3→4:最終話.独りでは作れない物語(前)

「先生……ちょっと良いか……?」

「『ちょっと』なら良いですよ……」

「……う~ん、本当のこというと『ちょっと』とはちゃうなぁ……」

「まじですか……」


 僕が『せいじん』と、包丁で刺され、トラックに轢かれ、意識を失ったあの日から、だいたい半年が経過した。

 トラックに轢かれた後、山野に『三行、先読みリーディング能力』は得ましたか……とよくわからないことを聞かれたが、……やっぱ、よくわからなかった。

 まぁ、異世界にも行けないわ、チートスキルも貰えないわで……いいことないぞ、トラックは。

 もしかしたら、『俺オレ』みたいに、異世界にTSした『僕』がいるのかもしれないけど……。


――てか、よく生き残ってたよなぁ、……僕。


 季節は夏を通りこして、秋。十月。

 身体の色々なところを複雑骨折したせいで、ものすんごいガタがきているが、一応退院はできている。

 足は、まだ走れるまで回復しておらず、松葉づえが必須の生活をしている。


 僕は、ライジン文庫の編集部の一室で、山野と『新作』の打ち合わせをしていた。


 まぁ、『新作』と言っても、新人賞受賞作である『クーラー』は結局、発売が中止され、僕はまだデビューできていないので、『新作』というと語弊があるような、ないような……。


「先生、聞いとるか?」

「聞いてますとも!」

「そう言いながら、スマホすぐいじっとるやんけ」


 幽霊の作品『俺オレ』は無事に文マケで用意した分は、完売したそうだ。

 実際に何冊すったのとかは、後から聞いたのだけど、文マケでは異例の数字らしい。

 それでも完売できたのは、幽霊のネームバリューだけでなく……僕のTwetterの炎上アカウントだと、山野は言っていた。


――……。


 山野の野郎は勝手に、僕のスマホを操作して、Twetterで宣伝してやがったのだ。

 僕の意識がないことをいいことに、指紋ロックを解除して……ヤンデレ風な彼女が、自分の彼氏が浮気してないかチェックするみたいなシチュで……ちょい怖いぞ、山野。


 Twetterでの宣伝は、山野も自身の『読宣』アカウントを使って色々頑張ってくれたみたいだ。


――まぁ、結果オーライなのかなぁ。


 当時の掲示板を見ると、



19:おいおい、『俺オレ』なんで同人で出すんだよ。それに、文マケだろ。これ、何が起こってん?

21:ノベノベからも消えてんぞ! サキサキのアカウント丸々跡形もなく

22:やっぱあいつ、不正星で稼いでたみたいだな。とんだ詐欺師やんけ……

25:不正は駆逐される。それが、ノベノベ。きれいな世界。

27:でもなぁ、あれ編集長もなんか変わっているみたい。何か関係ありそうだな。

 28:>>27 異世界にでも飛ばされたんじゃねw

30:とにかく今回のは、情報が少なすぎでこまるの何の。

31:まぁでも、同人で出すって……なんか気になるな。

34:イラスト、あの『そるてぃー』さんだろ。JK服見に行ってみようかなぁ

 35:>>34 文マケってコスプレ禁止じゃなかったっけ?

