【第2話】


「え、まじで?逃げられたの?」



「マジだって、何回も言わせんなよ一応傷ついたんだから」



翌日の昼休み、弁当をつつきつつそう報告すると、なんの遠慮もなくはっきり聞き返された。


悪気のない友人のセリフに微妙に心を折られて、小さなため息をつく。


この友人、柳晴翔やなぎ はるとは、黒く日に焼けた肌から連想する通り運動部、それも強豪と名高いサッカー部に所属、そこでエースとして活躍する身でありながら、天才たちの遺した難解な純文学をこよなく愛する僕の読書仲間でもあった。かなりの情報通らしく、彼女の噂を教えてくれたのも彼である。



「へー、いや、お前がねぇ。男嫌いなのかな、珍しいね彼女。やっぱ物書きはそんなもんなのか?かの芥川や太宰も変人だったっていうし」


「嫌われるようなことした覚えはないしなあ。ってかろくに会話すらしてない」



自分で言うのはいやらしいような気もするが、彼の驚きもまあ、理解できる。


自慢じゃないが、僕は好かれこそすれ誰かに嫌われるようなタイプじゃない。


人当たりはいい方だと自負しているし、“だれとでもうまくやる”ことに関しては一種のプロである(いいお友達、の典型でモテたこともないが)。



「いきなり言われてびっくりした、なんて可能性もあるけどさあ、なんかこう…、あまりに露骨に避けられたから。

自分の作品好きだって言われて嬉しくない作家なんていないと思ってたんだけどな」



「そりゃ人それぞれだからなんとも言えないけどさ。……珍しいねお前、そんな特定の誰かに興味持つなんて」



思わず晴翔の方を見直すと、面白がるような目でこっちを見ていた。



「……なんだか情緒障害者のように言われたような気がしないでもないけど」



いささか不機嫌な声を装っていってみたが、フリだということは彼にはすっかり見抜かれていて、こう言うところが本当に敵わない。


さくさく真理を刺してくる声に棘はなかった。



「えー、お前は結構周りに冷めてるだろ。冷たい態度とられたことは事実なんだし、そういうのは気にするより割り切るタイプだと思ってた。彼女はやっぱ、小説が良かったから?」



「ん?んー。それも、ある」



「それも?あとは?」



晴翔にごまかしはきかない。

彼はいつも明快で、僕は彼のそう言うところが好きだ。


それでも、これを口にするには勇気がいった。




「………ものすごくタイプだ」



「は?」



「一目ぼれ、したんだよ。佐伯奏美に」




一瞬の沈黙。


そしてそれを突き破るように、晴翔の笑い声がはじけた。




「っぶ、あはははははは!なんだそれ!」



「っ、だよなあお前は笑うと思ってた!

こっちは真剣なんだよ、悪いかよ!」



「っく、そんなこと言ってねえよ。言ってねえけど、ったくお前は、理論派きどりやがって!バッチリ感覚派じゃねえか!」



まだくっくっと肩で笑う彼を横目で睨む。


かなり大きな笑い声は弁当を食べていた教室中に響いていて、普段から前に出る機会の多い彼はともかく、進んで目立とうというタイプでない僕は何事だろうかとこちらを見る周りの視線にそわそわしていた。




「……笑いすぎだよ、お前はさあ」



「悪い悪い。にしても、はーっ、お前が一目惚れねえ。いいよ、応援するからさ。また彼女のことも情報集めとくから。機嫌直せって」





こうやって結局僕に協力してくれる彼だけれど、柄にもない告白をしたのが照れくさく、笑われたことにも少しすねていて


見てくれのいい晴翔は何をしても絵になるのが妙に腹立たしく、からかって僕の頭を撫でるその手を邪険に払った。

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