書ききった物語と巨悪に潜む暗い影3

27.担当編集と新人作家、反撃へ

「よし、先生。ここなら、安心して話できるやろ」

「……ちょっと、山野さん。ツッコんでもいいですか?」

「オレは抱かれる趣味はないんだけどな、先生がどうしてもってんなら……」

「そっちじゃねぇ! 何でラブホに僕ら、男二人でいるんですかって聞きたいんですよ!!」


 オレと登戸先生は今……先生の言う通り、そういう場所。

 まぁ、いわゆる、ラブホにいた。


「いやぁ、。カフェとかでするようなもんじゃないし、……もう、えぇやん」

「……まぁ、いいですよ。本題に入りましょう」


――まぁ、オレも別にここじゃなくてもよかったのに……とは思ってるけどな! パッと思いついた秘密の会議室なんて、ここくらいしかねぇんだよ!!


 編集部でミーティングの待ち合わせの時間。

 いつもなら、先生は編集部の入り口で待っているはずなのに、いなかったので探していたのだ。

 同僚に、何やら先生は編集部の奥へ向かっているということを聞いたんで、まさかと思ったら……


「まさか、先生が……」

「…………編集長のことで合ってますか」

「あぁ、そうや……?」


 オレは先生に編集長の悪事については何も話していない……つもりだ。

 ただ、編集長室にわざわざ編集者ですらない先生がいた、ということはそれだけの理由があるってことに決まっとる。


「知っているというか……これです」


 先生がそう言って差し出してきたのは、編集長の名刺だった。


「ん? これがどうしたん……」

「山野さん……この前、僕が話した自殺事件のこと覚えていますか……?」 

「サキサキさんが失踪した時と、同時期に起こったって事件やろ。覚えとるで」


 確か先生の家の近くであったという事件だなぁ。

 でも、それって……


「サキサキさんが『筆を折る』ってメールしてきた日の前日だったよなぁ」


 自殺事件があったのは、二月四日。

 サキサキさんからメールが来たのは、二月五日だ。

 どうにも、サキサキさんが『自殺』しているとしたら、噛み合っていない……。


「あの日、山野さんに言われた通り、メールの日付は二月五日であっていました」

「ん? あっていましたって……」

「僕は編集長の部屋で、幽霊が……サキサキが『筆を折る』っていうメールを調べに行ったんです。それがこれです」


 先生はスマホで撮影した件のメールの写真を見せてきた。

 メールの受信日時は、しっかりと二月五日で、


「やっぱ、その自殺事件とサキサキさんは関係ないんじゃ……」

「さっき山野さんに渡した編集長の名刺、どこにあったと思いますか?」

「えっ、別に先生が持ってたんじゃ……いや、編集長は自分と直接、そこそこの接点持った相手にしか、名刺を渡してねぇって聞いたことある」


 先生は編集長と『ゴーストライト』を依頼した時に会っているのだが、編集長はそこそこの付き合いを持って、機嫌のいい時にその相手に名刺を渡す程度の人だから、先生に名刺は渡していないだろう。


