第14話 猫と幼女と霊感少女 ①

「本当に凄かったわ、あの最後の面っ!」

「い、いや……。あれは相手が弱かっただけで……」

「ううん。向こうも大将でしょう? 学校で一番強い人のはずよ」

「……、……」

近藤はずっと興奮のし通しだ。

 さっきから俺が勝ったことを褒めてくれている。

 初めて剣道の試合を観たそうだが、こんなに面白いなんて思わなかったとも言ってくれた。


「まだ開始してすぐだったのに。結城君の一撃に反応も出来なかったわ」

「うん、まあ……。それより近藤、その救急箱重くないか? 俺の仕事だから俺が持つぞ」

「ううん、私が持つわ。結城君は防具や竹刀袋が重いでしょう?」

「そうか? だけど悪いな。わざわざ学校に置きに行くのまで付き合ってくれちゃってさ。何か、誘って悪かったみたいだよ」

「あの……。私、嬉しかったの。結城君に誘ってもらって……」

「そうか、なら良いんだけどさ」

駅から商店街に抜ける道を二人でゆっくりと歩く。

 こうしてると俺達カップルに見えたりするんだろうか?


 うーん、これだよっ!

 俺が求めていたのはっ!





 長谷川が亡くなってから、近藤はふさぎ込んだままだった。

 昼休みに弁当を食べてても全然元気がなかったんだよ。

 俺は心配だったから何日も昼練を休んで一緒に弁当を食べたんだけど……。


 俺は何とか元気付けてあげたかったんだ。

 近藤が悲しそうな顔を見ていられなかったんだよ。


 だが、俺には何もプランがなかった。

 どう元気付けてあげればいいのかわからなかったんだ。

 これでも色々と考えたんだけど、気の利いた案なんかまったく浮かんできやしない。

 授業も上の空で一生懸命考えたんだけど……。


 そんな時だったよ。

 大伴が帰りのホームルームが終わったあとにボソッと俺に呟いたんだ。

「剣道の試合に近藤さんを誘ってあげたら?」

と……。


 日曜日に団体戦の地区大会があることをあいつは知っていたのか?

 それとも、また祖父ちゃんが余計なことを言ったのか?


 あ、これは余計なことじゃなかった。

 超ナイスなアドバイスだったな。

 祖父ちゃん、ゴメン。


 ……で、俺は意を決して近藤を誘ってみたんだよ。

 そうしたら、近藤は泣き出しそうな顔で俺の目を見つめるじゃないか。

 俺はてっきり断られるんだと思って、大伴を頭の中で思いきり罵倒してやったよ。

「この、リアクションが薄いくせに余計なことばかり言うやせっぽちの霊感少女っ!」

と……。


 だけど、近藤の次の一言で俺は大伴に平謝りしたよ。

「良いの? 私なんかが行っても?」

だってさっ!


 良いも悪いもないっての。

 俺が誘ったんだからな。


 あ、大伴……。

 悪かったな。

 余計なことじゃなかったぞ。

 うーーーーんと、たまに、良いことも言うんだな。

 とりあえず感謝しておく。





 試合は、我が鳩ヶ丘中が優勝した。

 まあ、地区大会は全部で8校しか出てないのでそれほど威張れないけどな。

 だけど、これで県大会への出場が決まり、先輩達も喜んでいたっけ。


 俺は、当然全勝だったよ。

 近藤を呼んだからには負けられないし、そもそもこんな大会で大将の俺が負けてたら県大会じゃ勝負にならないからな。

 もし負けたら、祖父ちゃんが絶対に説教するに決まってるしな。


 まあ、俺としてはもう少し歯ごたえのある相手とやりたかったんだが、近藤に良いところを見せられたから良しとするか。


 近藤も、

「県大会も観に行って良い?」

って言ってくれた。

 もちろん俺は大歓迎だよ。

 近藤がそんなに喜んでくれるのなら、より一層気合いを入れて稽古に励む。

 県大会どころか全国大会に出られるように頑張るぜ。





「あっ、結城君……。あれ見て」

突然、近藤が窮屈そうに救急箱から片手を放し、商店街の一角を指さした。


「ペットショップ? 前は、美容室だったよなあ」

「ええ、一カ月くらい前から替わったのよ」

「そっか、全然気が付かなかったよ」

「凄くカワイイ猫がいるの」

「……、……」

「ねえ、ちょっとだけ見ていきましょうよ」

お、おい、近藤……。

 救急箱を抱えて走ったら危ないぞ。


 だけど、そうやって振り向きざまにニッコリ笑った近藤って、カワイイなあ……。

 猫がどれだけカワイイか知らないけど、俺には近藤の方がずっとカワイイと思うに違いない。


 ましてや、あんなやせっぽちでいつも無表情の大伴なんか及びもつかない。

 あいつのこけしみたいな顔を見てると、俺はゾッとするんだよなあ。

 しかも、あいつは死んだ祖父ちゃんと話せるときてる。


 あっ!

 なんだっていもしない大伴のことなんて考えてるんだ、俺は……。

 俺、ずっと隣の席だから毒されちまったのかな?