  36:>>35 制服は正装。正しき服装。神が与えし、祝福。


――、『ありもしないこと』をワチャワチャ言っていた。


「また掲示板見とるやないか……先生、約束したやんけ」

「うぅまぁ、そうですけど……」

「先生……これからちょっと重いこと言ってもいいか?」


 山野は、僕に向き合って、


「書籍化……本を出すということは、高確率で『批判』の声がでるということや。オレは決してそのことを認めないし、許さないけど。現実問題として、あります」


 山野が僕のことを考えて、言葉を選んでいると感じた。

 山野のいう、『批判』がどのような言葉を指しているのかも具体的には分からない。

 僕の考えと同じかもしれない。違うのかもしれない。


 だけど、僕に対して、真摯に向き合ってくれている……そう感じさせる目を山野はしていた。


「先生は、かつて『批判』で筆を折ってしまった人を知っていると言っていました……」


 『せいじん』のことだ。

 彼は、玉野の兄であり、DMを送ってきた『ワキヤセ』であり、……かつ、幽霊の『元カレ』だった。

 本名は、脇屋誠二。


 あの頃、僕は『stars』という個人サイトが消えたと同時に、『せいじん』が筆を折っていた、と思っていた。

 だけど、『せいじん』は、僕の「面白い」という言葉のせいで……


 僕の思考を遮るように、山野は続けた。


「だけど、……だけど、一つ言っていいですか?」

「はい」

「先生は『強くならなくていい』です。先生には、オレがいます。先生がどんな批判を受けようとも、オレがちゃんと先生を励まします! ついていきます!」


――だから、胸を張って、作品を作り上げましょう!


「先生が批判の声に負けない『強い心』なんて、持つ必要ありません。『強い心』を持っている奴は最初から強いんです。先生は強くなろうと頑張る必要はどこにもありません。悩む必要なんて、一切ないです」


――でも、


「……でも、『敵の攻撃』から少しでも身を守るために、もう掲示板の類は自分でみないでください。もし、どうしても見たいなら、オレに言ってください。選別しますから! 集団的な自衛なんたらです。先生が攻撃されたら、オレがやり返す勢いでやってやりますよ!」


 山野は鼻息をフンスカしながら、言ってきた。

 実を言うと、僕自身が『批判』されたことはない。炎上はしたことあるが、……いや、あのDMは『批判』だったのだろうか……。

 何やかんやで作品を世に出したことは、あまりないのだ。


 これから書籍を世に出したとき、僕は『湧き上がる声』にどう反応するのだろうか。

 いや、本当に反応ってあるのだろうか……読んでくれるのだろうか。


 読まれないなら読まれないで、それはまた……あぁ、作家って本当に面倒くさい人間だ。……僕だけかもしれないけど。


 批判があれば落ち込む。

 だけど、何にも反応が得られないなら得られないで落ち込む。


――ははっ、変な奴らだなぁ。


 僕がそう思いながら、『登戸タカシ』という『作家』がいかに変人かってことを再認識していた。

 そんな僕をさておき、山野は荒い鼻息を整えてから、


「んじゃ、今から先生の新作の『ダメ出し』に入るぞ」

「さっき『批判』は許さない……みたいなこと言ってたじゃないですか」

「オレのは、『批判』じゃなくて、登戸先生のことを考えた愛ある『指摘』だからいいの」

「はいはい……」

「なんや~! オレがせっかく本気で言っとるちゅうのに」

「聞いてますって。『ご指摘』よろしくお願いします」


 山野は僕の新作――『幽霊とゴーストライター』のプロットと仮の原稿を見ながら、ここの心理描写がどうの、キャラの演出がどうの……とアドバイスをしてくれた。

 そして、アドバイスは『幽ゴス』の結末へと差し掛かり、


「なぁ、先生……?」

「はい……」


 幽霊とは、あの日以来、一度も会えていない。

 僕はトラックに轢かれた後、しばらくの間、意識を失っていたので、一緒にバイクに乗ったのが、彼女との別れとなった。


――もう一度会いたい……そう思うけれど……。


 『幽霊とゴーストライター』通称『幽ゴス』は、僕が出版中止を食らって、ゴーストライト(正確には、ゴーストライティングというらしいけど)を依頼されて、幽霊と出会って……という、これまでの出来事をもとにしたラノベだ。

 もちろん、作品の形式としてはフィクションなんだから、僕が幽霊にもう一度会えていないからと言って、作品の結末も同じにする必要なんてない。


「先生……自殺はやめてよな」

「あれは……オチがそれしか思いつかなくて……『自殺』なんてもうこりごりですけど」

「そもそも、点滴の針を首に刺したところで、本当に死ねるんかは分らんのやけどな……んで、先生。?」


――うぅむ……。


 『幽ゴス』を書くにあたり、僕は主人公の名前に自分の名前を付けた。

 ありのままの自分を作品にぶつけるための覚悟でもある。


――だから、


「だから、もう少しこのままで書かせてください。いい結末は絶対に導き出します」


 キャラの名前を変え、そして『他人の物語』として『幽ゴス』を書けば、もう少しいい結末になるかもしれない。

 分かってもらえないかもしれないが、……僕はやっぱ面倒くさい『作家』なのだ。

 些細なことが、作品の中身にものすごく影響を与える。


「このままじゃ、また出版中止になるかもしれないんやから……」


 山野が冗談交じりに言ったとき、


――あれ、登戸先生って書籍だすこと決まったんですか……?


