第13話 眠り京四郎

「はァ? エルカ・リリカの眷属ぅ? そりゃ、確かにあんたの魔力はかなり多いみたいだし、珍しい魔法を使うけど……嘘ってのはね、相手が信じそうな内容を言うのがコツなのよ?」


 マリーが胸ポケットからジトッとした目で俺を見つめる。帰り道、俺の素性についてマリーに全て説明したのだが、マリーは「ないわー」と全く真に受けないのだった。俺はそれでも諦めず、粘り強く説明を続ける。


「ほら、これがエルカさんから授かった魔法で出した羊羹っていう食べ物なんだって。どうだ、こんなのこっちの世界に無いだろ。すごいだろ?」

「確かに魔力量はすごいけどね……これ、食べ物なんでしょ? それがなんでエルカ・リリカの眷属だってことの証明になるってわけ?」


 セツカの鞄から少し量の減った羊羹を取り出して見せてみたが、マリーはそれでも信じようとしなかった。羊羹を召喚する魔法を見せてやりたいところだったが、今日はもう一回出したから使えないしなぁ……。


「もういいって、シンタロー。放っておきなよ。そんな雑魚に理解してもらう必要は無いでしょ?」

「誰が雑魚じゃゴルァ! あっ、嘘嘘、雑魚だからこぶしを構えるのやめて」

「お前ら、さっきもそんなやり取りしてたよな……」


 俺は睨み合っているセツカとマリーを呆れ気味に眺めた。こいつら、本当は仲が良いんじゃないのか?


「ほれ、じゃあ試しに一口食ってみろって。そうすれば分かる。全ては法久須堂に始まり、法久須堂に終わるって事がな……」

「もう既にあんたが何言ってるのかさっぱり分からないんですけど……」


 不審げな顔をしているマリーに、俺は羊羹を小さくちぎって渡した。マリーはそれを受け取ると、怪訝そうな表情のまま、羊羹の小さな欠片をぱくりと食べた。そして、もぐもぐといくらか口を動かすと、


「むっ! 確かにこれはめちゃくちゃ甘くて美味しいわね!」


 と、ぱあっと感心したような表情になった。


「だろ? これで分かったか? 法久須堂の羊羹が神だって事がな!」

「いやあんた、エルカ・リリカの眷属だって事を証明をしたかったんじゃなかったの……? まぁいいわ、美味しいからもっと寄越しなさいよ!」


 マリーはそう言うと、俺の胸ポケットから飛び出して羊羹に取り付こうとした。それを見たセツカがマリーと羊羹の間にサッと素早く手を差し入れ、マリーの動きを阻止しながら俺に吠え掛かる。


「ちょっとシンタロー! そんな雑魚にあげるくらいなら私に頂戴っ!」

「ちょっと! このヨウカンはあたしの物よ!」


 そして二人してぎゃあぎゃあと競い合うように俺の手元の羊羹へと手を伸ばし始める。俺は咄嗟に後ずさって二人から距離を取った。


「ええい、静まれ! 静まれい! セツカはもうダンジョン内で一口食っただろうが! 残りは俺の分だっつーの!」


 二人の手が届かないように羊羹を背中側に隠すと、二人は息を合わせて「ブーブー!」と俺にブーイングを飛ばした。やっぱり仲良いだろ、お前ら……。


 そんな風に騒ぎながら歩いていると、ログハウスが視界に入って来た。まだ結構な距離はあるが、周りは草ばかりで視界を遮る物も特に無いためにはっきりと視認出来る。


「ほれ、もうそろそろ家に着くぞ。いいかお前ら、もう絶対に喧嘩するなよ? 家の中でまでぎゃあぎゃあ騒がれたら敵わんからな」

「あたしは大丈夫だけど、この殴り愛バカがね」

「私は大丈夫だけど、この羽虫がね」

「誰が羽虫じゃゴルァ! 寝てる間に妖精汁ぶち込むわよ! 震えて眠れ!」

「ちょっと! 寝込みを襲うなんて卑怯だよ! よし、今の内に芽を摘んで――」

「お前ら全然大丈夫じゃねぇじゃねーか! ほらっ、離れろ!」


 俺は睨み合う二人を引き離しつつ、半ば諦めて「はぁ」と小さく溜息をついた。い、今からこんな様子じゃ先が思いやられるな……。


 少々気落ちしながらも、そのまましばらく歩みを進めていると、マリーがログハウスの方を見つめて「あら、何かしら? あの大きいのは?」と不思議そうな声を上げた。俺も顔を向けてみると、ログハウスの前に置いてある巨大なセツカの手荷物が目に飛び込んでくる。そういえば野ざらし状態であそこに置きっぱなしなんだったな。すっかり忘れてたわ。


