第四節:可哀想なうさぎに冥福を

「ねぇ、アリス〜?」

「ちょっと待ってー、今集中してるのー。」

「そうじゃなくて、危ないよ〜?」

「へっ?あっ、あいたっ!」


魔法陣を描く練習に夢中になっていた私はどうやら道を少し外れてしまっていたようで近くの茂みに頭から突っ込んでしまっていました。

前方不注意の私の完全な過失。これには少し反省です。


「アリス、大丈夫?でも歩きながらの特訓はもう禁止ね。」

「うぅ、ごめんなさい…」

「それよりも問題は思ったより進めてないこと…。これだとスクイーズに着くよりも先に夜になっちゃうし今夜は野宿のが良さそうね…。」


これも私のせい、魔法の練習をしていて歩みも遅くなっていたのです。


「う、いきなり迷惑かけてゴメンね、マリー。」

「たまにはそうゆうこともあるし、気にしない事ね。

ところでアリス?

あなた食材とかって持ってる?」


「うーん、干し肉とかは少しあるけど夜ご飯には物足りないわ。」

「私も…。これは早めに野営の準備かな…。」




「うー、冷たぁーい。」


私は日も暮れかける中、川の水を桶に満たしていました。

あの後、私達は野宿する場所を決めました。

そこでマリーがポーチから取り出してテントを二人で設営しました。マリーのポーチは見かけによらずたくさん入るようで魔法で収納しているのだとか。

マリーはポーチから鍋やナイフなどの野宿で必要なものを取り出し焚き火の準備を始めました。

マリーは随分と手慣れたもので私に手伝えそうなことはありませんでした。そこでその間に私は川へ水汲みに行くことにしたのでした。


私は冬の明けきらない冷たい雪解け水の川から水を汲んでいると、今朝のことを思い出しました。

まだまだ旅に出たばかり、それでも今朝とはもう随分と違っていました。

戻る場所も待っている人も違いました。

そう言えばもう一つ違うところが、両手にもった桶の中、片方が朝とは違いました。

私は川へ来る途中、果物の木を見つけたのでその実を片方の桶へと採ったのです。


「マリー、喜ぶかな?」


私は朝と同じような足取りでテントへ戻ります。

マリーのいるテントから煙が登り始めていたのでいい目印になりました。

私は木々の小道をかき分け、森の草花さん達が場所を譲ってくれた空き地に戻ります。


でも、私がテントに戻って目にしたのは…


「マリー!マリー!!ねぇ、マリーってば!!大丈夫なのっ!」


焚き火の側で手や顔を血で真っ赤に染めたマリーが大の字で倒れていました。

傍には赤い水溜まりが広がり、私は桶なんて放り投げてマリーに駆け寄りました。


「タイミングの悪い所に…。ごめんね。心配させた、アリス?」


私が駆け寄るとマリーは何事もなかったかのようにムクリと体を起こし私に笑いかけてきました。

私はあまりの展開について行けず、ただ呆然…。


「そのね、うさぎがいたから捕って捌いてたの…。で

、それがたった今終わって疲れたし、寝転んだら丁度アリスが帰ってきたのってわけ…。

驚かせてごめんね?」


どうやらマリーに何事もなかったようだけれど、取り乱した所を見られた私はちょっと素直になれませんでした。


「なによ、マリーのバカ!うさぎさんを食べるなんて信じられないっ!」

「ちょっと待って、アリス。そこ?!!!」


頬を膨らませてそっぽを向きました。私は態度を変えずに続けます。


「そうよ、そこよ!可哀想なうさぎさんだわっ!こんな美味しそうな姿になってしまって…。プフ…」


『アハハハ!』


私は堪えきれずに思わず吹き出してしまいました。それに釣られてマリーも声をあげて笑います。


「そうね、美味しそうな姿ね、アリスなんてこと言うのよ!」


「マリーこそ、なんて格好よ!悪戯がすぎるわっ!」


私は答えながら、目尻に浮かんだ涙目を拭きます。

でもこれは悲しい涙なんかではありません、マリーが無事でホッとしたのと可笑しいのが合わさって浮かんできていたのでした。


「だってアリスったらほんとに間が悪くって!」

「仕方ないじゃない!帰ったらマリーが血まみれで倒れてるんですもの!」

「そうね、私が悪かったわ。

ところで焦げてしまう前に、可哀想なうさぎさんを食べてしまいましょう。」


焚き火の回りには、一口サイズに切り分けられたお肉が木の枝の串に刺さって美味しそうな匂いを振り撒いていました。これがきっと可哀想なうさぎさん。


「まるで狼さんのセリフだわ、花の魔術師さん。」


マリーは「言ったなー」とだけ私の冗談に笑って返し、お肉の焼き加減を確かめていました。

その時、私は焚き火の傍に小さな塚があるのに気付きました。


「マリー、これは何?」

「それはうさぎさんのお墓よ、感謝しなくっちゃね。」


マリーはそう言いながら、私に串を一つ差し出しました。私はそれを受け取るとうさぎさんのお墓へと近づきます。


「ちゃんと弔ってあげないとだわ…。」

「ちょ、アリス!お供えもので自分を食べさせるのは酷よ!」


うさぎの肉の串を持ったままお墓に近づく私にマリーがからかいました。


「流石にそんなことしないわ、マリーっ!ちゃんと美味しかったです、今度は子供を頂きますねって報告よ!」

「アリスの鬼!!」


マリーのツッコミが夕暮れの森に響きました。


それから私は水を汲んできた桶を慌ててひっくり返してしまったのを思い出しました。

途中で採ってきた果物は散らばってしまっただけでしたけど水は地面が吸ってしまっていました。

それはもう仕方のないことです、私達は採ってきた果物を少しだけうさぎさんのお墓にお供えし、残りを搾ってジュースにすることにしました。

これで飲み物はなんとかなるはずです。

私達が可哀想なうさぎさんと新鮮な果実のジュースの夕食を終える頃には、日は沈みあたりはすっかり暗くなっていました。



その夜は満天の星空でした。

私はマリーと一緒にいつまでも星空を眺めました。

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