19:20/山本晶は覚悟する

 まあ…やっぱりというか、台風さんは電車移動中にハイパーブースト豪雨タイムに突入。うちの最寄り駅に無事到着したまではよかったけど、開いた傘が風に持ってかれかけたのを玉城くんが私ごと抱えて持ってくれて、ショートカットに使った近所の公園で文字通り飛んできたカラーコーンをサッカーかな?ってくらい見事に空中でジャストミートして撃退してくれたおかげで、我々は濡れネズミになりながらもなんとか我が家に辿り着いた。さあ全俺待望のオープンザドアの瞬間です!ってカギが出てこない!!どこ!!!

 「お疲れ様でした、先輩」

 「あのー、あんなに断っておいてアレなんですが、蓋を開けてみれば送ってもらって確実に命拾いしましたありがとう……あっカギあったあああ!」

 「いえ、ご無事で良かったです。では」

 「ちょちょちょちょっと待とう?!ほんとに徒歩で帰るの?!?!」

 「?はい」

 ドア開いて5秒で帰ろうとする玉城くんを全力で引き留める。うちの駅に到着間際、悪天候に激弱と定評のある玉城くん利用の私鉄はあっさりHPに運休を発表していてちくしょーもうちょい頑張ろうよ!!!

 「たしかに電車だと超遠回りだし直線距離の方が近いけども!今雨一番ひどいっつーか土砂降りだよね?!」

 「前が見える程度であれば、特に支障は…」

 「うん今見えるか見えないかの瀬戸際くらいだしその基準限界すぎないかな?!もう少しだけうちで待って……」

 「いえ、本当に帰ります」

 玉城くんの声がガッチガチに固いことに、そこで私はようやく気付いた。同じ結論を出すにしても、いつもの彼なら駅の時みたいにこっちの意見もしっかり聞いてくれた上で再提案するのに……今は玄関前から直立不動で動くそぶりもない。それどころか…目も合わなくない?ていうか…こっち見なくない?えっもしかしてここまでで私なんか致命的に嫌われるようなことしちゃってた?ゲームオーバー画面スキップして見逃してた系??

 ………だがもはやそれでもいい、命の恩人をこの降りの中歩いて帰すなどという鬼畜の所業だけはこの山本晶、断じてできぬ!!!!!

 私は一念発起すると傘を傘立てに放り込み、玉城くんの黒いポロコートの両袖を掴む。この突飛な行動に驚いたらしい玉城くんと、やっと正面から目が合った。

 「だめです絶対帰らせません!!雨足が弱まるまでは………わっ?!?!」

 「!………鳴り始めましたね」

 玄関ポーチにどんがらがっしゃーーーんと響き渡った音に、私はびくりと身を竦ませる。先輩らしくビシッと決めるべきところで派手にしくじった…が雷が落ちるってことはきっと台風の目が近づいてきてるんだ!てことはもう少し待てば雨も弱くなるかも!さあそれまで狭い家だけど休んでって!……と言ったぜくらいの気持ちはあるんだけど、いかんせん今のでビビり散らかした私は口がまったく回らない。さらに遠くでぴかぴかと光る遠雷が追い討ちかけてきやがるので、結局私の口から出たのはひどく弱々しいお願い口調だった。

 「あの、できればホントに帰らないでもらえると……」

 「…雷が苦手なんですね」

 うん実は小学生くらいの時近所に落ちたことあってさ、飼ってたペロとお留守番してたんだけど停電して真っ暗になって2人でギャン泣きしてその日から完全トラウマになったよね。ちなみにペロもその後雷鳴り始めると即抱っこしに来たから犬にもトラウマってあるんだね。……と説明しましたくらいの気持ちを込めて、私は首をこくこくと縦に動かした。

 「…そういうことでしたら、しかし……このままというわけにはいきません。…ですが………」

 一刻も早くドアを閉めたい私vs見たこともないほど渋る玉城くん!ファイッ!はよ、はよ決着頼む次が鳴るからーーー!!!…という私の脳内試合が顔から垣間見えたのか、玉城くんは私の手からそっとコートの袖を外すと、その場で――びしょ濡れのまま突然姿勢を正した。

