第3話 転校生、シークレットミッション

「はあ……」

「修ちゃん、お疲れみたい……?」

「いや、なにしろお隣りが騒がしかったからな」

「冷泉さん、凄い美人さんだったよねー」

「美人なのは結構な事だけどな……」

「美人なのは認めちゃうんだね」

「どうしてそういう結論になるんだ」

「だって」


 授業が終わるや否や、特に部活にも所属していない俺はこれからバスケ部の練習に向かうであろう龍二に「またな」と声を掛けてから早々に教室を立ち去ると、そのまま玄関口を目指した。


 そこで、例の如く"たまたま"帰ろうとしていた結衣と遭遇したのでせっかくだからと一緒の帰り道と相成った。流石に毎日という訳ではないが、このなんとも言えない距離感を続けようとしている幼馴染であった。


 俺個人としては別に悪い気はしなかったが、やっぱり何を考えてるのかよく分からなかったりする。


 そんな二人の話題の種となっている『転校生』の話に移るとして、帰り道の会話で俺は今日の出来事を結衣に打ち明けることにした。流石に心の中で思案していた内容までは話さなかったが。




 長髪美人の謎の転校生という話題性もあったのかどうかは定かではない。しかしものの見事に休み時間の殆ど、冷泉瑠華の席の周辺は興味深々な女子達の群れで埋め尽くされていた。


「冷泉さん、前はどこに住んでたの?」

「瑠華って名前、珍しいよね! 別の地方から来たの?」

「家はどの辺りにあるの? よかったら遊びに行ってもいい?」


 などなど、この手の転校生あるあるな質問が矢継ぎ早に交わされている。


 近隣のクラスからも野次馬が殺到していたようで、当の本人も「あ、ええと……」と困惑を隠しきれていない様子だった。同性同士という理由もあるのだろうが、あそこまで初対面の相手に遠慮無く質問を投げかけられる行動力は見習うべきなんだろうか……


 そんな考察はさておき、問題とすべきだったのは、"たまたま"空いていた彼女の席が俺のお隣りだったという事だ。


 確かに転校生の座る席と言えば窓側奥の隅っこと相場が決まっていたのだが、隣の席の騒がしさは既に本日3回目の休み時間を迎えてもなお、加速の一途を辿っている。


 こんな騒音と喧騒に包まれた状況でまともに休めるはずが無い。思わず、『休み時間』という名称の変更を求めたくなった。僅か10分程度のインターバルでは仮眠も取れないだろうが、それでも俺にとっては貴重な休息の時だったのも事実だ。


 それが今となっては、授業中よりも更に疲弊している始末である。




「今日ほど、お前の存在が羨ましいと思った事はないぞ、榊原」

「冷泉さん、美人だよな……彼氏とかいるのかな?」

「知るわけがないだろ……」


 机上で突っ伏した姿勢のまま、俺は適当に返事した。


 こちらはこちらで遠巻きに冷泉瑠華の顔を拝見しようと、間近な俺の席を訪れた男子二人に絡まれていた。羨ましいと言われても、隣の席というだけで一体何が起こるというんだ。


 気が付けば、クラスの男子達のほぼ全員が彼女の席へと興味津々な視線を向けている。こんな映画館かライブ会場の最前列みたいな席で良ければ喜んで譲ってやりたかったが、転校生を取り巻いている女子達の群れをなぎ払って突撃するような勇者は存在しないらしい。




「――そりゃあ、彼氏ぐらい居るんじゃないか? ま、その辺の事実確認は任せたぞ『親友』」


 前の席から合わせるように会話に加わってきた龍二は、興味があるのかまたは照れ隠しなのか分かり難いリアクションで二人の疑問に答えた。三年前の出来事から察するに、やはりこの手の話題に興味深々なのだろうと読み取れた。