 幽霊の元担当が、そう話に割り込んできた。


「えっ、決まってないん? オレてっきり、ノベノベから出せるんかと……」


 僕も山野と同じで、そんなこと初耳だ。

 幽霊の元担当は、戸惑いながら、


「あの……書籍になるのが決まったのは、『……」

「そんなぁ……先生、ずっと勘違いしててすまん……」


 山野が謝ってくれるけど……僕はその新たな事実を喜んだ。


「えっ出すんですか! 、『。どんな感じになるんだろう……」

「合本版という感じ……コミックでよくあるアンソロジー的な、という感じですかね。とにかく、詰め込むようです」


 僕はその言葉を聞いて、とても嬉しかった。


 僕が『俺オレ』をどう書き上げたのか……端的に言うと、結末を書かなかったのだ。

 本来、結末にあるべきページには、設定集などを載せた。


――誰でもいい。この先の彼らの物語を紡いでくれないだろうか……。


 あとがきに、その旨を書いた。


 僕は幽霊の作品を……彼女の名前を残したかった。

 そして、彼女の作品を終わりにはしたくなかった……だから、託したのだ。

 僕が彼女に託されたように、僕は彼女のファンに託した。


 それぞれが、色んな人がこれからも語り継いでくれるだろう。戦記ものとかとは違って、『俺オレ』はラブコメだから、どこまで続くか分からないし、すぐに終わってしまうかもしれないけど……。


 でも、神藤のあとに編集長となった女性は、僕の試みを全力で後押ししてくれた。

 ノベノベに『俺オレ』の特集ページを組んで、みんなが自由に『俺オレ』を書けるようにしたらしい。


――サキサキ先生が遺してくれた作品。絶対に無駄にはしません!


 新しい編集長がそう言ってくれたのは、今でも鮮明に思い出せる。

 山野曰く、編集長は『俺オレ』でノベノベをさらに盛り上げようと考えているそうだ。

 その目論見通りか、『俺オレ』の『続編』がでることもあって、ノベノベ人口はかなり増えたという。


 四周年を迎え、ノベノベはさらなる発展を遂げていく。


「……そういえば、じゃぁ僕はこの『幽ゴス』を書いたあと、どうすれば良いのですか……?」


 書籍として出せると思ってたが、そもそもそういう話がなかった件……。

 また、新人賞からやり直しかぁと思っていると、幽霊の元担当が、


「せっかくだし、ノベノベコンテストに出せばいいのでは」

「そうやなぁ、それがえぇで、先生! もうちょいで、ノベノベコン4スタートやし。3から4へ……ここから始めるんや」


 山野は、やけにニヤケた顔で言った。

 その山野の様子を見てか……幽霊の元担当は、うっうん、と咳払いして、


「ちなみに、山野は今回のノベノベコン4の選考委員からは外されるってさ。編集長に伝言頼まれたんだったわ」

「えぇ、何でや!?」

「ノベノベコンは出来レースじゃないんで。そこんとこ、ちゃんとしないとねぇ」

「おっオレは、ちゃんと読んで選ぶで!」

「でも、『幽ゴス』は登戸先生と山野で作ってんでしょう。そりゃ、山野が選考委員になれるわけないじゃないか」

「くっそ。あの新しい編集長、優しそうな顔してるくせに……先生、自力で頑張るしかないぞ!」

「ほら、選ぶ前から登戸先生の、選ぶって決まってるじゃん」


 そう冗談を交えながら、僕は時計を見た。


……」


 山野の言葉に僕は、頷いた。


「すみません。今日はこの辺で失礼します。ありがとうございました」

「じゃぁ、またな。登戸先生」

「オレ、下まで見送りますよ」


 部屋の片づけをして。

 僕は山野に連れられ、松葉づえをつきながら、編集部の外へと出た。




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