 「先輩、その前にひとつお話があります」

 「なっ、なんでしょう?!」

 いつも通り、玉城くんの腰がビシッと美しく45度に曲がる。


 「9月の宿直の日から先輩が好きです。宜しければ俺と交際して頂けないでしょうか?」

 「えっ今?!?!?!?!」


 全てを忘れて無心にツッコんでから5秒―――目の前の後輩が上げた顔は、見るからに申し訳なさそうだった。

 「仰る通りですが、……恋人でもない男が、独り暮らしの女性の家に上がり込むなど…許されることではないと思いまして」

 私はまったく働かない頭でしっかり言葉を咀嚼する。オーキードーキーはいつまり?『恋人じゃない男が上がり込んだらだめ』→『恋人なら上がってもいい』…という……ことか???よっしゃこれだじっちゃんはいつもひとつ!!!

 「あっじゃああの、私も好きです!喜んで!!」

 「!それは、とても嬉しいのですが、…俺を家に上げるために言ってくれてはいませんか?」


 「そんなわけ!ないです!私もあの日からずっと!!玉城くんが好きでした!!!」


 全てを忘れて無心で力説してから10秒―――目の前の後輩の顔が、みるみるうちに首まで真っ赤になっていく。

 「あ…ありがとうございます………!!」

 やばい。やばい。やばいやばいやばい私今けっこーーーなこと言ったぞやばいこれ我に返ったらやばい絶対やばい恥ずかしすぎて絶対時が止まるし動けなくなるそうだ!私たち!ビショビショだよね早く部屋に入ろうもう入ってもいいんだ恋人にクラスチェンジしたからあーーーーーーそこは今はフワッとさせとこうまともに考えちゃダメだ!はい!まずはドアを!閉めよう!!!!!

 「う、うん!……あの!はい!」

 「?!」

 語彙力死んだら実力行使!私は玉城くんの袖じゃなく腕を掴んで引っ張るとドアをバタンと閉める。遠雷が急激に遠のいた。


 とにかく我が家に戻ったぞ。


 ――その実感を得て、速やかに通常運転家事モードに移行した私の行動は迅速だった。

 2人入ってぎゅうぎゅう詰めの玄関でびしょ濡れコートを脱ぎ捨てると、すぐさま脱衣所に向かいお湯張りボタンを押す。やっぱりぐしょ濡れのタイツを脱ぎ捨て洗濯機に放り込むと、フェイスタオルを2つ取り出しひとつを問答無用で玄関の玉城くんに投げた。無事空中キャッチされたのを確認すると一旦部屋に入り、顔と頭を拭きながら暖房を入れつつハンガーを取って玄関に引き返す。玉城くんと自分のコートをハンガーで玄関に吊るすと大まかにタオルで水気を拭き取って形を整え、次にもらい物の新聞紙を………とそこで私の腕がぱしりと捕まれた。

 「先輩、とにかく今すぐ風呂に入って暖まってください」

 「えっこの場合は玉城くんが先では?!」

 コートで一目瞭然だけど、私は駅からこっちほぼ玉城くんに抱えられて歩いてきたので、顔と足以外はあんまり濡れていなかった。対する玉城くんのコートは…まだ裾から水が滴ってるし、スーツも雨がコートを貫通してところどころ色が濃くなっている。

 「いえ、先輩が先です。俺は多少とはいえ鍛えていますので平気です」

 「でも私まだそんなに寒くな………っくし!」

 ああやっぱり、と言いながら玉城くんが私の手を取った。その手がものすごく温かくて……私は自分の身体が尋常でなく冷えていることに初めて気が付いた。非常事態でドバドバ出てたであろうアドレナリンが落ち着いてきたら、急に歯の根が合わないくらいの寒さが襲ってきたわけで、そりゃそうですよね12月の雨が寒くないわけがない!!何よりここで家主の私が倒れたりしたら玉城くんはどうなる…!?

