おとぎの国への嫁ぎ方

『昔々、あるところにメーガンという女の子がいました。メーガンのお父さんの肌は白く、お母さんの肌はココア色でした。

 ある日、お父さんとお母さんは別々に暮らすことになりました。小さなメーガンは、それが「離婚」と呼ばれる悲しい出来事なのだとなんとなく分かりました。


 大きくなったメーガンは「ひいらぎの森ハリウッド」で働き始めました。けれども、なかなか思うようなお仕事はもらえません。でも、メーガンはあきらめませんでした。

 ある日、おとぎの国の王子様がメーガンを一目見るなり、恋に落ちました。

「君こそ僕が探していた理想の女性だ。結婚して下さい」

 これを聞いて、みんなが驚きました。なぜなら、王子様も、王子様のお父さんもお母さんもお祖母さんも、みんな白い肌なのに、メーガンの肌はミルクティー色だったからです。おまけに、メーガンは「離婚」も経験していました。


「あの娘は王子様にはふさわしくない」

 みんながそう言いました。でも、王子様は笑いながら答えます。

「大丈夫。僕がこの国の王位に就くなんて、まずあり得ないし。そこまで神経質にならずに、僕達を見守ってほしいなあ」

 王子様の前には、次の王様になるべき人達が4人も順番待ちをしていたのです。昔はもっと前の方だったのに、王子様の順番は後ろへ、後ろへと回されて、とうとう5番目になっていたのです。

「なるほど、確かにそうだよね。王様にならないのなら、別にあの娘でも良いかもね」

 みんながそう言いました。

「肌の色が違うからと言って差別などしないよ、というこの国のイメージアップ大作戦にもなるね」

 おとぎの国に住む白い肌の人々はそう言いました。


 こうして、メーガンと王子様は無事に結婚し、おとぎの国でいつまでも幸せに暮ら……すかどうかは、これからのお楽しみ。めでたし、めでたし』




 先週の土曜日。アメリカのテレビ各局は「アメリカン・プリンセス」の誕生を喜々として伝えた。どのチャンネルも「ロイヤル・ウェディング」の話題ばかり。延々と続く同じような映像に、夕方には「もうお腹いっぱいです」状態になっていた。

 植民地時代。本国イギリスからの政治的支配を拒否し、王を抱かぬ理想国家として誕生したアメリカ合衆国。「王室」が存在しない現代のアメリカでは、それ故に、イギリス王室に憧れを抱く人々も多いという不思議な現象が起きている。歴史の流れとは皮肉なもので。


 まるでシンデレラ・ストーリーを地で行くアメリカ人女優メーガン・マークルとイギリスのハリー王子の婚姻に大騒ぎしていたのは、マスコミ報道が過熱しやすく、最先端のファッションやセレブリティの話題の発信地である西海岸やニューヨークが中心だったように思う。

 王政に盾突き、イギリス本国からの圧政に反旗をひるがえした歴史を色濃く刻むバージニア州では、それほどの盛り上がりを見せなかった。ここ南部州は、保守的といえば聞こえは良いが、要は非白人に対する偏見と差別が公然とまかり通る土地でもある。世界を魅了した「アメリカン・プリンセス」が純血の白人ではないことに過敏な拒否反応を示した人々も多い。


 法による平等が声高に叫ばれるアメリカは、かつて奴隷制度を支えていた「ワン・ドロップ・ルール(One-drop Rule)」の呪縛にいまだ捕らわれたままだ。

 「一滴の血の掟」と呼ばれるそれは、4世代前(=自分の祖父母の、そのまた祖父母に当たる)までに黒人が1人でもいれば(つまり、黒人の血が「一滴ワン・ドロップ」でも流れていれば)、どれだけ肌が白くとも「黒人」とみなす思想だ。今回のロイヤル・ウェディングのヒロインが、嫁ぎ先のイギリスではなく、生まれ故郷のアメリカで「ロイヤル・ファミリーに相応ふさわしくない」と叩かれたのは、この悪習が根強く息づいているからだ。



***



 さて、アメリカ人のメーガンとイギリス人のハリーは「国際結婚」だ。

 ダンナが王子様であろうが、「サセックス侯爵夫人」と呼ばれるようになろうが、一般のアメリカ市民としてイギリスに移住するには、国際結婚の当事者の悩みである「永住権取得までの長くてツライ道のり」に耐えなければならない。


