第11話 タコパ




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「あ~なんか無茶苦茶タコパがしたい気分」

「……んあ?」


 ソファに寝っ転がって足をバタバタとさせながら僕はふと呟くと、隣で同じような体勢でゴロゴロしていた花音が反応した。


 本日は休日なり。相変わらずの暇だったので花音を家に呼びつつ、白鹿から借りた本を読んでいた。最近の暑さはほんと洒落になってなくて、僕たちは家でゴロゴロすることを選択した。


 こういう時はどちらかが晩御飯を作るルールなんだけど、何が食べたいだろうなぁと考えていたら何故か頭の中にたこ焼きが浮かんできた。


「何でタコパなの?」

「んー分からん。とにかく無性にたこ焼きが食べたい。天かすをアホみたいに入れて、中もカリカリのたこ焼きが食べたい」

「……まー別にいいけど。たこ焼きは作るの楽チンだし。まぁ私はぶっちゃけお好み焼きの気分なんですけどね。アホほどカツオ節入れてもしゃもしゃになったお好み焼きが食べたい」

「あーそれもいいかも」

「いいんかい」


 こう言う時はじゃんけんで決めるのが二人の中の約束事だ。ちなみに相手が楓だったら僕に発言権はありませんよろしくお願いします。


 お互いの視線が合った瞬間、僕と彼女は拳を相手に向けて突き立てる。花音とはずいぶんと長い仲だ。口に出さなくても彼女の言いたいことが手に取るように分かる。僕らはいつも以心伝心だ。


 二人がニヤリと笑った。


「最初はグ――」「じゃんけん――」

「「は? おかしいだろ?」」

  二人の怒声が被った。


「お前常識的に考えて、最初はグーから始めるだろ小学生からやり直して来い!」

「はぁ? 太一こそ融通が効かな過ぎじゃない? こっちはめんどくさいの。分かる? 大体最初はグーって何よ? あいこになるだけなのに、やる意味あるの?」

「最初はグーはタイミングを計るためですぅ。後だしを防止するためなんだか、それをやらない花音は反則負け!」

「おいコラもういっぺん言ってみろ。耳の穴に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたろうか? おい?」

「上等じゃねぇか! かかってこいや!」



 ……そんな平和な土曜日に、僕は死ぬほどどうでもいい内容で本気で喧嘩をしたのだった。


 口論になる事一時間。お互いガラガラになるまで叫び疲れて、最終的にサイコロの偶数奇数で決めることにした。


 ……どうやら今日はタコパらしい。





 * * * * *




 僕らは少しだけ涼しくなる夕方頃に外に出た。目的は、タコとたこ焼の粉を買うためである。あと大量の天かす。


 別に小麦粉でもたこ焼きを作るのは可能だけど、やっぱり外をカリカリにさせるには専用の粉を使った方がおいしい。


「――で、やっぱタコパつったら必要なものは決まってるだろ」

「何?」

「友達」

「何で?」

「二人じゃパーティーじゃないじゃん! ただのたこ焼きだろうが」

「そういうもんなの?」

「うむ。じゃあ早速友達を呼ぶ」

「……ちなみに、お好み焼きになってたらどうするつもりだったの?」

「その時はオコパをする!」

「わー。なんだかペルーで食べられてそうな名前だー」


 外に出る前にそんな件があって、僕は少ないラインを駆使して人を呼んだのであった。


「なぁ、楓と白鹿さんを呼ぼうと思ってるけど、花音はいいかー?」

「…………むぅ」

「あれ? 不満?」

「いや、別に不満じゃないけど……。というか、群青さんって遊ぼうって言って素直に来るの?」

「ふっふっふ。コツがあるのさコツが」


 そう言って、僕は楓にメッセージを送る。


『今からみんなでタコパするんだけど、楓ちゃんは忙しくて無理だよね。ごめんやっぱ忘れて!』

「ひっどいメッセージ! 私が貰ったら泣きそうになっちゃうだけど!」スマホを覗いていた花音がドン引きしていた。

「仕方がないだろ。これぐらい煽らないと来てくれないんだから」


 楓は天邪鬼なのだ。普通に遊ぼって言っても『無理』としか返ってこないだろう。だから、送る文章を捻くれさせてやっと普通の連絡が行えるのだ。


 ……つい最近加々爪さんに指摘されたけど、僕の彼女ってホントよく分からないよなぁ……。友達とか作る気あるのだろうか? ……ないんだろうなぁ。


 ――まぁそんな訳で、煽り分で釣り上げた楓と、普通に誘って普通にOKを貰った白鹿とスーパーマーケットで合流することになった。


 スーパーの前まで来ると、日傘をさしたやたら目立つ白髪――白鹿がやや緊張した表情で駆け寄って来た。


「こんにちは、太一先輩」

「こんにちは。ごめんな急に呼び出して。迷惑じゃなかったか?」

「めめめ迷惑なんてとんでもないですっ! ……私みたいなつまらない、ゴミのような人間にも、平等に扱ってくれて……その、すみません」だから何故謝る。途中で心が折れて諦めないでくれ。


