再認識

 隼人はやとがアメリカに旅立って一年が経過する頃になると、少しずつ自分から外へ出るようになった。最初は愛未まなみに連れられて渋々と、今は自分から望んで、休日に外に出ている。


 メッセージアプリの履歴にはチャットばかりが並ぶ。チャット一覧のページの一番上には、すっかり見慣れた青空と雲の風景写真のアイコンが。その下には、初期設定のまま変えられてないアイコンが一つ。風景写真の方が隼人のアイコンで、初期設定のままの方が愛未のアイコン。


 隼人とは毎日、「おはよう」と「おやすみ」の挨拶を送り続けている。時折互いの近況報告のために写真を送ることもあるけれど、今では電話をすることはなくなってしまった。留守電を聞いても虚しくなるし、ボイスメッセージを聞くと寂しさが増すだけだから。


 愛未とは休日になるとメッセージを送るようになった。というか、私が送らなくても育児の合間にちょくちょくメッセージを送ってくる。ご丁寧に子供の写真まで添えて。悪気がないのはわかるけれど、子供の写真を見ると少し胸が苦しくなる。


 同級生の中には愛未みたいに結婚してる人も、子供がいる人もいる。それ自体は珍しいことでもない。でも二十代後半――アラサーなんて呼ばれる年齢にもなれば、まだ結婚すら出来ない現状に焦りが出てくる。


 恋人はいる。だけどその恋人はアメリカに出張したまま帰ってこない。いつ帰ってくるかもわからないし、待ってる間にも互いに年をとっていく。いっそ私から告白してアメリカまでついていけばよかったのかな。一年も隼人に会わなくなると、今更ながら自分のした選択を後悔してしまう。


 この寂しさを翼の生えた鳥に変えて、大空に飛ばしてしまいたい。羽ばたいた先にいる隼人に、今のこの複雑な想いを全てぶつけてしまいたい。そんなことして嫌われたくないから、結局我慢することになるのだけど。いっそ鳥になれたなら、社会という柵から離れられたなら。そしたら今すぐにでもアメリカまで行けるのに。


「別の人に恋でも出来たら、きっと違うんだろうなぁ」


 思わず心の声が口から零れた。あの胸の高鳴りは、体が宙に浮いてるような不思議な感覚は、隼人以外の人には感じない。出会いのチャンスだってあったし、会社の同僚に誘われて合コンに参加したこともある。だけどやっぱり、隼人ほどかれる人には出会えないんだ。


 どんな異性に出会っても、隼人と比べてしまうの。隼人ならこうだった、隼人ならこんなことをした、隼人ならそんなことをしない。違うところを一つ見つける度に隼人への思いを再認識して、目の前にいる人が隼人でないことに悲しくなる。


「待てなかったら、俺のことは忘れていいよ」


 隼人はそう言っていたけれど、やっぱり私は裏切れなかった。待つと決めたのは私だから、どんなに寂しくても隼人以外の人は考えられないから。忘れられるはずないんだよ。どんなに待ってでも、隼人と一緒にこれからの未来を歩んでいきたいんだよ。





「合コンに参加させられて彼氏のこと思い出すって、バカでしょ」


 居酒屋で愛未に現状を相談したら、第一声がそれだった。愛未は愛未で育児に追われる生活に癒しが欲しいらしくて、今では二ヶ月に一度はこうして居酒屋で会うことになっていた。


「そもそもなんで参加したのよ」

「人数合わせのため。なんか、女性側で一人欠員が出たんだって。『彼氏持ちで悪いけど今日だけだから』なんて言われたら断れないでしょ?」

「会社ってそんな感じなんだ」

「いや、会社や働いてる人によって違うと思うよ? あくまで私の周りがそんな感じってだけだから」


 愛未は社会経験がない。大学卒業と同時にすぐに専業主婦になってしまったから。共働きじゃないのにお金に困らないって言うんだから、相当いいところに嫁いだんだろうなぁ。他人事みたいだけど、実際他人事だし。


 こっちだって、付き合いがなかったら合コンなんて行かないわよ。参加しても辛くなるだけだもの。隼人がそばにいないことを今まで以上に実感するだけだもの。かといって変に断れば人間関係が悪化してしまう。そういうものなのよ、社会って。愛未にはわからないだろうけれど。


「もういっそ、大人しく待ってればいいじゃん」

「それが出来たら苦労しないわよ」

「美穂のことだし、どうせ変なことでも考えてるんじゃない? たしかに歴代の彼氏との別れ方を見てると何も言えないんだけど」


 痛いところを突いてくる。離れてるから、心配にもなる。これが国内だったら多少無理してでも半年に一度くらい会えるんだろうけど、国外だから問題。変な外国人にたぶらかされてないかなとか、隠れて浮気してないかなとか、私のこと忘れてるんじゃないかとか。あることないこと色々と考えてしまう。


 一番最近の元カレは、私に隠れて浮気相手を妊娠させていたっけ。結局あのあと、散々逃げ回った挙句泣く泣く責任を取るために結婚したらしい。人伝に聞いたから定かではないけれど。


「じゃあ逆に愛未はどうなの? 旦那さんが海外に行っていつ帰ってくるかわからなくなったらどう?」

「私は信じてるから、そんなに心配しない。もし裏切ってたら……離婚して慰謝料たっぷり取るって決めてるもん」

「そういう問題じゃないんだけど」


 サラっとすごい単語が出てきた気がする。きっと愛未はなんだかんだ言って旦那さんのことを尻に敷いてるんだろうな。私にはそんなこと、思えないよ。


「いっそ割り切るか信じきるかしたら?」

「だからそれが問題なんだって!」

「思い出すのは仕方ないでしょ。じゃあもう信じて、辛くても耐えるしかないじゃん。話し聞く限りだと、隼人さんも裏切るように思えないし」

「そう?」

「というか答えはもう、美穂の中で出してるんでしょ?」


 幼馴染はいつだって、どこかズレてるくせにこういうところだけ鋭い。愛未に気持ちを悟られないように、グラスに残っていた酒を飲み干す。一気に飲んだアルコールは、私の胃でその存在を主張する。アルコールのせいだと言い訳をして、涙目で頷くことで愛未の質問に答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る