第9話 友人の死に涙する霊感少女 前編

「ねえ、結城君も一緒にお弁当を食べようよ」

「……、……」

すっかり大伴達のグループに馴染んだ、牧田が言う。


 だから、何回も言っているだろう?

 俺は、もう、早弁しちゃったから、食べる物がないんだよ。


 のどもとまで言葉が出かかったが、俺は辛うじてそれを呑み込んだ。

 ……って、皆の前で言うことじゃないしな。

 俺にだってそれくらいの分別ってやつはある。


 だけど、牧田……。

 おまえ、長谷川の隣に座って嬉しいからと言って、俺に構うなよ。

 まったく、困った奴だぜ。


「牧田君……、心配せんでも良い。宏太は早弁してしまったので、もう弁当がないんじゃ」

「えっ?」

「……と、結城君のお祖父さんが仰ってるわ」

「……、……」

くっ……、大伴花っ!

 うるせえっ!

 一々バラすんじゃねーよ。


 祖父ちゃんも祖父ちゃんだぜ……。

 どうして死んでから二年も経っているのに、成仏してないんだよ。

 マジでうぜえ。

 ソッコーで成仏しやがれっ!


「結城君……」

「……、……」

「もし良かったら、私、お弁当を少し多く作ってきたんだけど、一緒に食べない?」

「えっ?」

こ、近藤……?


 見ると、確かに近藤の弁当は多そうだ。

 大きめのおにぎりが五個……。

 おかずも、ハンバーグとタコさんウインナー、卵焼き、と、どれも二つずつ入っている。


 それって、もしかして、わざわざ俺のために?

 少しどころか、ちゃんと二人分あるじゃないか。

 は、箸まで二膳あるし……。


 これ、俺はどうしたら良いんだ?

 早弁したとは言っても、美味しく食べるだけのキャパが俺の胃袋にはある。

 そう言う点では、問題ないんだが、図々しく食べちゃって良いのかな?


 ほらっ……。

 もし、俺が食べちまったら、近藤が迷惑するんじゃないかと……。

 変に、俺なんかに気があるように思われたら、可哀想じゃないか?


「宏太……、何を遠慮しとるんだ。未来の嫁がこう言って下さってるんじゃ。ありがたくいただけ」

「……、……」

「……と、結城君のお祖父さんが仰ってるわ」

「……、……」

お、大伴……。

 いくら温厚な俺でも怒るぞっ!

 な、何が未来の嫁だよ……。


 見ろっ!

 近藤が困ったような顔をしているじゃないか。


 な、何だよ……、長谷川?

 そんなに睨むなよ。

 俺じゃないだろう、悪いのは?

 文句があるなら大伴に言えよ。

 俺は純粋に被害者じゃねーか。


「結城君……、迷惑だった?」

「あっ、いや……、そんなことない」

「……、……」

「だけど、食べちゃって良いのか? 本当に……」

近藤……。

 そんな顔するなよ。

 わ、分かったよ、ありがたくいただくよ。


「最近、急に三つ編みにしだしたよね? 彩奈ちゃん」

「う、うん……」

「どうしたの? あんなに髪の毛を縛るの嫌がってたじゃない」

「ちょ、ちょっと気分転換かな?」

「でも、凄く似合ってるしカワイイよ。そう思ってるのって、私だけじゃないと思うけど?」

「……、……」

関口が意味深に、近藤に問いかける。


 な、何だ?

 何で、俺の顔を見るんだ、関口?


「宏太のためじゃろう。三つ編みが好きじゃからな……、宏太は」

「おっ、大伴っ! いい加減にしろよっ!」

「そんなに照れんでも良かろう。好きなものは好きと、堂々と言えば良いんじゃ」

「……、……」

「……と、結城君のお祖父さんが仰ってるわ」

「……、……」

も、もう、俺やだよ……。

 誰か、こいつを何とかしてくれ、大伴を……。

 それと、成仏してくれよ……、祖父ちゃん。

 頼むからさ。


 そのあとも、俺は散々な目に遭った。

 だけど、しっかり近藤の作った弁当はいただいたけどな。


 だってよう……。

 マジで美味かったんだよ。

 それに、せっかく近藤が作ってきたのに、残すわけにはいかないだろう?


 近藤にも、

「美味かったよ、ありがとう……」

とは言っておいたんだ。

 お、俺は、剣道をやってるから、礼節ってやつをわきまえてるからな。


 そうしたら、近藤の奴、

「また作ってくるね」

って……。


 ああ……。

 これで、大伴が側にいなきゃなあ……。

 俺はどんなに幸せなことか。

 近藤は俺に同情してくれているだけだろうけど、それでも、俺が求めていたのはこういうことなんだ。


 それなのに、大伴の奴……。

 くっ……、あいつだけは許せんっ!





