巡りゆく季節の中で

 隼人はやとがアメリカに向かってから二年が経つと、恋愛物のドラマを見ることが出来なくなってしまった。ドラマを観るとつい、隼人のことを考えてしまう。思い出してしまうと直接会ってあの温もりに触れたくなる。そして隼人がすぐ会える距離にいないことを思い出して辛くなってしまうの。



 春は桜並木を一緒に歩いて花見をしたい。いつか行こうねって約束したまま、あなたは旅立ってしまったけれど。旅立つ前に見れたのは、最寄り駅近くの公園に咲く桜の木だけ。桜並木とは程遠い風景だけど、舞い落ちる桜の花びらをベンチに座って眺めたっけ。


 宙を舞う花びらを掴もうと手を伸ばすけど、なんでか桜はことごとく私たちの手をすり抜けてしまって。結局一枚も掴めないまま休日が終わってしまったんだ。帰宅してから、上着のフードに桜の花びらが一枚入ってることに気付いた。見つけた時は大切に瓶の中に入れていたけれど、いつの間にか桜色は茶色に変化していた。


「桜の花びらって、雨みたいだよね」

「どこが?」

「上から降ってくるから。ピンク色の、綺麗な雨に見える。見えない?」

「それを言ったら落ち葉も雨みたいってことになるわよ?」

「うん。俺の目には紅葉が舞うところも、雨に見える」


 公園の下で話した隼人は不思議な価値観を持っていた。風に吹かれて落ちていく桜や枯れ葉が雨に見えるなんて。例え話だってわかるんだけど、どうにも腑に落ちなかった。あれから二年の月日が流れても、私の目にはやっぱり桜の花びらは花びらでしかなくて、雨のようには思えない。


 仕事帰りに、隼人と最後の思い出を作った公園を一人で訪れてみた。風に乗って気持ちよさそうに空を舞い踊る桜達。そのひとひらを掴もうと、手を伸ばす。今年も桜の花びらは、私の両手を華麗にすり抜けて地面に落ちていった。足元を見れば桜の花びらで出来たピンク色の絨毯が広がっている。思わず写真に撮って、隼人に送り付けてみた。



 夏になったら花火大会に行こう。一緒に花火を見て、ついでに祭りを楽しもう。そう話していたけれど、この願いは叶えられなかった。隼人との夏の思い出は無に等しい。出会ったのは冬、一月だった。旅立ったのは、出会ってから一年も経たない六月だった。思い出が少ないからか、夏が来るのが嫌になった。


 夏に電車に乗ると必ずと言っていいほど見かける花火大会の広告。職場の近くでは、花火大会の日になると浴衣や甚平を着たカップルがたくさんやってくる。幸せそうな恋人達の年齢は様々で、隼人がいたら私もそこにいたのかと考えてしまう。


 茹だってしまいそうな暑さの中、クーラーの効いた部屋に閉じこもってテレビを付けるんだ。花火大会や夏祭り、海にプール。どの特集も私の目にはやけに眩しくて、遠く手の届かない存在に思える。夏の大気よりも熱い恋人達の熱気にあてられてしまいそうで。


 結局今年の夏は、ほぼ家の中にいた。唯一出かけたのは好きなアーティストのコンサートくらい。久々に出た外は予想以上に暑くて、グッズ列に並ぶだけで倒れてしまいそうになった。終いには暑さに負けてグッズを諦め、涼しい喫茶店の中で時間を潰したな。





 秋になると、様々なお店で仮装グッズが並び始める。ハロウィンに向けてなんだろうな。一人で仮装するのは恥ずかしいけれど、隼人と一緒なら楽しいのかな。いつか二人でハロウィンの日に仮装して都内の大通りを歩きたい。そんなことを言ったらあなたは、どんな反応をするんだろう。


 そういえば秋は隼人の誕生日がある季節。そして私の誕生日がある季節でもある。私は九月生まれ、隼人は十月生まれ。誕生日についてあまり話した記憶はない。だけど隼人は私の誕生日を忘れずにいてくれて、わざわざ日本時間で、私の誕生日の午前零時に合わせてボイスメッセージを送ってくる。


「お誕生日おめでとう、美穂みほ。生まれた君に、そして美穂を生んでくださったご両親にとって、素敵な一年になりますように。本当は直接話して祝いたいとこだけど……ごめんね。プレゼント、今日の午後に届くように送ったから、楽しみにしててね」


 隼人は今年も律義にボイスメッセージを送ってきた。朝起きてメッセージアプリを起動して、その声を聞く。誕生日を忘れられてないことに安堵して、来年は忘れられてしまうかもと不安になって。今まで一度も互いの誕生日を直接的祝えていないから、それがちょっとだけ悲しい。


 いつか本当に隼人が帰ってきて、今までみたいに会えるようになったら。その時は他のどんなイベントよりも先に互いの誕生日を祝いたい。せっかくの誕生日なのに二人してその時期の思い出がないなんて、なんか虚しくなるじゃない。恋人同士なのかなって不安にもなるじゃない。



 冬はクリスマス、元旦、バレンタイン、ホワイトデー、色んなイベントが盛り沢山。だけど実はそのどのイベントも一緒に過ごせていない。出会った時にはクリスマスも元旦も終わっていた。バレンタインの時期は今程親密な関係じゃなくて、ホワイトデーはバレンタインをしていないからあるはずがなくて。


 外は寒いくせに、電車の中は人が多いせいか暖房のせいかやけに暑い。吊り革に掴まって揺られていると、夏と同じように広告が目に入るんだ。広告のほとんどがイルミネーションの宣伝で、「大切な人と過ごす素敵なクリスマス」を訴えている。


 仕事帰りに二人で遠出してイルミネーションを見に行くのは楽しそうだな。クリスマス限定のイベントをやってるところも多いから、そういう所に二人で行けたら最高だろうな。隼人が仕事を休めたら、になるけれど。そもそも、日本に帰ってこなきゃ思い出も何も作れないんだ。


 ドラマでよく見るような甘い展開にはならないかもしれない。でも冬といえばやっぱりクリスマス。こっそりクリスマスプレゼント用意したり、クリスマスツリーの下で写真を撮ったり。そんな恋人らしいことを、帰ってきたらたくさんしたい。



 帰り道、冬の夜空を見上げて恋人の帰還を願う。隼人は絶対に帰ってくるって、今なら断言出来る気がした。どんなイベントも、最初に相手として浮かぶのは隼人なんだ。三年目の四季は、隼人のことばかりを考えて過ごした。やっぱり私には、あなたを忘れることなんて出来ないんだ。

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