 それ以上に聞き逃せない言葉が耳に入ったのだが。


「龍二、彼氏がいると思うのなら素直に諦めとけ。それとな、俺はいつから探偵になったんだ?」


 親友の意味深な発言について問いただしつつも、俺は諭すように早期撤退を勧めた。仮に冷泉瑠華に彼氏がいなかったとして、三年前の告白の二の舞は勘弁願いたかったからだ。


「可能性を追求しないまま諦めるのは、俺の信条に反する。バスケでも、ブザービーターまでひたすらあがこうとするだろ? んで、後半の質問はお前が普段言ってる"たまたま"の延長とでも思ってくれ」

「人の言葉を都合良く解釈するな。あともう一つ、その確認とやらが終わったらどうするんだ」


 これはまずい……明らかに流れだ。こいつらは難題を押し付けようとしている、俺は焦りを感じた。


「当然」

「事と次第によっては」

「協力してもらおうか」


 三者のタイミングが揃った連携プレーの如き返答が返ってきた。バレーボールで言えばパス・トス・アタックといった感じ。一人だけ別の競技者も混じっていたが、もはやそんなことはどっちでも良かった。



 

 協力するという事は、ますます俺の休み時間が奪われるという事を意味している。その時点で既にやる気を削がれるというものだが、それ以前の話として、俺は自分の意思に反した何かを要求される事が、正直言って好きじゃなかった。


 ただの転校生ならここまで騒ぎになることもなかっただろう。冷泉瑠華は明らかに"美人"の類に含まれる女性だった。


 顔立ちは綺麗に整っていて、手入れの届いた長い黒髪は真っ直ぐ腰の辺りまで垂れていた。瞳の形はやや鋭く力強さを感じさせる、可愛いさ以上の恰好良さが伝わってきた。


 しかし……


 何しろ今日の俺は、つい今朝方まで幼馴染との関係について思案していたばかりだったのだ。それが急に話題の転校生のお尻を追いかけるような真似をするというのは節操が無いというか、自分が許せない。


 そんな自問自答を繰り広げていた俺にはとてもじゃないが、転校初日の殆どを隣の席で過ごしていた冷泉瑠華に声を掛けられる余裕も勇気も持つことは出来なかった。


「それで、冷泉さんの事調べてくれって頼まれちゃったんだ」

「そうなんだよ。正直言って、やる気は全然無いんだけどな」

「あ、そうなんだ」


 事情を聞いた結衣は特に意外そうでもなく、俺の無気力な姿勢を察してくれたようだった。こういう時に、幼馴染に対する安堵感を感じる。


「俺は何かに追われるような事が好きじゃないんだ。知ってるだろ?」

「修ちゃん、昔から学校の課題とか苦手だったもんねー」

「課題はまだいいさ、一応取り組めばゴールが待ってるんだ。だけど今回の件は、その後のフォローまでしないといけないらしい」


「でもね、うーん……」

 結衣はどこか言葉を選んでいる様子だった。普段なら俺の味方をしてくれると思われる彼女にしては、意外な反応を見せていると。


「でも人生って、ゴールが見えないからこそ楽しかったりするんじゃないかな」

「転校生の交友関係を調べる事と人生を結び付けてどうする」

「だって、私もちょっと気になるんだもん……」

「そうなのか?  だったら、お前がやってみればいい」


 結衣のような純粋無垢なタイプは、意外と冷泉みたいな硬い雰囲気の女性と打ち解けられるのではないかと想像した。


「私は探偵じゃなくてその助手だから、修ちゃんがやらないと駄目なのです」


 残念ながら彼女が担当を希望したのは、ホームズではなくワトソンの方だったらしい。もっとも俺が映画やドラマで観た限りでは破天荒な性格の名探偵を助手が引っ張っていたようなので、想像したのはおそらく別の推理小説なのだろう。そもそも俺は探偵では無く、一般人としてひっそりとしていたかった。