 「歩き終わって、ここから急に汗が冷え始めます。急いでください!」

 「はっはい!じゃあ適当に中に上がって待ってて!」

 私は玉城くんに追加でバスタオルも投げると、急いで脱衣所の扉を閉めた。



 「ご馳走さまでした」

 「お粗末すぎてすみませんでした…足りた?」

 「とんでもない!はい、とても美味しかったです」

 風呂から出ると、遠慮する玉城くんを半ば無理矢理脱衣所に押し込み、去年受験で弟が泊まった時のスウェットを引っ張り出しつつまあもう遅いけど部屋をちょこっと片付けたり靴に新聞紙を詰めたりした後、既にお茶を淹れようとかそういうレベルじゃなくなっている空腹を私は素直に認めた。我が家の非常食として絶大な信頼を誇る某冷凍チャーハン(肉増量中)と、私の唯一の自信料理・クリームチーズとアボカド入りオムレツを制作、申し訳なさそうに風呂から出てきた彼を捕獲・室内に連行・夕飯をサーブ。しばし無言でメシをかっこみ、生き延びた喜びをも一緒に噛みしめる私を玉城くんはニコニコと眺めながら自分もさくっと平らげ……今に至る。

 「そなんだよ、もう冷凍チャーハンはここのメーカーしか信じなくて大丈夫だから。定期的に、値段下がる し……」

 「先輩のオムレツもとても……晶先輩?」

 今日はもんのすごく色々ありすぎて、お腹がいっぱいになったら、多分私は安心しきったんだと思う。あったかい緑茶をすすりながら、まぶたが急に重くなって、でもまだ恋人になった話もしてないし このあとたまきくんを送りださないと いけないから、まだねる わけには………………

 「先輩、ベッドで……………俺は……………鍵を……………」

 遠くでこえがきこえてる のは わかってるんだけど…………………


 「!先輩!」

 「?!わあっ!!!!!」


 次の瞬間、ものすごい雷鳴と同時に部屋の電気が明滅した―――一気に覚醒した私は、でも目も開けられずに息を詰まらせる。

 「…大丈夫です、一瞬消えただけで電気は点いています。何も心配ないです」

 くぐもった声がすぐ傍から聞こえて、私は自分が反射的に傍の玉城くんに飛びついたことと、彼の温かい手が両耳を塞いでくれていることを知った。

 「落ち着いて呼吸しましょう。吸って………吐いて」

 真っ暗になってしまった頭にその声だけが響く。ゆっくりと呼吸しながら、天国でもギャン吠えしてそうなペロの世界一かわいい顔を思い出し―――しばらくして、私はそうっと目を開けることができた。そこには見慣れた風景が広がっていて、電気はちゃんと点いてたし、玉城くんは隣にいてくれていた。

 「晶先輩、…落ち着きましたか?」

 「………うん………」

 「食事の時も少し鳴ってはいたんですが、平気そうだったので…。今のは近かったみたいですね」

 「………そうかも」

 「少し…すみません、雨戸を閉めてきます」

 そう言って立ち上がると、玉城くんは部屋の二面にある窓の雨戸と、カーテンも2枚ぴっちりと閉めてくれたので、それで外の音がまた遠ざかる。戻ってきた玉城くんは、なんだか少し…ふにゃりとした顔をすると、私の足下に腰を下ろそうとしたので、私はつい隣を指さしてしまった。

 「………いいのでしょうか?」

 さっきまでここに座ってたのに、不思議なことを言う。

 「…もう少し、居てもらってもいい?」

 「勿論、喜んで」

 ひとつ頷くと、ゆっくりと隣に彼が座った。雷はまだそれなりに近くで鳴っていて、びくりと肩が勝手に跳ねたりはするけど……と、その肩に大きな手が回されてそっと引き寄せられ、私の頭が灰色のスウェットにぽすりと当たる。

 「少しずつ、遠のいてきてますね」

 「そうだね……」

 私は寄っかかったまま頷いた。温かい肩は、相変わらず見た目からは想像もできないぐらいがっしりしていて硬い。そのうち、私の中のパニックはどんどん遠のいて…代わりに謎の安心感が満ちてくる。

 ……大丈夫だ。この人なら、例え雷がこのマンションを直撃しようが、このまま雨が止まずに大水害が起ころうが、絶対に私を守ってくれる。今までずっとそうだった。大丈夫だ………