「はい、それは僕が貰ったものじゃないんです」

「じゃぁ、誰が……」


 オレの純粋な疑問に先生は、覚悟を決めたような顔で、はっきりと声を出した。


。編集長の名刺は、あの自殺事件の現場で見つけました」

「はぁ!?」


 思わず、デカイ声が出ていた。

 でも、先生の言ってることが本当なら、編集長は事件現場にいて……その、彼女を……サキサキ先生を……



「……殺した、ちゅうことになるん?」



 口から漏れてしまったオレの突飛な結論が、場に静寂をもたらした。



「…………」

「…………」


「………………」

「………………」


「……………………」

「……………………」

「……………………あぁんっ、あ、……」

「なっ?」「あっ!」



 突如、かすかに聞こえた、どこかの誰かの喘ぎ声に、オレと先生は、二人して声を上げた。思わずってところだ。


「そういや、ここラブホやったなぁ……」

「そっそうですね……てか、だから、何でラブホにしたんですか。ほんとマジで!」

「いやぁ、ちょうど良かったやん。このまま、男二人でずっと見つめあうのも何か、アレやし」


 真面目な話の途中やけど……別に真面目ぶって話をする必要はないし。

 逆に、変に視野を狭くしちゃったら、余計に問題がこじれちまう。

 ありがとう、どっかの誰かさんよ……てか、オレもヤりてぇ……しばらくご無沙汰しすぎてん。


――いや、そんなん考えるのはマズイ。よし、切り替えて。切り替えて。


「先生には今更なんやけど……オレは、はっきり言って神藤編集長のことを信用しとらん。あいつは、平気で人を傷つけるような奴だ……」


 そうだ、町田のことを話しておかないと……編集長を牢屋にぶち込むまで、ちょっと先生の家に町田を置いておいて欲しいとか。

 あと、町田が編集長にされたこととか……いや、そっちは言わない方がいいのか……性に関することでもあるし、うーむ。


「編集長が殺人をしたって言われても、驚きはするが納得はしそう……みたいな感じやなぁ」

「実際のところは分かりません。名刺があったってだけですから……でも、このメールの本文を見てみてください」


 そう言われ、『筆を折る』メールの本文に目を回してみる。


――筆を折ることに決めましたr。探さないdせください。


 メール本文は編集長らから聞いたものと同じだったが……。


「誤字が目立ってるなぁ……サキサキさんらしくない」


 サキサキさんは文章を読むのがむっちゃ早くて、誤字や表記ゆれとか自分ですぐ直せちゃう人で、サキサキさんの担当編集は「すること全然ないんだけど!」とか、嬉しいのかちょっと物足りないのかいう感じだった。

 まぁ、「物足りない」訳がない程忙しいんだけど、ワーカーホリック気味な人も多かったりしてるんで……編集者って。


「いや、これ幽霊……サキサキが送ったメールじゃないです。送った人は確実に別人です」

「何で言い切れるん……?」

「このメールは携帯会社のものだから、スマホから送っていることが分かります……それで、サキサキは、フリック入力しか使わないからです。僕はフルキーボード使っているんですけど、サキサキは毎回フリックに戻して使っていました」


 まぁ、確かに。実際にオフ会とかで、サキサキさんに会ったことあるし。

 フリックが異常に早かったのは覚えてる。


――あれ……?


「あれ……そういえば、先生ってサキサキさんと面識あったっけ?」

「…………」

「………………?」


 先生は少しうつむいて、考えるしぐさを見せた。

 オレは待った。また、どこぞの喘ぎ声が聞こえてきたような気もしたけど、流石に二度目なので、気にしなかった。


 すぅと先生は肩を膨らませながら、息を吸って……口を開いた。


「この前は、山野さんに笑い話にされちゃたんですが……」


――あれ、何のことだっけ……?


「……僕が、美人サキサキの『幽霊』と出会ったことは紛れもない事実なんです」


 オレは、続く先生の話をゆっくりと咀嚼した。

 先生の言葉がウソじゃないってことは、今までのことから容易に想像できる。信頼できる。


 信頼できてしまうからこそ、その先生が語る言葉の一つひとつが重く、オレを揺さぶってく。


 オレは、続く先生の言葉を最後まで聞いた後、



「やっぱ、サキサキさんともう一度……会ってみたいもんやったなぁ……」



 先生の言葉を受け止めた。


 つまり、彼女が……サキサキさんが本当に『死んでいる』という事実を、オレは受け止めて……



「そっそうやったん……そうやったんやなぁ。サキサキ、さん……」

「……っ山野さんっ」


 オレは、こみ上げてくる『感情』を抑えられず……視界が思いっきし、ぼやけるのを感じた。

 目頭が熱い。だんだん吐きそうな程、気持ち悪くなってくる。


「山野さん……」


 先生が渡してくれたタオルを両目にあてて……。


――あぁ、もう……こんな年になったってのに。


「ごめん、先生。ちょっとシャワー浴びさしてもらうわ」


 無言で首肯してくれた先生に背を向けて、シャワー室に入った。

 熱いお湯で、全部、流した。


 サキサキさんのことを考える……底抜けに明るい、素敵な女性だった。


 彼女に何度、笑顔にしてもらったことだろう。

 彼女に何度、辛くなった時、救ってもらったことだろう。


「あっあぁぁぁぁ、クソがぁぁ!」


 サキサキ先生が『死んだ』って事実を知った。


 自分に何ができたかなんて分からない。

 分からないからこそ、漠然とした『後悔』だけがオレの胸を締め付けてきやがる。


「大丈夫ですか! 山野さん!」


 オレの大声を聞きつけて、先生がシャワー室に飛び込んできた。


――そうや、オレには今、やるべきことがある。


「先生!」


 先生の両肩に手を乗せて、オレは目を合わせた。


――今から、オレがやることは先生を『出版中止』の状態に戻す可能性が高い。


 分かっている。だから、自分の思いを先生に伝える。本気の決意を。


――これから、ともに戦う相棒に向けて。


「戦いましょう、編集長と。オレたちがするべきことを、やってのけましょう!」


 雰囲気を感じ取ったのか、覚悟を決めた男の目をした先生に、オレは言葉を続け……



「あの……服着て下さい……」

「すまん……」


――服を着て、続けた。

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