第19話 ハッカ飴

右手を痛めた弥琴みこは、優しいおばあさんに手をひかれてベンチに座らせられた。


京子きょうこさん、大丈夫?そういえば湿布持ってきちょったけぇ、それ貼りいや。」


そう言っておばあさんはバッグまで湿布を取りに行った。

周りでは、心配そうに見つめながらゲームを続けるおじいさんおばあさん。

弥琴みこは、悔しさと恥ずかしさでいっぱいだった。


「くっそう。ちょっと失敗しただけでこの痛みって。年寄りの体ってどんだけ弱いんだよ。あぁ!痛い・・・折れたかもしれない。」


京子きょうこさん、湿布持ってきたよ。ほら。」


さっきのおばあさんがヨタヨタと湿布を貼ってくれた。


「最近、練習来ちょらんかったから腕が鈍ったんやないねぇ?」


「いや、ゲートボールやったことないから。」


「何言っちょるん?私たちのチームの中で京子きょうこさんが一番上手なんやけぇ、しっかりしてもらわんと!」


また入れ歯をしっかりと見せて大笑いしているおばあさんに弥琴みこは、腕の痛みが和らいだ気がした。



「あんた何て名前?」


「名前って?」


「だからあんたの名前。」


「どうしたん?私の名前を忘れるなんて。冬美ふゆみよ、浦安うらやす冬美ふゆみ!もう痴呆が始まっちょるんか?わはは!」


冬美ふゆみが笑いながら弥琴みこの足をポンポンと叩いたので膝と腕の痛みに響いた。






弥琴みこ冬美ふゆみを除いてもゲームの人数は足りているようで、そのまま続けられた。

弥琴みこはベンチに座りながら冬美ふゆみの一方的なおしゃべりにずっと付き合っていた。



「あそこの病院、薬を配達してくれるけぇ便利やねぇ。京子きょうこさんもそこの病院行ってみいや。すぐ近くやけぇ。」



『私が通院するわけないだろ。本当はまだ高校生なんだから。』



「あ、そうじゃった。飴食べりぃ。ほら。」



冬美ふゆみが飴を取り出そうとしたので、もしかしたらババくさい手作りの飴でも出てくるのではと弥琴みこは焦った。

が、出てきたのは市販で売られている普通の飴だった。


「口が乾くけぇね。やっぱ飴はかかせんねぇ。」


そう言って弥琴みこに手渡された飴はなんとハッカ飴!!



「げぇ!ハッカ飴とか絶対舐めないし!」



「あれ?京子きょうこさん、ハッカ飴しか舐めんやったやろ?その飴おいしいけぇ。」



「いや、いい!」



弥琴みこは、それを冬美ふゆみにつき返そうとしたが、冬美ふゆみがおいしそうに飴を舐める横顔を見てるとよだれが口の中に溢れた。



『いや、絶対想像と違うから!この飴は絶対私が好きな味じゃないから!小さい頃一回食べて吐きそうになったじゃん。』



心の中でそう思っていたにも関わらず弥琴みこは飴の包み紙を破り口の中にほううりこんでいた。





口の中の体温で徐々に溶けていく飴。乾きを癒すように甘い汁とくせのあるハッカの匂いが充満してきた。

その味と匂いに弥琴みこは、驚いた!




「う、うまい!!!」



「そうじゃろ?この工場のハッカ飴おいしいんよねぇ。」



いや、そうではない!

ハッカ飴事態がおいしいと感じたのだ!



