突撃訪問

 愛未まなみは幼馴染でありながら、大学卒業と同時に結婚した専業主婦。おまけに今じゃ一児の母までしていて、私とは真逆な存在。子育てで忙しいんだろうなと思って疎遠にしてたら怒られてしまったのは、隼人はやとと付き合う直前の話。


 そういえば隼人とテーマパークに行くって話してからそれっきりだったな。愛未に報告することを忘れてしまうくらい、隼人に夢中だった。隼人が海外出張に行ってしまってからは抜け殻のようになってて、隼人以外では仕事を除いて連絡しようとすら思わなかったんだ。


 なんて返信しよう。既読を付けないまま返事の内容を思案する。何から報告すればいいんだろう。海外出張から帰るのを待ってる、なんて言ったらどう思われるんだろう。返事に迷っている間にポップアップが更新される。


「というか今、近くにいるんだよね。今日は日曜だし家にいるでしょ? 今からそっちに行っていい?」

「というかごめん、今エントランスまで来たわ。インターホン鳴らすから入れてくれない? 急な訪問で悪いけど、手土産持ってきたから許して」


 絵文字を使った華やかな文面は今の私の心境とは対照的。休日は基本的に家にこもっている、というところも見破られてしまっている。断ろうと思えば断れたけど、今の私には断る気力すらない。


 二件立て続けにチャットが来たかと思うとインターホンが鳴った。私のマンションはエントランスで鍵を使うか住民に頼むかして自動扉を開けてもらわないと、中には入れない。それを知った上でこんな突然訪ねてくるのは愛未くらいだろうけど。


 急いで溜めていた三件のチャットに既読をつけ、インターホンを使って自動扉を開ける。そこから愛未が部屋を訪問するまで五分とかからなかった。来てもらった以上追い払うわけにもいかなくて、そのままリビングに案内して椅子に座らせる。


「……部屋、綺麗だね」

「そう?」

「うん。毎日掃除してるって感じ。ついでに私服がほとんど出てない。美穂ってこんな綺麗好きだったっけ? 掃除するタイプだったっけ?」


 愛未は私の部屋をサッと見回しただけで異変に気付いた。無理もない、か。愛未と遊んでた頃は掃除なんてそっちのけだったし、どんなに片付けても服が散らかってたもの。社会人になってからもこんなに片付けたことなんてなかった。


 幼馴染というだけあって、付き合いは長い。互いの家を何度も行き来したし、一緒に遠出をして遊んだこともある。そんな愛未だから、私の部屋の異変にすぐに気付いたんだろうな。ついでに、その原因ももう察しがついてるんだろう。突発的に行動するけど意外と鋭い子だから。


「何かあったんだね。しかも、前に言ってた好きな人関連で」


 ほら、やっぱりね。私の目をしっかりと捉えた愛未は、会って一分も経たない間に私の悩みを当ててしまう。幼馴染の目は誤魔化せない。それを知った上で私は今日、愛未を部屋に入れたんだ。何かが変わるきっかけになればいいなと思って。





 私からの連絡が無いまま約一年が過ぎた。それを妙に思ったから、わざわざ子供を旦那さんに預けて突撃訪問したらしい。嫌な予感がして、「生存確認をしなきゃ」なんて思ったんだとか。ご丁寧に手土産として手作りクッキーまで貰ってしまった。


 持ってきたクッキーは子供と一緒に作ったけど食べきれずに余ってしまったものらしい。だから変に気にする必要はないんだとか。そもそもそういう問題じゃなくて、突然来たことの方が問題なんだけどな。この子のこういうは結構な確率で当たるから、ね。


「あー、美穂みほが生きててよかったー。美穂、一人暮らしでしょ? 孤独死してて欲しくないなーって思ってて。心配過ぎて来ちゃった」

「『来ちゃった』じゃないよ。せめて連絡くらい――」

「その連絡を一年近くしなかったのはどこの誰だっけ? しかも会わない間にすっかりやつれちゃって。ちゃんとご飯食べてないんでしょ。全くもう!」


 孤独死なんて失礼な。確かにお世辞にも元気な生活ってわけじゃないけど、でもちゃんと生きてる。それに私が死んだらまず会社の人が異変に気付くし、そしたらちゃんと両親に連絡がいくって。そうなれば両親から愛未にも連絡がいくから大丈夫だよ。


 でも、愛未の言葉に何も言い返すことが出来ないんだ。確かに隼人に夢中になって連絡すること忘れてたのは事実。隼人がいなくなってからは、仕事に没頭して連絡することを忘れてたけど。


 私、そんなにやつれてるかな。確かに食事はどこか事務的になってきてるし、食べる量も以前より減った。だけど倒れないように必要最低限食べて、あとはサプリメントと栄養ドリンクで持ちこたえてる。


「美穂の幼馴染、何年やってると思ってんの? 何かあったのはわかるよ。連絡がなかったことと、この部屋の様子を見ればなんとなく、ね。だから私が今日、ここに来たってわけ」


 愛未のドヤ顔が少しイラッとしたけど、それ以上に嬉しかった。仕事以外で人と話すの、いつ以来だろ。きっと、隼人がいなくなって以来だ。プライベートで人と話すのが久々すぎて何を話せばいいのかわからない。


「クッキー食べながらでいいからさ、美穂の話聞かせてよ。名前忘れちゃったけど、そのなんとかって人とどうなったのか。で、泣きたいなら泣きな。どうせうちしか見てないんだからさ」


 来客のはずなのに、私の代わりにポットでお湯を沸かしてくれる。どこに置いたかも教えていないのに勝手にティーパックまで用意してる。ちゃんと台所の引き出しに始末ておいたんだけどな。というか、ここまでくると逆に……。


「え、愛未ってストーカーとかそういう感じ?」

「はい?」

「だって、私の家なのにどこに何があるのか知ってるって……」

「ポットの使い方なんて聞かなくてもわかるってば。専業主婦なめんな! あと、このティーパックは持参品! 美穂のことだからどうせ何も無いだろうなと思って」

「ひどい。いくら私でもティーパックくらいは置いてあるわよ」


 湯気の立つ紅茶が二人分、ティーカップに入れられた。湯気の立つ琥珀色の液体は何故かいい香りがする。紅茶の香りのはずなのに、隼人の匂いに近いように感じた。どこか懐かしいこの甘い匂いは、バニラの香りらしい。紅茶の説明を聞いて初めて、隼人の甘い香りがバニラの匂いなんだと知った。

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