第59話 師匠と見習い魔女

現在の王都や城は安全が確保できないと判断され、クリストフら子供たちは森の小屋へ戻ることになった。

 王太子は護衛の騎士を一人クリストフの元へ残し、自身は最寄りの大きな街の領主へ助けを求めに向かった。

 王太子が真っ先に国王の身柄を探したところ、謁見の間でその亡骸が発見されている。

 国王が死亡した時点で、王太子に王の位が移行する。

 だが新王の門出は、とても苦いものであった。


 王太子らを見送ったヒカリはというと、魔法陣が本当に停止しているのかを確かめるため、王都に残った。

 ヒカリに付き合って残ったオーレルは、あちらこちらに放置されている亡骸を、出来る限り一か所に集める作業をしている。

 集めたところでヒカリの魔法で焼き尽くすのだ。

 完全なボランティアだが、このまま放置していると疫病の元であるし、亡骸を燃やす許可も王太子に貰っている。

「他国の騎士の好意に甘えることになり、本当に申し訳ない」

王太子は何度も頭を下げていたが、人手が足りないのは仕方ないし、こんなことを子供たちにやらせるわけにもいかない。


 根を詰めて作業しても仕方ないので、ヒカリは休憩しようと城のテラスになっている場所から王都を見下ろしていた。

 ここはおそらく王族が国民に挨拶をするなどの用途に使われる場所なのだろう。

「この街、元に戻るかなぁ?」

『無理だね』

ヒカリの独り言に誰かが反応した。

 そしてその声に聞き覚えがあった。

「師匠!」

師匠ミリエーラがいつの間にか隣にいる。

 この師匠は神出鬼没な人なので、ここで会えたことにも今更驚きはしない。

 それにオーレルもミリエーラの幻影と話をしたと言っていたことだし。


「この姿も幻影?」

『ああ、私は魔の山を離れられないからね』

そう言ってミリエーラが肩を竦める。

「ねえ師匠、この街や近くの村なんかは、これからどうなるの?」

無人の廃村にゾンビだらけの王都。

 魔法陣が停止し、魔力の道の逆流は止まったが、ゾンビにされた住人は戻ってこない。

 この街は仮にも王都なのだから、他から住人が移って来ることもあり得るが、果たして問題なく暮らせるのか。

 このヒカリの疑問に、ミリエーラは首を横に振った。


『このあたりは、先百年程度は死の土地となる』

魔力が吸われる現象が止まったとしても、大地に魔力が戻るわけではないと、ミリエーラが語る。

『一度砂漠と化してしまった大地が、一晩雨が降り続いたところで肥沃な大地に戻るか? 風や鳥が植物の種を運び、それが芽吹き育って草木となり、さらにそれらが集まり森となって初めて、砂漠は肥沃な大地と変化したと言えよう。それと同じこと。歪んでしまった魔力の道の流れが元通りになるには、途方もない時間が必要だ』


