琥珀の叫び

 しゃらん、と鈴を鳴らすような通知音で目が覚めた。メッセージの着信音だ。


 時刻は午前3時過ぎ。こんな早朝に非常識な……と思いながらiPhoneを手に取ってみると、案の定、未だに時差を全く考慮しない姉からだった。

『今、お父さんの病室にいるんやけど、起きてたらビデオチャットする?』

『今、お姉ちゃんの着信音で起きた』

 遠い空の下に暮らす家族の顔を見ながら会話が出来るのは本当にありがたいのだけれど、もう少しだけ、寝かせて欲しい……そんなことを思いながら、寝惚けまなこのままビデオに切り替えるのが、ここ最近の朝の習慣となりつつある。

 


 父のことがあって以来、常にiPhoneを手元から離さない。眠る時もサイレントモードにせず枕元に置いているものだから、着信音が鳴る度に、どきっとさせられる。たまに、耳をつんざく「緊急警報」が大音量で鳴り響くこともあり、総毛立つほど驚かされたりもする。

 警報音にも色々と種類がある。アメリカ南部に住んでいれば最も多く聞くことになるのが、暴風雨やハリケーン、竜巻トルネードなどの「気象警報」と、住民の退避勧告を促す「State of Emergency(非常事態)」の警報だろう。


 春のバージニアは天候が驚くほど不安定だ。数日毎に日照りと豪雨を繰り返し、朝晩は冬の寒さなのに日中は真夏のようだったりと、激しい気温変化を何度も繰り返し、毎日のように「Severe Weather Warning(暴風雨や豪雪、雷雨など、厳しい気象状況に関わる警報)」が発令される。おまけに、私が住む地域は「海抜ゼロメートル地帯」のため、少しでも雨量が増えると、途端に洪水警報が鳴り響いて、せわしない事この上ない。

 3月から5月にかけて竜巻が多発するアメリカ中部/南部では、現在、トルネード・シーズンの真っ只中。近隣の街で数え切れないほどの竜巻がタッチダウン地上に接触しているため、警報が出ると心臓がバクバクして落ち着かない。



 気象警報の次に多いのが、「アンバー・アラート(AMBER Alert)」だ。アメリカに住む上で、知らないでは済まされない重要な警報の一つで、日本の「緊急地震速報」に匹敵するほどの大音量で鳴り響く。

 その音は、子供の誘拐事件が発生したことを、地域住民にいち早く知らせるための「命の叫び」でもある。



***


  

 大阪城ホールで、毎年12月に行われる『サントリー1万人の第九』。一般公募で選ばれた1万人がベートーヴェンの「第九」を合唱するという、壮大なスケールのコンサートだ。

 アメリカでは毎年、その合唱者の数をはるかに上回る約1万3000人が、銃による犯罪に巻き込まれて命を落す。

 一般市民が銃を所持する権利を明確にしているアメリカには、どうしても「銃犯罪が多発する危険な国」というイメージがつきまとう。が、それ以上に深刻な社会問題を抱えていることは、あまり知られていない。


 まずは、この数字をご覧あれ。 

『毎日、約2300人。年間、約84万人』


 アメリカで「正式に捜索願が出されている失踪者・行方不明者」の総数だ。

 たった1年の間に、『一万人の第九』コンサート84回分の合唱者に相当する人間が行方不明となる。その大半が18歳未満の子供達だ。多くの人で賑わうショッピングモールで親が一瞬目を離した隙に、あるいは、自宅前の庭で遊んでいたはずが、神隠しの如く、忽然と消え失せてしまうのだ。



 アメリカは離婚が多い分、再婚も多い。

 周りを見渡せば、血の繋がりが半分しかない兄弟姉妹が仲良く遊んでいる。連れ子を持つ親同士が再婚すれば、全く血の繋がりのない者達が「親子」として一つ屋根の下で暮らすことになる。そんな複雑な家庭環境の中、自らの意思で家出をしたり、家族からの虐待に耐えかねて突発的に家を飛び出した子供達が、そのまま消息を絶ってしまうことも多い。

