第3話

 白百合騎士団は、あくまで王女のお遊び──その暗黙の了解が崩れたのは、隣国との戦争の激化が発端だった。戦況が劣勢になった時、戦場の士気を高めるための旗印として王女が駆り出されたのである。

 若干十七歳、銀の王女は不敵に笑ってこう言った。

「白百合騎士団の初陣よ」

 金の公女十六歳、グロリア二十一歳のことだった。

 彼女は王女の白百合の旗を背負い、戦場に立つこととなった。とは言っても、いきなり前線に出されるわけではない。王女は士気高揚の象徴なのである。決して陥とされてはならない旗印。その旗を背負うグロリアは己の責任重大さに心臓が飛びださんばかりだった。

 しかし、不利な戦況である。常に安穏と構えていられるわけではない。伏兵、側面攻撃。戦線の崩れにより、時として旗印の王女が狙われることもある。

 遠目の敵はグロリアの銃が。それをかわして飛び込んできた強敵は、沈黙の公女の剣が守った。これまで訓練してきたことは何ひとつ無駄ではなかった。

 不利な戦線を押し返すまでには至らなかったものの、それでも戦況を沈静化するまで持ちこたえることが出来た。一年、戦場で共に戦い抜いた白百合騎士団も、都へと戻れることなる。その頃にはもう、グロリアにとって王女と公女は一生仕えても良いと思えるほど大きな存在になっていた。

 帰都した白百合騎士団を待っていたのは、戦線を救ったという広告塔の仕事だった。人心を集めるカリスマ的存在に、銀の王女はうってつけだったのである。その場に付き従うのは金の公女と、王女の旗持ち。国民が遠くから白百合の旗を見ては「王女さま」と熱狂の声をあげた。

 王女について国のあちこちにひっぱりだこになったため、忙しくてなかなか家へも帰れなくなったグロリア。そんな姉が人気者であると誤解したグロリアの妹が、ある日王宮に訪ねて来た。

 妹はようやく十六になり、社交界にデビューしたばかり。グロリアと一緒に王宮を歩く妹の顔にゴリラの遺伝子のかけらも見出せないことに、周囲はどよめいていた。

 姉の仕事に興味津々の妹は姉が何をしているか知りたがった。

「王女様の旗を掲げています」とグロリアが答えると、妹は物足りなさそうな顔をした。もっと華々しい仕事をしていると思ったのだろう。戦場でマスケット銃を撃っていたと言うと妹の教育に悪そうなので、グロリアは黙っていた。

 しかし、姉の真似をしたがるのが妹の常。その旗を私も掲げてみたいと言い出す。薄布で作られた旗ではなく、厚い布と刺繍で彩られたずっしりと重い旗である。とても妹に任せられない。グロリアはダメだと拒んだ。妹はすっかりふくれてしまったが、諦めたと彼女は思っていた。

 しかし、目を離した隙に妹は旗立台にかけられていた白百合の旗を持ち上げようとしていた。年の離れた妹は剣の稽古もしたことがなく、旗の想像以上の重みによろよろとよろける。旗もろとも倒れようとする妹を、慌ててグロリアは後ろから身体を支え、そして旗棒を両手でがしっと掴んだ。

「妹よ…ぐぬぬ…この旗は決して降ろしてはならぬ、地につけてはならぬ。そんな大事な旗なのです。王女様の命そのものなのです」

 顔を真っ赤にして妹と旗の体勢を立て直し、グロリアは腹の底からの声を絞り出した。尋常ならざる姉の様子に、妹はぽかんとした後ごめんなさいと小さく呟いた。


 王女の気まぐれから始まった、たった三人の白百合騎士団。

 それが終わる理由もまた、王女だった。隣国との和平が結ばれた後、和平の証にと、かの国の王子が銀の王女を妻に望んだのだ。

 戦場に出た王子は、あの戦いでたなびき続けた王女の旗を覚えていた。顔を見たことがなくとも気高くはためいていた王女の旗に、彼は敵ながら敬意を抱いた。

 そして、

「アル、私のわがままに最後まで付き合ってくれてありがとう。グロリア……私の誇りを最後まで掲げてくれたこと心より感謝します」

 銀の王女の言葉を最後に、グロリアの愛した白百合騎士団は解散となった。

 やりがいのある仕事を失い、グロリアはすっかり腑抜けになった。銀の王女が輿入れする際に国境まで見送る一団の中に名前を連ねる栄誉をたまわったものの、前のように毎日王宮に行く必要もなく、家でその大きな身を持て余していた。

 グロリアはもう二十四歳。八年間騎士団にいたために、すっかり嫁き遅れとなってしまった彼女だが、縁談は日々雨あられだった。しかし、その多くを兄たちがゴミ箱に叩き込んでいた。王女の覚えめでたき将軍の娘という肩書きは「容姿さえ目をつぶれば」、うだつの上がらない者たちにとってはおいしい条件だった。

 兄たちが好いた男はいないのかとグロリアに聞くも「ございません」と答え、選び抜いた見合いの絵姿を見せてどの男がいいかと聞くも、ちらりと見もせずに「どなたでも」と答える。

 グロリアの意気消沈ぶりに、家族もほとほと困り果てた頃──末の妹が姉の手を取った。

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