第4話 副隊長は噂を聞く

サリアの街は辺境にある。


 街の背後にそびえる魔の山は、強力な魔獣が跋扈する危険な場所で、そこから流れ出る河を挟んだ向こうは隣国であるヴァリエ。それゆえ防衛のために騎士団が常駐している砦の街、それがサリアだ。


 砦の騎士団第二部隊の副隊長であるオーレルは、夕刻の見回りで裏門にきていた。

「開けっ放しの上、誰もいないとは」

そう呟くオーレルは暗い色の金髪を短く切りそろえ、緑の目は少々目つきが鋭い。


 身体つきは筋肉質で背が高くて威圧感がある。つまりオーレルを一言で表すと「怖そうな男」だった。その鋭い視線は、無人の武骨な鉄の門に向けられている。


 この裏門は一般人に開放されている門ではない。魔の山方面に出るための門で、一般人の立ち入りを禁止している。魔の山から下りて来る魔獣対策に使われるのみだ。

 なので基本閉まっているはずの門なのに、開けっ放しで見張りがいないのはどういうことか。


険しい顔で門を睨みつけていると、街の方からのんびり歩いてくる騎士がいた。

「やべっ、副隊長だ」

オーレルに気付いて慌てて走ってきたその騎士はまだ若く、確か騎士になりたてのはず。


「お前、今までどこにいた?」

ジロリと睨むオーレルに、若い騎士は首を竦める。

「……小腹が空いたので、ちょっと買い食いに」

「交代の騎士は?」

「えっと、どこかに行きました……」

若い騎士がオーレルの問いに小声でボソボソと答える。


経験のある騎士とコンビを組ませていたはずだが、その経験者の方にサボり癖があったらしい。外にサボりにでも行ったか。

「なんて無責任な」

ため息を吐くオーレルに、しかし若い騎士がボソリと呟いた。

「だって、どうせ誰も通らないだろうが」

それを聞き洩らさなかったオーレルは、若い騎士に厳しい視線を向けた。


「この門は誰も通さないようにしているんだから当たり前だ。むしろ騎士の役割は魔の山の監視にある。もうじき山の上でも雪解けが始まる。あの山に住む凶暴な魔獣が下りて来る季節になるんだぞ」

静かに諭すオーレルに、若い騎士は顔色を青くする。

 大方先輩騎士に「誰も通らない門を監視する退屈な仕事だ」とでも言われたのだろう。


「このことは、新人研修でも教えられたはずだが」

「……すみません」

オーレルがそう釘を刺すと、新人騎士は縮こまって謝る。幸いなことに、街に不審者や魔獣が入り込んだという報告はないので、この場は厳重注意出とどめておくことにした。


「あとで二人とも、今日中に始末書を書いて提出するように」

今日中とは、つまり日が暮れて交代した後に書かなければならないし、上司だっていつまでも砦て待ってはいない。

 この罰の厳しさを後で思い知ることだろう。

 ――ここ数年小競り合いがなかったとはいえ、緩んでいるな。


 隣国ヴァリエとは長年領土争いをしている間柄だ。それゆえ防衛拠点にサリア砦が作られたのだが、数年前にヴァリエの王が交代した。


 この交代劇も血生臭いものだったと聞いているが、王位交代からの国内のゴタゴタで、河を越えて軍を動かす余裕がなくなったらしく。おかげで国境が静かなのは良い事なのだが、兵士の質が落ちていた。


 兵士が怠惰で困るのは、エリート揃いで常に訓練を欠かさない第一隊ではなく、街の見回りが主な仕事の第二隊、つまりオーレルの隊である。

 ではこちらも厳しい訓練をすればいいと思うのだが、そうなると兵士のなり手が減る。悩ましい問題だった。


 ――くそぅ、だから副隊長なんてなりたくなかったんだ。

 前任者が王都へ栄転したので、空いた地位を押し付けられたのがオーレルだ。面倒だ、やりたくないと言い張ったが、他に適任者がいないと半ば押し切られての昇格だった。


 中間管理職の悲哀にため息が漏れそうだが、今日はこの件以外に特にトラブルもなく、交代の時間を迎えた。

 オーレルは独身で寮住まいだがそちらへ戻らず、すっかり暗くなった通りを抜け、夕食を食べに飲み屋へ向かう。


「お、副隊長さんいらっしゃい!」

「まずは酒と適当にツマミを頼む」

オーレルは声をかけてきた店主の親父に注文すると、空いている席に座る。


 現在春先とはいえ、まだまだ寒い。早速運ばれてきた酒を煽って身体を中から温めると、一日の疲れが抜けていく気がする。

 続けて店員が持ってきたツマミを口に運びながら、チビチビと酒を飲んでいると、隣のテーブルの話が聞こえてきた。


「おかしな訛りの娘?」

「そう、あちらこちらでおかしなガラクタを売りつけようとして追い出されたってよ」

会話をしているのは道具屋の店主らしく、酔っ払った赤ら顔でそんなことを喋っている。

「格好もモコモコした毛皮に埋もれているようなナリでよぅ、どこの田舎者かと思ったさ」

「隣の国から流れてきたんじゃねぇか? あっちはまだ寒いだろうから」

話を聞いている方が、知った風な顔で頷く。


「それは、いつ頃の話だ?」

彼らの会話に割入るようにオーレルが尋ねた。

 道具屋は突然隣のテーブルから声をかけられて驚いたようだが、素直に答えてくれた。

「うちの店に現れたのは、日暮れ間近な頃だったかな。早く金を作りたい風だったよ」

「なるほど」


オーレルは話をしてくれた道具屋に一杯酒を奢ると、彼は嬉しそうな顔をした。

 一方のオーレルは難しい顔である。

 この街が国境の守りである性質上、よそ者には相応に警戒する。訛り言葉というと異国人には違いないので、そのような者が街に入ったとなれば報告くらいあるはず。だがオーレルはそんな話を聞いていない。


 ――もしかして、開いていた裏門から入ったのか?

 妙な訛りの娘が見かけられた時刻からすると、あり得ることだ。ただの流れ者ならばいいのだが、破壊工作員である場合は大問題だ。


 心配になったオーレルは残りの酒を飲み干して店を出ると、騎士団の詰め所に行く。件の娘のことを話し、警戒するように対策を施すうちに、夜はだんだんと更けていくのだった。

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