第8話 誕生祭と始まりの序曲

 カタカタカタ

 日が沈む夕暮れ時、伯爵家所有の馬車に揺られながら大通りをお城へ向けて進んでいく。

 いつもこの時間だと、貴族街で働いている市民達が足早に家路につく風景を見かけるのだが、今日に限ってはいつもより早く店じまいを済ませ、オイルランプの街路灯がいろとうだけが暗闇の道を照らしている。

 はぁ、帰りたい。


 何故私たちは暗闇の中お城へと向かっているかというと、本日開催される誕生祭の前夜祭に招待されているからなのだが、既に私の心は帰りたいモード一色に染められている。


 ここで少し誕生祭というものを説明したい。

 『誕生祭』とはその名の通り国の誕生をお祝いするお祭りで、前夜祭と本祭の二日に渡って開催される。

 毎年この二日間は国中色んな場所でお祭り騒ぎとなり、市民街では露天が立ち並び、貴族街のあちらこちらではパーティーが開かれ、お城の大ホールでは社交界が行われている。

 まずお城で開催されるパーティーだが、初日は前夜祭として、有力貴族と一部の招待客のみが参加を許される格式の高い社交界と、二日目に開かれる著名人や騎士団で武勲を挙げた人達が参加できる本祭のガーデンパーティーがある。


 この有力貴族と招待されない貴族との違いは、単に本家かそうでないかの違いなのだが、実は本家の血筋以外は本来貴族と呼ばれる存在ではなく、自身のプライドや商売等を経営していく上で、何かと便利だからとして自ら名乗っているにすぎない。

 これらは別に取り締まる規定がないため、国からは黙認され続けているのだが、余りにも多く増えすぎてしまった為、分かりやすく本家筋を有力貴族と呼び、それ以外をただの貴族としている。

 私のいるブラン家にも血の連なる人達が大勢いるらしいのだけれど、精々顔を知っているのは両親の兄妹とその家族ぐらいで、以前何処かのパーティーに呼ばれた際『私は君のお祖父さんの兄妹の息子の親戚なんだ』とか名乗られた事もあったほどだ。

 まぁ、息子の親戚の時点でもう血の繋がりは無いような気がするんだけどね。


 さて、話が反れてしまったが、現在私たちは前夜祭のパーティーに参加するために、二台の馬車に分かれ家族全員でお城に向かっている最中で、一台目には私と両親が乗っており、後ろを付いてくる二台目の馬車にはお姉様と婚約者のレオン義兄様が乗っておられる。

 別に6人まで乗れる馬車なので一緒に行けばいいじゃないと思うのだけれど、伯爵であるお父様と、現在まだ子爵家の三男坊という立場の義兄様では身分が違いすぎるからと、敢えて違う馬車に乗車しているらしい。

 全く妙なところで腰が低いんだから。まぁ、そんなところにお姉様が惹かれたそうなんだけれど。

 はぁ、それにしてもやっぱり帰りたい。


「全く、いい加減諦めたらどうだ」

 思っている事を言葉に出したわけではないが、今の気持ちにズバリな返答をしてきたのは、私を16年もの間育ててくださり、最近では娘に振り回されていると愚痴を言いまわっている可哀想なお父様。

「何で私の心がわかるんですか」

「口に出さなくとも顔に書いておるわ」

 何だか最近、私に対して扱いが雑になっている気がするんですが。まぁ、私の事でいろいろ心配を掛けているのは事実なので、ここは黙って反省しておきます。

 それにしても以前のようにウィリアム様を殴り倒したいって感情は無くなっているけれど、一度は付き合っていた元カレと顔を会わさなければならないんだから、ブルーな気分になるのは当然の事だと思う。


「そんなに会うのが嫌なら今日はドレスの売り込みの為だと思えば、少しは気が楽になるんじゃない?」

 どんなフォローですかお母様。

 でもまぁ、今日行われる社交界は新作ドレスのお披露目会としては、最も相応しい場所なのかもしれない。参加する人達は自ら領地を管理し、運営している一族ばかりで、当然各々でもパーティーを主催したり参加されてりしているはず。私が今ターゲットにしているのは正に今日参加される人達なんだから。

「そうですね、私が手がけたドレスの初のお披露目会なんですから、頑張らないとですね」

 あれから敷地内にある別邸を私のアトリエとして頂く事になった。

 お姉様のドレスが私一人で完成させるまで約3週間だったのに対し、ルーベルトが連れて来た二人のパタンナーさんは、僅か2週間で2着のドレスを仕立て上げてしまった。どんだけ優秀な人を連れてきたのよウチの執事は! と思わず突っ込んだほどだ。

 時間が余ったのでお父様とお義兄様のスーツも用意をし、現在ブラン家一家が着ている服は全て私がデザインしたものとなっている。


「話は変わるけどリーゼが作ってくれたこのドレス、絵で見ていた時も良かったけれど、現物は更に素敵な感じに仕上がってるわね」

 そう言って着ておられるドレスの装飾を確かめながら、私に話しかけて来られる。

「ありがとうございます。以前見て頂いたスケッチ画はお姉様のイメージに合わせてデザインしたものでしたので、今着て頂いているのはお母様に合わせて少しアレンジをさせてもらったんです」