「ああ、ありゃセツカの手荷物だよ」

「て、手荷物って規模超えてない……? じゃあ、そばにあるボロっちい布切れもあんたの荷物?」


 マリーがセツカの方を見るが、セツカは「何それ?」と怪訝そうな顔になり、俺も「ボロっちい布切れ?」と疑問符が頭に浮かぶ。そんなもん置いてあったっけか? 今朝、ログハウスを出た時は特に見当たらなかった気がするが……。


 ログハウスの方へ改めて視線をやってみると――確かに、セツカの巨大な荷物にもたれ掛かるような感じでボロボロの布が置かれていた。今朝の記憶をもう一度辿ってみるが、やはり見覚えは無い。どこかから風にでも運ばれてきたのだろうか。


 セツカも布切れが見えたらしく、「ほんとだ、なんかあるね」と不思議そうな声を漏らした。それからハッとした顔になったかと思うと、マリーに顔を向けてギロリと睨みつける。


「そうか羽虫、さては先回りして嫌がらせとして置いたんだね! 妖精が嫌がらせが好きだって事は分かってたけど、ここまで底意地の悪い妖精は初めてだよっ!」

「いやいやいやいやずっとあんた達と一緒にいたでしょうが! 言いがかりも大概にしなさいよ! 底意地悪いのはどっちじゃゴルァ!」

「はいはいそこまで。家に着くまでがダンジョン探索ですからね。最後まで気を引き締めなさい!」


 俺の気分はもはや完全に引率の先生という感じだった。二人の問題児をなだめつつ、ようやく家の前にまで到着する。入口のそばにはセツカの巨大な荷物と――問題の、ボロボロの布切れが置かれていた。


 いや、近くで良く見てみると、それは正確には「布切れ」なんて弱々しい物ではなく、もっと膨らんでいて、存在感のある「布の塊」という方が相応しかった。まるで、何かを包み込んでいるような。


 その塊に近づき、そっと持ち上げようと布の端を引っ張ってみて、俺はぎょっとした。


 布の中には七歳くらいの子供――少年が、くるまっていた。灰色っぽい髪の毛で、緩やかな癖っ毛が可愛らしい印象だ。布をぐるりと体に巻き付けて目を閉じている。息絶えているのかと思って一瞬どきりとしたが、よくよく見ると、小さな体がゆっくりと上下していた。眠っている……のだろうか。布の隙間から肩のあたりが見えているが、白っぽい地肌がむき出しだった。服を着ていない、のか?


 予想外すぎる事態に金縛りのようにその場で固まっていると、背後からマリーが痺れを切らしたように声を出した。


「ちょっと、何を固まって……って、えっ、それ子供?」

「へっ? わっ、ほんとだ」


 マリーの声につられ、セツカもこちらを覗き込んで驚きの声を上げた。二人の知り合いかもしれないなとも思っていたのだが、この反応を見るとどうも違うようだ。


「ははぁん、さては殴り愛バカが取って食うために荷物に入れていたのが、食われまいとして自力で這い出してきたのね! 殴道宗はこれだから! この蛮族!」

「ちょっと! 人聞き悪い事言わないでよねっ! それに人さらいに関しては妖精の十八番でしょ! そっちのが怪しいじゃん!」

「なんですってぇ!」

「なにさ!」

「お前らうるせぇよ! この子が目を覚ますだろが!」


 俺は咄嗟に二人に釘を刺したが、時すでに遅く、布の塊の方から「ん……」という短い声が聞こえたかと思うとモゾモゾと布が動き始めた。やはり騒がしさで目を覚ましてしまったらしい。俺は、少年に出来るだけ優しく声をかけた。


「君、大丈夫か? 身体がどこか痛かったりはしない?」


 少年はゆっくりとブルーの目を瞬かせながら、再び「ん……」と短く返事をした。とりあえずホッとして、俺は更に質問を続ける。


「君の名前は何て言うのかな?」

「……わかんない……」

「わ、分かんない? ええっと……それじゃ親御さんは……?」

「……わかんない……」


 少年は寝ぼけ眼でぼそりぼそりとそう答えた。こ、困ったな。こんな草原のど真ん中で迷子か……。


「う~ん……それじゃ、どっちの方から来たか分かる?」

「……あっち……」


 少年がスッと手をあげ、ある方向を指で差した。俺はその方角を見やってから、セツカとマリーの方に向き直って「あっちの方に街か何かってあるのか?」と尋ねた。


「うーん、私の知る限りでは無いかなぁ」

「あっちって、あたし達が今しがた歩いてきた方向じゃない。あるのはダンジョンくらいね。ダンジョンの向こうは山ばっかりで特に何にも無いわよ」

「う~ん、そうか……こりゃ参ったな……」


 捨て子って可能性もあるが、こんな草原のど真ん中にわざわざ捨てに来れるような達者な人物なら、子供を捨てる必要は無いだろうし……と、頭を悩ませていると、少年が俺のスラックスをくいくいと引っ張った。