「ほらっ、結城君も見て。このちっちゃいの凄くカワイイわよ」

「あ、ああ……」

いかんいかんっ!

 近藤がせっかくニコニコしてるって言うのに、俺は何を考えてるんだよ。


 それにしても、この猫が10万円もするのか?

 ……って、すでに値引きしてあるのに10万円かあ。

 元値は14万円って、どうしてそんなに高いんだよ?

 ちっちゃくて、黒と薄いグレーの縞々のこいつが……。

 ガラスケースの中にいるからそれらしく見えないこともないけど、俺にはどうにも分からない。

 そこらの野良猫とどう違うって言うんだよ?


 まあ、たしかにカワイイのは分かるよ。

 見ている俺達に向かって愛想をふりまいているし、女の子はこういうのに萌えたりするんだろうな。

 ほら、今もこっちをじっと見つめて、甘えるように寝そべってるよ。

 毛もフワフワとしていて手入れをされているのが分かるし、カワイイと言えばそう言えなくもない。


「この品種、アメリカンショートヘアーと言うのよ」

「あ、アメリカン……。それって、人気がありそうだな」

「ええ、私も飼いたいと思っているの。以前もウチでは飼っていたのだけど、病気で亡くなってしまったから……。とてもカワイイし気立ての良い子が多いのよ」

「へえ……」

そっか、そんなに人気があるんだ。

 御大層な品種名が付いているのでは、ここに付いてる値札も仕方がないのかもしれない。


 まあ、でも、俺には他の猫もこのアメリカン何とかも大した違いがあるようには思えないけどな。

 あ、いや、近藤が言う通り、凄くカワイイとは思うけどさ。





「ごめんなさい。私がペットショップで時間をとってしまったから……」

「いや、そんなことないよ。試合のあとはいつもこんなもんさ」

「でも、もう真っ暗だわ。学校に入れるかしら?」

「大丈夫だと思うよ。警備のおっちゃんにはしょっちゅう開けてもらってるからさ」

とは言ったものの、俺は辺りが暗くなった学校って苦手なんだよな。

 ほら、ちょっと遠くから見たって、あからさまに学校が暗いよ。


 そもそも、幽霊でも出そうな感じがして嫌だし、今はこないだ長谷川の事件があったときのことを思い出しちまうからさ。

 あのときも真っ暗だったんだよな、学校が……。

 幸いなことに、近藤はあまりその辺のことは気にしてないみたいだけど。


 冬は嫌だよ。

 すぐに暗くなっちまうから。

 ……と言うか、夜になっても学校を明るくしておいてもらえないかな?


「あら? 通用門が開いているわ」

「そうだな。警備のおっちゃんが締め忘れたか? それとも、先生が仕事でもしてるのかな?」

まあ、一々警備のおっちゃんに頼まなくて済んで助かったけど、ちょっと不用心じゃないか?





「ごめんな、近藤……。こんな遅くまで付き合わせちまって」

「ううん、私なら大丈夫! さっき、家にはラインしておいたから、家族も心配していないと思うわ」

「あ、そこに救急箱を置いてくれ。剣道部の部室って汚いだろう? もう少し整理しなきゃいけないって、顧問の松浦先生から言われてるんだけど……」

「うふ……。でも、男子っぽいかな?」

内心では近藤も呆れてるだろ。

 いたるところに折れた竹刀の残骸が転がってるし、防具や稽古着の藍と汗が混ざり合って変な臭いがするしな。


 俺はもう慣れちまってるからこんなもんだと思ってるけど、やっぱ女子が入ってくるところじゃないよな。

 特に、近藤みたいな繊細な子はさ。


「さて、これで防具も置いたし、あとは近藤を送るだけだな」

「えっ? 送ってくれるの?」

「そりゃあそうさ。まだ五時ちょっとだけど、外は真っ暗だからな」

「ありがとう……」

いや、ありがとうはこっちのセリフだよ。

 近藤のお陰で、俺は今日ずっと充実してたんだからな。


 こういうのなんて言うんだっけ?

 情けは人の為ならず……、かな?

 たしか、現国の授業で習った気がする。


 荷物も置いたし、俺達は汚い部室をさっさと後にした。

 今夜は晴れているせいか、星がキレイだ。


 うーん……。

 毎日がこんなに充実していたら、どんなに俺は幸せだろう?


「近藤……。その前に、ちょっとここで待っていてくれ」

「はい?」

「その……、ちょっとトイレに……」

「……、……」

近藤は、何も答えずニッコリ笑った。


 うっ……。

 たかがトイレを待っててもらうだけで、こんなに良い笑顔が見られるなんて。

 すぐに帰ってくるからさ。

 ちょっとだけ待っててくれよっ!





 それにしても、誰もいない校舎の中って、何だか不気味だなあ。

 昇降口から少し歩いただけで真っ暗だし、トイレがやたらと遠くに感じる。


 そういえば、大伴の奴が言っていたなあ。

 学校には不特定多数の霊が近寄ってきやすい……、って。

 い、いや……。

 今はいないっ!

