第45話 平和ということ

空が暗くなってきたところで、ヒカリたちはこの日最後に立ち寄った村で一泊することにした。

 村人に宿があるかを聞くと、食堂兼宿屋が一軒だけあるという。

 教えてもらった場所へ荷馬車を動かし、横のスペースに馬車を停める。

「部屋は空いているか?」

「いらっしゃい! 泊り客なんて久しぶりだねぇ」

オーレルが入り口を開けて尋ねると、受付の女性が嬉しそうに笑った。

「一人部屋を二つ、明日の朝早くに出立するつもりだ」

「はいよ、朝食はどうする? 弁当にしてもいいけど」

「できればそうしてもらいたい」

オーレルと女性が話を進めているうちに、ヒカリは足りなくなった薬を作るための道具を運ぶために、荷台から荷物を降ろす。


 部屋のカギを受け取ったヒカリは荷物を部屋に放り込み、すぐに運ばれて来たお湯で旅の汚れを落とす。

 ――お風呂はやっぱりないのか。

 田舎では風呂は贅沢品であるというので、初めから期待はしていなかったが、やはりないとわかるとガックリしてしまう。

 思えばヒカリのボロ家改造でも、風呂をつけるのに苦労した。

 お湯は魔法で作ればいいとして、湯舟だけは完成品が欲しかった。

 纏まったお金が出来てミレーヌに職人を紹介してもらうまでは、たらい風呂で我慢したものである。


 ちょっとだけしょんぼりしつつもさっぱりしたところで、夕食をオーレルの部屋に運んでもらう手配をしたので、そちらに向かう。

 そこにはこちらもさっぱりしているオーレルと、すでに準備されている夕食があった。

 素朴な田舎パンに具沢山のスープ、鶏肉のオーブン焼きにサラダが並んでいて、いい香りがヒカリの胃袋を刺激する。

 しかもどれもボリュームがあり、久しぶりの泊り客だと言っていたので、少しサービスしたのかもしれない。

「やった、ご飯はアタリだ!」

並んでいる美味しそうな食事に、お風呂ナシで沈んでいたヒカリの心が浮上する。

 我ながら単純だと思うが、単純な方が人生が楽しいのでいいのである。


 ヒカリは美味しい食事に頬を緩めながら食べて、満足したところでオーレルに尋ねた。

「戦争ってさ、国をあげてするもんじゃないの? 地方だから戦争を知らないなんてことあるの?」

ヒカリ自身は戦争を知らない世代だが、昔の日本の世界を巻き込んだ戦争では、国民皆兵士の勢いだったという話は聞いている。

 この疑問に、オーレルは難しい顔をする。

「無関係でいられるのは、むしろ王都あたりの中心部だろう。本格的な戦争となれば、実際にサリア砦の戦力と戦うのは国境沿いの村から徴収された村人たちになる」

王都の本隊は王様を守るという名目で安全な場所に留まり、戦況を分析するのが役目となるのが常らしい。

 ――やっぱり村人たちの呑気さって、おかしいのか。

 そう考えたヒカリは、しかしふと気づく。


「でもサリアの砦って、将軍がいたじゃんか」

将軍とは王様を守るべき軍隊の偉い人のはずだし、サリアの砦は騎士団だってそれなりの数を揃えている。

 一方のヴァリエ側は砦も簡素で、偵察に出す人員に困るくらいに人もあまりいない。

 同じ国境の砦でも、河の両岸で大違いである。

 ヒカリの指摘に、オーレルも頷く。

「それだけ我が国の今の陛下が、国境の守りを重要視しているということだ」

長く戦争がなかった時代には、国境にほとんど戦力を割かなかった頃もあったという。

 どこにどれだけの戦力を置くかは、その時の王様次第というわけだ。


「戦争って、難しいんだね」

「その難しいことを考えなくて済むのが、一番いいんだろうがな」

つまりは平和が一番というわけだ。

「でも平和になったら、オーレルみたいな騎士や兵士は仕事がなくなるじゃん」

戦争で仕事を得ている人もいるのだから、その人たちは平和になったらどうするのか。

 ヒカリの追及に、オーレルは事も無げに答えた。

「違う仕事を探すまでだ。そもそも俺は給料がいいから騎士になっただけだしな」

 ――『俺が国を守る!』とかが理由じゃないんだね。

 ヒカリは拍子抜けしたようなホッとしたような、微妙な気分になる。


「なら、違う仕事って、例えば?」

ヒカリが尋ねると、オーレルはニヤリと笑った。

「そうだな、ヒカリの店で薬売りにでも雇ってもらうか」

冗談交じりのオーレルの言葉に、ヒカリはオーレルがカウンターに立つ姿を思い浮かべる。

 イケメンのオーレルが薬を売れば、きっと街のお嬢さん方がこぞって買いに来てくれるに違いない。

 そうなれば店の売り上げ大幅アップだ。

「……アリかも」

「ヒカリお前、いやらしい顔をしているぞ」

思わずあらぬ未来の売り上げを計算してしまったヒカリに、オーレルがツッコミをいれた。


翌朝、ヒカリたちは宿で包んでもらった弁当を受け取って村を出立した。

 午前中に立ち寄った村々も昨日訪れた村と変わりなく、薬を売れば喜んでくれた。

 しかし午後になった頃、辺りの様相が変わる。

「草原が、枯れてる」

御者台に座っていたヒカリは、そう零すとぎゅっと眉を寄せる。

 村を出た時は肥沃な草原が広がっていた景色が一転して、枯れ野が広がり出したのだ。

「これは……」

ヒカリの横で、オーレルも言葉が出ない。ミレーヌの村のあたりよりも被害が広く、見渡す限りの枯れ野である。

 ――魔力の道の上に入ったのか。

 その予想は、次の村を見て確信に変わった。

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