「うん? どうしたのかな?」

「これ」


 少年はそう言って、右の手のひらを俺に示した。その手のひらの上には小さな黒い塊――羊羹の欠片がちょこんと乗っかっていた。角には少しかじられた様な跡がついている。


「あれっ、これ、俺の羊羹!?」

「あら、ほんとね。じゃあこの子はあんたの子って事? 自分の子が分からないとか、ひどい父親もいたものね! まさに外道! 悔い改めて!」

「ちげぇよ! 髪の色も目の色も違うだろが! それに俺はこっちの世界に来てから日が浅いっつったろ!」

「まだその設定と妄想続いてたの? 引き際を弁えないと痛々しいだけよ?」

「設定でも妄想でもねーっての! また泡でも食らわせたろか!」

「上等よ! こっちこそ妖精汁ぶち込んでやるわ!」


 俺とマリーが熾烈な争いを繰り広げていると、ふいにセツカが、


「あれっ、これって、シンタローがダンジョン内で神への供物にするとか言ってちぎって置いてきたヨーカンじゃない?」


 と、声を出した。俺は「えっ?」と驚きの声を上げ、再び少年の手のひらに乗っかっている羊羹をじっと観察した。言われてみれば、少しかじられて小さくなってはいるが、確かに俺がダンジョン内でちぎった羊羹の大きさに近い気がする。


「本当だな……てことは、この子はダンジョン内にいたってことか? あっ、ひょっとしてダンジョンの神様か!?」

「何をアホな事言ってんのよ。あたしもダンジョン内にいたけど、こんな子供一度も見た事無いわよ」

「あっ、そうか、マリーは中にいたんだったな……」


 俺の閃きをマリーがすぐに否定して、そのまま言葉を続けた。


「妥当な線としては、どこぞの魔物が脱出時にヨウカンを拾ってそのまま逃げたものの、途中で落として、それをこの子が拾ったってとこじゃない? この子がどこから来たのかって謎は残ったままだけど……」

「う~ん、まぁ確かにそれが妥当だろうな……」


 結局、この子の身元は分からず終いか。さて、どうしたものか……と思案していると、少年の手のひらの上にちょこんと乗ったままの羊羹の欠片に、セツカがそ~っと手を伸ばしているのが目に入った。


「おい! それぇ!! ノン! 流石に浅ましすぎるわ!」


 俺は即座にバシッとセツカの手を叩き落とした。セツカが「ちっ、バレたか」と残念そうな声を出す。羊羹がいくら美味いとはいえ、こんな子供の物にまで手を出すなよな……。


 俺が少年に「ほら君、この猛獣に取られる前に、それ急いで食べちゃいなさい」と促すと、少年がひょいっと羊羹を口に放り込んだ。それを見たセツカが「アーッ! 私のヨーカンが!」と悲鳴を上げ、俺は即座に「おめぇの羊羹じゃねーから!」と突っ込みを入れた。


「全く……どうだ、美味いか?」


 少年がもぐもぐと咀嚼しながらこくりと頷いた。ごくんと飲み込む仕草の後、少年は俺が手元に持っている残りの羊羹をじいっと眺め始める。


「ん、もっと欲しいのかな? よぉ~しよし、いっぱい食べな」


 手元の羊羹をちぎって少年に渡していると、セツカだけでなくマリーも一緒になって「こっちにも頂戴!」と羊羹めがけて群がってきた。み、醜い……余りにも醜すぎる……法久須堂の羊羹をそれだけ欲しがってくれるのは俺も嬉しいけど、小さな子供に張り合うなよな……。


「分かった! 分かったからちょっと離れろ! 残りを四等分するから!」


 俺が寄せ合う二人に堪りかねてそう言うと、セツカは「わぁい!」と喜び、マリーは「勝ったな! ぶひゃひゃ!」と汚い笑い声を上げた。その場で目分量で四等分して配分する。結局、俺の手元にはちょっとしか残らないじゃん……なんだこの敗北感……。