「ふうっ……」

今日の稽古はキツめだった。

 まあ、試合が近いんだから、ここは気合いを入れないとな。


 だけど、俺、全然疲れている感じがしないんだ。

 それどころか、稽古が終わった直後の今からでも、素振り千回、腹筋百回、腕立て百回、スクワット百回くらいは出来そうだ。

 さっきまで、ヘトヘトだったはずなんだけど……。


 うん……。

 今日は、もう少し自主練しよう。

 こんなに心身共に充実している日は滅多にないからな。

 あっ、先輩……。

 俺、もう少しいますんで、先に上がって下さい。


「お疲れさまっしたっ!」

そう言って先輩達を見送ると、体育館の中には誰もいなくなったよ。

 バスケ部も、バレー部も、もう皆、帰っちまったらしい。


 体育館の中には、そこはかとなく汗の匂いが籠もっている。

 ……って、俺、少し、汗臭いかも知れないな。


「九十八……、九十九……、百……っ!」

ほらっ、スクワットも軽々出来ちまった。

 あとは、素振りだけか。


 まあ、千回くらいいつもやっているからどうってことない。

 どうせだったら、片手素振りにするかな?

 その方が、良い稽古になるし……。


 それにしても、どうして今日はこんなに充実してるんだろう?

 あとからあとから、力が湧いて出てくる感じだよ。


 ああ……。

 そうか、今日は近藤の弁当を食べたからなあ……。


 俺、大抵、練習が終わると腹ぺこになっちまうんだけど、今はそんなことない。

 近藤の弁当を食べ終わったときも、目一杯食べたって気はしていなかったんだけど、やっぱ、早弁&昼弁は良いのかも知れないな。


 そう言えば、一流のアスリートは、一日に何食も食べるって聞いたことがある。

 確か、五食とか六食とかに分けて食べるんだったっけかな?

 その方が良く身に付くって、誰かが言っていたなあ……。


 何か、それ、当っているかも知れない。

 いつもなら、練習終わりには握力なんてなくなっちゃうのに、こんなに楽に片手素振りが出来ているしな。

 あっ、どうせなら、木刀で素振りをすれば良かったかな?

 竹刀じゃ軽すぎて、全然疲れないよ。


 そんなことを考えながら素振りをしていたら、あっという間に終わっちまったよ。

 まあ、あっという間とは言うものの、もう、6時半を過ぎているけどな。


 いけねっ……。

 あまり長くやっていると、警備のおっちゃんに怒られるんだよな。

 7時には体育館を閉めに来るから、そろそろ帰る支度をしないと……。

 胴着もちゃんと干しておかないと、明日臭くなるしな。





 もう、辺りはすっかり真っ暗だ。

 体育館の灯りを消したら、ところどころで灯る非常灯くらいしかないから……。

 目一杯練習したから、身体が火照って寒くはないけど、誰もいない学校は何だか寂しいな。


 俺、こういうシュチエーション、苦手なんだよな。

 だって、いかにも何か出そうじゃないか?


 大伴が言うには、学校には不特定の霊が集まりやすいらしい。

 そんなのが突然俺の目の前に出てきたら、ヤバイだろう?


 ああ、調子に乗って居残るんじゃなかったかな?

 素振りとかなら、家でも出来るし。

 ううっ……。

 校舎も、灯りがついているの職員室だけじゃないか。


 うっ……、急に身震いがしてきたよ。

 俺、霊感がなくて本当に良かった。

 今、何かが出たら、悲鳴を上げちまいそうだよ。

 た、頼むっ……。

 学校を出て、道路にたどり着くまで、何事も起るなよ……。





「ドンっ……」

「……、……」

な、何だ……?


 突然、俺の死角から何かが突っ込んできた。

 昇降口の方から……。


 俺、思わず悲鳴を上げそうになったよ。

 ま、マジで、胆が縮上がった。


 だけど、同時にふんわり良い匂いがしたんだ。

 甘い、シャンプーの香りが……。


「ゆ、結城君……」

「な、何だよ、近藤じゃねーか?」

脅かすなよ……。

 俺、心臓がバクバク言ってるぞ。

 このまま祖父ちゃんと同じとこに行ったらどうしてくれるんだよ。


 ……って、近藤、どうした?

 どこか変なところを当てたか?

 そんな蒼白な顔をして……。


 近藤の顔は、蛍光灯に照らされているせいか、俺には真っ白に見えたよ。

 もしかして、震えてるのか?。


 お、おい……。

 どうした?


 俺の問いかけは、言葉にならなかった。

 近藤の見開いた目が、俺に声を出させなかったんだ。


 俺は、何故か近藤に手を伸ばした。

 何か、どうしてもそうしたくなったんだよ。


 だけど、

「いやっ!」

「……、……」

近藤は両手で俺の胸を突き、払いのけると、きびすを返して走り出す。


 いや……、って?

 何がいやなんだ、近藤?


 俺は戸惑いながらも、その後ろ姿を見送る。

 近藤は、一度も振り返らずに、校門を出て行ったよ。


 近藤の姿が見えなくなっても、辺りには、まだ、ふんわりとした甘い香りが残っていた。

 

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