逸話『悲しき小雪鳥の姫』

「ほんとはな、『小雪鳥の姫』は美しいだけじゃなくて優しかったんだよ…!あんな横暴な姫じゃなかった。とてもとても悲しい話だよ…」


そう悲しげに呟いたダンさんの視線の先には美しい女の人がいました。

真っ白な雪のような髪に合わせ淡い水色のドレスは可愛いらしい小鳥のような色合いでもありました。

美しく可愛らしい小雪鳥は、ボロボロの服を纏い薪を集め山菜を摘む貧しい親子に、ゆっくりと歩み寄ると小さな宝石を象ったアクセサリーを外すと驚く子供にそれをそっと渡して言いました。


「これを街で売ってきなさいな。

それで今日は美味しいものでも食べて下さい。

遠慮なんてしないで…、あなた達が日々汗をかいて働いて下さるからこの国は成り立っているのですもの。

ですからたまには贅沢でもしてください。

あ、でも全部は使ってしまわないで。

周りの隣人にもわけてあげて、そして村の皆で厳しい冬への備えにするの!

じゃあまたね、ごきげんよう!」


無邪気にブローチを受け取り除き込む子供と何度も何度も頭を下げる父親に小雪鳥は微笑んで手を振るとまた歩きだし、そして呟きました。

優しい小雪鳥の呟きは静かに揺れる森の木々の隙間にすっと溶けていきます。


「貧しさは美しくないわ…。

彼らは日々文句も言わず熱心に働き、そして贅沢も殆どしないわ…。

なのに彼らは貧しいまま…。

これからもそれは変わらない…。

そんなの美しくないわ…。

彼らのせいではないはずよ。

これはきっと私たちお城の人が変えなきゃいけないことよ…!

もっと世界は美しくてみんなが笑っていられるものにしなくてはダメね!」



「小雪鳥は森の動物達と遊んだり、小さな草花を愛でるのが好きだったみたいで、よく野山で遊んでいたそうよ」


ソフィさんが私の隣に座りながらナレーションを始めてくれました。

丁度夕飯の支度が終わって私たちを呼びにきたのでしょうか、そこでみんなが『小雪鳥の姫』の劇をやっているのに気付いてナレーションをしてくれたのでしょう。

テイル・メイツでの『小雪鳥の姫』の公演のナレーターはソフィの役目でした。

ソフィさんは私ににっこり微笑みかけるとナレーションを続けます。


「そして野山で人々にあった時はやっぱり貧しさは美しくないと思っていたそうよ。

でも、それは貧しい人達のことではなくて、そんな働きものの人達が貧しいっていうことに感じていました。

だから小雪鳥はこっそり自分の身につけていたアクセサリーなどをあげて、お城の人達には森で落としてしまったって嘘をついていたのでした。


小雪鳥がお城へと帰ると大臣が出迎えます。


「今日は小鳥さん達と遊んだわ。それでね、今日はブローチを森で落としてしまったの。きっと小鳥さんと遊んでる時に落としてしまったのね」


無邪気に笑う小雪鳥に大臣も微笑み返します。


「大丈夫ですよ、小雪鳥。その優しい小鳥さんがあなたのブローチを届けてくれましたよ」


「そう、それは良かったわ。うんとお礼をして差し上げなくちゃ」


小雪鳥の優しい嘘のことはお城のみんなは知っていました。

そして街の人も本当に貰ったブローチを売ってしまえば小雪鳥が困ったことになるのは知っていたのでお城へと届けていました。

本当は小雪鳥は悪魔に借りた魔法なんて使ってなんかいませんでした。

小雪鳥はその優しさで国を美しくしようとしたのです。

それでも貧しさは簡単には無くなってはくれませんでした。

そこで小雪鳥は家来達のところへ相談しに行きました。


「ごきげんよう、兵隊さん。

わたしも街の人みたいに働けば、きっと貧しさも無くなるはずよ!

わたしにもあなた達のお仕事を手伝わせて?」


「ありがとう、小雪鳥。

私達にはあなたのその優しさで十分です。

その優しさをもってすくすく大きくなって頂くことがみんなの願いですよ」


「そうね、私にはあなた達みたいに力もないし、もっと大きくなってからでないと役に立てそうもないわね。

別のことをした方が良さそうだわ!」


小雪鳥は家来達に別れを告げて大臣のところへいきました。


「ごきげんよう、大臣さん。

私にはまだ力仕事は無理だけれど、考えることなら出来るわ。

一緒に大臣さんのお仕事がしたいの!」


「おやおや、小雪鳥。関心だね、ありがとう。でも今はその優しさだけで十分だよ。

あなたはまずもっともっと沢山のことを学ばなければね!」


「そうね、私にはまだまだ知らないことが沢山あるわ。もっとお勉強してからでないとお邪魔になってしまいそうだわ」


小雪鳥は大臣に別れを告げると王様のところへ行きました。


「ごきげんよう、お父さま!

私も国のみんなのために何かしたいのだけれど何をしたらいいのか分からないの!

どうしたらいいのか教えてくれないかしら?」


「ふむふむ、小雪鳥。

国のためとはいい心がけかな。

だが今はその国を想う気持ちを大事にしているだけで十分だよ。

いいかい、小雪鳥?