 「――待って玉城くん時間大丈夫?!」

 「まだ22時前です、問題ありません」

 「そっか……よかった」

 電車が復旧すれば終電まではまだかなり時間がある。私もだいぶ落ち着いてきたし、そして割と眠気も戻ってきたし、雷雨がひどいままなら来客用の布団を出して寝てってもらうって手もある。明日は土曜だから、服が乾いてから帰ればいいし、別に泊まっても恋人ならなんの問題も………

 恋人なら。

 そうでした。恋人になったんでした。思い出したが最後、眠気は宇宙の彼方に吹っ飛び心臓が32ビート相当で鳴り始める。はいこのタイミングからして絶対に吊り橋効果ではありえないことが実証されました。では次にどうしたらいいのだ。今後どう付き合っていくかとかの話をきちんと出した方がいいのか。それはおいおい考えるとしてまずはもう大丈夫だと伝えたのち帰り2人で支度を進めておくのがいいのではないだろうか。よしそうしようそれが先決で異議なし。

 「あの、……………あれ?ここ、」

 「…すみません…先程先輩が寝落ちしかけた時に、運びますと声を掛けたんですが……」

 あ…ありのまま今起こったことを話すと、我々は私のベッドに並んで腰掛けていた。本当に気付かなかったんだ嘘じゃない。だからこの人若干顔赤いしさっき戻ってきた時隣に座るの避けようとしたんですねわかります!今わかりました!ていうか絶対これお姫様抱っことかされたやつじゃないのか…私の人生で間違いなく三本の指に入る名シーンなのに記憶がない!辛い!わたわたしてる場合じゃないまずは謝ろう!!!

 「ごっごめんね、なんか家に着いたぐらいから全てが実感ゼロというか…ボーナスクエスト中的な…?」

 「…わかります、俺も、夢なら覚めないでほしいと願っています」

 「う、うん」

 「あの……玄関では、先輩の気持ちを疑うようなことを言って、申し訳ありませんでした」

 「えっ?!や、あれはタイミング的に仕方なかったよ…!」

 「ありがとうございます。本当に…嬉しかったです」

 「そ、れは私もです!思わずツッコミ入れてごめんね…!!」

 「いえ、自分でもタイミングが最悪だった自覚があるので」

 「…とにかく我々はタイミングが酷すぎるね」

 「…そのようです」

 恥ずかしすぎてお互い隣を満足に見られなくなった状態で、でも私たちはどちらからも離れようとはしないまま、ベッドの端っこで寄り添って座っていた。なんとなくだけど…この時間を大切にしたいって、お互いに思ってる気がしたから。

 そういえば……初めてこの人に触ったのも、会社のベッドの上だったなあ。それからご飯食べに行って、何かと迷惑掛けっぱなしの私を守るって言ってくれて……


 「……すみません先輩、やはり今から帰宅します」


 ――唐突なその一言が、甘ったるい思い出に浸りかけてた私を一撃で張り倒した。

 「え、えっ急だね?!洗濯、乾燥かけてるけど多分まだ乾いてないから、えーとスーツも」

 「構いません、もしこの服を貸して頂けるならこのまま」

 「いやっそれは流石に薄着すぎるよ?!コートだってまだびっちょりなんだし、もう少し」

 「…あの、どうしても今すぐ帰らねばならない、といいますか……」

 下を向いたまま早口で話す彼は、どう見たって様子がおかしい。この時間がずっと続けば的に思ってたのはぶっちゃけ私だけだったというわけで、その実玉城くんがこんなに帰りたがってたとは……悲しいより何より、勝手に勘違いしてた自分がめちゃくちゃ申し訳なくなってきた。

 「うっうん、私が調子乗って甘えすぎたからだよねごめんね?!それとも、なんか嫌な思いさせちゃっ……???」

 肩に回されてた手がぐいっと私を引っ張った、と思うと、私は一瞬でスウェットのぬくもりの真ん中に移動していた。額の辺りに声が降ってくる。

 「違います、先輩のせいではないんです」

 「え、じゃ、どしたん…?」

 暖かい囲いに閉じ込められたまま、なんとか上方に向かって声を絞り出すと――ややあって、掠れた声が落ちてきた。


 「…まだ交際の許可を頂いたばかりなのに、これ以上、こうしていると………自分を、抑えられそうに、ないので」


 その心底申し訳なさげな声に私の心臓は大きく跳ねて――口が勝手に返事をしてしまう。

 「い、いや、いいです…!!」

 いいですって何だよ学級会か!!!!!その、驚きはしたけど蓋を開けたらお互いけっこー両片想い期間も長かったわけで気持ち的には今絶対無理とかではなくもっと言えば嫌じゃないです。ってことだけきちんと伝えたかったんだけど、ああもうこういう時に色気のある返事のひとつも思いつかない自分に自分で呆れるわーーーーー!!

