか。

 都合が悪いからって、力ずくで奪おうとするコイツなんかの思い通りになってやるもんか。



「はーい。群青先輩。口を開けて下さい♪」


 満面の笑みで見下ろす白鹿。手にはまた何か新たな拘束具らしきもの。

 絶対に口を開けてやるもんかと奥歯を強く噛みしめて抵抗するが、鼻をつままれて顎に体重をかけた掌でグッと押されて、無理矢理こじ開けられてしまう。恐ろしく手際が良い。


 僅かに開いた私の口に、白鹿は素早く手に持った拘束具をねじ込まれた。拘束具にはベルトのようなものが伸びており、それを引っ張って私を固定しているベットにガチャリと固定する。


「ふふふ。なんだかエッチですね」


 白鹿が持っていた拘束具は、ギャグボールのような口を常に開いた状態にしておくための道具らしい。事実、かみ砕こうと鉄製の拘束具に歯を突き立てようとするが、絶妙に歯が当たらない場所にあり、口の自由は完全に奪われてしまった。舌でどかそうとしてもベルトで拘束具はガッチリと固定されており、ビクとも動かない。



 脳内で危険信号が鳴り響く中、白鹿はニコニコ笑顔のまましゃがむと――


 よいしょ、と呑気な掛け声を上げると、二リットルペットボトルを持ち上げた。

 当然――中にはたっぷりと水が入っている。


「では、『処刑』の次に『拷問』のお話でもしましょうか。拷問は、処刑と違い『殺さずに苦痛を与える』に重きを置いています。目的や手段は様々ですが、例えば敵兵から情報を得る時や、罪を自白させる時ですかね」


 鼻歌交じりで、白鹿はペットボトルのキャップを外す。


「拷問に共通しているのは、睡眠を奪う。継続的に痛みを与える。危険ドラッグを使う。――などなど自分の支配下に置くために、相手の思考や余裕を奪おうとすることですね」


 ペットボトルが私の開いた口元まで迫り、ゆっくりと傾いて――



 口の中にたっぷりの水が注がれた。


「――ごッ!!!? ――――――ッ!!」


 想像以上に苦しい。勢いよく口の中に入って来る水を吐き出そうとするのだけど、口の拘束具のせいで口が開きっぱなしになってるために上手く吐き出せない。


 私は喉元に力を入れて、せめて水を飲み込まないと抵抗したが、それもすぐに決壊した。


「先輩、気付いていますか? このベット実は少し傾いていまして、頭の方が少し下がっているですよ。そうすることで、水が重力に従って下へ下へ♪」


 注がれる大量の水が喉元に侵入した。そこからは本当に駄目だった。気管に侵入せんとする水にむせ返る。喉元の水のせいで呼吸がままならない。





 ――溺れてしまう!




 しかし、首はがっちりと固定されているため流れ続ける水から逃れることは出来ない。私は全身全霊で暴れて固定具の破壊を狙うけど、ガチャガチャと金属音を鳴らすだけで外れる気配はなさそうになかった。


「――――――ッ!! ――――――ッ!」


 酸素を求めてほとんど無意識に水を飲み込むのだけど、飲み込むよりも早く水が注がれているためいつまで経っても息が吸えない。鼻の奥に激痛が走る。


 信じられない苦痛なのに、叫びを上げることも気絶することも許されなかった。ただ私は生きるために必死で水を飲み干す。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で必死に生きようと耐え続ける。


 突然、水が入ってこなくなった。恐る恐る目を開けると、白鹿が両手で持っていたペットボトルの中は空になっていた。




 ……何十秒経っただろうか? 体感時間が引き延ばされて、何分間も溺れていたような感覚だった。頭の中がチカチカして、あともう少しで死んでしまうんじゃないかと朦朧とした時間が続き、地獄のような時間がやっと終わった。


 私は口の中の水を飲み干し、酷くむせ返った。そして、息を大きく何度も吸う。ぜぇはぁと普段の私では絶対にしないような荒くてみっともない呼吸を繰り返す。


 酷い頭痛だ。視界の箸で光の玉がふわふわと浮いている。さっきよりもマシになったけど、まだ意識が朦朧としていた。大量の水を一気に飲み干したせいで、夏場だというのに体が冷えてガタガタと体が震えていた。


