4章 巨悪に立向う男と理由を得た男

失わないために、失わなければならないモノ

22.新人作家、アメリカの地にて(前)

「なぁ、幽霊……」

「なぁに?」

「帰っていいか」

「う~ん……ダメ!」

「ですよね~……」


――あぁぁぁぁ緊張するぅぅぅ。


「さぁ、頑張って頑張って」


 そう後押しする幽霊だけど、僕の脳内はハテナの悲鳴であふれている。


――何で? 何で、翌日のが買えるんだよ……?


 目の前の大きなドアから出てきたを見て、僕はたどたどしいを披露した。


「へっ、Hello。I am 登戸。Your あなたのまっ孫って何だっけ……。あの、玉野……じゃなかった、君にintroduce紹介? されてきました」


――あぁ、もう何で『アメリカ』にいるんだよ……てか、伝わった? 今の英語イケたか……?


「あっあの……」

「はい、玄から話は聞いていますよ」


 目の前の老人は、それはそれは流ちょうな日本語で……


「あっ日本語できるんですね……」


――あぁもう恥ずかしい…………帰りたい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 老人に案内された中庭のベンチに腰掛けて話をする。

 中庭はさすがのアメリカンサイズで広く、そこに生えた大きな木の幹に幽霊は体を預けて眠っている。


 幽霊は昨日のファミレスから、ときどき不調を顔に出している様子で。

 『幽霊』に市販薬、というか薬って効くのか定かでなく、僕は心配するだけである。

 本人は「気にしないで」と、しか言ってこないけど、心配なもんは心配だ。


 僕は隣に座っている老人……玉野の祖父に目を向ける。

 穏やかな感じで、最初はテンパっていたから気づかなかったけど、よくよく見たら普通に日本人顔だ。


「日本語出来るって知らなくて……というか、日本人だったんですね」

「はは、玄から聞いていなかったんですか。あいつは正直者に育ってるけど、周りが見えてないことが多いってか、言い忘れが多いってかな。ハハハっ、ごほごほ」


――おじいちゃん、笑ってせき込むって( ;´Д`)


 そう言う老人のよこから、今度はおばあちゃんが出てきた。


「ほら、じじい。あなたが言えたことじゃないでしょう。もう年なんだから笑い方には気を付けなさい……ははは、この人いつ死んでもおかしくないのよね。初めまして、登戸さん」

「初めまして、今日はお世話になります」


 今日僕がアメリカに来たのは、昨日ファミレスで幽霊が僕の新人賞受賞作品の話をし始め……



【幽霊(唯野三崎)】:

 せんせーの作品には『リアリティー』がない!!!

→資料とか見てないでしょ! ……「もちろん見てないぞ」って開き直らないの!

→海外を舞台にしているのに、食事とか死者の弔いに『宗教』らしさがない!

【玉野げん(脇谷玄)】:

 自身のおじいちゃんが今アメリカに住んでいるので遊びに行ってみては?

→先生の受賞作は読めてないから、アメリカじゃダメかもしれないけど。

【幽霊(唯野三崎)】:

 いや、アメリカでいい!

→受賞した『クーラーの効いた部屋で彼は引き金を引く』は米兵が主人公だし。

→よし、じゃぁ先生! 明日アメリカに行くわよ!!



 ……という、非常にスムーズに見えて、最後が急展開過ぎるアレだ。


 高校の修学旅行で作ったパスポートがこんな時に役立っちゃうとは……んでも、修学旅行には行けてないんで、初外国がこれっていう。

 なんやかんや残っていた新人賞の賞金も、ほぼ底をついちまった。


 資料って言いながら現地取材……まぁ、すでにいろいろな刺激を受けているんだけど。

 幽霊に出会う前の僕だったら、『影響を受ける』とか言ってホテルとかにふさぎ込んで公募の原稿進めていたかもしれない。


――だって、実際にこんなの見たら。全部書き直さないといけなくなる……


 小説は自分の世界を構築するもの。

 資料や他人の意見は作品に『揺らぎ』と『ノイズ』を与える。

 意見というのは、『批判』だけじゃなく『○○が面白い』というものももちろん含まれる。


 僕が小学生のころ読んでいたweb小説が消えてしまったのは、心無い読者のせいだ。

 どんなに僕が作品が『好きだ』と叫んだところで、どんなに多くの人が『面白い』と称えたところで、傷つくときは傷つく。

 筆を折ることだって、『普通』にありえる。



――だから、逃げ道はいつでも持っておかないと。



 幽霊の言葉だ。

 批判の声は、『大きく』そして、『トゲがある』。

 ならば、トゲが刺さる前に逃げるのは当然のことだろう。

 生き抜くすべでもあろう。



――意見ってのには二種類あってな。作品へ向けたものと、作者へ向けたものってのが大雑把にある。んで、意見ってのにも『指摘』と『批判』ってのがな……



 山野は、作品の『改善点』を指摘することは、批判に入らないと言っていた。

 ただ、『聖じん』さんが筆を折ってしまった原因もその改善点指摘野郎で……



――難しいんだよなぁ。これが……分類なんて一概にできねぇし。受け手によるし。



 読者の改善点を受けて、作品を修正しても『より面白く』なるとは限らない。


 ただ、自分で研究するにも限界があるのは確か。

 逆に『気づける人』は状況によっては、永久に作品を公開できないだろう。

 いつまでも納得の行く作品が書けない。自分の中のハードルがどんどん高くなってしまう……いわゆるスランプってやつだ。



 作品はある程度の『妥協』をして……いや、



――趣味だから本気でやっているんです。好きなことで本気になれないなら、『本気』なんてことば自体存在しませんよね。



 玉野は、『現時点での最高傑作』を出せばいいと結論付けた。

 別に、過去作に欠陥があろうと、改善点があろうと『次』に生かして行けばいい。

 そんな感じで、『指摘』されたから直さなければいけない訳じゃなく、使えると思えば使えばいいだけの話だ。



――そう、『次』だよなぁ。



 僕の場合、『次』は新作ではなく、『山野との改稿作業』がそれだったんだ。


 ここアメリカに来て……現地に来て色々と思うことがある。


 自分の作品がいかに、『空想っぽい』かが身にしみて理解できた。

 小説で直接描写することはなくとも、『実物』を知っているだけで、自分の中でイメージが固まっていくのだ。


 幽霊は、『俺オレ』でという。


 流石にそこまでは……と思うけど、『自分独り』で創作するには限界があって。



――だれかの言葉に、行動に影響を受けながら。


――だれかの作品に、自分の心を動かされながら。



 山野が言っていた『小説は独りでは作れない』、その言葉の意味が分かった気がした。


――……。


 そこに至るまでに、色々な人の影響を受けるんだ。誰だって、僕だって。

 前までの僕みたいに、影響されることを変に意識して、他人を排除するのも、またなのかもしれないけど……いや、『正解』って何だろ。


 『創作の正解』って……『正しい創作』って何だろうか。


――まぁ、こうしてずっと悩み続けるもんなのかなぁ。


 創作は、『正解のないもの』だと思っていたけど、もしかしたら『答えを求め続けるもの』なのかもしれないなぁ。


 停滞は、もう充分した。してしまった。


 だから、――進み続けよう。


 取り合えず、僕らで。

 幽霊と玉野と、あと山野たちと、手を取り合って。


 今こうして思った結論も、いつか自分で否定するかもしれないけど。


 それはそれで、一興だろう。何なら、小説にしてもいい。そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る