 離婚の際、子供の親権を巡って泥沼の裁判を繰り広げた結果、親権を失った親または血縁者に「誘拐」された子供が行方不明となる事例も数多く報告されている。親権を持たずに子供を連れ去った場合、たとえ実の親であっても、誘拐犯として追われることになる。


 血縁関係の全くない「第三者」による性的いたずらを目的とする拉致・誘拐は、子供の性別を問わず多発している。臓器や性的人身売買を行う国際的犯罪組織の関与が疑われる誘拐事件も増加の一途を辿たどっている。

 そんな危険から子供達を守るため、アメリカの親は子供の専用運転手として毎日の送り迎えを欠かさない。学校までの送迎はちょっとムリ、という場合は、自宅付近まで送迎してくれるスクールバスを利用したり、「今日はA子ちゃんのお母さんが、お迎え当番ね」とママ友とタッグを組んだりして、子供の孤立化を全力で回避するための努力を惜しまない。

 ランドセルを背負った子供が、たった一人で電車に乗って隣町の私立の小学校に通学する姿を見て、日本人なら「しっかりしたお子さんね」と微笑ましく思う。が、その光景は、アメリカ人からすれば狂気の沙汰だ。


「この国では、親は過保護なまでに子供を守ろうとする」

 アメリカで暮らし始めた頃、そんな風に感じる場面に日々遭遇した。が、その背景にあるのは、「ほんのわずかな時間でも子供を1人にすれば、事件や犯罪に巻き込まれる危険性が非常に高い」という現実だ。

 州法によって規定は異なるが、概ね11歳以下の子どもを1人で出歩かせたり自宅で留守番させたりすると、刑罰の対象となる。第三者が警察に通報すれば、子供の親が「児童虐待」として問答無用で逮捕されることさえある。

 故に、小さな子供のいる友人達は「勝手に出歩いちゃダメよ! ご近所さんに通報されて、ママが刑務所ジェイル送りになっちゃうと、あなたが困るでしょ!」と我が子に言い聞かせている。


 例えば、子連れでアメリカに短期旅行に訪れたとして。

 日本の感覚のまま、ショッピングモールで子供が好き勝手に走り回るのを見て見ぬ振りをしたり、スーパーマーケットの駐車場で「少しの間だし、寝ているのを起こすのも可哀想だから」と車中に子供だけを残して買物をするようなマネは、絶対に止めて頂きたい。下手をすれば、日本に帰れなくなる事態を引き起こす可能性もあるのだから。



 18歳未満の子供が「自らの意思に反して」拉致・誘拐され、一刻の猶予も許されないと見なされた場合、「アンバー・アラート」が即時に発令される。発令と同時に、携帯電話はもちろん、テレビやラジオ、グーグルなどのウェブブラウザ、ハイウェイの電光掲示板など、あらゆるメディアを通じて『事件の発生場所』『誘拐された児童の氏名や特徴』『誘拐犯の車両ナンバー/車種』などの詳細情報が通達され、地域住民が一丸となって誘拐された子供の救出に協力を惜しまぬ体制が整えられる。

 統計データによれば、未成年者の誘拐の場合、事件発生から数時間で被害者が殺害されるケースが多い。そのため、誘拐された子供の救出には「最初の3時間」が非常に重要とされている。携帯電話をマナーモードにしていても「アンバー・アラート」がすさまじい音で鳴り響くのは、この警報が「非常事態宣言」と同等の重みを持つからだ。



 1996年、テキサス州で昼日中に一人の少女が誘拐された。自転車に乗って遊んでいた彼女が黒いピックアップトラックを運転する白人の男に連れ去られる現場を、住民が目撃し、警察に通報。知らせを聞いた彼女の両親も各種報道機関やFBIにすぐさま連絡し、近隣住民らも捜査協力を惜しまなかった。

