第46話 奇妙な廃村

ヒカリたちが到着した村は、柵は壊され家屋は荒れ果て、畑はカラカラに干からびて雑草すら生えていない。

「廃村だな」

一旦荷馬車を停めて村を見回りに行ったオーレルが戻ってきて、そう告げた。

 雑草も作物も枯れ果てているのはミレーヌの故郷と同じだが、ヒカリは違和感を覚える。

 それでも、今はぼんやり考え事をしている場合ではない。

 ――ミレーヌさんの村よりも、魔力を吸われる感覚が強い。

 ここはあそこよりも、魔力が逆流している根源が近いのかもしれない。


「早くここから出よう。そして出来る限り早く王都まで抜けた方がいい」

魔女の薬は多めに持ってきているものの、長居しない方がいいに決まっている。

 ヒカリの意見に、オーレルも同意した。

 それからヒカリたちは荷馬車を精一杯走らせる。

 荷馬車といえどひいている馬はサリアの砦の軍馬だ。

 その馬力は普通の馬よりも強く、足も速い。

 さっきから荷馬車が壊れない程度の速度で走っており、乗っている方の負担は大きい。

 ――お尻、お尻が割れる!

 ヒカリのお尻を犠牲にして急ぐ途中、また一つ廃村を通り過ぎた。

 王都が近いためにそこそこ賑わっていたであろう村が無人であるのは、なんとも不気味である。


 そしてもうじき王都に着くという頃に夜になった。

 この日は当然野宿である。

 ヒカリは焚き火に鍋をかけてスープを作る。

 訪れた村で貰った野菜やキノコ、肉を煮込み塩で味を調えたスープに、念のため魔女の薬を入れる。

 ――備えるに越したことはないしね。

 薬をケチって魔力不足に陥っては、元も子もない。


「うん、こんなもんかな」

魔女の薬にちょっと辛味があるので、ちょうどいいパンチが加わっていいカンジだ。

「ご飯できたよー」

馬を荷馬車から外して世話をしていたオーレルに、ヒカリは声をかける。

 この馬にも、飲み水に魔女の薬を入れて飲ませたところ、ものすごい勢いで水を飲んだ。

 やはり魔力不足に陥っていたようだ。


「はいどーぞ」

焚き火の側に座ったオーレルはヒカリからスープをよそった器を受け取ると、それを一気に煽って大きく息を吐いた。

「このスープは身体が楽になるな」

「でしょう? 魔女の薬を入れたからね。お代わりあるよ」

ヒカリ自身もスープを飲み、魔力が身体に染み入って来る感覚を覚えながら、オーレルにそう告げる。

「貰おう」

すかさず器を差し出したオーレルだったが、スープを一杯飲んでひと心地ついたらしい。

 ひとまずスープの器を置いて、鶏肉を串にさして火で炙りながら尋ねてきた。

「そろそろ教えてくれないか。この状態はどうしてなんだ?」

オーレルは今まで旅路を急ぐことを優先して、疑問を口にしなかった。

 魔法というものを知ったオーレルの疑問に、もう答えてもいいだろう。


 ヒカリはスープを一口飲んで告げた。

「これはね、生き物が魔力を吸いつくされたせいよ」

大地には常に魔力が満ちている。植物も動物も人も、魔獣すらも、その魔力を得ることで生きているのだ。

 その魔力を満たしているのが魔力の道だと、ヒカリは地面に絵に描いて説明する。

「魔力の道は魔力濃度が高いから、薬草がたくさん生えるの」

「なるほど、薬草の群生地はそういった理由か」

地面にヒカリが描いた木の根のようなものを指さし、オーレルは真剣に見入る。


「じゃあ逆に、魔力がすっからかんに無くなったらどうなるのか。その答えが、あの廃村だよ」

なんらかの理由で魔力の道の魔力が逆流し、地上の生物から魔力を吸い始めた。

 そこは生物の存在できない土地になり、そこに住まう生物は逃げだす他はない。

 もしそれでも住み続けるならば、その先は死が待つのみ。

「でもね、一つだけ気になることがある」

ヒカリは描いた絵から顔を上げて、オーレルを見た。

「あの廃村には住人どころか、人も家畜も姿がなかった」

それは生きているにしろ、死んでいるにしろだ。

 ――それって変じゃない?

 人や動物は蒸発するように消えたりはしない。生きていても死んでいても、その身体は残るはずなのだ。


「確かに不作で飢え死にしたならば、餓死した死体が残るな」

ヒカリが言いたいことをオーレルも察したらしく、そう告げて低く唸る。

「嫌な話だけど、骨すらないっておかしいよね?」

野盗の類に荒らされたにせよ、痕跡が綺麗にないというのは不自然だ。

 では、ここの住人たちはどこへ行ってしまったのか。

 皆、生きていけなくなって逃げだしたのだろうか。

 だがそれだったら、今まで通ってきた村で話を聞きそうなものなのに。

 この時ヒカリの脳裏に、あのゾンビ軍団の姿が過ぎる。

 ――すっごい嫌な想像しちゃうじゃないの。

 ヒカリには出来れば思い過ごしであって欲しいと願うしかできない。

 そんな悪い考えを振り払おうと、ぎゅっと目を瞑る。


 そんなヒカリと地面の絵を交互に見ていたオーレルが、さらに尋ねた。

「その、魔力が逆流するというのは、どういう状況だ?」

師匠から教わった世界の魔力の循環システムは、生き物たちに平等に魔力を運ぶためのもの。

 それを逆流させるということは、魔力を一点に集めるということ。

「はっきり言えば、自然にはあり得ない状況かな」

「それは、人為的だというのか」

こちらが濁した意味を、オーレルが正確に突いてくる。

 ヒカリがこうしてじっとしているだけで、魔力が逆に流れているのがわかる。

 それは例えるならば、川が逆流するかのような荒ぶる流れ。

 その集約地点は、やはりこの先にあるヴァリエの王都だ。

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