4*僕たちの存在など、最初から必要なかった



 僕は最上階までエレベーターで上がると、薄暗い管理用通路に入り、更に上に伸びる階段を上った。階段を上った先にある厚い扉を開くと、強い光と突風が身体に打ち付けてきた。目の前に、青い空が広がっていた。


 空中庭園が、遥か下に見える。ここは、エリア69の頂上だ。


 僕は金網の細い通路に足を下ろして、頼りない手摺に手を置いた。建物を半周すると、上に登る為の階段がある。僕は階段に手をかけ上った。強い風に、身体が揺れる。ひょろひょろのイシガミ博士だったらきっと飛ばされていただろう。まるで、宙を漂う一反木綿のように。


 階段を上り切ると、天にまっすぐ伸びる避雷針の横で仰向けになって眠っているアザミがいた。風に揺れる青紫の髪が、白い頬を優しく撫でている。


「そんなところで寝てると、風邪ひくぞ」


 アザミはゆっくりと瞼を開いた。美しい釣り目の美少女は、僕を見ることなく、ただ青い空を眺めている。青いラインの入ったブレザーの裾が風に揺れる。僕は避雷針を背もたれにして座った。こうして眺めていると、世界は限りなく平和に見える。僕達の存在など、最初から必要なかったみたいに。


 アザミはゆっくり上半身を起こすと、まだ寝足りないという様子で右手で口を覆ってあくびをした。手首につけている、青い花のブレスレットがキラリと光った。


「なんや、夜這い?」


「違うわ!」


 弌式メンバーの僕に対する扱いなんてこんなものである。もう少し弌式のリーダーである僕(弌式の中で1番早く生まれたからなんだけど)の尊厳を尊重してくれてもいいと思うのだけれど、彼女達にそのような配慮は微塵も見られない。ウメは別だけど。


 アザミは寡黙でクールな性格をしている。他人と群れたりしない、一匹オオカミだ。だから、暇な時は常にどこか1人になれる場所で昼寝してる。べつに、弌式のメンバーが嫌いという訳ではない。孤りが好きなのだ。そして、話す言葉に謎の訛りや方言を含んでいる。どうして、みんな一緒に育ったのにこんな違いが出るのか、果てしなく謎だ。



 プルメリア、ウメ、ダリア、アザミ。以上が弌式のメンバーだ。あとは、この研究所(エリア69第3階層)に住んでるのは零式の先輩達と(英雄となった彼らは今帝都ガルディアベルクに居る為ここにはいない)、その他はイシガミ博士を筆頭とする研究員さん達と、設備メンテナンスや食堂のおばちゃん等の職員さん。たまに、ラスクさんみたいなお偉いさんが視察に来たりする。一般人はもちろん立ち入ることは出来ない。そんな狭い世界の中で僕たちは生まれ、生活し、そしてその生涯を終えようとしている。まぁ、僕たちの紹介はこれくらいかな。




 地上900メートルのこの頂上からでも、見えるのは荒野だけだ。山の向こうにあるはずである広い世界の欠けらすら見る事が出来ない。視線を空中庭園に落とすと、金網のそばで座っているプルメリアがとても小さく見える。



 僕たちは、自身の行く末を受け入れている。



 プルメリアも、ウメも、ダリアも、アザミも、みんな同じように運命として受け入れてる。でも、それじゃあ少し、寂しい気がする。


 外の世界で自由に暮らす、なんていう贅沢は言わない。


 ほんの一目でいい、外の世界を彼女達に見せてあげられたら。


 しかし、僕たちは人類を守る為の希望であると同時に、大きな危険性を含む大量破壊兵器なのだ。無闇に外に出すことは、許されないだろう。外の世界を見たい——それは、見ることすら許されない夢なのだ。



 そんな事を考えていたら、なんか切なくなってきた。人造人間の僕だって、一端に切なくなったりはする。


 横を見ると、いつの間にかアザミは仰向けになって昼寝をしていた。いつものクールな姿に反して、可愛らしい寝息を立てている。


 僕も横になり、瞳を閉じた。


 少し強い風が、頬を撫でた。



 こうしてふたりで寝ていると、どこか心が繋がっ——




「サクラ、邪魔や。どっか行って」


「はい……」




 ——たりはしないようだ。





 そんな僕達の箱庭生活は、思いもよらない事で幕を閉じることになる。







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