 お母様が着ているのはホルターネックのAラインドレス、元々お姉様用に描いたものだったので、背中が大きく開いたデザインになっていた。

 見た目が娘より若々しいお母様なら十分着こなせるとは思ったのだけど、これでも一応いちおう二児の母なので、露出部分を少しレースで覆い、首元を後ろでリボンを結ぶようアレンジをした。

 後は私たちと同じようショールで肩を隠せば、御歳おんとしうん十歳とはとても見えないだろう。


「まぁ、そうだったのね。やっぱりリーゼにドレスを頼んで良かったわ」

「ありがとうございますお母様」

 何だかんだと言っても、やはり自分が手掛けたドレスを褒められるのはやっぱりうれしい。

「しかし何だな、こうして見るとコーデリアの若い頃にそっくりではないか」

 私をまじまじと見つめながら、のろけ話を言ってくる。

「そう言う事はお二人の時だけにしてください」

「まぁそう言うな、親の私に言われても嬉しくはないだろうが、リーゼも中々のもんだと思うぞ。コーデリアには負けるがな」

「まぁ、貴方ったら。うふふ」

 はいはい、娘の前でいちゃつかないで下さい。


「そうだ、一つお願いしたい事があるんですが」

 お二人から視線を外しているとふとある事を思い出した。

「なんだ?」

「私がドレスをデザインしたこと伏せておいて欲しいんです」

「あらどうして?」

「私って現在いろいろと注目を浴びてしまっておりますし、デザインを手掛けたのが伯爵家の娘だと分かれば何かと噂になってしまうじゃないですか。それに誰が作ったのかが分からなければ、引き抜こうと考える者もいないと思うんです」

「ふむ、確かにリーゼの言う通り一理あるな。良いだろう、デザインを手がけている者が誰か解らない方が謎に満ちていて噂になるかもしれん。オリヴィエ達にもそう伝えておこう」

「ありがとうございますお父様」

 名前を隠す本来の目的はエレオノーラを警戒しての事だけど、二人には余計な心配を掛けない方がいいだろう。

 いくら学園を辞めて会う機会が無くなったとはいえ、未だに私は王妃候補に名前が載っている身だ、最近はずっと屋敷に籠っているので何もして来れないとは思うけど、用心するに越したことはないだろう。

 あんな茶番に付き合わされるのは二度と御免なのだから。




 お城の扉をくぐり一階のフロアへと足を運ぶ。

 今日開催される場所はお城に入ったところにある吹き抜けの大広間、奥には陛下や王妃様が座られる壇上が用意され、その後ろには二階へと続く階段が設けられている。


「ブラン伯爵、ご一家様、ご入場!」

 入口で私たちの顔を見た騎士が、高らかに入場を知らせる声を上げる。

 毎回思うことだが名前を呼ばれたくない人もいると思うんだ、これでも他の伯爵家からは頭一つ分突き抜けているウチは、他の貴族達からも注目を浴びている。出来れば今日のパーティーはドレスの営業をお母様達に任せ、目立たず隅っこで隠れていたい思っている。


 ざわざわざわ

「陛下はまだご入場されていないようだから、挨拶周りでもしておくか」

「それじゃ私は隅っこの方で隠れておきますね」

「何を言っておる、お前も付いてくるのだ」

 ちっ、さりげなく逃げ出そうとしたのにバッチリつかまってしまった。別に伯爵家を継ぐわけでもないのだから、自由行動にしてもいいと思うんだけど。

「諦めなさい、私だって未だに陛下達に会うのは苦手なのに我慢しているのよ」

「お母様にも苦手な事があるんですね」

 意外だ、向かってくるものは全て薙ぎ倒すお母様にも苦手な人がいるなんて。

「あら、私だって普通の人間よ。嫌いなものや苦手なものの一つや二つはあるものよ。まぁ、正確には王妃ベルニアが私の事を一方的に嫌っているのだけれど」

 ん? 最後の方が声が小さくてよく聞こえなかったけど、何ておっしゃったのだろう?


 ざわざわざわ

 挨拶周りと言っても私はただお父様の後ろを付いていくだけで、特に何もすることはない。どちらかと言うとお姉様と婚約者のお義兄様の紹介がメインになるので、私はオマケといったところだろう。

 仕方がないので目立たないよう後を付いて行き、お父様が一人目の知り合いに挨拶をしている時だった。


 あれ? 何だか周りの様子がおかしい。

 目立たないようにお父様とお母様の後ろに隠れているのに、何故か多くの視線を感じてしまう。

「お姉様、何か大勢の視線を感じるのですが、お心当たりはございますか?」

 隣に立っているお姉様に小声で尋ねる。

 私はともかく、お母様とお姉様は社交界では何かと目立つ存在だから、注目されるのは何時ものことだ。だけど今日感じる視線は今までと比べ物にならない程、ハッキリと見られている。


「リーゼそう思う? 何時もならもっと遠くから見られているだけなんだけれど、何故か今日は近くからも見つめられているわね」

 私と違い経験豊富のお姉様が言うのだから間違いないだろう、もしかしてこのドレスは少々過激すぎたのだろうか?