 「……いいんですか?」

 …なのに、この人相手には効果抜群の一言だったらしい。

 「そんな風に言って頂けると、思ってなくて……、俺、本当は…ここに居たいです」

 ……勘違いじゃなかったんだ。

 そだよね、もしかしたら、両想いだってわかってからずっと、玉城くんは待っててくれてたのかもしんないよね。

 なのに勝手に部屋に連れ込まれて、風呂入れられて、メシ食わされて、目の前で寝られそうになって、ベッドに運んで、雷から守って…って、ずーーーーっと私を優先してくれてたんだよね。

 そう思ったらなんか、気持ちが泣きそうなほどどんどん溢れてきて、うまく言葉にならなくて………私は、目の前にある腕をぎゅっと握ると、こくこくと頷いた。

 「!晶先輩、」

 玉城くんの声が、私の唇を探して降りてくる。




 「――失礼します」

 こんな時まで100%彼らしいセリフと共に、常夜灯に照らされた玉城くんが上を脱ぐ。

 スウェットの下から現れたのは、うん予想はしてたけど後光が差してそうなくらいのいい身体すぎてちょっと何をどうしたらこうなるんですか?この適度に日焼けしつつ余すところなく筋肉で覆われた…相対的に見て首がかなり太いのがいかにも戦う人というか鍛えてる人の身体というか先生!死角がありません!身体的にも魅力的にも!胸筋とかありえないほど尊いし腕うでとにかく腕に浮いてる線やばいよね?!でも一番やばいのはなんといってもこの漫画みたいな輝くシックスパックだよライザッフかな悟空かな?!ものすごく固そ……って

 「ちょ、あのえーーーっとタイムで!?」

 「先輩…?」

 私が脳内で第1回・玉城くんの肉体美実況しまくってた間に、気付けば彼の手が私のパジャマのボタンをひとつ外していて素っ頓狂な声が出た待ってまってあわばばばばばばば!!

 「……どうしました?」

 微かに首を傾げて聞いてくる玉城くんの声が何故か異常に艶っぽく聞こえるのは断じて私の耳のせいではない。だってここベッドの上だし!上半身裸だし!!無理ゲーすぎる!!!

 それに……どうしたもこうしたも…………私は自分の身体を見下ろした。

 「えーとえーと、なんていうか、うー、その………察して頂けると…!」

 「…鈍くてすみません。あの、……やはり、止めたくなったということでしたら、」

 「あ、あっちがうちがうそういうんじゃなくてホラ、私メインになる武器がないっつーかなんつーか!」

 「め、メイン武器……???」

 「えーとつまり、ステータス胸:ノーマル、肌:ノーマル、体重:ノーマル的な…ごめん体重若干サバ読んだ…なのでエクセレント評価がどっかひとつでもあればもっとこうね…って申し訳ない、これ自分で言ってて凹むけど現実は変えられないので…」

 「…先輩、あの」

 「それにひきかえ玉城くんはさ、顔:MAX、スタイル:MAX、筋肉:MAXのカンスト勢的なね、もうかっこよすぎを越えて拝みたいレベルというか正直目のやり場がなくてですね、」

 「あ、晶先輩?!…っ、」

 「わっ?!」

 緊張をゴマかすために喋りまくる私の、突如背中と膝の裏に腕が割り入ったかと思うと、なんでもないことのようにひょいと身体が浮いて…私はベッドの上にころんと仰向けに倒れた。両側に玉城くんが手をつく……うんこれ倒れたんやない、端的に言って私押し倒されとる。

 しかし私の状況確認が終わっても彼は動かないまま……何故か頑なに真上を向いていた。喉仏が非常によく見える。

 「評価は、嬉しいのですが、……少々褒めすぎでは…」

 あっわかったこれ。照れてて顔見られたくない…のでは?また首まで赤くなってきたし。

 「人も羨むいい身体なのに…めっちゃかわいすぎでは?」

 「っ!」

 やばい後半口からだだ漏れてた、けど私は間違ったことは言ってないので謝らない!!

