のんびりまったり、したいんだけど

『Just chillin』


「のんびりまったりしてるねん」

 そう言いたい時に使うと丁度良い感じの、気心が知れた間柄で使う口語表現だ。

 本来は「chilling」が正しいが、発音すると「g」の音がほぼ聞こえないため、合理的に表記するとこうなる。なので、書き言葉として使うと「スペル、間違ってるよ。最後のgが抜けてる」と言われても文句は言えない。


 某大手ジャンクフードチェーン店のキャッチフレーズ『I’m lovin’ it』の中の「lovin’」のスペルも同じ現象だ。

 とってもポップでキャッチーに聞こえるフレーズを日本語にすると、「これ、最近のお気に入りなんだ」となる。ちなみに、「今はこれが大好き(なんやけど、明日になったら飽きてるかもしれへんなあ)」というニュアンスが含まれているので、間違っても恋愛対象の英語ネイティブに対して使用してはいけない。




 時折、とりとめのないことが、とても面白いと感じることがある。

 一つのエピソードとしては成り立たないほど些細なことだけれど、見逃してしまうのは惜しいと感じてツイッターでつぶやいてみたり。


 そんな、とりとめのない話をひとつ。


 いつもの長ったらしいエッセイとは違って、気負いせず、息抜きがわりに。

 たまには、のんびりまったりと。



***



 アメリカ人の朝は早い。

 夜明け前に目を覚まし、ほんのりと空が白む頃に家を出て、陽が沈む前に帰宅する。会社も学校も、始業時間が日本と比べて驚くほど早い分、帰宅時間も驚くほど早い。

 愛犬サスケのお散歩時間(午後4時頃から1時間程)は、ちょうど仕事を終えた人々の車で道路が混雑する帰宅ラッシュ時だ。お向かいのオジサマなどはとっくに帰宅し、庭の手入れをしていたりする。


 アメリカでは、スクールバスが子供の乗降時に停止する際、後続車だけでなく対向車線の車もバスの手前で必ず停止し、バスが再び動き出すまでひたすら待たなければならない。道路を横断する子供達を守るための交通ルールなのだが、これが渋滞を引き起こす一因でもある。

 スクールバスが走り始める午後2時過ぎ。うっかり買い物などに出ようものなら、乗降の度に一時停止を繰り返すバスに遭遇し、いつまでたってもスーパーマーケットに辿り着けない……なんて事態にもなりかねない。



 さて、我が家の相方の場合。

 午前5時に起床し、5時半に出勤する。平均的な出勤時刻よりやや早目だが、帰宅時間は午後6時を過ぎることが多いので、私は相方の勤務先を密かに「アメリカ版ブラック企業」と呼んでいる。

 朝が弱い相方は、自分のiPhoneのアラーム如きで簡単に目を覚まさない。仕事用の携帯と私のiPhone、そして枕元に置いた目覚まし時計のアラーム時差攻撃に加え、愛猫シュリが「ぐるぐる、うみゃーん、んみゃっ、んみゃっ」と胸の上で「前脚ふみふみ」を繰り返す(体重4kgの小柄な猫とは言え、踏みつけられると意外に痛い)ことで、ようやく起き上がる、といった具合だ。


 

 週明けの早朝。

 アラームが鳴り響くベッドルームの暗闇で、シュリが何を思ったのか、私のiPhoneを「ふみふみ」しているのに気がついた。どうやら、アラームと共に照明の灯った液晶画面とバイブレーションで微妙に動く「四角い物体」に興味を持ったらしい。

 シュリの動きが次第に過激さを増し、ついには「ジャンプして、ふみっ! ジャンプして、ふみっ!」を繰り返し始めた。

 その動きはまるで、雪の下でうごめく獲物に狙いをつける狐の如く……野生の狩猟本能に憑りつかれたように、いつまでも枕の横で過激な動きを続ける愛猫にさすがに呆れ果て、ママは怒ってるんだぞ、とばかりに大声で名前を呼んでみた。

「シュリちゃん!」


『はい』

 



 ……えっ? シュリがしゃべった?


 驚くと妙にテンションが上がったりする私である。また、大声で話し掛けてみる。

「シュリ! 何してんのっ!」


『色んな人のリマインダーを設定したり、メモを作成したり、アラームやタイマーをセットしていました。忙しくて猫の手も借りたいくらいです』




 ……この声は、iPhoneの音声ガイド「Siri」やわね。

  

 どうやら、「ジャンプして、ふみっ!」を繰り返していたシュリの前脚が、たまたまiPhoneのホームボタンを長押し→「Siri」起動→私が話し掛ける、と言う奇跡を引き起こしたらしい。

 猫の「シュリ」を呼んだはずが、自意識過剰な「Siri」が「は~い、呼んだ?」とばかりに返事をした。しかも、ちゃっかり『猫の手』、もとい、シュリの前脚、借りてるし……この奇妙な一致に、思わず笑ってしまった。

 さすがは、数々の都市伝説を生み出している人工知能だけのことはある。やるな、Siri。


 かくして、「iPhoneを置くときは、液晶画面を下にする」という新しい家訓が誕生した。


(2018年5月9日 公開)




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