第54話 リアルお化け屋敷

それからしばらくゾンビと追いかけっこをしてから、ようやく城へ到着した。

 守る者が誰もいない城門を抜ければ、中はがらんとしている。

「城の正門は国の顔ともいうべきもので、普通ならば大勢の者が行き来しているものなんだが」

無人の城の入り口を、オーレルが不気味そうに見渡す。

 城というのは王族の住まいという面以外に、役所の機能も備えている。

 役所が開いている時間に人が溢れているのは、確かに当然の光景だろう。


「その大勢いるはずの人たち、どこへ行っちゃったんだろうね?」

外へ出てしまったのか、はたまた城のどこかへ潜んでいるのか。

 ――怖いから、オーレルの前を歩くのは止めよう。

 脇の通路から突然ゾンビに飛び出されては、心臓が止まりそうだ。

 ヒカリはオーレルを盾にして身を隠しつつ、クリストフに描いてもらった地図を見る。

 地図はまるで迷路のようになっていた。

 日本でお城観光に行った際、敵に攻められた場合に時間稼ぎをするためだと、説明された気がする。


「えーと、地下の遺跡へ行くには……」

ヒカリは地図を辿る指を行ったり来たりさせ、時折オーレルに「反対だ」とツッコまれながら、目的の場所への道順をなんとか割り出す。

 どうやら地下遺跡は、地下牢の壁を壊してさらに降りた先にあるようだ。

「っていうかあの王子様、地下牢とか行っちゃったんだ」

地下遺跡を覗きに行くというのは、つまりそういうことになる。

「壁を取り壊したのなら、収容者は退去させていただろうが、王子が行く場所ではないな」

オーレルも、複雑なため息をつく。どうやらクリストフは相当やんちゃらしい。


 ともあれ地図で確認した道順に沿って、場内を歩いて行く。

 ペタペタペタ……

「うひぃ、出たぁ!」

「鬱陶しい」

やはりどこからともなくゾンビが現れ脅かして来るのだが、オーレルが蹴り倒して相手がおたおたしている間に走って進む。

 ゾンビは切ったりしても動きを止めないので、こうするのが一番効率がいいらしい。

「群れられると対処に困るが、一体だと大した脅威じゃないな」

フン、とオーレルが息を吐く。

 問題があるなら、蹴りつける際の感触が嫌なだけだという。

 それは後でブーツを洗うなりして、対処してもらいたい。


 それにしても、あれらは一体どうやってヒカリたちの存在を察知するのだろうか?

 先程から的確に細い路地から飛び出してきて心臓に負担をかけてくれるのだが。

 ――生きているものを察知するセンサーみたいなのがついているとか?

 そんな風にゾンビの生態について疑問を抱きながら、ヒカリはオーレルを盾に進み、ようやく地下牢らしき場所にたどり着いた。

 それはいいのだが。


「地下牢って、誰もいないと余計に怖くない?」

無人の牢獄が突く通路を、ヒカリはオーレルの背中にしがみつくようにして歩く。

 お化け屋敷は所詮作り物だという安心感があるが、こちらは本物の地下牢だ。

 獄中死した囚人の怨念が染みついている気がする。

「あの牢屋の壁のシミ、人の顔に見える……」

「そんなものを一々観察するな、気にするから怖くなるんだ」

背中でプルプルめそめそしているヒカリが鬱陶しくなってきたのか、オーレルが面倒そうな顔で振り返ってそう言った。


 こうしてリアルお化け屋敷を強制的に堪能させられたヒカリだったが、それも壊れた壁の向こうに続く階段が見えれば終わりである。

 ――よぅし、ここからが本番だ!

 ヒカリは杖を握り直して気合を入れた。

 古びた石造りの階段を下りれば、そこは広いホールのような空間が広がっていた。

「うわっ!」

「なんだ、この空気は……」

階段を抜けた途端に、むせるような濃密ななにかがヒカリたちに纏わりつく。


 ――って、これは魔力?

 纏わりつくものの正体に気付き、ヒカリは驚愕する。

 普通魔力とは、その存在を実感できるものではない。

 空気に色も味も香りもついていないのと同じように、魔力だって感じられない。

 だからこそ魔力を扱うのは難しく、ひよっこ魔女であるヒカリには杖という媒介する物が必要になるのだ。

 それなのにこの場にある魔力は、その存在に慣れないオーレルですら気付くほどに濃い。

 地上の魔力の枯れ果てた大地に比べ、地下遺跡は濃密というより、濃すぎる魔力が充満していた。

 その差はまるで乾いた砂漠と濃霧の漂う密林程の違いである。


「やっぱり、ここに魔力が集まっていたのか」

濃密な魔力が漂うホールの床には、円形状に文様が描かれている。

 そしてその上を、ゾンビが一体ウロウロしていた。

 今までは逃げ隠れしてやり過ごしていたが、あのゾンビはどっかに行って貰わないと調べるのに邪魔である。

 そこでオーレルが荷物から取り出したのは、ロープだ。

 それを手にゾンビに素早く迫ると、ノロノロと襲い掛かるゾンビを軽く転がし、動きを封じるとロープでグルグル巻きにする。

 ――おお、早業!

 その手際の良さに、ヒカリは思わずパチパチと拍手してしまった。


 ロープの中でうごめいているゾンビの姿はボロボロだが、学者のような身なりをしていた。

「これはもしかして、国王にすり寄ったという学者のなれの果てか」

「その可能性大だね」

コイツが余計なことを国王に吹き込まなければ、こんな事態にはならなかった。

 そして自身がゾンビになってしまうなんて、自業自得と言えるかもしれない。

「ヒカリ、コレをあまり長く見ていたくないから、早くしろ」

ウゴウゴしている学者ゾンビを見ているオーレルが、嫌そうに顔をしかめる。

「……了解」

確かにヒカリとしても、じっと観察していたいものではない。


 邪魔なゾンビを封じたところで、早速魔法陣を調べ始める。

 床は巨大な一枚岩のように継ぎ目がなく、それに彫り込むようにして緻密な文様が描かれている。

 この描かれている文様がどんなものか、ヒカリにはさっぱりわからないが、カギとなっているもにには見当がつく。

 それはクリストフの話にもあった、魔法陣の中心に嵌る大きくて真っ赤な宝石みたいなものである。

 改めて確認すると、そのサイズはヒカリの顔よりも大きい。

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