ハティー

41*力の入れどころを間違ってはいけない




 ボンより北西25キロ。森の砦。


 軍備部陸上部隊を率いるハティーは、暗い砦の奥で、多数の軍人を前にして椅子に腰掛け、脚を組み、背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見据えていた。背が高く、その神経質な性格を現しているようにすらっとした体格をしている。男性にしてはよく手入れされた美しい青い髪をオールバックにし、長方形の銀縁眼鏡をかけている。冷酷な印象を与える鋭い瞳は、能面のように動かず、一点を見つめている。軍服は、クリーニング屋から戻ってきたばかりというように埃や皺一つなくきっちりしている。まだ若い、20代後半の青年だ。


「ハティー司令官、出撃の準備が整いました」


「あぁ、分かった。まったく、何故私がヴァルセンティアの尻拭いをしなければならないのだ」


 ハティーはやれやれ、といった様子で椅子から立ち上がると、声を張り上げ、整列する軍人達に言った。


「目標は、ボンのイシガミ邸に潜んでいるコダマ4機だ。いいか、我々の装備ではコダマには勝てない。無闇な攻撃は禁止だ。まずはボンを包囲後、闇夜に紛れ、特殊部隊がイシガミ邸に進入し、キョウコ・イシガミを確保する。その後、キョウコ氏に交渉してもらう。どうやら、奴らコダマは一部の人間には逆らえないようにプログラミングされているらしい。そこを利用する。キョウコ氏の指示には、コダマ達は逆らえない。キョウコ氏の指示でコダマを確保。光を全く通さない特殊防護ブロックにコダマを監禁し、ガーフナー地下実験施設まで連行し、ブロックごとコダマを爆破。以上が今回の作戦だ。なお、コダマがキョウコの指示を無視する等イレギュラーな事態が起きれば即撤退とする。作戦に逆らう者は反逆者として処分しても構わない。作戦開始時刻は1時だ。以上。出撃まで待機」


 はっ! という掛け声と共に、軍人達は散っていった。ハティーは、再び椅子に腰掛け脚を組んだ。


「ハティー司令官、あのキョウコ・イシガミが大人しく応じるでしょうか?」


 ハティーの隣りにいた側近が尋ねた。


「別に応じなくてもいい。我々の要求に応じるのはキョウコ氏ではない、コダマ達だ。見せしめにキョウコ氏の指を2、3本折ってやれば、嫌でも要求に応じるだろう」


「あの空庭を破壊し、ゴリアテを墜としたコダマが素直に応じるとも……」


 ハティーは右手を目の前に掲げると、その長く細い指の先を眺めた。


「言っただろう、そうプログラムされていると。それに……」


 ハティーは、手の平を内側に向けて軽く指を曲げ、まるでワインの色を眺めるように自分の爪の色を観察した。


「今回は全責任をアポロ左大臣が取って下さる。作戦の指示もアポロ左大臣のものだ。成功しようがしまいが、私には関係ない。生きて帰ればいいのだ。お前も、命だけは落とさぬようにな」


「は……、分かりました。今回の作戦は乗り気ではないのですね」


「今回のこの作戦は我々軍備部ではなく、国務庁、アポロ左大臣が特別司令官として出した作戦だ。もうすぐクビになる者の指示に命を懸けて何になる? 無駄に死ぬのは愚だ。力の入れどころを間違ってはいけない。よく観察し、見極め、美味しいところだけ頂くのだ。今は、その時ではない」


「流石ハティー司令官。勉強になります」


 側近は大袈裟に深く頭を下げた。


「ふん。この作戦には不確定な要素が多すぎる。ありがたいことに、我々に責任はない。余計な事はせず、無駄に動かないのが妥当だ」


 その時、1人の軍人が駆け込んできた。


「失礼します!」


「なんだ」


「ハティー司令官、ライネス総司令官から今すぐ出撃せよとの司令が」


「なに?」




 今まで一切表情を変えなかったハティーの口元が、僅かに不穏な動きを見せた。


 

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