「たぶん、みんな見惚れているんだと思うよ」

「どう言う事ですかお義兄様、やっぱりこのドレスは変なんでしょうか?」

 二人で状況を確かめ合っていたら、レオン義兄様が私達に話しかけてきた。

「そう言う事じゃなくて、君達二人が綺麗すぎるからついつい視線を送ってしまうんだよ」

 そう言いながら自分もどこに視線を送ればいいのか迷っている風に教えてくれる。

「お姉様とお母様がですか?」

「違う違う、リーゼとオリヴィエの事だよ。お義母様ももちろん注目を浴びておられるけど、お隣にお義父様が付いておられるからね。それに君達二人の髪は人込みの中でもすぐに目立っちゃうし、今日着ているドレスは男性の心を刺激するデザインだからね」

 そう言うもんなんだろうか? 両肩を露出しているとはいえショールで隠しているから、気にするほどのものではないとは思うんだけれど。


 私とお姉様が着ているのは肩出しハイネックのAラインドレスに、オーバースカートを被せている。デザインは全く同じになっているが、色はお姉様が淡いブルーに対し、私が着ているのは淡いピンクに仕立て上げた。

 作った後に気づいたのだが、この世界には合成繊維がない為パニエが鳥カゴ状のクリノリンしか無かったのだ。おかげでAライン用に新しくクリノリンを用意する羽目になってしまった。

 クリノリンって何かに引っ掛けやすい上に、座る時に注意しないとスカートが膨れ上がってしまうのよね。出来るだけ早いうちに新しいパニエを開発しないといけないわ。


 私が改めて自分が着ているドレスを確かめてから周りを見渡すと、何故か気まずそうに男性達に視線を反らされる。うん、やっぱり見られてるね。

「言ったでしょ、リーゼも可愛いのだから男性達が放っておけないのよ」

「でも私って、今までダンスとかに誘われたことはほとんどないんですよ?」

 社交界に出席した事はそれほど多くはないが、いつも声を掛けられるのはお父様の年齢ぐらいの方達ばかりで、同年代の男性からダンスのお誘いをもらった経験が一度もない。唯一踊ったと事があると言えばウィリアム様ぐらいではないだろうか?


「それはあなたががウィリアム様の婚約者だっらからでしょ? 今までは王子様の婚約者に手を出すわけにはいかなかったから、声を掛けずらかっただけであって、いつも何人もの男性からは熱い視線を送られていたのよ。もしかして気づいて無かったの?」

「なんですかそれ初耳ですよ」

 言われてみれば、当時はウィリアム様以外は目に入ってい無かった事は事実だが、声ぐらい掛けてくれてもいいのではないだろうか? 今まで出た社交界では何故か同年代の男性達から避けられ、女の子達に話しかけてもよそよそしくて、皆んな敬語で話されてしまっていた。私はてっきり自分に魅力が無いか嫌われているものだとばかり思っていたから諦めていたが、全部次期王妃という肩書きのせいだったのかと思うと、なんだか悲しくなってきた。

 私が今まで社交界に抱いていた感情は、大人達が必死に自分を売り込んでくる姿と、同年代の子達から避けられているという事実。その上肝心の婚約者は身勝手に振る舞い、私は火消しの対応と愛想笑いで何一つ楽しくないし、淑女として一つのミスも許されない悪夢のステージだったのだ。


「それじゃ同年代の女の子達がよそよそしかったのも私がウィリアム様の婚約者だったからですか?」

「多分そうだと思うわよ。まぁ、ブラン家うちは伯爵家の中でも飛び抜けているから気を使われるかもしれないけど、次期王妃という肩書きよりかは幾分マシなんじゃないかしら?」

 って事は全部ウィリアム様が悪かったんじゃないの、あの当時一緒にいてくれればいいと思っていたのに、それすら放棄して私はいつも寂しい思いをしていたっていうのに。

 なんだか段々ハラが立ってきたわ。


 私がお姉様達と、そんな話していた時だった。

 一人の男性とその後ろに付いてくる青年がお父様に挨拶をしにきた。

「ご、ご無沙汰しておりますブラン伯爵」

「何の御用ですか、シャルトルーズ子爵」

 今まで楽しいそうに話されていたお父様の声が急に低く感じられた。

 一方シャルトルーズ子爵は、どこか顔色が悪そうにお父様と私の顔を交互に見ながら落ち着きがない。そしてその陰に隠れるよう顔を反らしながら一向にこちらを向かないのは、私がこのパーティーで会いたくない人ベスト3位の人物、ケヴィンだった。

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