 そんな中、よっぽど私が間抜けな顔をしていたのか、今まで見たとこもない満面の笑みを浮かべる――白鹿。それを見て怒りが頂点に達し、私は殺意交じりで奴をにらむ。


「へぇ。まだ余裕がありそうですね。いいですよ。いくらでも付き合ってあげますよ」


 白鹿は私の髪をさらりと撫でると、



 すぐ傍にあった、先ほどと全く同じサイズのペットボトルを手に持った。






 * * * * *





「……はぁ……はぁ……」


 三本目のペットボトルが空になった。泣きたくなる苦痛に、まだ一時間も経っていないのに心が折れそうになっていた。


 まさに想像を絶する苦痛であった。常に溺死状態を味わい続け、死ぬ一歩手前で呼吸を許される。何度も何度も何度も繰り返され、体力的にも精神的のも限界が近かった。


 体の震えが止まらない。水に体温が奪われたからか、あるいは恐怖のせいか。



「……うっ……うう……」


 私はしゃくりあげながら涙をボロボロと流した。私の建前やプライドはあっさりと崩れ去り、子供のように泣きじゃくる。


 白鹿はこんな私を見て愉快に思うだろうが、そんな事などどうでもいいと思う程度には私は追い詰められていた。


 ……いつまで続くのだろうか? この地獄。

 助けて……太一。



「随分と可愛い顔になりましたね。群青先輩」

「………………」



 私は答えない。

 否、答えるだけの余裕が無かった。


「実はこの水責め。有名なのは頭にタオルを巻いて水を注ぐのが主流なんですけど、なんで今回はあえて直接水を飲ませたか分かりますか?」

「…………………………」

「先輩の恥ずかしい所が見たいからですよ」



 そう言って、白鹿は驚くことに――私の口の拘束具を外した。

 パクパクと開け閉じを繰り返し、私は何故? 疑問を目で白鹿にぶつける。


「ねぇ。群青先輩。許して欲しいですか? やめて欲しいですか? 太一先輩と別れると誓うなら、止めてあげてもいいかなぁって思っているんですけど、どうでしょうか?」


 明らかに嘘だ。でも、それに縋りたいとすら思えてしまう。白鹿に媚びてでも助かりたいと内なる声が叫ぶ。


「それにしても……先輩、お腹がパンパンですよ? ふふ。まるで妊婦さんみたいですよ」



 白鹿は赤い瞳を私の腹部に移し、服越しから優しく撫でた。




 ――その瞬間、すべてを察した。



 私はみっともなく叫ぶ。


「止めてッ! 本当にそれは無理だから、許して下さい!!!」

「ふふ…………ふふふふふふふふふ」


 叫び声は部屋に反響する。白鹿は一瞬私の声量にギョッとした後、顔を赤く染めて腹を抱えて笑った。


「あれれ? 最初の威勢はどうしたんですか?」

「ごめんなさい! だからお願いだから許してッ! 助けて死んじゃうから!」

「じゃあ、太一先輩と別れてくれますか?」

「別れるから! 助けてごめんなさいごめんなさいごめんなさいお願いお願い!!」



 涙を流しながら、私は懇願する。そんな姿を白鹿はずっと嬉しそうに眺めていた。







「………ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。やっぱりだぁ。私が思った通りだぁ」



 髪を弄りながら、私に心底馬鹿にしているような視線を向ける。


「所詮、貴方の愛はその程度なんですよ。一皮むけば、自分が可愛くて可愛くて仕方が無い自己中女。太一先輩は騙せても、私は騙せませんよ? もっと、献身的にならなきゃあ」


 私の膨れ上がった腹部を撫でる手が形を変え、彼女の鋭い爪が皮膚に突き刺さる。


「私だったら、先輩のために死んであげれますよ? だって愛していますもん。当然じゃないですか」



 徐々に体重がかかって来る白鹿の手。



「止めて! 駄目駄目駄目駄目駄目それだけは――ッ!!」

「ふふっ」
































「嫌です♪」












 白鹿は、ぐっと私のお腹を押す。








 私は、




 無理矢理飲まされた、













 大量の水を、






 勢いよく、吐き出した。




 

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