或いは蟹でいっぱいの島

沢田チヨ

第1話 不安全靴



僕は浜辺でぐしゃりと軽い音を立ててひどく赤い蟹を潰した。

蟹は潰れると蛍光イエローのべたついた汁を流す。

僕のスニーカーの底は黄色く変色している。

何故なら日がな一日蟹を潰しているからだ。



僕は一人で島に住んでいる。

ヤラセでもなんでもない。いつの間にかここに連れてこられた。

京王線に乗ってうとうとしていたのになんなんだろうな。



夜になると孤島の周りには黒く渦巻き、

昼になるとターコイズブルーの優しい流れにかわっていく。


孤島はたくさんの木に覆われていていつも緑がキラキラ輝き果物にも水にも困らない。

何故か僕は僕がこの状況にあっという間に適応してしまったのか不思議だ。

iPhoneのバッテリーが切れた時だけ地獄の黙示録気分だったが。



きっと蟹は昼のうちに白い浜辺の巣穴に帰りたいんだ。

返してなるものか。

僕だって何かを思い出したら帰りたくなるに決まってる。

そして僕は卵を抱いた目の6つある蟹をゆっくりと潰した。


何故蟹を一日中潰してるのかわからないんだけどさ。

それが 任務のような気がしてるんだ。


そう、僕のスニーカーの話をしていたんだった。真っ赤で先端に鉄が入っている。先に話した通り靴底は蟹汁で眩しいくらい黄色く、数字の7の文字が刻印されている。意味はわからない。


元々はいてた黒いコンバースはどこにいったんだろう?

そんなの履いてたっけ?それすらわからない。


僕は幾つなんだろう?記憶がないんだ。

鏡もないから顔もわからない。

多分14歳くらいだろう。

作業着のようなものを着せられてるがポケットに学ランのボタンが入ってたからだ。


海辺にはイグアナがごろごろしている。

体を温めているようだ。腹の中の海藻の消化をしてるらしい。

喰えるのかわからないがナイフなんて気の利いたものは持ってない。

臭いからなあ。喰う気にならん。


僕は本を一冊持っている。

ちぎれた広辞苑だ。「ていと」というページから始まっている。

なん度も繰り返し読んでいるが知識を入れても僕は蟹を潰すだけの人だ。


僕は僕に名前をつけた。テイトだ。

このしみったれた帝都の王だ。お似合いだろ?

寝る前にちょうどいい細い棒で靴の底に詰まった蟹の殻をほじくる。

7の文字がはっきりする。

なんの数字なんだろう?


晩飯は拾ってきたクラゲと海藻、あけびをすこしとブラックベリーだ。

クラゲは捕まえてから圧縮するとスゲエ美味しくなるんだ。

多分お父さんと上海に行ったときに食べたんだと思う。

お父さん?お母さん?僕はここだよ。


蟹は何故か食べる気しない。

こいつもイグアナ同様、臭いんだ。


ある日僕は突然死んだ。

僕はせっせと蟹を潰していたら空が突然暗くなった。

日蝕ではないはずなのにと見上げえたら楕円形の黄色い巨大な何かが見えた。

毎晩ほじくってるあれだ、巨大な靴底だ。

靴底には大きな8の刻印。


なるほどな。合点がいった。

もうひと回り大きな世界があるんだ。


僕は蟹じゃないと叫んだがゆっくりと潰されていくのを感じた。

走馬灯の中でぼくはみた。

かあさんの匂いのする卵でぐっすり眠った日々を。

8の人は9の人に踏まれちまうんだろ。

僕みたいに。


僕は黄色い体液を吹き出しながら死んだ。


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或いは蟹でいっぱいの島 沢田チヨ @chiyosawada

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