第10話 友人の死に涙する霊感少女 中編

 何だかなあ……。

 俺、近藤に何か悪いことしたかな?


 家に帰ってきても、俺は走り去った近藤のことが気になっていた。


 だってそうだろう?

 昼まで、あんなにいい感じだったのに……。

 わざわざ余分に俺の弁当まで作ってきてくれたんだぜ。


 弁当はキレイに食べたし、お礼だってちゃんと言った。

 ……んっ?

 そう言えば、おにぎりを俺が三個食べちゃったけど、あれが良くなかったかな。

 でも、一応、近藤に勧めたんだぜ。

 俺の方が多く食べちゃ悪いからさ。

 それでも、良いって言ってくれたんだ。

 だから、俺が最後の一つを食べちゃっただけなんだが……。


 俺、最近、家で悩んでばかりいるような気がする。

 前はそんなことなかったのにな。

 いつからだろう?

 ……、良く分からないけど、多分、席替えした辺りからだ。

 だとすると、大伴花のせいか。

 ……ったく、花は、花でも、あいつは食虫花みたいな奴だよ。

 俺は、哀れな虫みたいなもんだ。





「宏太っ! 電話よ」

「電話?」

「牧田君って子からよ」

「ああ……、今、出る」

今時の中学生は、スマホや携帯なんて普通に持ってるけど、俺は嫌いなんだよな……、ああ言うの。

 だから、滅多に俺宛に電話なんかかかって来ないんだがなあ。

 牧田からだって?

 何だよ……。

 もう、10時過ぎてるぞ。

 こんなに遅くちゃ、母ちゃんも、やっぱ良い顔しねえな。


「はい……」

「結城君? ぼ、僕、牧田だけど」

「ああ、何の用だ?」

「お、驚かないで聞いてよね。ぜ、絶対に驚かないでね」

何、言ってるんだ、牧田の奴……。

 用を言わなかったら、驚きようがないじゃねーか。


 それに、やたらと急き込んでるなあ。

 どうした?

 また、新田にたかられたか?


「い、今ね。関口さんから電話が来たんだよ」

「ああ、それで?」

「お、驚いちゃダメだよ」

「何だよ、しつこいな。ああ、驚かないから早く言え」

「僕は驚いたよ。だって、そんなのあり得ないでしょう?」

「だから、何のことだよ。まずは用件を言えよ」

「あ、そうだったね、ごめん。じ、実は、関口さんから電話が来て……」

「……、……」

「長谷川さんが、亡くなったって……」

「……、……」

「ねえ、聞いてる? 長谷川さんが、亡くなったんだよ」

「……、……」

ちょ、ちょっと待て……。


 牧田、それは何の冗談だ?

 ……って言うか、そんなの嘘でも驚くに決まってるだろ。


「ねえ、結城君……、聞いてる?」

「あ、ああ……。聞いてるぞ」

「僕も詳しいことは知らないんだけど、とにかく回せって……。先生が言ったらしい」

「そ、そうか……。俺は誰に回せば良いんだ?」

「ううん……、結城君で最後だから。だけど、信じられる?」

「い、いや……、イタズラか何かだろう? だって、今日、帰るまで元気だったじゃねーか。そう言えば、牧田は一緒に帰っただろう? 事故にでも遭ってなけりゃ、死ぬわけないだろ」

「うん、そうなんだよ。だけど、関口さんなんか泣きじゃくってて、良く分からないんだ」

「そんなこと言ったってよう……」

俺もだけど、牧田も本気にはしてない感じだ。

 そりゃあそうさ。

 そんなの、信じられるわけねーだろ。


 だけど、誰がこんなデマ流したんだ?