 アメリカ人の配偶者である外国人が永住権を得てアメリカで暮らすには、まずは「配偶者としての移民ビザ」を取得する必要がある。

 私の移民ビザ申請料は相方が払ったのではっきりと覚えていないが、確か、500ドル前後だったと思う。申請に必要な健康診断書は、アメリカ大使館が指定する病院にて約5万円。

 申請が通るまでの長い待機時間を経て、アメリカ大使館での面接を受けるのだが、大阪には領事館しかないので、わざわざこのためだけに東京に行く。交通費と宿泊費は、もちろん自腹だ。


 ようやく移民ビザを手に入れてアメリカに入国したのち、自宅に永住者カード(通称「グリーンカード」)が送付され、晴れて永住権を得るワケだが、その後も10年毎にグリーンカードの更新が必要で、その際にかかる費用は約500ドル。

 永住権を持っていても国籍は日本のまま。なので、申請にかかる無駄な出費が多いだけで、市民権を持たない「外国人」の私がアメリカから受ける恩恵など、限りなく少ない。とは言え、今のところはアメリカ市民になる予定などさらさらない。と言うか、頼まれても丁重にお断りさせて頂く。私は死ぬまで、日本国籍の日本人であり続けたいから。

 率直に言って、国際結婚に必要なのは、根気と負けん気とお金だ。そこに「永遠に続く愛情」があれば、言葉や文化・習慣が違う海外でも図太く生きていこうと思えるのだ。



 2001年のアメリカ同時多発テロ(September 11 Attacks)以降、アメリカの移民ビザ取得は厳しくなったと言われるが、イギリスはその比ではないらしい。

 2012年、イギリスは移民制度を厳格化し、イギリス人がEU圏以外の外国人と結婚するために超えなければならないハードルをぐーんと高くした。

 配偶者ビザの申請費用は、なんと約23万円! 配偶者ビザの申請には英語力を証明するためにイギリス政府公認の英語テストを受けなければならないらしいが、それも面倒な話だ。

 アメリカの移民ビザ申請に、英語力の証明は今のところ必要とされていない。が、奥様が移民でありながら移民を毛嫌いしている現大統領が「英語を理解出来ない奴らはアメリカに来るな」とばかりに推し進める移民規制強化には、納得できない。「訳あって移民せざるを得ない人に向かって、それはあんまりやん」と言ってやりたいが、アメリカ市民権がないから、言える立場にないのが残念だ。


 

 さて、配偶者ビザを取得した後も、イギリス人配偶者と共に5年以上イギリスに住み続けなければ、永住権の申請が出来ない。おまけに、永住権の申請には新たに30万近くの費用が掛かるらしい。入国して1か月ほどで永住権を得ることが出来るアメリカとは大違いだ。


 外国人の婚約者が結婚前にイギリスに入国するには、「婚約者ビザ」が必要だ。この費用が配偶者ビザ申請費とほぼ同額。この時点で、私がイギリス人なら心がぐらついていると思う。同じイギリス人女性がお嫁さんなら、自国に呼び寄せるためにそんな大金を支払う必要もないのだから。


 アメリカ移民ビザの申請と同じく、イギリスの配偶者ビザ申請にも「最低所得要件」がある。外国人の配偶者を自国に住まわせるに十分な所得があることを証明するワケだが、イギリスのビザ申請時に要求される最低所得額は約300万円。イギリスの一般庶民の平均月収は30万円にも満たないと言われるから、退役軍人でフリーター生活中のハリーには少々厳しい額かもしれない。

 月収がなければ、約1千万円の貯蓄があると証明する方法もある。が、普通に考えれば、ティーンの頃から酒に女に、果ては麻薬にまで手を出した若者に、そんな大きな蓄えがあるとも思えない……あくまでも、普通に考えれば、の話だけれど。

 要件を満たさないことを理由に、申請を却下されるカップルが後を絶たないイギリスで、やんちゃな王子様は愛するお姫様を守り抜くことが出来るのか?



 実はハリー王子、故ダイアナ妃から莫大な遺産を受け継いでいた、という噂がある。やはり王族はあなどれない。一般庶民でなくて良かったぞ、ハリー。


 愛がある、だけでは成し得ない。

 国際結婚の現実は、おとぎの国の物語とは程遠く、とてもやるせないものだ。


(2018年5月24日 公開)

 


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