書ききった物語と巨悪に潜む暗い影2

26.幽霊、二人で生み出したモノと消し去られたモノ

「やっと着いたぁ! 帰ってきたよ、マイホームっ。編集部から遠いんだよ、この家!」


 本当にあの部屋編集長室に何か『霊除け』でもあったのってくらい気分悪いんだけど……。

 せんせーに言われた通り、先に帰ってきてよかった。


「せんせー、あの後大丈夫だったのかなぁ」


 もっと先にあの部屋を出て、外の様子を見てきてもよかったかもって思うけど……。

 もう遅いんだよ、私。気づくのが!


「まぁ、考えても仕方ないや。本当に疲れた……会いたかったよ、オフトゥゥゥン。あぁ、あったかい」


 せんせーが使っているベットに入り込む。

 変態さんな女子なら匂いでも嗅ぐんだろうけど、私はオフトゥンの温かさで十分というか……。


「でも、……布団ならふつー嗅ぐもんなのかなぁ」


 いかんいかん、思考がラノベ脳になってるよ。

 の時はどうだったっけ……思い出せないなぁ。


 それだけ夢中になったんだっけ、それとも興味を持たなかったんだっけ……。


「わっかんないなぁ……てか、私よ!」



――!!



「私のあほぉぉ! 分かってたのに!」


 うつ伏せのまま、枕をボフボフと両手で叩きつける。


「てか、せんせーも悪いんだよ! 私何度も断ったんだから、いっそ!」



――本当に嫌いになられたら、傷つくけど、さ。いや、



。……私って、いつまでも自分のことばかり考えて……」


 本当に自分っていう、女が嫌い。

 男の子の扱いうまいみたいな雰囲気だして、せんせーに無駄に期待させて……少しそれに答えて……。


「結局、何がしたいんじゃぁ、私はぁぁ!!」


 布団から、洗面台の鏡を見に行く……もちろん、『幽霊』である自分の姿はそこに映らない。


「はぁ、……もう、」


 自分の手を見つめる……。

 生きている人とは明らかに違ってきた色。色素というか存在そのものが薄くなり始めているような。


 


「私……やっぱ消えちゃうのかなぁ……」


 自分の体調がどんどん悪くなっていることは、自分が一番分かっている。

 この前のファミレスでも、さっきの編集長室でも、ソレは余計に進行していて……。


「あぁ、ダメダメ。余計なことばっかり考えないの……そうだ」


 私はせんせーのパソコンの電源を入れて、ノベノベのページを開いた。


「せんせー、ちゃんと打ち込み終わってるみたいね。安心安心」


 せんせーの小説管理ページには、この前公開した短編小説と、未公開の下書き――『俺オレ』の完成原稿が、そこにあった。


「まさか、『俺オレ』をにするなんて思いもしなかったよ……せんせー」


 そのエンディングは、かなり型破りで挑戦的な部分があるかもしれないけど、せんせーはそれが一番いいと考えて、私も納得して頷いたモノだ。


――ありがとう、こんな……こんなにもいい、素敵な『続き』を書いてくれて。


 TSで女になった『オレ』が何故、『俺』のことが好きなのに付き合わないのか。


 最初の頃とは違って、アメリカに行った日以来、その部分をせんせーはしっかりと考えられるようになっていた。

 アメリカを境にせんせーの顔つきがガラと変わったような気もしたけど、私に見せてくれる笑顔は変わらず、素敵だった。



 夢だった書籍化。

 そして、――書籍販売。


 もう私の手で物語は作れないと思っていた。

 『筆を折る』何てメールした覚えもないけど……私は、筆を持てなくなっていた。

 もしかしたら、本当に私がメールしたのかもしれない。


「せんせーにはとても感謝しているんだよ……」


 心からの。自分の隠している気持ちの。その一部。



――素直に認めると、私はせんせーのことが好きだ。



 創作者としても、友人としても……そして、パートナーとして。


 あのヒネクレた言いぐさも。ちょっと厳つい目つきも。

 健康管理なんて全然できてなくて。冷凍食品ばっかりで。

 それでもいい身体付きしてて。男らしいとこもあって。

 お酒に弱くて。正直で。創作に対して情熱を持っていて。


 間違えたら、すぐに謝って。

 失敗したら、すぐ泣きそうになって……


「……あれ、何で……どうし、て……」


 こみ上げてくる感情は、『好き』のはずなのに……


「何で、泣いているの……私」


 止まらない。違うでしょ……泣きたいのは、私じゃなくて、せんせーのはず。

 泣いちゃダメなんだよ。私なんかが……。


 私は、せんせーの傍にずっといれない。

 せんせーには、私と違ってもっとたくさんの時間が。人生の続きがある。



 せんせーのことを本気で大切に思っているなら、何も残せやしない私が彼の隣にいていいはずがない。

 距離をとるべきなんだ。


――でも、


「それはそれで、『俺オレ』を書ききってくれたせんせーに失礼だ」


 私は何をすればいいんだろう。私は彼に何を恩返しできるだろう。


 いつの間にか、涙は止まっていた。


 せんせーに私は……。


「そうだ……いいこと思いついた」


 パソコンを操作して、ノベノベのせんせーのアカウントで私の『美人サキサキ』のアカウントをフォローした後、ログアウト。


 そして、またログイン画面を開き、編集長室では焦って思い出せなかったけど、探し当てた本文から逆に見つけた私のメールアドレスをそこに入力した。


「懐かしいなぁ……この感じ」


 ログインが完了した後、ノベノベ右上のベルのアイコンをクリックすると、私の作品が評価されたことや、私がフォローしている作者さんの新作通知などが溜まっていた。

 通知の新着を既読にした後、私は小説管理ページで『新規作成』のボタンをクリックした。


「よし、書きますか……」


 今から書くのは、小説ではないけど。

 私がせんせーに伝えたい言葉をありったけ詰め込めることにした。

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