 その4日後、少女は誘拐現場から数マイル先の排水溝で無残な遺体となって発見された。検死の結果、誘拐から少なくとも2日間は生きていた可能性が高いとされている。たった9歳の少女を誘拐・強姦し、首を搔き切って殺害した残忍な犯人は現在も捕まっていない。

 目撃情報もあり、警察は誘拐された少女や犯人の人種的特徴と車種も把握していた。にもかかわらず、それらの情報を地域住民に知らせるための対応が大きく遅れたために起こった悲劇だった。

 少女の名はアンバー・ハガーマン(Amber Hagerman)。その名の通り、琥珀アンバーの瞳と栗色の髪を持つ愛らしい少女だった。


 この事件をきっかけに構築されたシステムが「AMBERアンバー(=America's Missing: Broadcasting Emergency Response)アラート」だ。少女と同じ名前を持つ緊急警報には、児童誘拐事件の速やかな解決と被害者の救出を願う人々の想いが込められている。



***



 「全米行方不明・被搾取児童センター(National Center for Missing & Exploited Children:NCMEC)」が、牛乳パックに消息不明となっている児童の顔写真と身体的特徴などを掲載して情報提供を求るプログラムを開始したのは、1980年代半ばのことだ。


 時代は変わり、牛乳パックの「Missing Children行方不明の子供達」の広告が終了された現在でも、個人宅へのダイレクトメールや新聞の折込チラシ、web広告、公共料金の請求書、宅配ピザの箱など、多くの人の目に触れる場所で、行方不明児童の情報が公開されている。

 『Have you seen me?(私を見たことない?)』と大きく書かれた赤字の横に、子供の写真と共に、氏名、生年月日、現在の年齢、髪と目の色、性別、出身地、そして消息を絶った場所と日付などが記載されている。

 時おり、幼い笑顔の横に、画像処理された「現在の年齢での顔」が並んでいることもあり、消息を絶ってからこんなにも長い年月が経ってしまったのかと、やるせない気持ちになる。

 

 


 私の相方は4歳の時、父親との仲が冷え切っていた母親と彼女の浮気相手の男性にされた。


「父親が留守の間に、母親が連れて来た知らない男の車に無理やり乗せられたんだ。母親は助手席に座っていたけど、とにかく、怖くて……だから、ガソリンスタンドで車が停まった時、開けっ放しのドアから逃げ出した。二人に見つかったら連れ戻されると思って必死に走っているうちに、自分がどこにいるのか分からなくなって……家に帰りたくても帰る方法が分からないし、大人達がみんな怖い人に見えたから、知らない街の中で隠れ場所を必死で探したよ」


 夫に愛想を尽かし、他の男との情事に溺れて他州への逃避行を企てた身勝手な母親は、車の後部座席で眠っていたはずの一人息子の姿が見えないことに気づいて半狂乱になったと言う。警察の大規模な捜査にもかかわらず、息子の消息は分からぬまま、捜査は打ち切られ、数年の月日が流れた……



 その頃の記憶がかなり曖昧になっていて、最近では思い出せないこともあるんだよ、と相方は苦笑する。

 「知らない男の人から、とにかく逃げなくちゃ」という一心で車から飛び出した4歳の子供が、一体全体、どうやって生き延びたのか。


「いわゆる『ホームレス』さ。昼間は大勢の人が居るショッピングモールや大型スーパーマーケットの中で過ごして、夕方になると図書館に潜り込んで夜を過ごしたんだ。から、読書だけが唯一の娯楽だった。おかげで、学校に行けなくても、必要な知識は本から学んだよ」

 

 そんな暮らしを続けていたある日、食品の窃盗現行犯で警官に補導された。ここでようやく、失踪届けが出ている子供だと判明したそうだ。

 この時、相方は10歳。「誘拐犯」の元から逃げ出した日から、既に6年もの歳月が流れていた。

「街の人は僕のことを、親のいないホームレスの子供だと思っていたんだろうな。何も言わずに食べ物をくれる人が結構いたし、図書館の職員に寝ているところを起こされたことは何度もあったけど、警察に通報されることは一度もなかったから。多分、身寄りのない哀れな子供が路上で行き倒れにならないように、夜だけでも安全な場所で眠れるように……って、街ぐるみで見守ってくれていたんじゃないかな」


