第55話 魔法陣の秘密

「デカすぎじゃない? 宝石だったら幾らになるのよ?」

ヒカリは己の覗き込む顔の写る石をまじまじと見る。

 濁りのない鮮やかな赤は、きっと価値が高いだろうと思わせる色だった。

「これが本物の宝石だとしたら、一生遊んで暮らしてもまだ金が余るだろうな」

ゾンビは放っておいて問題ないと判断したのか、オーレルもこちらにやって来て、同じように赤い石を覗き込む。

「これがきっと大事なものだと思うのよね」

そう言いながらヒカリは魔力の流れを調べようと、赤い石に杖を立てる。

 すると――

「うわっ!?」

 ――魔力濃っ!?

 ヒカリは驚きのあまり、思わず杖を手放して跳び退き、バランスを崩して尻餅をついた。


「どうした!?」

これにオーレルが庇うようにヒカリを引き寄せ、赤い石から離す。

「なにか仕掛けでもあったのか?」

「大丈夫、ちょっとびっくりしただけだし」

仕掛けではなく、ただヒカリが運動音痴なだけである。

 それにしても、この赤い石から伝わる、感じたことのない濃縮された魔力はなんだろうか。

 魔力の濃縮と石というキーワードで、思い浮かぶものが一つあるのだが。

「……これって、魔石? そんな馬鹿な」

ヒカリは信じられない思いで赤い石を見る。


 魔力は時折なんらかの原因で凝り固まる場合がある。

 そうして結晶化したものを魔石と呼び、魔道具に使うと師匠が言っていた。

 しかしそう簡単に手に入るものではなく、十年でようやく一ミリ程度の大きさの魔石が出来上がるかどうからしい。

 余談だが、サリアの街に来たばかりの時にヒカリが換金しようとしていたのが、魔石のペンダントだったりする。

 あれは魔力を使い果たして空っぽになった魔石の再利用品らしいが、それでも価値のあるものだと、師匠に言われていたのだ。

 つまり、魔石が大きくなるのは非常に時間がかかるということで。


「こんなにデカい魔石って、どうやってできるのよ?」

ヒカリは首を捻る。どう考えても千年では足りないだろう。

 独り言ちるヒカリに、オーレルが尋ねる。

「魔石とはなんだ?」

「魔石っていうのはその名の通り、魔力が固まった石だよ」

ヒカリは動揺を取り繕えないままに、震える声で魔石についての説明を一通りした。

 どう考えても驚異的としか言えない魔石を前に、二人でしばし沈黙していたのだが。

「なあヒカリ、これは素人考えなんだが」

「なによ」

声をかけられたヒカリが魔石から顔を上げると、オーレルは眉間に皺を寄せていた。


「氷が固まるように魔力も固まる。ただし水と違って魔力は多く集まらないから、大きな塊にならない。この考え方は合っているか?」

「まあ、だいたいそんなもんじゃない?」

ヒカリだって魔石の専門家ではないし、師匠から聞いただけ。

 しかしこの話を聞いて「鍾乳洞の柱みたいだな」と思ったものだ。

 あれも地下水に溶け込んだものが洞窟の壁からにじみ出て徐々に固まり、色々な形の柱が出来上がると聞いたことがある。


 ヒカリが師匠に聞いた時のことを思い返していると、オーレルがさらに続けた。

「ならば魔石の材料の魔力を大量に集め、無理に固めたらどうなるんだ?」

この言葉に、ヒカリはハッと目を見開く。

「ここに魔力というものが集まっているんだろう? では、その集めた大量の魔力はどこへ行った?」

「……確かに」

オーレルの指摘に、ヒカリは背筋が震えた。


 この地下遺跡に充満している濃霧のような魔力だけでは、魔力の道の上にある命という命全てから吸い上げられた魔力と釣り合わない。

 例え野に生える雑草でも、命に費やす魔力は膨大だ。

 だから魔力不足に陥ると、すぐに枯れてしまう。

 そして、この魔法陣は古代魔法文明の頃のものだろう。

 当時の人間が、吸い上げた魔力を溜めて置く仕掛けを作っていたとしたら。

「この魔石、ひょっとして吸い寄せた魔力でできているの!?」

ヒカリは自分で言った内容にゾッとする。

 それはすなわち、王都や近隣の村に住んでいたはずの人たちの命でできているということだ。

 もしかすると、この魔法陣が稼働していた古代の人々の命も含まれているかもしれない。

 そう思って改めて石に視線をやると、その鮮やかな赤がまるで血の色に見えて来た。


 ――気持ち悪い……。

 その感情はゾンビを見た時の気持ち悪さよりも、もっと魂の根源から湧き上がるような恐怖に似たなにかだった。

 だがそうとわかると、ますますこの魔法陣を止めなければならない。

「どうすれば止まるかな? 壊せばいいの?」

魔法陣の文様が刻まれた床を蹴りつけながら、ヒカリが言うと。

「壊して止まるのであれば、昔の人間がとっくに壊しているんじゃないか?」

オーレルが難しい顔でそう反論する。

 ――確かにそうかも。


「じゃあ、この魔石を外したらどうなるかな?」

魔法陣の真ん中に嵌っているくらいだから、魔法陣の要と見て間違いないだろう。

 思い付けば早速実行すべく、ヒカリは巨大魔石に手をかける。

 しかし、巨大魔石はビクともしない。

「ええい面倒臭い、一度壊してみればなんかわかる!」

ヒカリは自棄になって杖を振りかぶった。

 もしかしたら昔の人は、この魔法陣を壊すのがもったいなかっただけかもしれないではないか。


 ヒカリは広大なお化け屋敷と化した王都でのゾンビとの追いかけっこで、かなり神経をすり減らしていた。

 なので少々短気を起こしていたのである。

「おい、もっと慎重に……」

ヒカリを窘めようとするオーレルより、一足早く。

「≪裂けよ大地!≫」

ヒカリは魔石と魔法陣に、地割れの魔法を叩きつける。

 その瞬間魔法陣から眩い光が立ち上がり、ヒカリの意識は暗転した。

『この馬鹿弟子!』

ヒカリは意識を失う間際、師匠の声が聞こえた気がした。

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