「そっか……」

ゾンビにならなくなっただけで、魔力が上手く循環しない土地であることに変わりはない。

 状況としては、ミレーヌの故郷の村のような状態か。

「あ、だとしたらミレーヌさんの村は!?」

『あの土地はここから距離があり、まだゴーレム化の影響を受けておらぬ。恐らくは徐々に回復していくだろうさ』

どうやらあの村は魔法陣の効果の瀬戸際だったようだ。

 ヒカリは知り合いが助かると知って、少しだけホッとする。


 けれど一連の様々なことは、全てあの魔法陣のせいで起こったことだ。

「ねえ師匠、あの魔法陣ってなんのために造られたの?」

ヒカリの疑問に、ミリエーラは遠いものを見るような目をした。

『アレを造った奴は人嫌いでの。ゴーレム研究に没頭しておった』

その研究過程で、生きている人間をゴーレム化する方法を編み出してしまったらしい。

 ゾンビたちが河を越えて来た理由は、侵略目的ではなく、ゾンビを介してゴーレム化の魔法陣の範囲を広げるためのものだという。

 そしてミレーヌの故郷の村を襲ったゾンビ軍団の正体は、ゾンビ化させられた王都や近隣の村の人々だった。


 ――なんとなくそうかなと思っていたけど、実際にわかると気分が悪くなる話よね。

 けれど王都となると防衛のための軍を抱えているはずで、それを考えると村を襲ったゾンビは数が少ない。

 であれば、ユグルド国との国境とは反対側にもゾンビたちは進んでいたと考えるべきだろう。

 あちら側の領主が的確な判断が出来ていればいいが、魔物と気付くのが遅れ、かつ魔力枯渇で動けなくなっていればば、全滅もあり得る。

 道中見て来た廃村のように。


「大迷惑な研究をしてくれたもんだね」

プリプリ起こるヒカリに、ミリエーラが苦笑する。

『アレだけではない、当時は様々な奴が、様々な魔法実験を行っていた』

研究は競争化し、次第に生命の在り方を歪めるようになる。

 永遠の命を求め、大地に流れる魔力を無限のものとすら思っていたという。

『そのような驕った連中にも、やはり終わりがやって来る』

大地を流れる魔力の道が暴走してしまったのだ。

 散々摩耗させられた生命たちの反逆だったのかもしれないと、ミリエーラは言う。

 魔力の道の暴走で、魔力に頼って生きていた魔法使いたちは次々と死んでいく。

 命は永遠だとうそぶいていても、魔力あってのものだったのだ。


 それでもなんとか生き残った魔法使いたちは、魔力の道の暴走を止めようと、魔力を際限なく喰らう実験施設を全て封印した。

 その一つが、ここである。

「封印じゃなくて、壊そうと思わなかったの?」

『壊せば事態が悪化する危険があったのだよ』

安易な解決方法が、からずしも最善ではないとミリエーラが言う。

 安易に壊そうとしたヒカリとしては耳が痛い。

『封印は今でも守られ続けている。しかし長い時を経て、封印されている事実すら失われた場所もあるであろうな』

「まー、時間が経ちすぎるとそうなるかもね」

封印を守る守り人がその役目を忘れてしまうことを、ヒカリは責めることはできないと思う。

 むしろ王太子はよく儀式の存在を知っていたなと驚くところである。


 ――案外、危ないところが他にもあるかもね。

 ヒカリのそんな思考を読んだのか。

『魔法王国で最も栄え、最も魔法が盛んだった場所こそ、現在の魔の山だよ』

「え、あの山が魔法王国の首都だったの!?」

ミリエーラの驚きの発言に、ヒカリは目を見開く。

 なんでもあの山は、今でも魔法王国時代に歪められた魔力が漂っているという。

 その歪んだ魔力が外に漏れないように、ミリエーラは守り人として住んでいる。

「昔から、ずっと一人で?」

魔法が御伽噺になってしまうくらいだ。

 魔法王国というのが何百年どこか、何千年単位での昔であろうことは推測できる。

 そんな長い間、一人で山に暮らしていたミリエーラ。

『もう時がどれほど流れたか忘れた頃に、お前が迷い込んだのだよ。恐らく魔力の歪みが引き起こした事故だろう。ヒカリには申し訳ないことだ』

「そうだったんだ……」

ヒカリは今になって、自分が魔の山に迷い込んだ原因を知らされた。


 でも運が悪ければ、魔獣の群れの真っ只中に迷い込んで、異世界での人生即終了の可能性もあったのだ。

 しかしそうならずに師匠に保護され、今はそれなりに異世界生活を楽しんでいる。

 異世界に迷い込んだのは不幸なことだけれど、不幸の選択肢の中でも最良の道を掴んだのだと思いたい。

 家族や友人と会えなくなったのは悲しいけれど、こちらで新たな出会いだってあった。

 親のように見守ってくれた師匠に、なにを考えているのかいまいちわからないオーレルに、お隣に住むジェスら子供たち。

 皆、この世界にいるからこそ繋がれた人々だ。

「師匠、私今結構人生楽しいよ? だから昔のことは言いっこナシで!」」

ニカッと笑って見せたヒカリに、ミリエーラが驚いた顔をした後、薄く微笑んだ。


ヴァリエ国の王都と隣の領地に人が入れるようになると、その惨状が国の内外に知れ渡った。

 王都は死後かなり経っているであろう死体があふれており、近隣の村は無人の廃村。

 生存者は偶然街の外に出ていた子供七人のみという情報は、人々を混乱と恐怖に陥れることとなる。

 隣の領地も同様で、領主の住まう街から人が消え、無人の廃村になっている村三つという恐ろしい事実が明らかになった。


 原因は疫病かという噂が瞬く間に広がる中、領地視察で王都を離れていた王太子から声明文が出された。

 この惨状を引き起こしたのは、なんと古代魔法文明時代の負の遺産であるというのだ。

 これを聞いた各国の王のほとんどは、眉唾ものの話だと鼻で笑い、大きな内乱を隠すための方便だろうと断定する。

 だがヴァリエと同じく古代魔法文明時代の遺跡と言われる場所を所有している国は、至急調査内容を提出するよう指示を出したという。


 そのように世界の情勢が動く中、サリアの街の裏路地では。

「帰って来たぞー!」

ヒカリが元気よく吠えていた。

「ちょっと見ない間に、街の様子が変わったな」

一緒に裏路地まで来たオーレルも、街の様子に目を細める。

 非常事態として近隣の村からの避難者を受け入れたことで街に人が多くなり、結果経済が活発化した。いわゆる戦争特需という奴だ。

 溢れた人は放棄地区だった裏路地にも流れ着いたようで、出立した時より人が多い。

 けれど国境線の安全が確認されて安全宣言が出されれば、避難者も故郷に帰る。

 もうしばらくすれば、街は落ち着きを取り戻すことだろう。


 のんびり歩いていると、やがて「魔女の店」が見えて来た。

「ただいま我が家よ!」

通りの真ん中で両腕を広げて叫ぶヒカリに、オーレルが一歩下がる。

 この感動を分かち合おうという気はないらしい。

 ――付き合いが悪い!

 けれど露店を開いていた子供の一人が、ヒカリの姿に気付いた。

「あ、おねーちゃんだ!」

「本当に?」

「ほら、あれ!」

子供たちの声がざわざわとしていると思えば「魔女の店」のドアが開き、飛び出してきたのはジェスだった。

「ヒカリ、帰って来たのか!?」

ジェスの声をきっかけに、子供たちがわらわらと駆け寄って来る。

「うん、ただいま! お土産もあるよ!」

皆にブンブンと手を振るヒカリを、後ろからオーレルが優しい表情で見つめていた。

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魔女は真面目なお仕事です! 黒辺あゆみ @kurobe_ayumi

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