 「そ、れより、先輩!」

 彼がくるりと下を向いて目線を合わせてくる。ほらやっぱり顔赤い、というか待ってそれより顔が近い。すごく近い。とても近い。

 「確認しますが……嫌では、ないんですよね…?」

 少し低くなった玉城くんの声が直接心臓に響く。目が逸らせないというかもはや物理的に逸らせる距離がない。

 「いえそんな滅相もない私のような者がかような僥倖を得てしまい感謝の言葉もなく、ていうか………あのさ、」

 「……はい?」

 多分私至上最高に大事な局面なのに、緊張でおかしくなりそうなのに、雰囲気ぶち壊しかもしれないのに、私は…ついにふはっと笑ってしまった。

 「本当にこんな時にアレだけど…今の体勢ってさ、なんだかすごく懐かしくない?」

 ぱちくりと瞬きした玉城くんが、次の瞬間――全開の笑顔になった。

 「確かに…!あの時は、心臓が止まるかと思いました」

 「同じく!」

 「あんな最悪の失態を犯したのに……」

 「まさか違う意味でまた同じ体勢になるとか思いもしなかったよね?!」

 「ふっ…、せんぱ…!」

 ついに玉城くんが顔を逸らして吹き出した。ほんっとーーーーーーーーーにこんな時にアレだけど、私はついついこういう余計なことを言っちゃう人間だから、ここで笑ってくれるで良かったな。

 しかし…笑ってくれたどころか完全にツボに入ったらしい玉城くんは、しばらくの間くつくつと肩で笑っていて、かと思うと――突然私の顔の左横に頭がぽすんと落ちてきた。お互いの熱い頬がくっつく。

 「えっ、ど、どしたの?!」

 「ありがとうございます。今ので、きっと俺は……救われました」

 「ちょっ、それはさすがに大袈裟では?!」

 慌ててフォローする私に、耳元でもう一度お礼が聞こえた。触れた頬が…少しだけ湿ったような気がした。

 「ありがとう、ございます………晶先輩で、よかった」

 ………そうか、あの時のこと、玉城くんはずっとどこかで気にしてたのか。そしたら………こんな時に余計なことを、言っちゃった方が良かったのか。

 彼にとっては、言ってくれるで………良かったのか。

 そう思ったら急に、あの日この人と出会えたことが奇跡のように思えてきて――せり上がってくる涙を堪えながら、私は彼の太い首に手を回すと、少しだけ頬ずりをする。しばらくすると、あっちからも少しだけ頬が動いて、それだけで胸が暖かい何かで満たされる気がした。少し眼鏡の縁が当たって痛かったから、トントンと首を叩くと顔を上げてくれたので、私は眼鏡をひょいと外して笑った。この距離なら必要ないのがわかったのか、彼も頷きながら少しだけ笑ってくれて、私たちはそのままもう一度だけキスをした。

 「……先輩、それと、先程答えそびれた件ですが」

 「ん、どれ?」


 「俺は、晶先輩なだけで……興奮するので、全てそのままで問題ありません」


 「こっ……………」

 めっメイン武器の件か………!!!!!

 突然すぎる爆弾投下に一瞬で頭が真っ白になって思わず横を向いてしまうと、

 顎を捕まえにきた手がそっと私の顔を真っ直ぐに戻して、

 彼の目が――はっきりとした熱を持って私の目を捉えて逸らせなくて、

 「いや、そ、そんなハッキリ……う、えと、」

 「すみません……俺ももうあまり余裕が、なくて、―――先輩に、触れたいです」

 さっきより低くなった声と、苦しそうな息遣いが降りてきて心臓が跳ね上がって、

 「うっうん、じゃっじゃあこちらこそ何卒よろしくお願い申し……んんっ」


 畏まった挨拶が途中で途切れたまま、私の唇は深く塞がれてしまう。

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