「ほら……いつまでも外で突っ立ってないで、中入ろうぜ……」


 俺は少々気落ちしつつ、家の扉を開いた。少年も身元が分からない以上は、しばらく家に置いておいた方が良いだろう。そのうちセツカやマリーに近くの街へ案内してもらって、その時に親類でも探るとしよう。


 そんな事を考えながら家の中に足を踏み入れていると、後方のマリーが、


「あれっ、この子、尻尾が生えてるわよ?」


 と、驚きの声を上げた。


「は? 尻尾?」


 俺は咄嗟にマリーの方を振り返るも、言葉の意味が良く分からず、そのまま硬直してしまった。「ほら、見てみなさいよ」とマリーが少年のお尻あたりを指差し、それを目で追うと――ちょろん、と小さな尻尾が布の間から飛び出していた。少年の髪の毛と同じく灰色で、毛は生えておらずつるりとしている。


「うおっ、マジだ! え、じゃあこの子、人間じゃなくて魔物なの!?」


 動揺しながら少年の顔を見るが、少年は眠たげな半開きの目のまま、良く分からないといった様子だった。魔物ということは、やっぱりこの子はダンジョン内にいたのだろうか。でもマリーは見覚えが無いと言っているし……それに、見た目も随分と人間らしい。魔物というよりも、亜人か何かか?


「なぁマリー、本当にダンジョン内で見覚え無いのか? この子、たぶん魔物なんだろ? それとも獣人というか、亜人とか、魔族とかなのか?」

「う~ん……ダンジョン内で見た記憶は全く無いわ。それにあたし魔物は結構詳しい方だけど、こんな人間みたいな魔物見た事ないわね。それと、亜人はもっと体中が鱗やら毛とかに覆われてるし、魔族なら人間に近い見た目だけど、角と羽があるはずよ」


 マリーにそう言われて少年の髪の毛に触れてみるが、角の類は見当たらなかった。ボロ布を少しずらして背中も覗いてみるが、羽も無い。俺はセツカとマリーの方へ向き直り、


「つまり……どういうこと?」


 と、もう一度尋ねてみるが、セツカもマリーも「さぁ、分かんない」「知らないわよ」とかぶりを振るだけだった。人間じゃないなら、街へ行っても親類なんかいないだろうなぁ……。


 どうしたものかな、と少年に目をやると、少年は無邪気な顔で先ほど渡した羊羹をもぐもぐと頬張っていた。そして、俺の視線に気が付いたのか、ふと顔を上げて俺の方を見つめ、


「これ……おいしい」


 と、言って――ほんの少しだが、笑った。確かに、口角が、ほんの少しだけ上に。


 しかし、俺に電流走る――!


 ずどん、と。


 自分の中心の、そのまた奥の「核」のようなものが貫かれたような、そんな感覚を覚えた。


「――この子、うちの子にするわ」


 気づけば、自然と口が動いていた。


「……はァ?」

「シンタロー? 勝手に人様の子をうちの子には出来ないんだよ?」


 マリーとセツカが「何言ってんのこいつ」という感じの表情で俺を見つめた。俺はそんな逆風にもお構いなしに言葉を続ける。


「見ろよ、この愛くるしさを! 羊羹を食べるこの子の神々しさときたらっ! 名前も親も分からない、魔物かどうかすら良く分からないならもう俺が面倒見るしかないじゃない! 誰がなんと言おうと、この子はもううちの子なんですっ!」


 そう言いつつ、俺は少年の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。少年は気持ちよさそうに目を細め、俺もほっこりとした心持ちでその様子を見つめる。マリーはそんな俺を「こいつやばい」って感じの顔で、セツカは「まーた始まったよ」という感じの顔でただ黙って見つめていた。うん、表情からこいつらが何を言いたいか良く分かるあたり、俺の頭は極めて正常だな!


「となると、『君』って呼び方は他人行儀すぎるな……何か良さげな名前をつけてあげるか」

「あんたねぇ……まぁ、もう何も言わないでおくわ。ところで名前ならあたしに良い考えがあるわよ! 『超妖精王神マリー超三世』なんていいんじゃないかしら! あら~、我ながら神々しい名前! 将来大物間違いなしよ!」

