第四話 ゲリラ戦術教えます

 本日のディナーは、肉食魚のブドウ葉包みだ。

 もちろん毒は入っていない。アーロン師のお墨付き。


 姫様とハイドリヒ伯、アーロン師とブギーマンさん。

 それに、控えているデーエルスイワさんとアトラナートさん。

 そうして僕が、その食卓の主な参加者だった。


 ちなみに僕は、かなり疲弊していた。

 〝あれ〟を生み出すために、姫様から無理難題を吹っ掛けられ、次々に残機を消耗した結果だった。


 ブドウの葉をナイフで切り開きつつ、ハイドリヒ伯が口を開く。


「人類たちは、思わぬ団結力を見せているなー。恐怖を見せつけられ、口にするものもない。血で血を洗いながら、しかし恐慌をきたさず戦線を維持して見せてるんだ。これはよー、たぶん理由があるとおもうぜー」

「あたしが想像しますにね、そいつは恐怖を上回る狂気ってやつですぜ」

「なう……ミュンヒハウゼン卿は思い当たる節があるのか。是非拝聴させて欲しいもんだ」

「あんたも性悪だねぇ、ハイドリヒ伯……」


 呆れたように肩をすくめ、ブギーマンさんは簡潔に説明を口にする。


「人類連合軍の中核は、神聖ロジニア帝国でござんしょ? そしてその皇帝自体が、現人神だ。ロジニア皇帝は神にも等しい権力者で、逆らえば死ぬ。いや、死ぬよりひどい目に遭うってわけでさ。そりゃあ、人間達も必死になって戦いやしょうや」

「死刑の列の、最後尾になるためなら家族すら犠牲にするのが、人間と聞きますじゃ。ミュンヒハウゼン卿が正しいじゃろうな」


 下半身が馬なため、座高が高いアーロン師は、専用の椅子に腰かけ、魚ではなく葉っぱのほうを口に運びながら、こう続ける。


「姫様、狂信とは厄介ですぞじゃ? 人間は自分を騙せる生き物ですじゃ、恐怖にすら嘘をつき、こちらを攻め立ててくるじゃろうて」

「もちろん、織り込み済みなの」


 姫様はもしゃもしゃと魚を食べながら、現在実行中の策謀を語る。


「人類連合はロジニアと7つの国、そして23の小国からなる大連合なの。でも、それは一枚岩を意味しないの。ロジニアの権力は強固でも、末端までそれがいきわたっているとは限らないの。デーエルスイワ!」

「はい、そこで私の配下から、擬態が得意なものを選出し、人類領に紛れ込ませました」


 お鉢を向けられて、しずと控えていたデーエルスイワさんが口を開く。


「アーロン先生が仰る通り、人は断頭台から逃れるためならば、同胞ですら売り渡します。この戦で、人類が負けるなどと思っている人間はおりませんが、決着がつくと考えているもののまた少ないのです」


 そこで、姫様が立案したのは、そういった人間──いわゆる売国奴に、働きかける策略だった。

 彼らが欲しいのは利益だ。

 そして、身の安全、その保証である。


「各地の地方都市で、そういった人物に接触し、人類領で新たな宗教を立ち上げさせました」

「ほう、宗教ですじゃか。〝まばゆきもの〟の教えを説くのかの?」

「非暴力主義……?」


 ハイドリヒ伯が、首をかしげる。

 気持ちはわかる。

 なぜなら、そんな概念はこの世には存在しないからだ。

 それは、前世における考え方である。

 姫様が口を開く。


「こちらが戦うから、相手が襲ってくるという考え方なの。つまり、武力を放棄し、戦いをやめれば、平和な道が開けると、喧伝してまわらせているの。右の頬を殴られたのなら、左の頬を差し出すの。汝の隣人を愛し、話し合えばすべてが解決するという宗教なの」

「そいつぁ、姫様がお考えになったんで……?」

「そうなの」


 ブギーマンさんの問いかけに彼女が答えた瞬間、食堂は大笑いでいっぱいになった。

 誰もが、アトラナートさんや、普段はひょうひょうとしたハイドリヒ伯までも、腹を抱えて笑っている。


「お言葉ですがね、姫様。そいつはぁ、効果があるんですかい?」


 目じりの涙を拭きながら、ニヤケたブギーマンさんが問う。

 そう、あまりにばからしい考え方なのだ。

 そんなもの、戦乱の世では通用しないものなのだ。

 もとより抑止力なしで成立するものでもない。

 だが、きっぱりと姫様は答えた。


「通用するの。なぜなら人間は──」


 彼女は、笑いもせず、口にする。


「死ぬことが、怖い生き物なので」


 ぴたりと。

 本当にピタリと、その場から笑い声が、物音さえも消え失せる。

 居合わせた全員の頭に浮かんでいるのは、懐疑の表情。

 姫様はそれを見渡し、頷き、告げる。


「人間と魔族、最大の違いはそれなの。人間は、死ねば地獄か天国に行くと思っているの。善き行いをすれば天国に、悪い行いをすれば地獄に落ちる。そう考えているの」

「で、ですがだ、姫様ぁ。わっちら魔族はちげーますだよ」


 狼狽したようなアトラナートさんの言葉に、姫様は肯定を返す。


「そう、魔族はちがうの。〝まばゆきもの〟の導きによって、誰もが廻り巡って誰かの礎になる。糧になる。たとえば──この魚もそうなの」


 アーロン師たちが、皿の上に置かれた領に視線を落とす。

 

「これは、チフテレス大河でとれた魚なの。あの大河では、内乱によって多くの魔族が死に、沈んでいったの」


 そして彼らは、魚や河に棲む魔族たちの餌になった。


「彼らの死が、いま、私たちの血肉となって、未来を紡いでいるの。人間は、それを理解しないの。私たちを、野蛮な種族だと決めつけているの」

「あー、だからだな? 自分たちの頭脳をもってすれば、わたしたちを騙し、戦を犠牲なしに終わらせられると、人間はそう考えてるっつー、そういう算段なわけか?」

「そういうことなの、ハイドリヒ伯。いまは彼らに、戦いを厭う考えを植え付けることが肝要なの」


 やがて、その宗教は大きく人類に根付くだろう。

 そして、反戦の言の葉となって、吹き荒れるのだ。

 戦場が陰惨を極めれば極めるほど、魔族が恐ろしいものだと認識すればするほど、その意気は高くなる。


「だから、ダメ押しでもう一つ、策を講じているの。これをレヴィは、こう名付けたのです」


 すなわち。


「抵抗戦力による、遊撃戦闘ゲリラ」──と。

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