 人間には、言って良い嘘とそうじゃない嘘があるんだぜ。

 まさか、クラスにそんなことも分からない奴がいるなんて、信じられねーよ。


「あっ、ちょっと待ってね。今、メールが来たから」

「……、……」

「えっと……、これ、先生からだ。んっ? えっ、ええっ?」

「……、……」

「これ、クラスのメイリングリストだよ。ま、間違いない。は、長谷川さんが……、……」

「おいっ、牧田っ……、牧田っ!」





 先生からのメールは、母ちゃんのスマホに来ていた。


 長谷川が死んだこと……。

 明日、朝から全校集会があること……。

 学校の行き帰りに、知らない人から色々聞かれても、決して受け答えしないこと……。

 などが、書かれていた。


 だけど、どうして長谷川が死んだかは、書いてなかった。

 俺は、ただ呆然とメールを眺め、やたらとドキドキしている鼓動の音を聞いていたよ。





「おはよう……」

「……、……」

やはり、早朝に来ているのは大伴だった。

 まだ、7時前……。

 だが、俺は寝られなかったんだ。


 大伴は、かすかに首を縦に振って、いつも通りの挨拶をした。

 だけど、その頬には一筋の涙が光って伝った。

 無表情のまま……。


 そして、俺の方をじっと見つめたままでいる。

 何が言いたいのかは、痛いほど分かる。

 俺も、同じような気持ちだったから……。


 校舎の一階から二階に繋がる階段には、黄色いガムテープのようなものが張り巡らされ、そこを通ることは出来なかった。

 いわゆる、現場検証のあとだろう。

 あそこで長谷川が……。

 そう思ったら、急に何かが込み上げてきた。


 大伴は、何かを察したのか、コクンとうなずいたよ。

 こいつ、いつもはやたらうざいけど、こういうときは妙に頼もしい感じがする。





 全校集会で、校長先生から詳しい事情が知らされた。

 長谷川は、階段から落ちて亡くなったそうだ。

 落ちたときに、運悪く頭を床に強く打ち付けたそうで、それが致命傷となったと言う。

 ほぼ即死ではないかと、警察は見解を出したようだ。


 長谷川は、何故か、一度帰宅して、もう一度学校に戻ったらしい。

 5時半頃、最後に教室を出た生徒が電気を消したそうで、それ以降は誰も教室に戻って来なかったはずなのに……。

 だけど、長谷川が階段の踊り場で見つかったのは、8時頃だったそうだ。

 警備のおっちゃんが、もう息絶えていた長谷川を見つけ、警察にも連絡したらしい。


「警察は、慎重に捜査を続けておられます……」

校長先生のマイクを通した声が震えている。


 慎重に捜査を続けている?

 それって、どういうことだ?

 長谷川が死んだのは事故じゃなかったのか?


 俺と同じような疑問を持った奴がいたのか、一瞬、ざわっとなったよ。

 それはそうだよな。

 まさか、長谷川に限って、殺されるなんてことあり得ないからさ。


 あいつ、誰が看ても良い奴だったよ。

 正義感が強い割に砕けたところもあって、それでいて、誰にでも優しかったから……。

 いつも、自分のことなんか二の次で行動する奴だったしさ。

 だから、殺されるなんてこと、ありっこない。

 慎重に捜査しているだけで、事故に違いないんだ。





 全校集会のあとは、普通に授業が始まったよ。

 だけど、長谷川の席には、花瓶が置かれ、花がいけてあるだけだ。

 もう、長谷川はいない。

 その事実を、クラス中が感じながら授業を受けた。

 重苦しい雰囲気を、皆、感じていたと思う。


 昼休みから、警察の事情聴取が始まった。

 事故のはずなのに、何故、事情聴取が必要なのだろう?

 俺は、警察の人に文句を言ってやりたかったが、事情が分からないのにいきり立っても仕方がないので止めた。


 最初に呼ばれたのは、大伴だった。

 昨夜、最後に教室を出た生徒が、大伴だったかららしい。

 他には誰もいなかったようで、大伴が教室で何をしていたかは不明だそうだ。

 この辺の情報については、弁当を食べながら田中が喋っていたのを聞いていただけなので、本当かどうかは分からない。


 ただ、大伴は、いつも意味不明な行動をしている。

 きっと、昨日も霊に話しかけられていたのだろう。

 それに、俺はあいつの涙を見た。

 大伴が何か関わり合いがあるとは、とても思えない。


「は、花ちゃん……?」

「……、……」

「何か言われたの? 酷いことされなかった?」

「……、……」

もう、あと十分で昼休みが終わろうという頃、大伴は教室に帰ってきた。

 田中が色々と聞くが、大伴は首をかすかに横に振るだけで、新しい情報は何も聞けなかった。


 弁当を食べるために集まっていた連中は、独り、淡々と弁当を食べ出す大伴を見守っていた。

 牧田は、放心したような顔で……。

 関口は、今にも泣き出しそうな表情で……。

 田中は、大伴を心配しながら……。

 そして、近藤は、うつむき、耳を真っ赤にしたまま……。





「結城……、警察の方がお呼びだ。HRが終わったら、生活指導室まで来なさい」

村上先生が、厳しい表情でそう俺に言った。


 俺……?

 どうして俺が呼ばれるんだ?


 その問いは、口には出せなかったが、俺の心の中で何度も何度も繰り返されていた。

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