第33話 月が奇麗だから消えて下さい③





「群青先輩、お勉強のお時間です。――『拷問』と『処刑』の違いは分かりますか?」


 白鹿は指をクルクルと回して上機嫌に語り始める。『世界の拷問』と書かれた本を片手に。反吐が出る光景だ。


「ざっくりと言いますと、目的が違います。『処刑』はあくまで刑罰であり現代で言うと死刑ですね。ギロチン、火あぶりなど人々に晒しながら行う事が多かったらしいです。見せしめですね。犯罪の抑止力も兼ねていたとか」


 白鹿は鈍器のような巨大な本をパラパラとめくる。


「え――っと、あったあった。これとか凄いですよ。『ファラリスの雄牛』。最初に製作者がこの拷問器具で処刑されたり、所有者の領主も最終的にこれで処刑されたりと、インパクトもバッチリ」


「………………」


「青銅でできている雄牛の形をした装置なんですけど、中が空洞で、そこに罪人をぶち込むんですよ。そして下から火であぶります。当然金属なので雄牛は加熱されていくのですが、炙りのせいで中々死ねない。皮膚がただれて体の水分が飛んで干からびても中々死ねない」


「………………」


「そして最終的に内部の酸素がなくなり、呼吸をしようと雄牛についた筒のようなものに口をつけて吸うのですが、その筒は雄牛の口に繋がっていて、吸うと牛の唸り声のような音が鳴る仕組みになっており、拷問と市民の娯楽を兼ね備えた拷問器具らしいですよ。最も、記録が乏しく使われていない可能性もあるらしいですが」


「今では考えられないですけど、世界の中世ヨーロッパでは処刑は市民の数少ない娯楽でした。罪人の苦痛と恐怖で歪む顔を見るために集まり、まるで祭りのように盛り上がりました。食事中の拷問鑑賞が趣味の領主もいた程です」





 ――では、群青先輩に聞きたいのですが、そんな処刑を楽しむ彼ら彼女らは異常だったのでしょうか? 間違っていたのでしょうか?


 白鹿は心底下らない質問を問う。私は彼女に聞こえるように大きなため息をついた。


「どうでもいいわ。そんなこと。間違ってるもなにも、時代がそうだっただけじゃないの」




「――流石先輩ですね! そうです、時代や環境が人を作るのです。人間は賢い生き物ですから、生きていく上で時代や環境に合った心を構成していきます。それ故に、柔軟さを求める心は移りやすい。永遠の愛を誓った所で、時間が経てば深い愛は風化して消えていくのです。所詮愛など一時の感情でしかない」

「……だから何よ」

「ふふっ。すみません随分ともったいぶってしまいましたね。すみません」







 ――ただ、私は先輩に聞きたいだけなのです。




「先輩は、本当に太一先輩を愛していますか? 太一先輩が群青先輩を愛しているから好きなんじゃないんですか?」


「……………………」


 私は答えなかった。

 図星だからではない。ただ、哀れだなと思ったからだ。

 愛に溺れる目の前の哀れな女を。



「諦めなさい。そうね、断言してあげる。私が例え死んでも、太一は貴方を愛したりなんてしないわ」



 ――だって、貴方性格悪いじゃないの。














「…………は?」


 ドスの利いた低い声。白鹿の朱色の目の瞳孔が開き、怪しさとどす黒さを渦巻いた禍々しい色になった。


 月明りに照らされて淡く光る彼女の白髪がゆらりと揺らめく。


 表情こそ変わらないが、奴の纏う雰囲気がより攻撃的に変わった気配は感じ取った。




 白鹿凛子は――確実に怒っていた。




「私の方が先輩を愛しています。貴方のようにたまたま太一先輩が選んでくれただけの人間が愛を貰っちゃ私が構ってくれない許せない構って構って構って構って構って構ってくれないとくれないと私が私が私の価値が構って構って」



 ギリギリギリ。少し離れたここからでも聞こえる音で歯ぎしりをする白鹿。短い切り揃えた爪を噛むもんだから、指先は血まみれになっていた。


 白鹿もまた、一之瀬と同じく何かに取り憑かれたように狂っていた。













「あ、私は怒っていませんよ?」









 唐突に、何の脈略もなく否定をする白鹿。えへへとなにがおかしいのか急に笑い出した。


「いいんです。残念、とても残念ですが、太一先輩は私を友達として接しているのは私が一番分かっています。正気の沙汰とは思えませんが、群青先輩を愛しているのは当然理解しています」


「だったら、この固定具を外してくれないかしら? そして二度と近寄らないと誓って欲しいのだけど」


「だから、私は愛されなくてもいいんです。私が愛してさえいれば、この愛は本物なのですから」


 私の言葉を無視して、訳の分からないことを口走る白鹿。



「愛してくれなくても問題はないのです。ただ、私は太一先輩に構って欲しいのです。一秒一分一時間一日一年一生私の事だけを考えてくれさえいれば、私は満足なのです」


 狂ったように笑い、彼女は満月を見上げて言う。


「私はただ、太一先輩の全てを独占して私以外の気持ちを切り落とすという、些細な願いを叶えたいだけなのです」





 そのために、まずは太一先輩から大切なもの――貴方を切り落とします。



 構って欲しいのです。







 あ、私は怒っていませんよ?


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