命題:徹夜からのゴリラ専門家登場はキャパオーバーか

 ゴリラを手に乗せて、俺は言う。当然、呆れ混じりだ。


「そんな技を持っていたのなら最初から使えよ……」


「絶招と言ったぞ? 絶招とは奥義よ」


「いやいや。言語解説されても困るのよ」


「息子よ。ゴリラの話も聞いてくれ。ゴリラ活法とは、殺しの技に非ず。時には己さえも捨て、群れを活かすための技である」


 ふむ。確かに守りの技が多かった。


「そのゴリラ活法、奥義中の奥義こそが【捨身群生】である。群れの危地にあって己の身を削り、皆を守る大技だ。ただし、耐久時間は短い。保って二日だ」


「じゃあその二日間でお前の住める森を探す」


「何故捨てゴリラ前提なんだ息子!?」


「いや、デカく戻るんじゃなくて。人に戻れよ」


「深い事情によりそれは無理だ」


「こんな器用なのに、なぜそれは出来ないんだよ……。やっぱり捨てゴリラしなくちゃ……」


 俺ああ、ゴリラは小さくなってもゴリラだった。

 このままどこかの森に放り込んでしまおう。

 それが世界を救い、ラッコやイルカを救う。

 シーライフへの貢献となる。地球の自然に救いあれ。


 そんな訳で、なおも立派に残されているシルバーバックを丁寧に摘む。

 そっとパーカーのフードに入れてしまう。

 何故かゴリラは抵抗しない。

 いざ行かん、ニューワールドオダ……。


 ピンポーン


 間延びした音は、唐突に響いた。

 背中には、冷や汗。

 よく考えたら徹夜麻雀寸前から、勢い任せで言葉のドッジボールだった。


 つまり現時刻は、容赦なく朝っぱら。

 テンション任せだった思考能力が、一気に落ちていく。


「私よぉ? さっきぶりぃ。朝早くにごめんねぇ? もういきなりパイナップルとかしないから入れてちょうだい。あの子は家で寝てるわよぉ」


 聞こえてきたのは『お姉様』の声。なんでまだ起きれてるのさ。

 俺は天を仰いだ。

 状況は決して良くない。だが、最悪ではない。

 家への破壊行為もない。

 ゴリラバレを気にする必要もなさそうだ。

 俺はドアを開ける。


 すると、そこには。


「遅かったじゃなぁい。後数秒でドアが蜂の巣だったわよ? そして、こちらが」

「ヘロー。言葉を解するゴリラガ、ここに住んでいるト、聞いたノデ」


『お姉様』はまあ分かる。破壊行為する気満々だったのは置いといても分かる。

 だが、もう一人はなんだ。

 あからさまに片言な上に、シミだらけの白衣。

 おまけに髪はボサボサで丸メガネ。

 汚らしく、見すぼらしい。

 こんなのとお付き合いしてたのかよ『お姉様』。

 妹に嫌われっぞ。


「近所に住んでる、ゴリラ専門学者のジミーさんよぉ。学会からは爪弾きにされてるらしいけど、見識は確かよぉ?」


「はぁ……。はぁ!?」


 俺の後ろ。パーカーからも。素っ頓狂な声がした。



「デ、この状況ハ、いったい……?」


 もぐもぐもぐ。


「ブレックファースト、ですわねぇ……」


 パクパクパク。


「ええ、朝食です」


 ムシャムシャムシャ。


「その通り。我はバナナだが。それにしてもデカい」


 ちびちび。


「小型化だからな、仕方あるまい?」


「うぐっ……。だが、本数は減るぞ? 喜ばしかろ?」


「……ノーコメント」


 結局昨晩に引き続き、今日も我が家は千客万来。

 おかしいな、招き猫とかは置いていないはずだ。


 ともあれ、俺はなぜか三人分の朝食を作る羽目にあってしまった。

 皆、冷凍ご飯はすんごく便利だぞ、覚えとけ。


「そういえば、用件は一体」


「おっと、忘れてたわぁ。彼がゴリラ・ゴリラ……、もとい。お父様を研究対象にしたいんですって」


「はぁ!?」


 本日二度目の素っ頓狂ボイスが、俺の部屋に響き渡った。

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帰宅したらゴリラが居た場合に起こる命題 南雲麗 @nagumo_rei

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