第5話 街から出られない

朝が来た。

 ボロ家の隙間から早朝の冷たい風が吹き込んでくる。

「身体が痛い、埃っぽい……」

ヒカリは床に直接転がって寝たので、あちこちが痛むし埃まみれだしで、一日の始まりから気分は最悪だ。


 暖炉にかろうじて残っていた火を再び燃え上がらせて暖をとると、袋から食べ物を取り出す。

 ――持ってきた食料は、これが最後か。

 お金を作るか狩りで食料を得るかしなければ、このままでは飢え死にしてしまう。

「もう換金は諦めて、仕事を探すか狩りをするかしよう」

最後のパンと干し肉をモソモソと食べながら、ヒカリは今後の方針を決める。


 そうとなれば早速、行動開始だ。朝食を終えたヒカリは、背負い袋と杖を持ってボロ家を出る。

 早朝だからか、あたりには人がいない。

「よし、気分を変えて頑張るぞ!」

そう意気込んで移動して大通りに出てみたものの、こちらも早朝ゆえ大通りの店もまだ開いていないようだ。


仕事探しはお預けなヒカリが暇に任せて歩いていると、区画ごとに物見台のようなものが建っているのに気付き、上に誰もいないようだしせっかくなので登ってみることにした。

「おぉ、眺めがいいな」

物見台から眼下を見下ろしたヒカリは、歓声を上げる。


 明るい日差しの下で改めて街並みを観察すると、あまり高い建物がないため街の奥までよく見える。街の外壁や建物は基本頑丈な石造りが多く、街の端に行くほど木造の建物が目立ってくる。


 昨日街の雰囲気があまり華やかではないと感じたが、こうして全体を見渡すと要塞っぽいことに気付く。そういえば昨日、軍人らしい者をちらほら見かけたことを思い出す。もしかして軍の拠点がある街なのかもしれない。


 ――ここで仕事、見つかるかなぁ?

 運動能力が底辺なヒカリは、兵士という身体を動かす仕事は間違いなく向いていないため、できれば売り子の仕事が望ましい。

 そんな思惑とは裏腹に、仕事探しは難しかった。


「働き手は間に合ってるよ」

「アンタどこの人間だい?」

「あなたのような子供は、ちょっと……」

朝の人手が動き出してから改めて大通りの店を巡ったところ、どこからもやんわりと断られた。最後の店は、成人したとはいえ若く見える日本人の特徴が邪魔をしたらしい。

「……仕事がない」

ヒカリは街の広場の片隅にしょんぼりと座る。


 だが一方で、わかったこともあった。

 ここはユグルド国のサリアという街で、国境を守る騎士団の砦を中心に発展している。ここでの商売も騎士相手がほとんどで、一般人相手の店は少ない。

 敵の襲撃があれば直ちに逃げなければならないため、荷物や人員も最小限。こちらが望むような仕事がないのも道理である。


「仕方ない、今日は狩りにでも行こう……」

ヒカリはがっくりと肩を落として、昨日使った出入口へ向かう。

 すると、昨日はいなかった揃いの服を着た男たちが、道を塞ぐように並んで立っていた。

「あれ、立ち入り禁止?」

男たちの向こうに見える鉄の扉は閉じている。


 ――もしかして、あそこが開いている時間は決まっているのかも。

 昨日はたまたま解放されている時間に通っただけなのだろうか。

 昨日と同じ時間に来てみる手もあるが、狩りが大得意というわけでもないヒカリが日暮れ頃に外に出て、いいことがあるとは思えない。

 むしろ夜の闇でなにも見えず、転びまくる未来が見える。


 ここから街の外に出られないとなると、どうすればいいのだろうか。

「……むーん」

立ち尽くして唸るヒカリを、並んでいる男の一人がジロリと睨んだ。

「ここへ何用だ?」

「いや、えっと、いいです、ハイ」

ヒカリは男の威圧感に負けて、「どうしたら外に出られるのか?」という質問もしないまま引き下がってしまう。

 ――ああぁ、どうしよう……。


 ヒカリはトボトボとさ迷ううちに、いつのまにか大通りから奥に入った裏路地を歩いていた。街が全体的に石造りで武骨な外観の建物が多い中、この通りはカラフルな色使いの建物が多く見られる。

「なんか、お洒落な通りかも」

どことなくいい匂いが漂ってくるので、喫茶店や高級レストランのような店が立ち並ぶ区画なのかもしれない。


ヒカリはそんな風に予想しながら歩いていると、建物の影になっている小道に誰か蹲っているのを発見した。こういう場合にどうすべきか、ヒカリは一瞬迷う。

 ――日本の怪談に、こういう話があった気がするなぁ。

 美しい女が「持病の癪が」とか言って同情を引いて近寄らせたら、実は妖怪だったという昔話の定番だ。そうでなくても、強盗がたまに使う手口だったはず。


 そんなことを思い出したヒカリは、少々警戒気味にその前を通り過ぎようとしたのだが、風に乗って苦しそうな息遣いが聞こえてくる。

「……あの、大丈夫?」

結局無視して通り過ぎることができなかったヒカリが声をかけると、顔を上げたのは美しい女だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る