「修ちゃん、冷泉さんだって転校生なんだから色々フォローできる人が必要だと思うよ」


 俺の心境を察したのか、結衣は少々たしなめるような口調だった。


「そうか? 俺が何かをしてあげなくても、彼女なら問題無さそうだが」


 これは本心だった。幸いにして冷泉瑠華に対するクラスメート達の反応は上々だったと思われる、下手にフォローしようとしても他の誰かから抜け駆けだの言われるに違いないだろう。


「人は見かけによらないって言うし……ね?」


 残念ながら幼馴染への相談も無に帰ってしまったことで、はあ……わかったよと俺は二回目のため息を零した。




「ただいまっと」


 そんな憂鬱になるやり取りを終えた俺は、ようやく我が家へと帰宅した。学校から徒歩圏内にある我が家は、古めかしい雰囲気の漂う一戸建てだ。


 折角の二階建てなのだが、今は使う人間が俺しか居ないため、あまり手入れが行き届いていない。昼間の件のせいか、帰ってきて早々に眠くなってきたものの、とりあえず何か食べよう……と夕食の調理に取り掛かる。


 両親は海外へ出張中で、兄弟は居ない。実家住まいながらも一人暮らしのような生活を送っている。結衣や龍二から大丈夫か、大変じゃないかと心配される事もしばしば。


 だが、俺とっては大した問題じゃなかった。両親との関係が悪いとか、そういう事ではない。出張先からの仕送りは充分貰ってるし、時折向こうから電話や便りも届く。


 なにより、いつかは一人暮らしをする時が来るんだ。それが周りの人間より一足早く訪れただけの事。そうやって強がりもなく、割り切って今の生活を続けている。まあ……たまには誰かが作った晩ご飯を食べてみたくもあるが。


 すっかりこなれた手つきで野菜炒めを調理していきながら、俺は帰り道での結衣とのやり取りを思い出していた。


 それにしても、結衣が冷泉さんの事であそこまで後押ししてくれるとは意外だったな……本当に俺に対して好意があるのなら、そんな事はしないと思うんだが。やはり龍二が勘違いして、それに俺も乗せられていただけなのか。


「人は見かけによらないって言うし……ね?」


 人は見かけによらないか……結衣、それは純粋に冷泉瑠華の事を心配しての発言だったのか? あるいは、中々本心を見せようとしない、自分自身の事を示唆していたのか。


 探偵業は、早くも難事件に遭遇してしまった気がした。



          ★


「………………ここが、榊原修の自宅」


 冷泉瑠華わたしは、帰宅して間もないだろう柳原修の自宅の付近にたたずんでいた。


 転校初日ともあってか周囲には人だかりが途絶えることがなく、の住所を調べ上げるにはいささか注目を浴び過ぎてしまった。だからとりあえず部活動に所属しておらず、早々に帰宅し始めた生徒から取り掛かることにした。


 ただ、それが隣の席の男の子だったのは少し意外だった。


 私から挨拶しなかったのも悪いけど、それ以前に彼はずっと物思いにふけっている様子だったし、私もクラスメート達からの質問責めに上手く対処するので精一杯だったこともあってか、結局彼とは一言も会話をすることが無く転校初日を終えた。


 それからは、決して存在が見つからないようにと慎重に後をつけていた。


 途中からクラスメートの女の子、確か青山結衣という名前だった。彼女と合流していたようだったけど、二人は付き合っているのだろうか……? などと不必要な想像をしてしまった自分を恥じた。


「……まずは、情報を集めないと」

 少なくとも、今日から一週間は用心する必要がある。


 ――戦いの口火を切る者

 ――それに便乗する者

 ――どちらでもなく、事態を静観する者


 周りは、いずれかの動きを始めて来るはず。だから今は、とにかく情報を集めるべきなのだ。そのために、身近な危険要素は取り除いておく必要がある。長居していても怪しまれるわね――そう考えた私は、この場を離れることに決めた。


「それじゃ、学校では話せなかったけど、よろしくね? 出来れば、あなたが盤外の存在である事を祈っているわ」

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