プルメリア達と、キョウコ

42*その笑顔は、世界でいちばん美しいものだった



「軍備部の奴らがもうそこまで来てる」



 キョウコは、プルメリア達を家の地下にある貯蔵庫に連れて行った。地下の貯蔵庫は、緊急時に備えて非常食や防災グッズなどがきっちりと整理されて仕舞われていた。


「もう気づかれたの?」


「えぇ。今日一日、奴らの動きを探ってたんだけど、すぐそこの砦まで軍備部の部隊が迫ってきている。かなり対応が速いから、もしかしたら奴ら、こうなる事を予測してボンの周りを張っていたのかもね。私が甘かったわ」


 そう言いながら、キョウコは鞄に非常食や衣類を詰め込んで行く。


「あんた達、ここを出たらこれに着替えなさい」


「かわいい!」


 キョウコが差し出したのは、若い女性が好んで着るような衣類だった。少し派手なくらいだ。


「こんくらいの方が逆に怪しまれないでしょ。きっちりメイクもしなさい。あと、あんた達が盗賊から奪ったお金は電子マネー化しておいたから、お金が必要な時はこのカードを使って。綺麗なお金にしといたからそこから足がつく恐れはないわ」


「き、綺麗なお金って……」


「お、お母さんって何者……?」


「スマホを渡したかったけど、居場所が特定されやすいからね。これを使いなさい」


 そう言ってキョウコが渡してくれたのは、紙の地図だった。


「あの人の受け売りよ、非常時に助けてくれるのはアナログだって」


 ウメは地図を受け取り、微笑んだ。地図には『ハイパーマップル』と書かれてある。売り上げナンバーワン地図アプリの紙版だ。


「イシガミ博士らしいです」


「そうでしょ。さぁ、すぐに出発しましょう。奴らが作戦開始するのは1時からだから余裕はあるけど、少しでも早くここを離れた方がいい。ここに隠し通路があるから——」


 そう言いながらキョウコが壁をノックすると、なんでもない壁に隠し通路が現れた。


「忍者みたい!」


「この先は裏の森に繋がってるから、そこから逃げなさい。東にある山岳地帯に入ってしまえば見つけるのは困難になるから、とりあえずはそこでじっとしている事」


「お母さんは?」


「私は身を隠しつつ、アポロさん達と連携を取って軍備部の悪事を暴いてやるわ。そうすれば、あんた達も外に出てこられる」


「でも……」


「大丈夫、私を信じて」


 キョウコはプルメリア、ウメ、ダリア、アザミの瞳をしっかりと見つめ、そして微笑んだ。


「わかったよ」


「よし。じゃあ行こうか」


「はーい!」


 プルメリア達はキョウコから受け取った荷物を持つと、隠し通路に入った。天井が低く、人1人が通るのがやっとの通路だ。天井には、一定の間隔で青白い光を放つ電灯が取り付けられている。


「あ、あのノート!」


 ダリアが言った。イシガミ博士の書斎にあった、理想郷の手がかりが記されているかもしれないノートだ。


「そうだ。お母さん、イシガミ博士の書斎にあったノートだけど……イシガミ博士が図書館で借りた本の記録ノート。持って行っていい? もしかしたら、それが理想郷の手がかりになるかもしれないの」


「どうしても必要なの?」


 どうしても必要なのだろうか、この緊急事態に。


 しかし、それはサクラの——


「うん、どうしても必要なの」


「わかった。私が取ってくるから、あんた達は先に行ってなさい」


「ダメだよ! あたしが取ってくる」


「それこそダメだよ。あんた達は一刻も早くここから離れるべき。私がノートを取ってくるから、あんた達はこのまま進みなさい。すぐに追いつくから」


「それなら、一緒に……」


「お母さんの言うことを聞きなさい」


 キョウコは、4人の瞳をそれぞれ見つめて言った。プルメリア達は、キョウコと離れたくなかった。



 お願い、一緒に行かせて。


 やっぱり、ノートなんかいらない。


 このまま一緒に逃げよう。



 しかし、どこ言葉も口から出てはこなかった。




「いいね?」


「うん」


 キョウコは、優しく微笑んだ。


「よし。じゃあ走った!」


 キョウコに急かされ、プルメリア達は通路を進んだ。キョウコは逆の方向へ走っていった。









 プルメリア達は走っていたが、徐々に速度が落ち、そして止まった。


「ママ、大丈夫かなぁ」


 ダリアが、滅多に見せない不安そうな表情を見せて言った。その表情を見て、プルメリアは押し込めていた不安感が溢れ出してきた。まるで、コーラのペットボトルにメントスを入れたみたいに。


「戻ろう」


「はい!」


 4人は振り返り、元来た方向に走り出した。それと同時に、激しい爆発音と衝撃。大きな地震が起きたように、通路が激しく揺れた。その瞬間に、エリア69で最後に見たイシガミ博士の顔や、サクラが頭部を食いちぎられる映像がフラッシュバックした。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ……


「お母さん!」


 プルメリア達は、背中に虹色の翅を出現させ、狭い通路を駆け抜けた。その間にも、爆発音と衝撃は連続的に続いた。


 地下の貯蔵庫に出ると、熱と、物が焼ける匂いが漂ってきた。階段を上がると、そこはすでに建物の原型はなく、ただの火の海と化していた。プルメリア達は人間同様、火に弱い。しかしそんな事はどうでもよかった。プルメリア達は身体をエーテルで覆う事も忘れ、火の中に飛び込み、書斎があった場所に向かった。


 傾いた書斎の扉を蹴破ると、折り重なって倒れる本棚に守られるような形でうずくまっているキョウコの姿があった。


 お母さん——そう叫ぼうとした瞬間、天井が崩れてきて、キョウコは瓦礫の下に埋もれてしまった。もう、その姿を見る事は出来ない。


「お母さん!」


 プルメリア達は、炎に包まれる瓦礫を次々と退かした。一気に吹き飛ばしたかったが、キョウコが埋もれているので出来なかった。素早く、しかし丁寧に瓦礫を退かしていくと、本棚の下にうずくまるキョウコの姿があった。


「お母さん!」


 プルメリア達の声を聞き、キョウコは、傷だらけで血を流し、所々皮膚が爛れている顔を上げた。


「あんた達……。これ、ちゃんと持って行きなよ」


 キョウコは、うずくまっている身体の下から銀色のファイルを取り出し、それをプルメリア達に差し出した。


 そして、微笑んだ。


 その笑顔は、世界でいちばん美しいものだった。



 次の瞬間、キョウコとプルメリア達は、眩い光に包まれた。

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