 キリスト教の精神が生活の基盤となっているアメリカでは、幼い頃からボランティア活動を通して社会に貢献することを教えられる。敬虔なキリスト教徒が多く住む南部州ではホームレスの救済活動も盛んだ。

 道路脇に立って施しを待つ人に、信号待ちをしている運転手が窓から手を伸ばして、現金やスーパーマーケットのレジ袋に入った食料を手渡す場面を何度となく目にしている。

 そんな土地柄のおかげで、幼い命が消えることもなく、何とか生き延びることが出来たのかもしれない。

 

 「誘拐事件」の直後、両親は離婚。相方は事件の片棒を担いだはずの母親に引き取られた。捜索願を出し、消息を絶った息子の生存を信じて待ち続けたのが、彼女だけだったからだ。

 実母の顔さえ裏覚えだった相方に、突然、異父弟と継父が出来たのも、この時だ。ちなみに、継父は誘拐事件とは全く無関係の男性だ。

 当時の確執は相当なものだったと言う。その温もりさえ覚えていない女性に「母」と呼ぶことを強要されながら、女であることを優先する母親に半分しか血の繋がらない赤ん坊の世話を押し付けられた。

ていのいいベビーシッターとして連れ戻されたんだって、本気で思ったよ」



 日本の幼稚園の年長にあたる歳から義務教育が始まるアメリカで、年下の子供に混じって一から義務教育を受けさせられたことが、相方にとってはかなりの屈辱だったようだ。

「図書館にあるほとんど全ての本を読み漁っていたからね。マルクスの『資本論』について雄弁に語る小学生なんて、可愛気ないだろう?」

 妙に大人びて無愛想な少年は「飛び級制度」を利用して、あっという間に年齢相応の学年に復活し、その後の学生生活を大いに楽しんだそうな。なんなら、高校生の時から大学のキャンパスで講義を受けて単位を履修していた、と言うから驚いた。


「……頭良かったんやね」

「今頃、気がついた? まあ、口ではキミにはかなわないけどね」

 日頃から口数の少ない人だから、自慢話なんてものは聞いたことがなかったが、まさに、「Who knows most, speaks least. (最も知るものが、最も語らない=能ある鷹は爪を隠す)だ。どうりで、計算とかやたらに早いし、アメリカ生まれのアメリカ育ちなのに数カ国語を流暢に話すわけだ。

 なのに、何故、日本語を理解しようとしない!?

「その頭脳をフル回転させれば、日本語習得なんて簡単なはずやん! サスケ(犬)もシュリ(猫)も日本語分かる(と思う)のに、なんで自分のワイフの母国語を理解しようとせんのよ!」

「うーん、日本語は仕事で必要ないからなあ」

「実生活で必要やんか! 私が歳とってボケて英語をキレイさっぱり忘れて、日本語しか話せなくなったら困るやん!」

「うーん、じゃあ、キミが新しい言語を習得するって約束するなら、ぼくも日本語に挑戦するよ。Dealそれでどう?」

 ……いや、もう腹が立つので、口数少ないままでいて下さいな。



 相方のケースは「実の親による誘拐」の身近な例だ。不幸中の幸いにして、犯罪に巻き込まれたり怪しい組織に売り払われて命の危険にさらされることもなく、肉親の元に戻ることが出来たのだが……

 たった4歳の子供が、見知らぬ街の路上でたった1人で生き延びるには、想像を絶する恐怖と苦労の連続だったに違いない。運が良かった、と言えば余りにも言葉に重みがない。が、驚くほどの強運と生命力を持ち合わせていたからこそ、無事に保護されるに至ったのだと思う。