子供が何の心配もなく暮らしていけるということは、貧しさを無くすことと同じくらいに大事なことなんだよ。

だから今は私達おとなに任せて、めいっぱい遊び、沢山のことを学んで元気に大きくなってくれればいいのだよ」


「うん、わかったわ」


元気に頷く小雪鳥の頭を王様は優しさ撫でてあげました。



小雪鳥は王様に言われた通り、よく遊び、沢山のことを学び立派なお姫様へと成長しました。

成長した小雪鳥は貧しい人々を思いやり、国のために尽くしました。

そして国の人も小雪鳥の優しさに感謝し、国のためにと熱心に働きました。

そうしてこの国はどんどん豊かになりそして美しいものになっていきました。



しかし…



その幸せな日々は長くは続きませんでした。

その豊かさは、美しさは他国の羨むもの、羨望の対象でした。

嫉妬です。

人の心に潜む悪魔は嫉妬し、その優しさに付け入ったのです。

常に国の人のためにと尽くして来た小雪鳥の 達のお城の蓄えは十分とは言えないものでした。

そして周りの国は貧しい人々からも容赦なくお金を取り立てて裕福な暮らしをしようと考えていました。

その沢山のお金で兵士やいい武器を集めて小雪鳥達の国へ戦争を仕掛けてきたのです。


国の人達は自分達の美しい国を守るために必死で抵抗しましたが、沢山の兵士と武器には適わず、なによりも優しかった小雪鳥の国の人達は野蛮な人達でも剣を向けることが出来ませんでした。

そして、沢山の血が流れてしまいました。

豊かな自然は踏みにじられ、真面目で熱心だった生活はめちゃくちゃにされてしまいました。

そして荒々しい戦火は小雪鳥のお城へと迫ってきました。

お城の家来達も必死に応戦しましたが、適わず小雪鳥達はお城から逃げ出しました。

ですが逃げ出せたのは小雪鳥と少し家来達だけでした。

王様も、大臣も、沢山の家来達も必死でお城を、国を、そして小雪鳥を守ろうとして死んでしまったのです。



小雪鳥達は湖の畔まで命からがら逃げて来ました。

小雪鳥は森の向こうで真っ赤に燃えるお城に目を向け呟きます。

それはとても小さな消え入ってしまいそうな嘆きでした…。


「酷いわ…みんなみんなめちゃくちゃにされてしまったわ…」


小雪鳥の震えるような声に家来達も俯くしかありませんでした。

痛切な静けさの中にパチパチと火が爆ぜる音が響きます。

やがてここにも辺りを取り巻く炎と共に兵士がやってきて、お城のように真っ赤に染めてしまうでしょう…。

もう小雪鳥達に逃げ道など残っていませんでした。

沈黙を破るように小雪鳥が泣いてしまいそうな震える声で笑い出しました。

自暴自棄で、でも悔しくて悔して仕方の無い笑い声でした。


「ほんとおかしいわ…!

国のためになんてはしゃいで、みんなに大変な仕事をさせておいて、その仕打ちがこれよ?

国も、人も、お城も、街も!全部真っ赤に真っ赤に燃やしてしまって!とても綺麗じゃない!

美しい国にしたかったのでしょう!?

丁度いいじゃない…!

…!

……。

………、

そんなわけないじゃない…!

美しくなんてないわ!

この国も、私の理想も!

なにも!何もかも美しくなんてないわ!

なにより私が一番美しくないわ!

醜い、まるで魔法に取り憑かれた魔女かなにかよ…!」


悔しさに肩を震わせる小雪鳥に家来達は何も言えません。

小雪鳥の理想は何より優しく美しいものでした。

それでもその美しさが招いた事実であることには変わりません。

小雪鳥はそのことに責任を感じ、悔み、悲しみ、そして泣きました。


悔しさに唇を噛み締め、涙を湛えた目で小雪鳥は家来達に向き直ります。

そしてキッと鋭い視線で覚悟を決め言いました。


「私を…、私を殺して。

私の首を刎ねなさい…!

それを彼らに差し出せばあなた達は助けて貰える筈よ。

あなた達まで殺せないわ…、」


最後に小雪鳥は無理矢理に作った笑顔で微笑みました。

それは煤と涙で汚れ、でも昔のように優しくそして美しい笑顔です。

その悲痛な笑顔の小雪鳥に家来達は必死に反対します。

でも小雪鳥の決意は固いものでした…、反対する家来達を制して小雪鳥が続けます。


「いいえ、あなた達もわかっている筈ですよ。

もう逃げられないわ…

そして野蛮な彼らはあなた達を一人ずつ殺していって、そして私はただ殺されるだけじゃすまないのでしょうね…

ねぇ、わかるでしょう?

そんなの嫌なの、あなた達にまで死んで欲しくないの…。

我儘で自分勝手で酷い酷いお姫様の最後のお願い…

許して…」



小雪鳥の純粋で無垢な涙は家来達の涙と共に湖へと溶けて行きました。

そして真っ赤に染まった波紋が湖に広がります。




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