 相変わらずな白鹿を、花音は不思議そうな顔でジロジロと見ていた。……そうか、花音とは会ってはいても、喋るのはこれで初めてか。


「……えとえと、一之瀬先輩……こ、こんにちはっ」

「こんにちは! ねぇねぇ。一度でいい! 一度でいいからその奇麗な髪触らせてくれない?」

「……う、……えっと……うううぅ」


 最初は花音とも頑張って会話しようとしていた様子だったが、すぐに心が折れて花音の視線から逃れようと僕の背後に回る。ビクビクしながら僕の裾をギュウと握る。可愛い。


 白鹿とはもう何度か二人で遊んだりしているので僕には多少なり慣れたみたいだけど、やっぱりまだ初めて喋る相手には緊張するようだ。


「いいか花音。白鹿と接す時は声を出さない。視線を合わさない。白鹿の小さな声をちゃんと聞けるように耳を澄ます。あとできれば息を止めろ」

「死ねってことなのッ!?」

「ほら、花音のツッコミがあまりにうるさかったから、白鹿さん泣きそうな顔になってるじゃないか。詫びとして今すぐ息を止めろ」

「……むむむ、むむむむむむ……」


 花音は眉間に皺を寄せて不満ありげに僕を睨むが無視。あんなのに構うだけ不毛である。


 ――と、僕らがスーパーの前で喋っていると、相変わらずの仏頂面をぶら下げて――楓がやって来た。


 肩よりも長い黒髪はやはり暑いのか、今日は髪をシュシュで後ろに束ねていた。っと、あっぶね。あまりにも可愛かったので、思わず素晴らしい! と叫びながら拍手をしそうになった。したら多分帰っちゃう。


 何が可愛いって、まず照れくささを隠すためにぶすうとしてる所が可愛い。会うのが嬉しいと悟らせないために、いかにも適当に選びましたよって感じのジャージにTシャツを着ているけど、バッチリ化粧をしている楓さんホント可愛い。後ろからギュっとして殺されたい(二回目)。


「違うから」

 楓の第一声がそれだった。


「別に私はタコパがしたい訳でも、あんたたちと遊びたかった訳じゃないから。偶然時間が空いて、偶然スーパーに用があったから嫌で仕方がなかったけど来てあげたわ」

「あーはいはい。了解了解。今日は来てくれてありがとありがと」

「ちょっと、貴方信じてないわね? ホントなんだから!」


 僕はムキになる楓を軽く受け流すと――僕の背中で小さく震えていた白鹿の手を持って、心を鬼にして楓の前に突き出す。


「確か、楓と白鹿は合うの初めてだよな? 白鹿、軽く自己紹介は――無理そうだなぁ」


 白鹿は長年自分の肌や髪の色素の薄さに悩んでいるため、人付き合いはかなり苦手で極度の人見知りである。


 特に同世代やそれに近い年齢と関わるのが怖いらしく、慣れない相手には目を合わすことも出来ない。深く被った帽子や目が隠れるほどの長めの前髪は、自分なりの自己防衛なのだろう。


 そんな白鹿が、



「………………」



 今にも泣き出しそうな顔で楓と対峙していた。声が出ないほど楓に怯えている。足元はもうすでにガクガク。僕が彼女のセコンドなら確実にタオル投げている。


 選手自身も必死に首を振って選手交代を望んでいるみたいだし、ここは僕がフォローをするか。


 白鹿の人見知りを改善するための荒療治だったけど、少々相手が悪かったらしい。確かに楓って色々と怖ぇよなぁ。


「えーっと、この子が最近仲良くなった白鹿凛子さんだ。一年で、肌とか髪とかちょっと白いけどあんまり気にするな。いい子だから仲良くしてくれ」


 白鹿の事を軽く説明すると、白鹿は僕の背後に隠れながらペコリと頭を下げた。


「白……鹿……です。……人見知りですけど……よろしく、お願い……しますっ。群青先輩」 ――ん? 何か違和感が。まぁいいか。


 それを見て、楓はふんと鼻を鳴らす。


「私、自分のことを人見知りって言う人嫌いなの」

 うぉい! そんなこと言ったら死ぬだろ! 白鹿の心が!


「あ……あ…………あ……」


 ホラ死んだ! ホント容赦ないよね楓さん! マジパネェっス!


「人見知りを自称する人って『私は上手く対応できないから、こちら側が頑張ってね』って言っているものじゃない。何で私が気を使わないといけないのよムカつく」


 正論のナイフで串刺しにするのやめて貰っていいですかね!? さっきから背後に隠れる白鹿が白目を剥いてヒクヒク喉を鳴らしているんですけど! 合流して数分でトラウマを植え付ける気かよ。


「……ねぇ太一。一つ聞いていい?」

「はい。何ですか花音さん」

「……もしかして、混ぜるな危険だったんじゃない?」

「………………そだね」


 理想では――白鹿の人見知りが荒療治で改善され、楓も違うタイプの人と関わることで何か化学反応が起きないか期待をしていたのだけど、現実はただの蹂躙でしたお疲れ様です。


 いやまだだ! 僕らにはタコパがある! 机を囲んで一緒に食べれば……むぅ。和気藹々とする未来がまるで見えねぇ!


「わぁ、凄いメンツ。太一君って本当にモテモテだねぇ。ねぇねぇ。誰が本命なの?」

「いや、本命って僕には楓という彼女が――ん?」

「ん? なになに太一君?」


 何か聞き覚えがある声が聞こえたような――僕は勢いよく振り向くと、


「やっぽー! 太一君! 奇遇だね!」

 ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる――加々爪愛がいた。

 うわッ! 私服だ滅茶苦茶可愛い! ――じゃなくて!


「えぇと、加々爪さん。なんでここにいるんですか?」

「ブラブラしてたら太一君がいたから――ついて来ちゃった♪」


 加々爪は自分の頭をコツンと叩いて、無駄に可愛いウインクをした。


「ねぇねぇねぇ。今日タコパをするなんて聞いてないだけどー? いいないいなー私も入れてタコパしたいタコパしたいタコパタコパ!」


 周りの空気を知った上で、そんなもの知るかと言わんばかりに駄々をこねる加々爪。


「……………………」


 ……混ざるな危険が加わった瞬間だった。






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