 大きなハーレーを乗り回し、プロレス好きの継父は、突然、義理の息子となった10歳の相方を「1人の男」として扱ったのだとか。

「僕が自分で決めたことについては全力でサポートしてくれた。でも、悪いことをすれば本気で殴られたよ。2メートル近い大男に、小学生の子供が殴られてみろ。ぽーんと宙を飛んで壁にぶつかるんだ。いや、冗談でなくて」


 血のつながりよりも、注がれる愛情の方が子供には必要なのだと身を以って教えてくれた継父のことを、相方は愛情を込めて『エディ』と呼ぶ。

「実の父親じゃないと分かっている男を『お父さん』と呼べるほど、素直な子供じゃなかったんだよ」

 相方が「僕の父」と言う場合は、のことだ。その言葉からは温かみなど全く感じられない。息子は死んだものと思い込み、離婚後すぐに他の女性と再婚して新しい家庭を持った実父とは、年に数回、電話で話をするくらいだ。



 相方のアルバムには、継父エディのハーレーの後部座席に乗って、誇らしげな笑顔を浮かべる少年の写真がある。相方が三度の飯よりプロレス観戦が好きなのも、エディと一緒に見るテレビ番組がプロレスの中継ばかりだったからだ。

 可愛げのない義理の息子は、高校を卒業した18歳の夏に、母と継父の元を離れて独立した。大好きな兄にすがりついて泣きじゃくる異父弟を、エディは「兄ちゃんが独り立ちするのを、邪魔するんじゃない!」と一喝して引き剥がしたと言う。

 相方のFacebookには、笑顔のエディの写真の横に「父」と記載されている。



 一昨年前の夏。10歳年下の弟の結婚式に招待された時、初めてエディと顔を合わせた。

 相方よりずっと背の高い初老の男性は、彼の胸元に頭のてっぺんがなんとか届くほどの私のために、痛めているはずの腰を曲げてしっかりと抱きしめてくれた。

「こんなに可愛い嫁さんを日本から連れて帰って来るなんて、あいつもやるじゃないか。俺も鼻が高いよ」

 大きな両腕に抱え込まれて、身動きが取れなくなった。ああ、これぞ『ベアハグ(Bear Hug)』……などと思っていると、エディが急に声を落した。

「ほっとしたよ。ようやく、あの子が独りで苦労しているんじゃないか、寂しがっているんじゃないかと心配せずに済む。どうか、いつまでも、あの子を幸せにしてやって欲しい」

 相方に聞こえないように、大きな身体から小さな声を出すクマさんは、愛情も人一倍大きかった。



***



 先週、土曜日の早朝。けたたましく鳴り響く着信音で、2人とも飛び起きた。


 仕事柄、いつ何時、職場から呼び出しの電話が来るか分からない相方の場合、夜間でもiPhoneをサイレントモードにすることはない。

 ベッドに横たわったまま、寝起きの声で「Hello?もしもし」と応えた後、しばらく電話の向こう側の声に耳を傾けていた相方が、突然、むっくりと起き上がった。

 ああ、また休日出勤かあ、大変やね……と微睡まどろみの中で呑気に思いながら、相方の声に耳を澄ます。ふと、相槌を打つ相方の声が、いつになく神妙な気がした。

「どうしたん? 出掛けなあかんの?」

 小声で聞く私に向けられた顔が、少し引きっている。

「My step father has passed away. (継父が亡くなったって)」

 iPhoneを耳元に当てたまま早口でそう言うと、相方はベッドから抜け出してリビングルームへと姿を消した。

 電話の相手は、フロリダでエディと同居している弟だった。

 しばらくして、中途半端に閉められた扉の向こうから、むせび泣くような声がかすかに漏れ聞こえた。 



 エディ。

 あなたの小さな息子が、あなたを想いながら泣いているのが聞こえますか?



 初めて会った夏の日に、大きな身体をかがめて優しく抱きしめてくれた義父の姿を思い起こしながら、突然の別れに立ち会うことが叶わなかった相方の心の嘆きを妨げないよう、そっと扉を閉めた。


(2019年5月7日 公開)

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