『なにこの懐かしい感じ!なんか泣けてくる!やばい!これってタピオカティー超えちゃってるかも!!!』



両手で頬を抑えながら、飴が溶けて消えていく幸せをかみしめていた。




『ジジババが飴を舐める意味がわかったかも・・・。』



京子きょうこの姿になってから何を食べてもおいしくなかった弥琴みこだったが、久しぶりに小さな飴一個に数週間ぶりの幸せを感じた。













コロコロと口の中で飴を転がすあいだにゲートボールも第一試合が終わったようだ。

弥琴みこは、ゲートボールに興味などなかったが3万円には非常に興味があった。



『こんな簡単なゲームで3万円だなんて、年寄りは金持ちだなあ。』




「ねぇ、これってさ、ルールってどうなってんの?」


京子きょうこさん、本当にどうしたん?」


ずっと笑っていた冬美ふゆみもさすがに笑顔が消えて弥琴みこの顔をマジマジと覗き込んだ。

それに気づいた弥琴みこはすぐに何でもないというそぶりを見せた。



「おかしな人やねぇ。」



冬美ふゆみはそう言うとバッグの中から2,3枚の紙を取り出して見せた。


「ほら、これにルール書いちょるけぇ読んで。私は次のゲームに参加してくるけぇね。」




冬美ふゆみがスティックを持って行ってしまったので弥琴みこはその紙をのぞいてみた。

そこにはゲートボールのルールが変な絵と一緒に書かれていた。



「なになに?ゲート通過させて・・・ああ、あのゴールね。最後にあの棒に当てればいいのかな?タッチ?なにタッチって?」


専門用語が並びすぎて普段、教科書すら目を通さない弥琴みこはすでにつまらなく感じた。


「ん?自分の玉入れるだけじゃだめなの?他人の玉も動かせる???ビリヤードみたいなもん?」



読み続けていってもきっと理解できないだろうと思い、弥琴みこはそこで読むのをやめた。




「あ、無理だわ。なんかやる事簡単なのにルールが難しすぎる。」




弥琴みこは、紙をベンチに投げ出した。

3万円が遠く感じた弥琴みこは、もう帰ろうかと思ったがゲームを楽しそうにしている冬美ふゆみの姿を見ているとちょっと面白かった。



『あのおばあさん、なんか桃夏ももかに似てるな。』



弥琴みこにとってはよくわからないゲートボールだが、それを真面目に楽しく時には真剣に考えながらプレイしている姿は癒されるものがあった。

年寄りになったことで何も楽しみがないと感じていた弥琴みこにそれはひどく新鮮に感じた。







「やあ!!じいちゃん、ばあちゃんやってるね!!」



突然大きな声が聞こえた。若い男の人の声だとはわかったが、あまりにも元気がいい声だったので弥琴みこは、びっくりしてその衝撃で少しベンチが揺れた。




「おお、竹内たけうちくん!仕事の休憩中かね?」


淳二じゅんじがその男の人の声に答えた。

その竹内たけうちくんと呼ばれた男の人はどうやら働いているようだが見た目は18歳くらいだった。

短髪で日に焼けたかのような薄茶色の髪の色。つり目だがどこか優しさのある瞳と元気な笑い方。まわりの年寄りの2倍はあるんじゃないかというくらい体格がよく、筋肉もあるようだった。耳についている3個のピアスが光っていた。




「そうなんすよ!ちょっと今日早めの休憩もらったんで、ゲートボールやってかなって思って来てみたんすよ!」


桜雅おうがくんもやって行くかね?」


別のおばあさんがまた声をかけた。


「そうしたいんすけど、まだ仕事あるんで。今度の試合には見に行かせてもらいます!ゲートボールみんなでするの楽しみで俺、仕事頑張ってるんで!」



「おう、そりゃええことやね。頑張りぃや!」



淳二じゅんじはところどころ歯がない笑顔で、その男に手を振った。



その男の人はどうやら竹内たけうち桜雅おうがという名前のようだ。

弥琴みこは、桜雅おうがの大きな声や大きな体格にも驚いたが、ゲートボールを年寄り以外も楽しんでいることに驚いた。

それよりもっと驚いたのは、桜雅おうが弥琴みこの方を見て遠くから手を振ってきたことだった。



京子きょうこさあああん!今日、寒いっすから体冷やさないように気を付けてくださいよぉ!」




何ともにこやかで爽やかな笑顔で腕をぶんぶんとふりながら弥琴みこに精いっぱいの挨拶をしてきた。




『なんで私だけにその挨拶!??』




弥琴みこはびっくりしたが、とりあえず小さく手を振って返した。

それを見た桜雅おうがは、満足そうにみんなに一礼して帰って行った。




『なんだったんだ、今のは・・・・。』













ただ座っていただけだったが、解散してからはどっと疲れがでてきた。




『やっと帰れる。』



京子きょうこさん、病院行かんでええ?すぐに行きぃや。」



「あ、うん。」



「今日、元気なかったけぇ、みんな心配しちょったんよ。いつも弥琴みこちゃんの事話して聞かせるのに今日はしゃべらんけぇ、こりゃ雨が降るんやないね?って言ってたんよ。わはは!」






え!?






そう言うと冬美ふゆみは先ほどゲートボールをしていた時よりも小さく腰をかがめて帰っていった。






「ババア、いったい私の何の話してたんだろ。どうせ、学校行かないだとかピアスの事だとかを愚痴ってるんだろうな。だから嫌なんだよ!」







一人で苛立ちながら弥琴みこは病院にも行かず近くのスーパーでハッカ飴を買って帰った。

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