 そうだよ、気にしすぎてるな、俺。


 まあ、霊がいようがいまいが、さっさと用を済ませて近藤を送らなきゃ。

 おっ、ようやくたどり着いた。

 で、電気はどこだ?

 あ、あった。

 そうだよ、明るくすれば怖いなんてことはないんだよ。


「ふーっ……」

本当はここで小便なんかしたくなかったんだけど、近藤を送ってから家に帰るまで、どこにもトイレに入れそうなとこなんてないんだよな。

 途中にあるコンビニはけち臭くて貸してくれないしな。


「……、……」

ん?

 今、誰かが喋らなかったか?


 お、おい。

 よせよ、もうすぐし終わるんだからさ。


「チロ……、……」

ま、まじかっ!

 だ、誰かの声が聞こえるっ!


 間違いない。

 子供の声だっ!

 こ、ここは中学校だぞっ!

 子供なんていやしないはずなのに……。


「こんなところにいたんでしゅね。ほら、怖くないでしゅよ」

お、おいっ!

 やめろっ!


 ま、まさか、俺のことを言ってるのか?

 こ、これ、女の子の声だろ?

 なんで男子トイレで聞こえるんだよっ!


 こ、これが霊か?

 ついに俺も大伴みたいに霊の声が聞こえるようになっちまったのか?

 それだけは嫌だったんだ。

 それなのに……。


「良い子にしてなかったら、メッよ」

お、俺……。

 そんなに悪いことはしてないぞっ!

 せいぜい、早弁と授業中の居眠りくらいでっ!


 なあ、許してくれ。

 俺は新田みたいに牧田をいじめたりしてないんだからな。

 頼む……。

 霊だけは勘弁してくれよっ!


 トイレの中は電灯が点いているので明るいから、霊が見えないのかもしれない。

 だけど、今、あの暗い廊下に出たら、昇降口までは真っ暗だ。

 もし、そこで霊でも見ちまったら俺……。

 みっともないけど、気絶しちまうかもしれない。


 でも、俺がいつまでも戻って来なかったら、近藤は心配するよな?

 それに、暗いのに俺がビビってると思われるかもしれない……。


「何してるんでしゅか? 早く行かないと」

ううっ……。

 うるさいなっ!

 そんなこと分かってるよっ!

 だけど、おまえみたいな霊がいたら出られないじゃないかっ!


 近藤……。

 もし俺が霊を見てみっともないところを見せても、許してくれよな。

 次の試合では良いところを見せるからさ。

 あ、今は手を洗わないけど、それは勘弁してくれ。

 あとで何度でも石鹸で洗うから……。





 俺は、意を決して男子便所から出た。

 いつまでも近藤を待たせてられない。


 それに、俺はヘタレじゃねーっ!

 霊は怖いが、相手は元人間のはず。

 それなら話せば分かるはずだ。

 なあ、祖父ちゃん。


 点けっぱなしでは警備のおっちゃんに怒られる。

 仕方がない、消して昇降口までダッシュだ。

 霊と俺とどっちが速いか勝負してやるっ!


「ふーっ」

俺は心を落ち着けるために一息ついた。

 試合の前には必ずこうやって気持ちを落ち着けるのだ。


 昔、祖父ちゃんが言ってた。

 大事なのは常に平常心でいることだ、ってさ。


「カチっ……」

俺はトイレの電気を消した瞬間、猛ダッシュした。

 普段、学校の廊下をこんなに走ったら、絶対に村上先生に説教をされる。

 だが、今は非常事態だ。

 それに、誰も見てない……、はずだ。


 あの角を曲がれば昇降口だっ!

 どうだっ、霊の奴めっ!

 俺のダッシュには付いて来られないだろっ!


 何が、早く行かないと……、だよ。

 そんなこと分かってるんだよっ!


 近藤、待っててくれっ!





「ぐっ!!!!!!!!!!!!!」

昇降口への角を曲がった瞬間、俺は人影を見つけてしまった。

 窓から入る月明りで、薄ぼんやりと浮かび上がった二人の後ろ姿を……。


 思わず、みっともなく叫びそうになったが、ぐっとこらえる。

 ただその分、ダッシュは止まったが……。


 ざまあ見ろっ!

 俺が霊なんかにビビるかっ!

 こらえてやったぞ。

 俺は霊なんて怖くないからなっ!


 影は大きいのと小さいのが一人ずつ。

 そして、俺の漏らした声に反応したのか、二人とも振り返った。


「宏太、中学生にもなってまだお化けが怖いのか? 精進が足らんっ!」

「お、大伴ぉっ?!」

「と、お祖父さんが仰っているわ」

「……、……」

な、何故、おまえがそこにいる?

 それに、猫を抱えたその女の子は何だ?


 俺は、霊ではなかった安堵感と、瞬間的に思った疑問がごっちゃになり、何も言えずにいた。


 だけど、霊じゃなくて本当に良かった。

 もし本物なら、したばかりだと言うのに漏らしていただろうからな……。

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