その8

『やってくれたな。クソッたれが』


 驚くべきことに、“機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”はまだ口がきけるらしい。

 ジョカンは、頭だけになったその人形を見下ろしながら、


悪役ヴィランはいずれ敗れる。物語の常だ」

『そうでもない物語だって、己は数多く知ってるがね』


 視線を逸らす。


 ――まあ、確かにそうだな。


 『ファニー・ゲーム』とか。『未来世紀ブラジル』とか。

 映画のラストを思い出して、胃が重くなる。


『それにしても、《透明薬》だと? 冗談じゃない。”神”の眼をも欺く道具など、存在していいはずがないぞ』

「……そんなもんか?」

『当たり前だろ。まったく、冒涜的だ。おかげさまで、今後は全知全能を名乗れなくなってしまった』


 頬を掻く。”みらい道具”が驚異的なのは、今に始まったことではないが……。


『言っとくがね。その力は、いずれ人間そのものを滅ぼすぜ』

「よく議論される話題だな。目新しくもない」

『いいから聞け。”神”の端くれとして保証する。……その道具は、宇宙の理を……いや、“造物主”すら凌駕するシロモノだ。それをもたらした者は、間違いなく人ではない。神ですらない。……もっと得体のしれない、だよ』

「得体がしれなくても、味方してくれるだけ”終末因子おまえら”よりゃマシってことさ」

『短期的なモノの考え方しかできん猿め。だからこそ”神”の導きが必要だというに』

「それが人類の伝統でね」


 言って、ジョカンは“機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”の頭部を踏み潰そうとする。


『あっ。あーっ。ちょっと待った。踏むな、踏むな』

「そうしないで済む理由があるならな」

『壊すくらいなら、電池を抜きゃあいい。そうすりゃ、願いはリセットされるし、身動きも取れなくなるから』


 小さくため息をつく。


 ――ま、いいか。


 ジョカンは、少し離れた場所でパタリと倒れている胴体部を拾い上げ、その背中にはめた単三電池を覗き込んだ。


「……これが動力だってのは、本当だったのか」


 そこで、一瞬だけ考えこんで、


「それじゃ、なんでお前、話ができてる? 見たとこ、動力から切り離されているように見えるが」

『そりゃ、お前』


 人形は、例の嘲笑うような口調で、応えた。


『己は神だからな』

「ああそう」


 それ以上、話をする気になれず。

 電池を引っこ抜くと、それきり“機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”はぴたりと動かなくなった。


 ▼


「今回のことは、お父様にしっかり報告しておきましたからね」


 ”園長先生”が笑顔でそう告げると、プリスキンの表情に暗い影が差す。


「俺は……。間違ったことはしていない」

「きっとわかって下さるわ。だって、あなたのお父様も、あなたと同じ誤ちを犯したことがあるんですもの」

「親父が?」

「ええ。……でも、まだ望むような結果は得られていない。“財団”所有のオブジェクトは、扱いが難しいの。お父様の言葉を借りるなら、”ハイリスク・ローリターン”ってところね」

「……」


 プリスキンは、ふてくされた子どものように、視線を逸らす。


「資料にも、そう書いてなかった? 『オブジェクトクラス:予測不能Euclid』って。こういう時、先達の知恵を甘くみないこと」


 そういうふうに言われてしまっては、プリスキンも形無しだ。

 苦虫を噛み潰した表情で、長身の男は「……はい」と頷く。


「かといって、せっかくの遺産なんだし、腐らせておくこともないと思うわ。ただ、実験は親御さんの管理下で行うこと。わかった?」

「了解、しました」

「それじゃあ、後の処理は任せるわね」


 にっこり笑って、”園長先生”は、その場を後にする。

 ジョカンもそれに続こうとすると、


「待て」


 プリスキンが、声をかけた。


「この期に及んで、まだ何かあるのか?」


 ため息混じりに、振り向く。

 すると、意外なものを見た。

 プリスキンが、頭を下げているのである。


「迷惑をかけた。感謝している」


 思わず、ぽかんと口を開ける。


「……。なんだ?」


 長身の男は、不服そうに言った。


「いや。――いいんだ」


 思わず、口元が緩む。


「そうか。ニヤニヤするな、気色悪い」


 それだけ言って、ぷいと、長身の男は背を向けた。

 散り散りになっていた彼の仲間が戻ってきている。

 仲間たちは、プリスキンの指示を待っているようだった。


「では、またな」


 彼は、二度と振り返らなかった。


 ▼


 時計に目をやると、すでに時刻は一時四十五分を回っている。

 今からどれだけ急いでも、――到着は二時を回るだろう。


「さすがに、……間に合わないか」


 そう独り言ちると、


「ん? 何が?」


 カントクが首を傾げた。


「上映会だよ」


 つまるところそれは、死ぬような思いで間に合わせた映画の上映が、かなり先送りになる、ということだった。

 やむを得なかったとは言え、無念な気持ちが大きい。

 特に、出演者のみんなには、どう謝れば済むか検討もつかなかった。


「それなんだけど」


 カントクは、唇を斜めにして、言う。


「さっき連絡があったんだけどね。……なんか、午前中の予定が押しちゃったとかで、出し物の順番に変更があるんだってさ。で、あたしらの番は、二時間後」

「二時間……?」


 ジョカンは不思議そうに首を傾げた。


「生徒会長が気を使ってくれた、とか?」

「まさか。あいつに限って、そういう真似はしないわ。単なる偶然よ」

「偶然……?」


 少女は、ウインクしてみせた後、


「……ねえ。これって、ちょっとした”ご都合主義”だと思わない?」


 くすりと笑うのだった。


 ▼


 ”学園”への帰り道。

 ホンの運転に身体を揺らしつつ、ふと、ジョカンは思う。


 ――プリスキンは、全てをやり直すことに希望を見出したようだが。


 そうしたところで、結局、元の木阿弥に終わるのではないか、と。


 元よりこの世は、数多くの”終末因子”が存在している。

 今回の“機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”にしたって、別に珍しい話ではなかった。今だってきっと、世界のどこかで似たような事件が起こり続けているのだろう。

 我々の生きる世界は、限度いっぱいまで水が満たされた盆のようなもので。

 何かの拍子でひっくり返っても、少しも不思議ではないのだ。


 だがまあ。

 幾たび危機に瀕しても、その度に奇跡が生まれる。

 きっとこの世界は、そうして続いていくのだ。

 なんというか、まあ。


「まるで、映画シネマのよう、――ってな」


 遠く、横断幕を掲げた”ロボット”が見える。


 一条完太郎は、自分の生きるこの世界を愛していた。




 第五話 了


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