「ふざけんじゃねぇ! お前みたいに唾吐きまくる化け物に育ったらどう責任取ってくれるんだよ!」

「誰が唾吐きまくる化け物じゃゴルァ!」

「いや、シンタローの指摘は実に鋭いよ……そんなヨダレお化けの考えた名前なんかつけた日には取り返しのつかないことになるよっ!」

「誰がヨダレお化けじゃ! 妖精汁だっつってんだろ!」

「だからね、ここは殴道宗の歴史と伝統から着想を得た『真極殴神しんごくおうしん苦留素那諏くるすなす』なんてどうかな! これは間違いなく強者に育つよ! 待ちきれないね!」

「てめぇコラ! お前みたいな暴力に足が生えて全力疾走してくるような奴になったらどうしてくれるんじゃ! しかもお前『待ちきれない』って成長したら殴り愛する気満々じゃねぇかっ!」

「人をお化け呼ばわりしておきながら、あんたのだってゴミカスじゃないの!」

「ちょっと酷くない!? それじゃシンタローもケチばっかりつけてないで、文句言うなら代案を出してよ代案をさっ!」

「最初から別にお前らには頼んどらんわ! う~ん……そうだ、法久須堂初代店主、三隅京四郎にあやかって『京四郎』なんていいな。よし、今日からお前は『京四郎』だ!」


 そう言って少年――京四郎を布切れごと掴んで高い高いをしてやると、京四郎は眠たげな眼のまま、少しだけ首を横に傾げた。うふふ、心なしか嬉しそうな表情をしてる気がするぞ。


「え~、なんというか強者力つわものりょくが無い名前だなぁ……」

「あたしの名前の方が絶対神々しいのに……」

「おい、法久須堂初代店主、三隅京四郎の名前にケチをつけることは許さんからな。良ぉ~しよしよし、京四郎、あとで外に穴を錬成して、そこにお湯を溜めて風呂に入れてやるからな。あとは……服を何とかしたいところだなぁ……」


 高い高いの状態から下に降ろしてやり、京四郎がくるまっているボロボロの布切れを見つめる。子供服どころか、俺は予備の服さえ持っていないのだからどうしようもない。セツカに最寄りの街でも案内してもらってどこぞの店で見繕ってもらうしかないか、と考えているとセツカが、


「服なら、表の荷物の中に私の予備の服があるから、それをキョーシロー用に仕立て直してあげよっか?」


 と、提案してきた。俺はその言葉を聞いて愕然とする。


「えっ、お前そんな器用な事出来るの!?」

「まぁ、基本一人旅だからねぇ。これくらいはねっ」


 むんっと腕を見せてアピールするセツカ。俺が少し声のトーンを落として「なんかびっくりというか……がっかりだわ」と言葉を漏らすと、「なんで!? そこは感心することでしょっ!?」とサッとこぶしを構えられたので「すみませんすごいですっ!」と慌てて謝罪した。そういうとこだよ。


 セツカは「全くもうっ」とぶつぶつ言いながらも、仕立て直すのに必要な物を取り出すために扉を開けて家の前へと出て行った。


「良かったな~、京四郎。凶暴なお姉ちゃんが服を用意してくれるってさ。後で一緒にお礼言おうな~」


 俺は京四郎の頭をわしわしと撫でてやるが、京四郎は良く分かっていないのか、また少し首を傾げるだけだった。天使か?


「ちょっとシンタロウ、仮にもあたしの巣ならキョウシロウばかり構ってないで、まずはあたしに尽くしなさいよ。ほら、とりあえず肩でも揉んでちょうだいな。今日はあんたたちに振り回されっぱなしでほとほと疲れ果てちゃったわ。全く、このくらい言わないでもやれるようじゃないとこの先思いやられるわよ? 減点一よ! まぁ、まだ巣になって日が浅いし、今回は大目に見てあげるけど、本来は減点二なんだからね? 感謝して震えて眠りなさい」


 マリーが一方的にそう言って、ちょんと机の上に腰を下ろした。俺はそんなマリーを黙って鷲掴みにして持ち上げると、マリーが不思議そうな声を漏らした。


「お? 何、全身揉んでくれるのかしら? 頭を使って積極的に行動するのは感心だけどね、余計な気の使いすぎも失礼になるのよ? あたしは今、肩を揉んで欲しい気分なの。減点二よ!」

「おーいセツカ、こいつを縛って吊るしておくための長めの紐も用意してくれるかー。ついでにごちゃごちゃうるせぇこいつの口も縫い付けておいてくれ」

「上等だゴルァ! 明日の妖精界便り載ったぞテメー!」

「ギャグのセンスあるぜオメー! やれるもんならやってみやがれ!」


 俺とマリーはぎゃあぎゃあと喧嘩を始め、そんな俺たちの様子を、京四郎は心なしか楽し気な表情で眺めていた。

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